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秘密の「殺害名簿」で明かされる、オバマの意志と信条に対する試練

アメリカの対テロ戦争関連の記事をUpします。

記事を書いたのはジョー・ベッカー(Jo Becker)さんと、スコット・シェーン(Scott Shane)さんです。元記事はここにあります。

テロ容疑者殺害作戦の記事です。正直言って非難しているんだか、いないんだか、ハッキリしない記事です。

~~ここから~~

秘密の「殺害名簿」で明かされる、オバマの意志と信条に対する試練

ワシントンにて――その書類は、情報機関が提供する敵に関する最新の名簿だった。イエメン在住で西洋と繋がりを持つ15人のアル・カイーダ容疑者。顔写真と履歴書が載ったその書類は、高校の卒業名簿のようだった。数人はアメリカ人。2人は10代。その中の1人は少女で17歳よりも若く見えた。

ホワイト・ハウスのシチュエーション・ルームで安全保障担当の高官24人を招いて行う、火曜日定例の対テロリズム会議を主催するオバマ大統領は、しばしの間名簿を眺めた。その日は2010年1月19日、テロリストの陰謀に始終悩まされた政権最初の1年間が終ったところだ。最初の1年で最も緊迫した事件、クリスマスにデトロイトで起きた、すんでの所で大惨事になるところだった事件は、テロリストによる攻撃がもし成功すれば、政権が揺らぐ事になる事実を改めて想起させた。そしてオバマは依然、制服を着ていない敵と相対している。その敵は、しばしば周りにいる一般市民と見分けがつかないのだ。

「彼らはいったい何歳なんだ?」その場に居た2人の高官によれば、オバマ氏はそう訊いたと言う。「もし彼らが子供を使い始めたのなら、」オバマ氏はアル・カイーダについて言う。「私達は全く異なるフェーズに入った事に成る。」

その質問は単なる言葉だけのものでは無かった。オバマ氏は自分自身を極秘の「指名」プロセスを行う責任者に任命した。テロリストの殺害、あるいは逮捕を指名するプロセスの責任者だ。その内、逮捕の部分は主に言葉だけのものに成りつつある。オバマ氏はアル・カイーダとの戦いを、アメリカの価値観に沿うものにすると宣言していた。その彼が殺害命令を出す相手を載せたこの名簿は、この問題が、いかに法的および倫理的な難問であるかを象徴する存在だ。

オバマ氏はリベラルな法学教授で、イラク戦争や拷問に反対する選挙運動を行った。そして今、「殺害名簿」に新たに加える全て名前について、自らが許可を与えることを強要している。非伝統的戦争における気味の悪い「ベースボール・カード」とある高官が呼んだ名簿の、テロリスト容疑者の履歴を注意深く精査している。例えばトップ・テロリストの居場所(テロリストが家族と一緒に居る場所)が判って、ドローン攻撃を仕掛ける稀なチャンスが巡って来た時、最終的な倫理的計算を行うのは、大統領自身だ。

「こういった作戦をどれだけの範囲で何処までやるか、自分で決定すると、彼は決断したんだ。」国家安全保障アドバイザーのトーマス・E・ドニロン(Thomas E. Donilon)は言う。「彼の見解に従えば、それが世界での合衆国の位置付けに対する彼の責任なのさ。」彼は付け加えて言った。「彼は手綱をとても短く保っているんだ。」

オバマ氏の最初の任期において、最もリベラルな支持者を面食らわせ、同じ様に保守派の批判者を戸惑わせたのは、彼の過激な対テロリスト戦の戦歴だ。彼の行動はしばしば、うかがい知れないままで、非協力的な守秘義務で覆い隠され、政治的議論に対立を巻き起こす。大統領自身の忠実な支持者達の中にさえ対立を呼び込んだ。

3ダースにおよぶ大統領の現在の及び過去のアドバイザーに対して行ったニューヨーク・タイムズのインタビューによって、アル・カイーダとの陰の戦いを個人的に監督する役割を引き受けてからのオバマ氏の変化が判る。それは大統領の歴史でも前例の無いものだ。

アドバイザー達は矛盾を抱えた指導者を描き出す。彼はキューバのグアンタナモ湾にある収容所の閉鎖に必要な議会での取引を拒否する。しかしながら、死をもたらす重要な決定を悔やむ事無く許可する。戦線を縮小し、ムスリムとの和解を進める事に固執する一方、新たに危険な国へと広がった敵を、何処までも追いかけている。彼が自分の法的技術を対テロリズム戦争へ活かす時、それは通常、彼のアル・カイーダに対する情け容赦ない作戦を許可することに使われる。制限する事では無い。たとえその作戦が、イエメンのアメリカ人宗教指導者を殺すことであってもだ。彼自身が議会でその決断を「簡単なものだった」と述べている。

彼の大統領としての最初の任期は、対テロリズム戦争に関する「もぐら叩き」的アプローチに対して、政府高官からの数多くの懸念で彩られる事になった。新しいカテゴリーに属する空からの攻撃方法の発明と、それに続く不注意な目標設定に対する非難、そして、実態より恣意的に低くされていると何人かの高官が考える、一般市民犠牲者数の数え方に対する大統領の黙認、等に対する懸念だ。

明確な逮捕抑留政策を作り出すことに政権が失敗したことで、議会の幾人かのメンバーは、捕虜を全く取らない殲滅戦を政権が追行している印象を抱くようになった。オバマ氏が選んだパキスタン大使、キャメロン・P・ミュンター(Cameron P. Munter)は、C.I.A.のドローン攻撃がアメリカの中東政策の足を引っ張っていると同僚へ不満を述べている。同僚の話では彼は「大統領は自分がやった主たる仕事が人を殺す事であるのを知らない」と言った。

