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ミシシッピー州がイランに何を学べるのか?

医療に関する記事をUpします。

記事を書いたのはスージー・ハンセン(Suzy Hansen)さんです。元記事はここにあります。

アメリカ、ミシシッピー州がイランの医療システムに学ぼうとする話です。

~~ここから~~

ミシシッピー州がイランに何を学べるのか?

この春のある朝、ミシシッピー州ジャクソンの公認看護師クラウディア・コックス(Claudia Cox)は患者を訪問する為に郊外に向けて走っていた。彼女にとって患者の家を見つけるのはいつも大変だ。「田舎に住む人は最悪よ。」彼女は言った。「『オークの木まで来てください』とか言うのよ。あ~そうでしょうとも、私は町の生まれなの。オークの木がどんなものかも判らないわ。モクレン(magnolia)だったら知ってる。松(pine)もね。」コックスは、もう7年も乗ってるフォード・フリースタイルを自分の「オフィス」だと言っている。しかし車の中の雰囲気はまるでアーケードだ。ダッシュボードはディング・ディング・ディングと鳴ってシートベルトをしてないのを注意する。シガレット・ライターにつけた携帯充電器はブーンと音を立てる。携帯電話はシェリル・リン(Cheryl Lynn)のディスコ音楽「Got to Be Real」の着信音を鳴らす。45歳で、離婚して3人の子持ちのコックスは、電話呼び出しに答えながら、患者のチャートとかタバコとかを一度に取り扱う。まるで蛸の精ででもあるかのように。いつも車が道端の草に乗り上げる寸前にハンドルを切る。今回彼女は、ヴォンダ・ウェルズ(Vonda Wells)が繰り返し救急病棟へ来るのが何故なのか突き止めようとしていた。

コックスはヘルスコネクト(HealthConnect)と呼ばれる機関で働いている。この機関の目的はミシシッピー中央医療センター(Central Mississippi Medical Center)ジャクソン病院の入院患者を減らすことにある。病院では一般診療の為に救急病棟に訪れる人々が後を絶たない。人によっては月に何回も訪れている。

ウェルズの巨大な体躯は小さな家のドア一杯になっていた。鼻に酸素チューブを付けながらも彼女は元気そうだった。彼女は赤ん坊を抱いていた。「あなたの子?」コックスは叫んだ。

「孫よ!」ウェルズは言って、ドアの向こうへ下がる10代の子に赤ん坊を預けた。2人の女性はカウチが押し込められた暗いリビングルームに座った。

「さてウェルズさん、私達は外に出て全ての人をチェックして回っているの。」コックスは言った。「あなたは肺炎を患っている、そうよね?」

「私はフロリダに行って、そこで最初に病気になったの。ホリー・ランドでね。」

「O.K.」コックスはメモを書いて、顔を上げるといった。「それは何なの?」

「アミューズメント・パークよ。でもエルサレムみたいな所。ノアの箱舟とかがあって、パッション何とか言うお芝居をしていたわ。」

「そうなの、私と私の赤ん坊にも新しい行き先が増えたわ!」コックスは言った。2人は居一緒に笑った。

コックスはオークの木は知らないが、人とどう話せばよいかは知っている。彼女は患者に、インシュリンを買う金があるか聞いて良いのはどんな時か知っている。あるいはインシュリンをちゃんと打っているか、あるいはインシュリンをちゃんと冷やしているか、あるいはインシュリンを冷やす冷蔵庫があるかと言った事を、どんな時に聴けば良いのか知っているのだ。健康保険未加入者の問題はミシシッピー州では大問題だ。しかし問題はそれだけでは無い。「それでちゃんと薬はとっているのね?」ウェルズは後ろめたそうな顔をした。「あなたは酸素吸入器が無いとやってけ無いわよね?」彼女は正にその通りだった。

ウェルズは5年前、まだ喘息の病気を患う前、ジャクソン病院で公認看護アシスタントとして働いていた。彼女に言わせれば、酸素ボンベが必要な看護師を欲しがる病院は何処にも無いと言う。それで彼女は今、週に数時間、クリスチャン・コミュニティー・センターで働いている。「イリノイスに25年住んでいたわ。」彼女は言った。「ここに来る前は本当に喘息の症状なんか無かったのよ。」

「この家に何か発症させるものがありそうね。」コックスは言った。「カビのテストをした方が良いと思うわ。」彼女はノートを付けた。その家は古く、絨毯は厚く、空気は湿っていた。「基本的な電気、ガス、水道の項目にはチェックマークを付けてと。あなたの主な問題は喘息よね。」

