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ミット・ロムニー氏の知事時代

ミット・ロムニー氏に関連する記事をUpします。

記事を書いたのはマイケル・バーバロ(Michael Barbaro)さんです。元記事はここにあります。

ロムニー氏の知事時代の話です。

~~ここから~~

交わろうとしなかった知事に対する議員達の思い出

ボストンにて――州議会議員のジェイ・カウフマン(Jay Kaufman)はミット・ロムニー(Mitt Romney)のマサチューセッツ州知事時代、1つの疑念に取り付かれていた。知事は自分が何者か全く知らないのではないかと言う疑念だ。

委員会のチェアマンであり、州下院の古株民主党議員であるカウフマン氏のオフィスは、庁舎の中でも知事の駐車スペースの真上にある。彼はオフィスの窓から毎朝のように知事に手を振っていた。しかしある日、庁舎の大理石の廊下でロムニー氏とすれ違ったとき、彼が抱いていた疑念は裏付けられてしまった。

「こんにちは上院議員」ロムニー氏はカウフマン氏にそう挨拶した。

それから5年経って、自分のオフィスに座るカウフマン氏はまだその屈辱に傷ついているかのようだ。「名前では呼ばず、肩書も間違っているときた。」彼は言う。「勘弁してくれよ。」

ロムニー氏の4年間の知事時代、こういう風に他人の肩書を間違って高く言ってしまったり低く言ってしまう事は、ありふれた事だった。事実や数字に精通している事で知られる知事は、何回も補佐官から注意されたにも関わらず、州の政治家の顔と名前を覚える事が出来なかった。

「議員にとっては全くイライラさせられる出来事だった。」以前ロムニー氏の議会対策ディレクターをしていたジョン・オキーフ(John O’Keefe)は言う。「説明する事さえ困難なほどだ。」

ロムニー氏が共和党大統領候補の地位を確保するために、対立候補を打ちのめそうと奮闘する様子は、スーパー・チューズデーでの安定しない成果でますます強調される事になった。そして、ロムニー氏の傲慢に見える態度とかたどたどしいやり方だとかに新たな照明をあてる事にもなった。それは又、彼が有権者の心をつかむ際の障害ともなっている。彼の知事時代を振り返って見ると、こういった特徴は又別の重要な有権者、政策を通す為に必要なマサチューセッツ州議会議員との関係に影響を与えていた事実が明らかになる。

心を込めた握手であるとか、お酒の助けを借りた人間関係の円滑化を文化とする土地の政治家にとって、ロミニー氏はなじみの薄い種族だった。データを重要視するチーフ・エグゼクティブで、疑問の余地の無い命令を発する事に慣れた人物。政治的には新人で議会を敵と見做している。指導者達のみと働く事を好む代表者で、社交を重要視せず、親近感を感じない人物。そしてモルモン教の教義の為にお酒も飲まないときた。

両党の2ダースもの前議員および現職議員、そして知事時代のスタッフへのインタビューが明らかにしたのは、ロムニー氏が4年間の任期中、わずか数百フィート離れた場所で働いてきたにも関わらず、議員達と知り合いになる事に殆ど興味を示さなかった事実、および、民主党が多数派を成す議会の殆どの人間と、一度として実質的な関係を築こうとしなかった事実だ。知事としての彼のアプローチは、もしロムニー大統領が誕生した場合、彼が議会とどのような関係を築くのかヒントを与えてくれる。その議会では現在多くのメンバーが、特に共和党員が、彼が打ち破ろうとしているオバマ大統領に対し、態度が冷ややかで高慢だと非難していると言うのに。

「ロムニーは正に議員と協議しようとしなかった。」ロバート・A・アントニオーニ(Robert A. Antonioni)は言う。彼は民主党の州議会上院議員で、ロムニー時代は教育委員会チェアマンだった。「普通知事は議会と生産的な関係を持とうと欲するものだ。彼の場合は違ったね。」

両者の利益が一致する場合、知事と議会は重要な問題について協力する事が出来た。例えば増税無しで州政府の負債を20億ドル以上削減したり、皆保険システムを導入すると言うような場合は。しかし彼の任期中、両陣営は苦々しい対立姿勢を崩す事は無く、各方面でさまざまな案件が、ロムニー氏の批判派でさえ賞賛するような案件さえもが、中断を余儀なくされた。

議会は彼の、裁判システム改革案、公立大学改革案、および交通システム改革案を阻止した。そしてロムニー氏はかつてのどの知事より多くの拒否権を発動した。彼は844回拒否権を行使し、その殆どについて議会はマラソン会議の末に、時には全会一致で覆した。

「大勢の人間がロムニーの指導力について数多く言及しているが、その指導力は彼の議会に対する態度の為に、ついには発揮されなかった。」ボストンのマサチューセッツ大学で政治科学部のチェアマンをしているモーリス・T・カニンガム(Maurice T. Cunningham)は言う。「もっと良い関係を築けていれば、もっと沢山の事が出来ただろうに。」