大統領の全ての行動において、彼の横には対テロリズム戦争アドバイザーのジョン・O・ブレナン(John O. Brennan)が居る。彼は多くの同僚から様々な方法で、執拗に犯人を追いかける刑事と比較されている。ホワイトハウス地下の洞窟のようなオフィスからテロリストを追いかけている人物。あるいはその祝福がオバマ氏に不可欠のものになりつつある聖職者。キリスト教哲学的「正義の戦争」理論を暴力的な現代の紛争に適用する事を、大統領と共に試みている人物だ。

しかし、攻撃がアル・カイーダを骨抜きにしつつある(4月以降14人のイエメン人と6人のパキスタン人が殺された)中で、長期的に見て敵を倒すのに必要だと2人の男が繰り返し述べる信条への、彼らの決意も、同時に試されているのだ。ドローンによる攻撃は、今やグアンタナモに取って代わり、過激派が新兵を徴集する際のツールに成った。2010年、タイムズ・スクエアで自動車爆弾を爆発させようとしたファイサル・シャーザッド(Faisal Shahzad)は、罪の告白の中で、市民を標的とした自分の行為を正当化する為に、裁判官に次のように述べた。「ドローンが攻撃する時、子供になど注意していない。」

2010年5月に更迭されるまで、国家情報局のディレクターだったデニス・C・ブレア(Dennis C.Blair)は、ホワイトハウス内部の議論で、アル・カイーダに対する長期的戦略は、攻撃に対する過度な集中のために脇へ追いやられていると述べた。「ホワイトハウスで繰り返し使われている言葉は『不本意だが仕方が無い(This is the only game in town)』と言うものだ。ベトナム戦争の時の戦死者数の話を思い出させられた。」とブレア氏は言っている。彼は引退した提督であり、ベトナム戦争中に海軍に入った人物だ。

ブレア氏の批判はホワイトハウスでは、個人的な怒りとして無視されたが、政府内部へ何らかの影響を与えている。

2011年オバマ氏の首席補佐官だったウィリアム・M・デイリー(William M. Daley)は、カイーダ・トーテムポールの下の方から人を持ってきて名簿に名前を加える事を永遠に続けるわけには行かない事を、大統領とアドバイザーは理解していると述べた。残された疑問は、いったいどれだけ殺せば充分なのかと言うものだ。

「1人の男を倒したとして、その男の運転手、21番目だった男は20番目になるのだろうか?」内部で行われる議論を説明して、デイリー氏はそう言った。「いったいどの時点で、バケツの中の数字は一杯に成るんだ?」

「選択肢を維持しろ」

オバマ氏が大統領と成った2日目、引退した将軍や提督たちの集団が彼の背後に立ち、選挙期間中の誓約を実現する幾つかの大統領令に彼がサインする間、軍による支持を提供した。暴力的な取調べ方法は禁止されたと彼は宣言した。そしてグアンタナモ湾の収容所は閉鎖されると。

新大統領が明言しなかったのは、命令書に幾つかの抜け穴が開いている事だ。それらの抜け穴は、依然としてあまり知られていないバラク・オバマを反映している。現実主義者で、彼を熱烈に支持するサポーターと異なり、自分自身のレトリックに夢中にならない人物だ。その代わり彼は、自分の法律家的能力を駆使し、テロリストとの戦いにおいて適切と考える最大限の自由度を得ようとしている。

それは、テロリストの権利読み上げに対する共和党の非難に答えることから、ドローン攻撃による一般市民犠牲者数のC.I.A.式数え方を黙認することまで、色々な事に繰り返し現れる彼のパターンだ。

大統領令が発令される前の日、C.I.A.の主席法律家、ジョン・A・リッゾ(John A.Rizzo)はパニックになってホワイトハウスを呼び出した。大統領令はC.I.A.に対し拘留施設の運営を禁止していた。テロリスト容疑者に対して暴力的な取調べが行われていた秘密の海外「ブラック・サイト」を全て一度に閉鎖する事を求めているのだ。

「ここに書かれている事から判断すると、君達は私達からレンディション・ビジネス(rendition business)を取り上げようとしている。」リッゾ氏は、オバマ氏のホワイトハウス・カウンセル、グレゴリー・B・クレイグ(Gregory B. Craig)にそう言った。レンディション・ビジネスとは、多くの批判を集めていた慣行で、テロリスト容疑者を外国で捕まえ、裁判や尋問のために別の国へ移送するものだ。リッゾ氏の説明によると問題は、そのような容疑者がフライトを待つ1日か2日の間、C.I.A.は、しばしば彼らを抑える事があり、命令書はそのような行為も違法にしていたのだ。


大統領はレンディションを止めさせるつもりは無いとクレイグ氏は確約した。単に外国での拷問にアメリカが共謀する事に繋がる違法行為を止めさせたいだけだと。それで、「拘留施設」に対する新たな定義が挿入された。「短期のトランジットの間」人間を抑えておく場所を除外したのだ。問題は解決された、そして公衆への面倒な説明でオバマ氏の式典を台無しにする事も回避された。

「理想主義より現実主義」、彼の選挙運動中の国家安全保障チームは2008年3月にそういうメモで助言を与えている。カウンセルは単に大統領の意図を補強しただけだ。

オバマ氏のアドバイザー達は、彼が就任する前から、グアンタナモの囚人達をどうするべきか、断定的立場を取らないよう助言している。大統領令に、巧みにあいまいな言葉を挿入する例は、助言が守られている事を示している。