「それと、うっ血性心不全ね。」

コックスは首をかしげた。「あなた、うっ血性心不全にどう対処しなければいけないか聞いてる?体重計が必要なのよ。」彼女はこれ見よがしに家の中を見回した。まるでテレビの陰からでも体重計が出てくるのを期待しているかのように。

「体重計が必要なの?」

「体重計が必要よ。それで毎朝体重を量るの。何故なら、若し1日で3ポンド以上体重が変わっていたら、体が余分な液体を溜め込み始めている事になるからよ。あなたの足、もうむくみ始めているようね。」

コックスは何故体が余分な液体を溜め込み始めるのか説明した。そして彼女は、ウェルズが血圧をチェックしているかどうか質問した。救急病棟のデータは、彼女の血圧が100を212越えている事を示していた。すでに脳卒中のレベルだった。ウィルズのナトリウム摂取量が心配になって、ソーダをどのくらい飲んでいるかも聞いた。そしてジュースの中には大量のナトリウムを含んでいるものがあるのだと説明した。「知識は力なのよ。O.K.?」コックスは優しく言った。「あなたは40歳で酸素ボンベ無しではやってけ無い。私はあなたに酸素ボンベを付けてデートになんか行って欲しくないのよね。」ウェルズは再度笑った。

家の汚染状況をテストする会社を探してみようとコックスは言った。そしてウェルズの為にヘルスコネクトの医療クリニックに予約を取った。ウェルズは立ち上がり、酸素チューブを後ろに引きずりながら、コックスをドアまで送った。コックスは壁に掛かった1枚の写真の前で止まった。「とっても良い家族ね!」コックスは言った。彼女はほっそりとした1人の女性に注目した。「これお母さん?」

「祖母よ」ウェルズは言った。「亡くなったとき95歳だったわ。私がここへ越して来たのは祖母の面倒を見るためなの。」

ヘルスコネクトの包括的かつ極めて個人的なアプローチに対して責任を持つ人間の1人が、アーロン・シャーリー博士(Dr. Aaron Shirley)だ。博士は3年前、非常に珍しい場所で医療ケア改革のインスピレーションを得た。1980年に一般診療システムを作り出したイラン・イスラム共和国(Islamic Republic of Iran)だ。彼が最近私に話してくれたところでは、その当時のイランの主要課題は「都市住民と田舎の住人との間の医療格差」だったと言う。「合衆国においてもこの格差は存在する。イラン・モデルは地理的格差を消している。それなら、この同じアプローチが、地理的にも人種的にも格差の存在する合衆国に使えないだろうか?」

シャーリーが2010年にヘルスコネクトを作った理由、そして他の人間に証明したいと思ったものは、メディケアや健康保険を持っていても、地域社会にクリニックがあったとしても、そして家庭医療サービスが受けられたとしても、依然としてミシシッピーの貧しい人々は問題を抱えていると言う事だった。彼らは良くなっていないし、貧困や肥満から生まれる病は防げていない。何千人もの人々が、一般診療で対処できる病気の為に救急病棟へやって来る。彼らには別のものが必要だ。

シャーリーは市民権運動時代のヒーローで、長いこと州内唯一の黒人小児科医だった。彼自身の言葉によれば、彼は活動家タイプで、必ずしも「非暴力派」では無い。土地のクー・クラックス・クランに自宅を狙われていると聞いて、自分の息子も銃の撃ち方を知っているからな、と警察署に警告した人物だ。彼はミシシッピー州立大学医学学校の最初の黒人レジデントで、1960年代にはミシシッピー・デルタに設立された州最初のコミュニティー医療センターで働いている。彼は歴史書に残らないような活動もしている。例えば、清潔な飲み水が得られず、栄養不良な赤ん坊を抱えて郊外を歩き回らねば成らない貧しい黒人たちへ井戸を掘ったりしている。1993年マッカーサー基金は彼を「医療ケア指導者」と認定し、基金が与える「ジーニアス」賞の1つを授与した。

現在79歳のシャーリーは一日のほとんどをジャクソン医療モールで過ごしている。この場所は何十年間も、JC Penny(合衆国のデパートチェーン)とかGayfers(同じくデパートチェーン)が入った実際のモールだった。しかし1980年代に中間所得層が郊外へ逃げ出すにつれ付近一帯は衰退し始めた。ジャクソンの由緒あるダウンタウンはほとんど空になり、1962年にメドガー・エバーズ(Medgar Evers)がボイコット運動をした混雑した商店街、キャピトル・ストリートは今日、シャッターが閉まった幽霊でも出そうな場所になっている。ダウンタウンから5分しか離れていないモールも同じ運命をたどった。それで1990年代中頃、シャーリーは仲間達とモールを買い取る為にジャクソン医療モール基金を設立し、ここを貧困層に種々の医療サービスを提供する場所に変えた。