しかしながらロムニー氏のアドバイザーには、それを彼の長所だと言う者も居る。自分の優先順位に反して、選挙区の要望に従う議会のご機嫌を取ったり、議会の慣習とかリズムとかの虜になる事が無いと。

「彼はアウトサイダーとして選挙を戦い、アウトサイダーとして知事を務め、アウトサイダーとして去ったのさ。」知事時代の首席補佐官で、現在ロムニー氏の大統領選挙で働いているピーター・フラハティー(Peter Flaherty)は言う。

もちろん、ロムニー氏とマサチューセッツ州議会の対立は避けられないものだった。政治信条として彼は殆どの案件について、死刑制度とか税とか同性婚について、議会よりも右寄りの位置にいた。そして党の情勢として、彼は非常な劣勢にいた。2003年彼の知事最初の年、200名の議員の内、共和党員は29人しかいなかった。

彼が小さな会派の面倒を見ている間(その中の数人はボストン郊外の彼の自宅での食事会を良く覚えている)、当の会派は自分達では何も実現する事が出来なかった。その為に彼は民主党のご機嫌を取ったり、取引をしたりする必要があった。

しかし知事候補としてのロムニー氏は議会に対する軽蔑の念を隠そうともせず、私益を追求しているとか機能不全だとか言って批判した。彼は演台で「ボストン・ヒル(議会の場所)の混乱を掃除する」と言い、選挙運動中、2人の議会の重鎮、両方とも民主党員の下院議長と上院院内総務を「ギャング」のメンバーと呼んで悪印象を植え付けようとした。

議員達はロムニー氏の選挙戦から「軽蔑を感じ取っていた」と、当時の上院院内総務、ロバート・E・トラヴァグリーニ(Robert E. Travaglini)は言う。「彼は色んな事をし、色んな事を言った。そのどれもが庁舎に居る人間には良く受け取られなかった。」

就任するやロムニー氏は、企業的なトップダウンのアプローチで政府に臨んだ。それが今まで大切にされていた議会の伝統を無視するものだとしても御構い無しだった。

彼は議会連絡係のネットワークを廃止した。議員達が法案について意見を述べたり選挙民を助けようとする時、その専門性を頼りにしていた人々だった。その代わり、全ての要望を知事のオフィスを通すようにした。「彼は全てをコントロールしようとしたんです。」この変更に反対した州議会上院議員、パメラ・P・レソー(Pamela P. Resor)は言う。

選挙で当選した議員はもちろん、良好な自尊心を保持している。そしてロムニー氏のやり方に対する不満の多くは、知事のちょっとした間違いが侮辱と受け取られる事から始まっている。ロムニー氏の知事時代に州議会共和党上院議員だったロバート・L・ヘドランド(Robert L. Hedlund)は言う。「政治家と言う者は驚くほど料簡が狭くなる場合があるんだ。大きな問題では無くて、ほんの些細な事で戸惑ったりするんだよ。」

例えば議員達は、自分達の選挙区でのイベントで、地元議員に対する儀礼にロムニー氏が注意を怠る事に不満を述べる。知事のスタッフは議員の席を前列真ん中に配置せず、しばしば聴衆の中に一緒に配置する。(「それも、とても安っぽい椅子にね」オキーフ氏は言う。)

そしてその対立は、ある場面からさらに深くなる。2004年の議会選挙の時、ロムニー氏は131人の共和党候補のリクルートを個人的に助け、民主党議員にぶつけてきた。現職議員に対する、めったに無い正面切った攻撃だった。知事は自分自身をプロジェクトに投入し、候補者名簿をチーム・リフォームと名付け、選挙用の300万ドルの募金活動を監督した。

この努力は裏目に出た。その年、共和党は議席を失い、ロムニー氏は自分が落選させようとした民主党員の敵意を買う。その中には知事の政策を支持していた議員もいた。

「皆これを個人的な攻撃と受け取った。」知事の側近だったオキーフ氏は言う。「あたりを見回して言ったのさ。『俺は何もしてない。なんで知事は俺に狙いを定めたんだ?』」

ロムニー氏が彼らの票を必要とした時、攻撃された数人の議員がこう言ったのをオキーフ氏は覚えている。「俺の次のやつに頼みな。」

たぶん、ロムニー氏の前例からの逸脱の内、もっとも不快だったのは、彼が議員達と関わり合いを持つことに消極的である点だ。彼は殆ど議員達と交わりを持たない。長年マサチューセッツ州の政界で潤滑油として機能してきた平日や休日の交わりを持たない。

彼の直接の前任者の共和党員は州の政界に深い繋がりを持っていて議員との交わりを大切にしてきた。例えばウィリアム・F・ウェルド(William F. Weld)知事は、前マサチューセッツ州連邦法務官で、アポ無しで上院議員のオフィスを訪れる事で知られていた。前州議会上院議員のポール・セルッチ(Paul Cellucci)知事は議員とボッチャー(boccie:イタリア式ローンボウリング)をして遊ぶのが好きだった。