大統領令は何人かの囚人が外国へ移送される、あるいは解放されるだろうと述べている。もし適当であれば何人かは犯罪を裁く法廷へ訴追されるだろう。軍法会議(military commissions)については、オバマ氏は批判的であったが、言及されていない。従って除外されていない。

政権内部と外部の、数名の鋭い目を持つ観察者は、大衆が理解していない事を理解している。オバマ氏は自らの手を汚す事無く、3つの主要な政策を維持している事を理解している。レンディション、軍法会議(military commissions)、そして無期限抑留(indefinite detention)、これ等は2001年のテロリスト攻撃以来、人権活動家のターゲットだった。

しかし1年後、議会が改定された軍法会議法に基づいて、テロリスト容疑者の裁判を行うよう彼に求めた時、彼は自分の法律的スキルを異なるやり方で行使した。一般法廷での裁判を準備したのだ。

それは2009年12月25日の直ぐ後、カイーダに訓練された工作員、ウマー・ファロウク・アブドゥルムタラブ(Umar Farouk Abdulmutallab)が、下着に爆発物を縫いこんで、デトロイト行き航空便に乗り込むと言う、危機一髪の事件の後だった。

テロ容疑者を一般法廷で裁判にかける為に必要な手続き、つまりはテロ容疑者の権利読み上げを行う政府の決定に対して、共和党は強烈な一撃をオバマ氏に見舞った。

大統領は、「アメリカ人と同じ権利をテロリストへ与えようとしているらしい。弁護士をつけて、彼らのミランダ権(黙秘権)を読み上げると言うわけだ。我々は戦争をしているのでは無いのだからと言ってね。」前副大統領のディック・チェイニー(Dick Cheney)はそう言って攻撃した。

実質的にも政策的にも劣勢に立たされたのを察して、大統領は司法長官のエリック・H・ホールダー・ジュニア(Eric H. Holder Jr.)をホワイトハウスへ呼んだ。

F.B.I.の捜査官はアブドゥルムタラブ氏に対して、権利読み上げ前に50分間尋問し、貴重な情報を得ていた。捜査官は1984年のニューヨークvsクアールズ(New York vs Quarles)判例を拠り所にしている。その判例では最高裁が、緊急の公衆安全に関わる質問に対して(銃のありかを問うことも含まれる)容疑者が答えた内容を、例えそれが黙秘権に関する助言を与えられる前であったとしても、証拠として認めている。

ホールダー氏の話しでは、法律家の業務経験が無いオバマ氏は、司法長官と協議を行った。いったどのくらいの範囲でクアールズ判例は適用できるのか?裁判所はおそらくテロリズムのケースでは無期限の尋問を、とても広範囲な物事に対して許すだろうとホールダー氏は感じていた。

際どい新解釈に満足してオバマ氏は安心したようだと、ホールダー氏は思い返す。

「バラク・オバマは1つの選択肢を信じている。『自分の選択肢を維持する』と言う選択肢をね。」選挙アドバイザーで現在、国防省のゼネラル・カウンセルをしている、ジェフ・C・ジョンソン(Jef C. Johnson)は言う。

「あいつらは全員民兵に違いない」

同じ様な物の見方が、無人飛行機でカイーダのテロリストを殺害すると言う、普通の人が怯むような作戦を、大統領が強化する時にも影響を与えた。

就任してすぐに大統領は、彼の政権下で最初に行われた攻撃で、無実のパキスタン人が大勢殺されたと言う報告を受けた。「大統領はこの件に非常に鋭く反応して言った。『どうしてこんな事が起きたのか、知りたい』と。」ホワイトハウスの高官はそう振り返る。

彼の懸念に答えて、C.I.A.はよりピンポイントの攻撃をする為に、使用する弾薬を小さくした。それに加えて大統領は基準を狭めたと、側近は言う。もし調査員が一般市民の死がゼロになる「確証に近い」考えを持っていない場合、オバマ氏は作戦を実行するべきかどうか、自分で判断したいと考えた。

大統領の指示は、より注意深く行動する必要性を強化したと、対テロリズム作戦の高官は言う。しかしプログラムに重要な変更は無かった。その理由は部分的に、「無実の人間の命を守る事は常に重要な考慮事項であるからだ」と、ジョージ・W・ブッシュ政権下最後のC.I.A.長官、マイケル・V・ハイデン(Michael V. Hayden)は言う。

また同時に、市民の犠牲者を数える時に、いろいろ非難されている推計方法をオバマ氏が採用していた事も、原因の1つであるかも知れない。何人かの高官の話しでは、事後に特別な情報で無実であることが証明されない限り、戦闘地帯にいる徴兵年齢の男性を実質的に全て兵士として数えているのだ。

対テロリズム作戦の高官はこれを、単純なロジックに基づくものだと主張する。テロリスト活動が知られている地域にいる人間、あるいはカイーダ高官と一緒にいる人間は、おそらくは悪事にからんでいるに違いない。「アル・カイーダは内向的で偏執狂的な組織だ。無実の隣人が、銃や爆弾を積んで国境を目指すトラックの荷台に、ヒッチハイクで乗っていたりはしない。」ある高官はそう言った。彼は依然として秘密のプログラムに関わっているので匿名を条件に話してくれた。

この推計方法が、おそらくは公式発表における極端に低い付随的死亡者数の理由を、部分的に説明している。オバマ氏が信頼するアドバイザーのブレナン氏は、去年の演説で、この一年間、攻撃による非戦闘員の死者は1人も居なかったと言った。そして最近のインタビューで、政権のシニア閣僚は、オバマ氏の指揮によるパキスタンでのドローン攻撃で殺された一般市民の数は「一桁」だと言った。又、独立機関が数えた、何百もの一般市民の死者は、民兵組織による偽りのプロパガンダに、意図せずに引き寄せられているとも述べた。