それ以来、シャーリーは数多くのミシシッピー州民が指摘してきた事実、毎年政府と民間あわせて何百万ドルもを注ぎ込んできたにも関わらずミシシッピー住民の生活は改善しないと言う事実を間近に観察してきた。「ここに来てもう40年になる。」彼は最近私にミシシッピー・デルタについて言及した。「何にも変わっていない。」

2008年にシャーリーは、ジャクソン州立大学の公衆衛生学教授モハンマド・シャバジ(Mohammad Shahbazi)からジェームズ・ミラー(James Miller)と言う名のコンサルタントを紹介された。ミラーと彼の妻はミシシッピー州オックスフォードに住んでいる。その土地で彼は家族の他のメンバーと共にコンサルティング会社や種々のビジネスをやっている。2004年、ミラーはイランにおける一般診療システムについて、ドイツでイラン政府代表と会合した時に学んだ。しかし、ミシシッピー州の医療危機が革命前のイランとどれ程似通っていたか認識させられるのは2007年までかかった。その年、困難にあえぐ病院がミラーの会社を雇い、経営のアセスメントをした。それによって、ミラーはミシシッピー州の医療危機の全体像を把握できたのだ。

「イランのシステムが1980年代に構築された時、イランの辺鄙な場所には医師が居ませんでした。」ミラーは言う。「この状況はデルタの今日の状況と似ているのです。」

イランの改革方法は、各地に導入するに当たって比較的安価だった。80年代初頭、アヤトラ・ホメイニ(Ayatollah Khomeini)は帰ってきたばかり、シャー統治下では存在しなかった社会正義を辺鄙な土地にも約束するイラン革命は始まったばかりだった。その当時、国民の半分以上が大都市の外に点在する60,000余りの村に住んでいた。イラン人は「健康ハウス」を建設した。健康ハウスは徒歩一時間以内に住む1,500人くらいの人々に奉仕するようにできている。それぞれのハウスは1000平方フィート程度の広さがあり、検査室と寝室を持ち、地域医療従事者が詰めている。医療従事者は1人の男性と、1人又は複数の女性で構成され、予防医療に関する基本的なトレーニングを受けた人達が付く。彼らは栄養状態や家族計画について助言し、血圧を計り、出産間近の人が誰か把握し、予防接種を施し、水質などの環境状態に注意を払う。重要な点として、信頼を得るために、医療従事者にはその村の出身者が成る。

全体で単一の階層システムを構成しており、重症患者や外科手術が必要な患者は上位の階層へ紹介される。健康ハウスから地区健康センターへ、そして地域の病院へと紹介される。この統合された性質こそがこのシステムを独特なものにしている。今日では、17,000の健康ハウスが地方に住む2千3百万のイラン人に奉仕している。地方と都市に住むイラン人の間の医療格差は狭められた。イランは地方の乳幼児死亡率を75%削減し出生率も下げた。イランの改革は、予防医療や一般医療の重要性を長年唱えてきた世界保健機構からも表彰されている。

ミラーにとってこのモデルの重要な魅力はその単純さにある。彼は数人のミシシッピー学会の人間に接触し自分が学んだ事を話した。殆どの人は彼の事を変人扱いした。合衆国とイランは1979年の人質事件以来良好な関係であったためしが無い。イランはアメリカ人が共に協力しようと考える国では無い。しかしペルシャの歴史を愛し、合衆国とイランが壁を修復するのが見たいと言う自分の欲求を隠そうともしないミラーは、U.C.L.A.の公衆衛生学教授ゲイル・ハリソン(Gail Harrison)と話をした。彼女は以前自分の学生だったモハンマド・シャバジを訪ねることを勧めた。彼はイラン人であるだけで無く、ミシシッピー内で歴史的に黒人大学だったジャクソン州立大学の教授でもあった。

シャバジは1980年代に大学院での文化人類学の仕事で合衆国へやってきて、医療の問題に魅せられた。彼はミシシッピーとイランが直面する問題の類似性を認識していた。イランでの彼は、シャー体制下で差別されていた遊牧部族カシュカイ(Qashqai)の一員だった。「私達は野蛮で臭い遊牧民と見られていました。」彼は言う。自分が行っている医療における社会的決定要因の研究について、ミシシッピーは最高の機会を提供してくれると彼は考え、ジャクソンにおける2つの世界の狭間に居を構えた。ジャクソンでの彼は黒人でも白人でも無いが、両者の側が持つ相手への秘められた人種蔑視とか怒りとかを関知できる立場に居た。「私は自分自身を漂白された黒人だと思っています」と彼は言う。