しかし生まれながらに無口なロムニー氏は、自分達とのくだけた会話を避けていると議員達は感じていた。多くの者に不評だった行動の一つとして、スタッフが議事堂のエレベータを遮蔽して知事だけが使えるようにし、議員達が一緒に乗れないようにした事がある。「人々に好感を持たれるやり方じゃ無いね。」1995年から下院議員をしているケイ・カーン(Kay Khan)議員は言う。

ロムニー氏の知事時代、報道官で現在選挙アドバイザーであるエリック・ファーンストロム(Eric Fehrnstrom)の話では、あれは9月11日の攻撃に対応した安全保障上の措置だったと言う。議員達との交わりについては、ファーンストロム氏は次のように言う。「彼は余暇の時間を、仮にそんな時間があったとしたらですが、妻や家族と共に過ごすんです。」

ロムニー氏のかつての側近2人は、彼のやり方が生産的で無いと思い、もっと議員と交わるよう即した。

「私達は彼の行動を変えようとした。」議会対策ディレクターだったオキーフ氏は言う。「彼は異なった世界に慣れ親しんでいた。その世界で彼は会社のC.E.O.で決断を下す存在だった。そしてその通りの事をしようとしたんだ。」ロムニー氏は議会の指導者達とは繋がりを築こうとした。前任者と同様に毎週、民主党と共和党のトップと法案について話し合った。「指導者達と繋がりを築けたら、あとは彼らが他の者をまとめるだろう。」そういう風に考えていたと思うとファーンストロム氏は言う。

しかし指導者達との関係も常に良好だったわけでは無い。2003年下院議長のトーマス・M・フィネラン(Thomas M. Finneran)が下院委員会チェアマンの給与を増額しようとした時、彼は知事が彼のプランに賛同していると思っていた。議会でも賛成を得られている行動だったと議員達は言っている。しかしロムニー氏が法律の技術的な問題で拒否権を行使した時、つまりは実質的に法案を葬った時、永遠に続く不和が作り出された。知事の側近だった人物の話では、もしロムニー氏がフィネラン氏と椅子に座って話し合い、妥協を生み出していれば、このような結末は避けられただろうと言う。

フィネラン氏はこの件を、ロムニー氏にとって自分のアジェンダを進める為の良好な関係を築く事が出来たかも知れない「失われた機会」だったと呼んでいる。「上手く行けば、もっと実り豊かな時間を持てたかも知れないんだ。」彼は言った。

ロムニー氏の別の側面を垣間見せてくれる話もある。過去10年間、下院少数会派リーダーだったブラドレイ・H・ジョーンズ・ジュニア(Bradley H. Jones Jr.)は知事が彼のオフィスを訪ねて、政治的助言を求めた時の事を覚えている。知事はその時、自分の生活について思いもかけない話をした。例えばある時、妻のヘアー・ドライアーで地下室の凍り付いたパイプを溶かしたことがあると言った話。

しかしこういった話は、彼と同じ党のメンバーにしか伝わっておらず、その同じ党のメンバーすらも、時としてロムニー氏の冷たい態度を破るのに奮闘せねばならなかった。

「ミット・ロムニーは打ち解けやすいタイプでは無い。彼はそういう男じゃ無いんだ。」ジョーンズ氏は言う。「皆はそういう人物を欲していた。だけど彼はそう成れなかった。」

ロムニー氏は政策の細部について議員と話している時が最も気楽であるようだった。しばしば議員に感銘を与え、時として複雑な物事を理解する能力で議員を圧倒した。

州議会の古株上院議員であるヘッドランド氏は、ある時、知事との会話中、自分の選挙区の天然ガスプラントを閉鎖する案ついて、何の気なしに反対した時の事を覚えている。ロムニー氏は即座に厳しい反撃をした。エネルギー業界の需要と供給について、まるで頭の中のブリーフィング・ブックから読み上げているかのように膨大なデータを示しながら。

「彼は私をズタズタにしたよ。全くまごつく出来事だった。」ヘッドランド氏は言う。「誰かが得点を付けていたとしたら、テクニカル・ノックアウト負けさ。」

知事時代のロムニー氏はマサチューセッツ政界と僅かしか関係を持たなかった。しかし議事堂の中では、彼の非古典的な議会アプローチは、土地の政界の逸話として残される事になる。

委員会のチェアマンで民主党上院議員ブライアン・A・ジョイス(Brian A. Joyce)は、2005年に同僚達と一緒に知事のオフィスへ行った時の話を好んでする。ロムニー氏はジョイス氏に向って、上院議員が戸惑うようなインサイド・ジョークを言った。

「明らかだったのは、」ジョイス氏は言う。「知事が僕の事を、自分の党の新人上院議員だと勘違いしていたって事さ。誰か全く別の人物とね。」

ジョイス氏の自尊心は若干傷ついたが、後で仲間たちと、そのエピソードがとてつもなく面白いものに思えてきた。

「皆、腹を抱えて笑ったんだ。」ジョイス氏は言った。

~~ここまで~~

次回更新は3月31日ごろになると思います。
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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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