しかしインタビューの中で、3人の情報局高官が、一般市民死者数がそんなに低いとは信じられないと述べている。C.I.A.による推計値は実際、C.I.A.外部の政府高官数人を非常に悩ませていて、彼らはホワイトハウスへ懸念を表明している。ある人物はこれを、市民の犠牲者数を欺く、「組織的犯罪」だと呼んだ。

「彼らが、現場には7人の男がいた、だから皆兵士であるはずだ、と言うのを聞くと心配になるんだ。」高官はそう言った。「彼らは死体を数えてはいるが、それが誰かなんて気にしていない。」

「考えるまでも無い問題だ」

大統領になって4ヵ月後、共和党からテロリズムに対する向こう見ずなナイーブさを批判される中、オバマ氏は素早く、自分の政策を擁護する演説を行った。ワシントンの国立図書館で合衆国憲法の前に立ち、彼はグアンタナモについて28回言及し、選挙運動中の公約である閉鎖すると言う考えを繰り返した。

しかしそれは既に遅すぎた。そして演説における弁解的なトーンは、オバマ氏自身それが判っている事を示唆していた。ジョージ・W・ブッシュ大統領や、2008年大統領候補ジョン・マケイン上院議員は、グアンタナモ収容所の閉鎖を支持していた。しかし議会共和党は、その流れを逆転させる。そしてこの問題を、オバマ氏がテロリストに対して弱腰だと非難するのに使える事を発見する。

図書館から出てくるとき、彼はその当時の国家安全保障アドバイザー、ジェイムズ・L・ジョーンズ将軍を見た。そして自分には議会を説得して収容所を閉鎖する計画を実現する事が出来ないのを認めた。

「こんな失敗は2度と繰り返さない。」オバマ氏は引退した海兵隊将軍にそう言った。

大統領とその側近達は、収容所を閉鎖する事について、こう考えていたとジョーンズ将軍は言う。「考えるまでも無い問題だ。合衆国は全世界へ良い印象を与えられるだろう。」しかし彼は付け加えて言った。問題は、「誰も聞かなかった事だ。『O.K.これが良い考えだとしよう。それでいったいどうやって実現するんだ?』ってね。」

議会において、なれなれしく振舞ったり、圧力をかけたりすることは、単にオバマ氏の好みに会わない行動であると言うだけでは無い、もっと深いパターンの一部なのだと、彼を間近に見ている政府高官は言った。大統領は、見たところ、「自分が未来図を描けば、それは実現すると考えていたようだ。それを実現するために通さなければならないメカニズムを、実際には考えていなかった。」

実際のところ、ある高官の話では、国務長官のヒラリー・ロドハム・クリントン(Hillary Rodham Clinton)と司法長官のホールダー氏は、グアンタナモ収容所を閉鎖する計画が挫折しつつある事を警戒し、自分達がキャピトル・ヒルに行って、説得して回る用意があると申し出ていた。しかしオバマ氏の指示を受けた首席補佐官のラーム・エマニュエル(Rahm Emanuel)が2人を止めた。健康保険改革法案を通すのが先だと言って。

政権がグアンタナモ収容所からノース・バージニア刑務所へ2人のウイグル人、中国から来たムスリム系少数民族のメンバーで、合衆国の脅威では無いと見なされている人間を移す計画を上げようとした時、下院議員フランク・R・ウォルフ(Frank R. Wolf)が率いるヴァージニア共和党はその考えを非難した。政権は計画を取り下げた。

この事件はグアンタナモ閉鎖へ向けた努力を台無しにしたのと同じ弱さを見せ付けたと、彼を間近に見る政府高官は話している。「リンドン・ジョンソンだったら、押し通していただろう。」彼は言う。「しかしそんな事は起きなかった。あれはまるでボクシングの試合で目の上を切ってしまったかのようだった。」

力の行使

その儀式は官僚組織が行う儀式の中でも最も奇妙なものだった。殆ど毎週、政府の国家安全保障に関わる機関から100名を越えるメンバーが、厳重に保護されたテレカンファレンスに集まり、テロリスト容疑者の履歴書を精査して、次に死ぬべき人間を大統領に推奨するのだ。

この秘密の「指名」プロセスはオバマ政権の発明品だ。イエメンのアル・カイーダ支部のメンバー、あるいは、ソマリアのシャバブ民兵組織のメンバーと疑われている人間達の、名前と別名、それに生い立ちの物語を表示するパワーポイント・スライドを精査する厳めしい集団だ。

そのビデオ・カンファレンスはペンタゴンが主催している。同組織はイエメンやパキスタンへの攻撃を監督する存在だ。そして参加者は疑念の表明をためらう事は無い。アル・カイーダとの繋がりを示す証拠の提示を強要する。

「そもそもカイーダ協力者とは、いったい何だ?」その場での議論の様子を描き出すために、ある参加者は説明する。「もし私がゲートを開けて、そこをメンバーが通って言ったら、私は協力者か?」緊張した議論から見て、一人の名前を認可するのに5回から6回のセッションが必要だった。そして若しその人物が最早脅威では無いと見なされたら、名簿から消えてゆくと、その参加者は説明する。それに平行して、攻撃が実施されるパキスタンにフォーカスした、より秘密の選別プロセスがC.I.A.でも行われている。