ジャクソンの州政府公衆医療プログラムに参加するようになってから、彼はしばしば、イランの医療ケア改革について、より大きな政策グループの中で議論したいと考えていた。しかしポスト9/11の環境でそれをすることを恐れてもいた。元気が良く人懐っこいシャバジは、「私達には薬学者(pharmacologists)はいない、災学者(harmacologists)がいるだけだ」と言ったジョークを言う傾向がある人間で、一度空港で連邦政府のエージェントに最重要テロリスト・リストに載っていると思われて引っ張られた事がある。エージェントにリストを見せられた時、シャバジは言った。「だけど俺はパキスタン人のシャバズ・モハンマド(Shabaz Mohammad)じゃ無い。イラン人のモハンマド・シャバジなんだ!」

シャバジは、一緒にシャーリーに接触しようと、ミラーへ言った。彼は2人がイランのシラズ(Shiraz)を訪ね、土地の健康ハウス設立と運営に責任を持つ人間と会見できるようアレンジした。2つのグループは、シャリズ大学とジャクソン州立大学の間で公式な学術提携を結ぶ決断をし、シャーリーは改宗者としてミシシッピーへ帰った。同じ年に数人のイラン人医師と事務官が、妻と共にミシシッピーへ旅した。彼らは自分達が目にしたものに驚かされた。「これがアメリカなんですか?」彼らは尋ねた。2010年イラン人達は又戻ってきて、ミシシッピーにどれくらいの健康ハウスが必要か、イランの例を基にして計算した。シャバジはジャクソン州立大学で地域医療従事者にトレーニングを施す仕事を始めた。シャーリーは医療モール基金のリソースを使ってヘルスコネクトを開始し、一軒一軒訪問して家庭に介入する地域医療従事者が、如何に病院の資金を節約するか示そうとした。そしてジャクソンの学校に健康ハウスを設置する手続きを始めた。彼らは最終的にミシシッピー地域健康ハウスネットワークを作ろうと望んでいる。ミシシッピー・デルタにおける彼らのプロジェクトのパイロット・バージョンだ。

「私達は、自分達の事を単に信じてくれとは言って無い。」シャバジは言う。「私達は、1,000万ドルから2,000万ドルよこして3年待ってくれと言っている。私達はデルタに15の健康ハウスを導入する。そして2つの事を証明する。私達は医療の成果を変えてみせる。そして州の医療コストを減らして見せる。」

ミシシッピー州は国内で最悪の医療統計を幾つか所持している。ミシシッピー在住黒人男性の平均寿命は、1960年のアメリカ人平均寿命を下回っている。69%のミシシッピー成人は肥満、あるいは体重オーバーだ。州内の家庭の4分の1は適切で健康な食物にアクセスできない。まあまあの食料雑貨店は30マイル離れているかも知れない。国内で最も肥沃な地域の人々が、しばしば食料雑貨をガソリンスタンドで買わなければならない。その結果としてミシシッピー住民は糖尿病や高血圧、うっ血性心不全、喘息で死んでゆく。シャーリーは指摘する。1960年の人々は飢えていたが、今日の人々は食物で死んでゆく。

この州は10代で妊娠する割合が国内最高だ。現在のところ州内には堕胎クリニックが1箇所しか無く、以前シェリフ代理をしていたフィル・ブライアント(Phil Bryant)知事はそこを営業不能にしようと必死で働いている。今年にいたるまで学校は性における禁欲を教えてきた。合衆国における黒人乳幼児死亡率は白人乳幼児死亡率の2倍以上ある。それでミシシッピー州には膨大な数の新生児集中治療室がある。何千人もの未熟児(体重が1~4ポンドの新生児)の世話をするのは何百万ドルもかかる。ミシシッピー州立大学医療センターのグレン・グレイブス(Glen Graves)博士によれば、こういった小さく恵まれない赤ん坊たちは、成長して重い疾患を患うことが多いと言う。

ヒューマン・ライツ・ウォッチはディープ・サウスを「合衆国におけるH.I.V.伝染病震源地。国内のどの地域よりも多くの人々がAIDSと共に生き、亡くなっている場所」と呼んでいる。ミシシッピー州の黒人は全国平均よりも64%多くAIDSで亡くなっている。ジャクソン内を南北に伸びる地域で560,000人が暮らすデルタでは、H.I.V./AIDSは静かなそして重大な危機だ。州の保健省の推計ではH.I.V.陽性のミシシッピー住人の内、半数が現在治療を受けていないと言う。