指名者の名簿はホワイトハウスへ行く。そこではブレナン氏のガイドの下、どんな名前に対してもオバマ氏が認可を与える。それはオバマ氏が自分自身に強要した事だ。彼は、イエメンとソマリアに対する全ての攻撃、そしてより複雑でリスキーな、全体の3分の1を占めるパキスタンへの攻撃全てに、サインしている。

側近の話では、オバマ氏には、重要な対テロリズム作戦に没頭する事になった理由が幾つかあると言う。アウグスツスからトーマス・アキナスまで、戦争について書かれた文献の研究者であった彼は、このような行動に対する倫理的責任を取らなければならないと信じている。そして彼は、悪しき攻撃はアメリカの尊厳を汚し、民主主義を頓挫させると知っている。

「これが科学では無いのを彼は実感している。これは裁断だ。あらゆる時代に人間が知性によって行ってきたものだ。」前の首席補佐官デイリー氏はそう言った。「大統領はある程度の失敗が起きうる事を受け入れた。だから、彼はより思慮深い方法を必要としているんだ。」

しかし彼が行使するコントロールは、オバマ氏の驚くべき自己に対する信頼を反映している。彼と近しく働いた人間に言わせると、彼は自分の判断が攻撃に対して注がれていなければならないと信じている。

オバマ氏について最も驚かされた事は何か訊かれて、国家安全保障アドバイザーのドニロン氏は、すぐさま答えた。「彼は合衆国の名の下に力を行使する事に完全に平静でいられる大統領なんだ。」

実際、2007年の選挙戦で、合衆国をイラクから撤退させアル・カイーダに集中することを訴えていた時、オバマ氏はパキスタンのテロリスト基地を、仮にパキスタン指導者が反対しても攻撃する事を宣言していた。その当時の彼のライバル達、ミット・ロムニーや、ジョセフ・R・バイデン・ジュニア、クリントン夫人を含む人々は皆、それを青二才の選挙キャンペーン用はったりだと言って攻撃した。(ロムニー氏は、オバマ氏はきっと「ストレンジラブ博士(訳注:スタンリー・キューブリック監督映画、『博士の異常な愛情』の中で世界を滅亡させるキチガイ科学者)」に成るだろうと言っていた。)

しかしながら、就任後のオバマ氏は、彼が約束していた正にその通りの事を行う。そして、急速にブレナン氏の判断に信頼を置くようになる。

アイルランド系移民の息子であるブレナン氏は、25年C.I.A.で勤めた白髪交じりのベテランだ。彼が長官だったブッシュ政権下に行われた暴力的取調べの為に左翼からの厳しい批判の標的と成っている。オバマ氏の下に移った後、激しい非難を受けてC.I.A.長官候補から名前を外され、代わりに対テロリズム作戦のチーフに成った。

ブレナン氏は依然、ドローン戦略に対する批判に悩まされており、目標を殺す戦略へとオバマ氏を導く為にホワイトハウスへ送り込まれたC.I.A.のエージェントだと示唆されている。しかしオフィスでのブレナン氏は、グアンタナモ収容所閉鎖を強力に支持する発言や、市民の自由を尊重する言動で、以前は彼を非難していた多くの人々を驚かせている。

例えば、イェール・ロー・スクールの学部長、ハロルド・H・コー(Harold H. Koh)はブッシュ政権の対テロリズム政策を批判する指導的リベラル主義者だが、国務省トップの法律家と成ってからは、ブレナン氏の中に、信念を持つ同盟者を発見している。

「もしジョン・ブレナンが大統領の側に残る最後の人物であったなら、私は安心できる。何故ならブレナンは本物の倫理的真摯さを持った人物だからね。」コー氏は言う。「まるで、とても強い倫理観を持った聖職者が突然、戦争を指導するように言いつけられたようなものだ。」

他の側近の話では、C.I.A.や他の様々の機関から上がってくる情報を評価するブレナン氏の経験を大統領は評価していると言う。

「こういった行動の目的は合衆国国民の命に対する脅威を最小化する事にある。」ブレナン氏はインタビューに答えて言った。「これは最後の選択だ。大統領を含むここに居る全ての人間は、人間が死ななければ成らない事実を好んでいない。従って大統領は我々が厳密なチェックリストによって精査する事を確実にしたいと望んでいる。逮捕可能性の少なさ、情報源の確かさ、脅威の緊急性、全てのそういった事柄だ。」

それでも、現政権のテロリスト容疑者殺害の成功には、ある疑念によって、暗い影が付きまとっている。その疑念とは、オバマ氏は逮捕によってもたらされる複雑な問題を避ける為に、実質的に殲滅戦を行っているのではないかと言う疑念だ。オバマ氏の下で多くの容疑者が殺害される中、アメリカが逮捕したのは1人だけだ。そして大統領はグアンタナモへ新たな囚人を追加する事に躊躇する。

「これは、高価なターゲットの取り除き対、高価なターゲットの逮捕で、どっちを選ぶかと言うという政策さ。」ジョージア州上院議員で情報委員会のトップ共和党員、サクスビー・チャンブリス(Saxby Chambliss)は言う。「彼らは派手に宣伝したりしないが、実質的にやっている事はそういう事だ。」

オバマ氏の側近はそういった政策を否定する。パキスタンやイエメンの険しい部族領域で、逮捕は実質的に不可能であり、さらには、多くのテロリスト容疑者がアメリカの通告で外国の監獄に収監されていると主張する。それでも司法省やペンタゴンの高官は、一般社会に与える印象を心配しているのを認める。

「私達は、命乞いを与えず捕虜も取らない政策(no-quarter or take-no-prisoners policy)を避ける為に、注意を怠っては成らない。」ペンタゴンの法律家チーフであるジョンソン氏は言う。

トレードオフ

オバマ氏と対テロリズム戦チーフが、ターゲットの選抜に対して払う注意、および、正確な兵器であるドローンに対する彼らの信頼は、大統領が就任して直ぐ出した声明を反映している。その声明で大統領は、彼が言うところの、ブッシュ政権による「私達の安全と私達の理想との間で行った誤った選択」を拒否した。

しかし彼は戦争が複雑な仕事である事を発見する。そしてルールに縛られずに敵を追いかける彼の行動は、倫理的、法的、そして実際的なトレードオフを要求する。そういった事は、彼の演説には現れない、

初期の頃に現れた試練は、パキスタンのタリバン指導者、バイチュラー・メサッド(Baitullah Mehsud)に関わる問題だった。政権に対するインタビューとパキスタンから得た情報源によると、この事件は2つの側面で問題含みだった。

C.I.A.は、主にパキスタンをターゲットとするグループの指導者メサッドを不安に思っていたが、彼はオバマ政権の殺害目標の条件を満たしていなかった。彼は合衆国に対する差し迫った脅威では無かった。しかしパキスタン政府は彼の死を望んでいて、アメリカによるドローン作戦は、パキスタン政府の暗黙の了解に依存していた。この問題は、大統領とアドバイザー達が、彼が脅威を体現しているのを発見する事で解決した。彼は本土に対する脅威では無かったが、パキスタンのアメリカ人に対する脅威だった。

2009年8月、C.I.A.長官レオン・E・パネッタ(Leon E. Panetta)はブレナン氏に、諜報部がメサッド氏を照準に捕らえたと伝えた。しかしパキスタン・タリバンの指導者を取り除く事は、オバマ氏の基準、無実の者が殺害されない事が「ほぼ確実」であると言う条件を満たさないとパネッタ氏は警告した。実際のところこの攻撃は、ほぼ確実に無実の者を殺してしまいそうだった。彼は妻と、妻の実家に居たのだ。

「今まで何回も、」ジョーンズ将軍は似たようなケースについて言っている。「夜の11時になって作戦を取り止めにした事がある。単純にターゲットの回りに人が居た為で、彼らが居なくなるまで、基地で待機していればよかったからだ。」

しかし今回はそう成らなかった。

オバマ氏は、ブレナン氏を通してC.I.A.に撃つよう指示を出し、メサッド氏と妻は、リポーターに従えば、他の家族のメンバーと共に殺害されたと、シニア情報局員は言っている。

その数ヵ月後、12月25日に起きた旅客機爆破未遂事件は、大統領の決意を固くしたと、側近は言っている。それは一連の事件のクライマックスとして起きた。一連の事件の中には、テキサス州フォート・フッド(Fort Hood)で、過激なイスラム思想を持つ陸軍精神科医が13人を殺害した事件も含まれている。

オバマ氏は優れたポーカー・プレーヤーだが、怒ったときに出る特徴がある。彼の質問は機関銃の掃射のようになり、司法長官のホールダー氏によれば、「あるフレーズを繰り返し話に挿入するんだ。『貴方が理解しているか確認したいだけなんだが』というフレーズさ。」全ての人に明らかだったのは、23歳の爆弾犯人が何十億ドルもしたアメリカのセキュリティー・システムを潜り抜けた事について、彼が頭に来ていた事だと、ホールダー氏は言う。

ある政府職員が、テロ攻撃が失敗したのは強化された空港セキュリティーの為に、未テストの方法と初心者の爆弾犯に頼らざるを得なかった為だと、弁解をした時、オバマ氏は割って入った。

「しかし、彼はそれを上手くやったかも知れず、そうしたら私達は飛行機が爆破され何百人もが死んだ状況でここに座って居なければならなかったんだ。」その場に居た人物によれは、大統領はそう言った。もし爆弾が爆発していたらどうなったか、詳細に想像する事で、これが危機一髪だったと言う事を認識して欲しいと彼は言った。そしてその特徴的なやり方で部屋を歩き回り、職員1人ずつに何が悪かったのか、何をすればよいのか説明を求めた。

「あの事件の後、大統領として、彼は合衆国が直面する脅威を腹の底から感じ取ったようだった。」国家テロ対策センターの長官、マイケル・E・ライター(Michael E. Leiter)は言った。「修羅場を潜り抜けたテロ対策のベテラン、ジョン・ブレナーでさえもが、リュックサックのベルトを締めなおしたよ。」

大統領の最も近しい政策アドバイザー、デイビッド・アクセルロッド(David Axelrod)が、「恐怖の火曜日(Terror Tuesday)」会議に顔を出すようになった。彼の無言の存在は、全ての人が理解できる明白な合図だった。テロ攻撃が成功したら、大統領の全ての大望や業績は台無しになるのだと言う事の。

11月のフォート・フッド銃撃事件とクリスマスの爆破未遂事件は、最も劇的な形で、イエメンから来る脅威を示した。ブッシュ時代の、テロリズムを相手にした世界戦争という概念を拒否し、アメリカの照準をアル・カイーダのコアへ狭める事を約束したオバマ氏は、突然攻撃目標を、別の複雑なムスリム国家へと振り向ける事になった。

2009年12月17日、彼の監視の下で最初に行われたイエメンへの攻撃は、ジョーンズ将軍が言うところの、「我々に馴染みの無い未発達の戦域」での作戦の困難さを示す厳しい事例となった。

その攻撃は意図した目標を殺害しただけで無く、2軒の隣り合った家族を殺害し、何発かのクラスター爆弾を現場に残した。それによって更なる無実の犠牲者が出る事が予想された。これは、オバマ氏が好む正確な作戦などでは無かった。子供の死体と、アメリカ製ミサイルの部品をかざす怒った部族民の映像はYou Tubeに溢れかえり、アル・カイーダを支持していると言われるイエメン政府関係者の凶暴な反発を煽った。

粗雑な攻撃はオバマ氏とブレナン氏を動揺させたと政府関係者は言う。そして今一度、2人は規律の導入をした。

パキスタンにおいてオバマ氏は、「個人的」攻撃、高位のテロリストの名前を指定した攻撃だけで無く、「象徴的」攻撃、トレーニング・キャンプとか民兵組織が支配する領域の疑わしい建物などへの攻撃も許可してきた。

しかし、C.I.A.がテロリストの「象徴的」建物を選定する基準は緩すぎると、数人の国務省高官がホワイトハウスへ苦情を上げた。C.I.A.が「3人の男が飛び跳ねている」のを見たら、諜報局員はそれをトレーニング・キャンプだと判断すると言うジョークがあると、ある政府高官は言う。トラックに肥料を積んでいる男達は爆弾犯かも知れない、しかし彼らは多分農民なんだと、批判的な人間は主張する。

最初の粗雑な攻撃の為に、イエメンでの象徴的攻撃を求める軍と情報局の司令官に、オバマ氏は反対した。

「私達はイエメンと戦争する気は無い。」ある出席者によると、彼は会議でそう忠告したと言う。

彼の指図はジョーンズ将軍のメモに定式化されている。ジョーンズ将軍が「司令官、(もし貴方がそうなら)スロットルを離すな(governor, if you will, on the throttle)」と呼んでいるメモで、「世界のどこかで悪人を見つけたからといって、単にこういった事をやってもO.K.だと考えるな」と言うことを全員に注意するために作られた。

オバマ氏は線を引いた。しかし2年も経たない内に彼はその線を越える。パキスタンでの象徴的攻撃は多くのテロリスト容疑者を殺害した。C.I.A.の分析官が攻撃前に存在を確認できていなかった人物までもだ。そして、アラブの春による混乱で揺さぶられたイエメン国内では、カイーダの下部組織が領地を獲得しつつあった。

今日、国防省は、イエメン内の名前さえ知らない容疑者でもターゲットにする事ができる。高官によれば、象徴的攻撃に対する条件はきつくなっているという。合衆国への脅威の証拠が必要であるし、新しい名前さえ攻撃に付けられている。その名前はTADS、Terrorist Attack Disruption Strikes(訳注:無理やり訳すとテロリスト攻撃中断打撃、つまりはテロリストの攻撃を止めさせる攻撃ですね)。しかしその詳細は厳密に守られている。透明性を約束して就任した大統領が良く採用するパターンの1つだ。

最終的テスト

この方面で、オバマ氏の信条が試されたケースとしては、アメリカ生まれの宗教指導者でイエメン在住のアンワー・アル=アウラキ(Anwar al-Awlaki)のケース以上のものは無いだろう。最近有名になったアウラキは長々としたオンライン説法で大統領を非難していた。

大統領は、「明らかにアウラキのような人物がどのようにして育ったのか理解する事にとても興味を持っていた。」ジョーンズ将軍はそう言う。この宗教指導者の激しい説法は、フォート・フッドの銃撃事件を含む数多くの事件を引き起こす力となっていた。そして彼はさらに、アブドュルムタラブを使って「実行動を伴う」陰謀を企てた。アブドゥルムタラブに対し、旅客機が合衆国上空に入った直後に爆発物に引火するようコーチしたのだ。

これ等の記録と、さらなる攻撃を呼びかけるアウラキ氏の存在は、オバマ氏に緊急性の高い問題を提示した。はたして彼は、合衆国と戦争状態に無い外国に居るアメリカ市民を標的として、裁判にもかけない秘密裏の殺害を命令できるのか。

司法省法制意見室は、この非常処置を正当化する長々としたメモを準備した。その中で、合衆国憲法修正第5条は容疑者にたいする適切な処置を保証しているが、行政当局内部の熟議によってその条項を満足できるとした。

オバマ氏は認可を与え、2011年9月アウラキ氏は殺害された、彼の仲間の扇動者、サミル・カーン(Samir Khan)も同時に殺害された。彼は標的では無く、たまたまアウラキと同行していただけだった。

かりに大統領が、この重要なステップで気分を悪くしていたとしても、彼はそれを表に出さなかったと側近は言う。オマバ氏はその代わり、この宗教指導者が敵方に加わり、さらなるテロ攻撃を計画しているという証拠の評価に集中していた。

「これは簡単な決断だ。」彼がそう言ったのをデイリー氏は覚えている。しかし大統領は同時に、将来上がってくる案件に対しては、これほど明確な証拠は望めないかも知れないと、警告した。

アウラキ氏の死に際して、司法長官を含む幾人かの政権高官は、司法省の法律メモを公開するべきだと主張した。実際2009年にオバマ氏は、ブッシュ政権の取調べに対する法的意見を、6人の元C.I.A.長官からの強硬な反対意見に関わらず、公開している。

しかし今回、彼自身の秘密に関わる件で、彼はアウラキの法的意見を秘密にしたままにする事を選択した。

「自分がその立場に立ってみれば、物事は少し違って見えると言う事さ。」元C.I.A.ゼネラル・カウンセルのリッゾ氏は言う。

元C.I.A.長官で現在オバマ氏の共和党対立候補ロムニー氏のアドバイザーを務めるハイデン氏は、大統領の攻撃的な対テロリスト戦歴を賞賛して、「中国に対したニクソン」並みのクオリティーだと言っている。しかし彼は同時に、「秘密はコストを伴う」とも言い、オバマ氏は攻撃戦略を公表するべきだと言う。

「このプログラムは大統領の個人的合法性に依存している。それは継続不可能だ。」ハイデン氏は言う。「私も秘密のO.L.C.(Office of Legal Counsel:法制意見室)メモを基にした行動を行う生活をした事がある。あれは嫌なものだった。民主主義は、D.O.J.(Department Of Justice:司法省)の金庫にしまわれたメモを元に戦争なんかしないんだ。」

戦略に優先する戦術

2009年6月のカイロでの演説で、ムスリム世界との関係リセットを目指したオバマ氏は、インドネシアでの自身の子供時代を鮮やかに描写した。祈りの呼びかけを、「夜明けと共に聞き、黄昏の訪れと共に聞く」日々の事を。

「合衆国は決して、将来もずっと、イスラムとの戦争はしません。」彼は宣言した。

しかしそれに続く数ヶ月、何人かの高官は、対テロリスト攻撃が過激派に対する境界戦略への配慮を覆い隠し始めている事に対して危機感を感じ始めていた。クリントン夫人は強力に攻撃を支持してはいたが、シチュエーション・ルームでのドローンのみのアプローチに対して同僚へ不満を述べ、議論が特定の攻撃に対するタイミングとか細部に隔たりすぎていると言っている。

毎週行われる昼食会でクリントン夫人は大統領に、過激派が生まれる元となる原因へもっと注意を払うべきだと言う、自分の考えを伝え、オマバ氏もそれに同意していた。しかしそれは2011年9月、諜報機関をまたがる洗練されたウォー・ルームを国務省に設ける大統領令が発令される前だった。そのウォー・ルームでは、一時間毎に、ジハードの物語に対抗するメッセージやビデオをオンラインへポストし、各大使へ論点を提供している。

側近の話では、オバマ氏はパキスタンのビン・ラディン邸襲撃で発見された手紙に元気付けられたと言う。その手紙では、合衆国がイスラムと戦争しているのでは無く、テロリスト・ネットワークと戦争しているのだとアメリカ大統領が繰り返し訴えている為に、アル・カイーダへの支持が衰えてきている事に不満が述べられていた。「私達は良い仕事をしていたようだ。」オバマ氏は国務長官にそう語った。

さらに言えば、オバマ氏の戦歴は、彼の前任者が直面していたような圧倒的な批判に類するものは引き出していない。ブッシュ政権下のトップ国家安全保障法律家、ジョン・B・ベリンジャー三世(John B. Bellinger III)に言わせると、オバマ氏のリベラルとしての世評と、「柔らかい物腰(softer packaging)」が彼を守っていると言う。「グアンタナモに対して世界中から非難の声が上がった後で、オバマ政権が何百ものドローン攻撃を数カ国で実施し、市民の犠牲も出ているのに、世界がそれに反応していないのは驚くべき事だ。」ドローン攻撃を支持するベリンジャー氏はそう言った。

イラクから撤退し、アフガニスタンからも撤退の準備を進める中で、オバマ氏は戦いの相手をアル・カイーダに据えなおし、アメリカ兵とムスリム市民の犠牲者数を大幅に減らした。しかし熟慮すべき瞬間が訪れた時、オバマ氏は、終わりの無い仕事と意図しない結果に対して、そうなった理由を考えざるを得ないだろう。

ドローン攻撃に焦点を合わせる彼のやり方は、今のところ彼が思い描いた、新たなムスリム政界との関係を作り出す事を不可能にしている。パキスタンもイエメンも、オバマ氏が大統領に成る前より不安定になり、アメリカへの敵意を募らせている事はほぼ間違いない。

良かれ悪しかれ、ドローンはアメリカの力の目に見える象徴となり、国家の自治に対する暴虐であり、無実の者を殺している。中国とロシアが注目する中で、合衆国は、国境を越えてドローンを送り、敵を殺害すると言う国際的前例を作った。

以前国家情報局長官だったブレア氏の話では、ドローンによる攻撃作戦は危険なほど魅惑的だと言う。「これには政治的利点が存在する。コストが低い、アメリカ人に犠牲が出ない、タフネスも主張できる。」彼は言う。「国内的には良い事ずくめだ。不人気なのは他の国でだけさ。国家に不利益であったとしても、それが表面化するには長い時間がかかる。」

しかしブレア氏のような反対派は、安全保障専門家の間では少数派になる。オバマ氏の戦歴は、民主党が国家安全保障に弱いと言う政治的認識を弱めた。彼の対テロリスト政策が、ロムニー氏からよりも遥かに激しい攻撃を、アメリカ自由人権協会から受けるとは、4年前には誰も想像出来なかった。

しかしながら、側近の話では、オバマ氏の選択はそれほど驚くべき事では無いと言う。以前国家テロ対策センター長官だったライター氏によれば、大統領がドローン攻撃に頼るのは「秘密作戦とか特殊部隊とかに対する熱愛からは、かけ離れたものだ。もっと実際的なものさ。彼は最初の大統領なんだ。ポスト・アブドゥルムタラブ状況に直面した大統領としてね。その状況下では、明日にも合衆国が攻撃されるかも知れないと言われ続けるんだ。」

「数多くの法律を成立させる事はできるだろう。」ライター氏は言う。「しかし法律はビン・ラディンを殺すことは出来ない。」

~~ここまで~~

次回更新は6月16日ごろになると思います。
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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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