デルタにある多くの病院は、緊急治療室がお金を払わない患者で溢れていると不満を述べる。ミシシッピー州立大学医療センターで健康関連の副学長をしているジェームズ・キートン(James Keeton)博士の話では、センターの患者の14%は健康保険を持っていないか、「自分で払う(self-pay)」患者だと言う。そして病院はそういった患者の治療費の内、わずかしか回収できていない。「さて、ビジネスマンとして言わせて貰うなら、自動車会社に務めていて車をただであげるような事をしたいと思うかい?それも店を開けてもいない内にだ。」

州の人口約300万人の内、550,000人は健康保険未加入だ。現時点でブライアント知事は医療費負担適正化法(Affordable Care Act.:オバマの医療改革法)の元で拡大される連邦政府からのメディケイド費を受け取るつもりは無いと主張している。しかし仮に連邦政府からお金を受け取ったとしても、そのお金が必要な全てのミシシッピー住民を診察するだけの医師がいない。州には100,000人当たり176人の医師しかいない。国内最低の数字だ。

60年前、国内最貧かつ最も人種間の格差が大きい州であるミシシッピー州は、「社会正義に対する国家の取り組みを計る標準となる州だった」と歴史家のジョン・ディットマー(John Dittmer)は書いた。ミシシッピー州の医療従事者のコミュニティーと話をすると、全ての人が同じ様な事を囁く。これはロケット科学のような複雑な問題では無い。我々は皆、何をしなければならないか知っている。貧困者の生活改善に専念する人間を雇わなければならない。そして膨大な資金を投入する事でのみ状況を改善できる。しかし政治的な意志が存在しない。そして現状維持が続くのだ。新鮮なトマトも買えない人々が何世代にもわたって存在していて、その人たちは医師の指示、日に3回薬を飲みなさい、全部一編に飲んではいけませんと言う指示を、理解できないのだ。

5月のこと、シャーリーとシャバジと黒人小児科医のエヴァ・ヘンダーソン=カマラ(Eva Henderson-Camara)はシャバジの車に乗り込んでデルタへ向かった。ベルゾニ(Belzoni)にある小さな病院の2人と看護師と話す為だった。ジャクソンから1時間以上北へ行ったところだ。デルタに入って最初に気がつくこと、特に貧困を予想していると裏切られるのは、あまり人がいないと言う事だ。農場は広大で人がいない。多くの場所は牧歌的で、木陰に降り注ぐ太陽を見ているとちっとも貧乏そうな場所に見えない。私が一般的なミシシッピーの印象について、クラウディア・コックスに話すと彼女は厳しい顔で答えた。「そう見える理由は実際、アメリカの貧困が貴方が考えるようなものでは無いからよ。昔だったら裸足の人々が今はナイキを履いているわ。もし私が病気で2ヶ月働けなかったらどうなると思う?貧乏になるのよ。これは新しい貧困ね。」それでもデルタの街、例えばルイーズ(Louise)とかミッドナイト(Midnight)では貧困は否定しようが無かった。壊れかけた工場の陰にある人気の無い商店街。鉄道車両に寄りかかったショットガン・ハウス(間口が狭くて細長い住宅)。庭やポーチが殆ど家具で埋まっている住居。

今60歳のヘンダーソン=カマラは祖父が所有していた農場で育った。その当時の子供は、学業年齢の殆どを小作の仕事(sharecropper system:土地と肥料を借り受けて収穫物で返すシステム)を助けて過ごしていた。70年代に大企業が農地を買い取り機械化するまでそれは続いた。(「想像してみてよ、毎朝起きたらこの光景が目に入るのを。」ヘンダーソン=カマラは窓の外に広がる平らな地面が空まで続く景色を見ながら言った。「そして考えるの。今自分を撃ちぬくべきか、後にするかってね。」)土地を追われた何千人もの労働者がジョッケイ工場(Jockey factory)とかシュウィン・プラント(Schwinn plant)とか、あるいはナマズ養殖所とかで働いた。しかしそれらも90年代に閉鎖された。ヘンダーソン=カマラはイェール大学へ行く奨学金を獲得して抜け出す事ができた。現在、彼女はジャクソンに住み、ヘルスコネクトの医療クリニックで働いている。

ベルゾニでは全ての人が四角いテーブルについていた。看護師ディレクターのディー・アン・ブラウン(Dee Ann Brown)が病院の抱える問題を数え上げた。救急病棟の再診、肥満、不十分な保健。シャーリーはそこで、地域医療従事者の役割を説明し、このようなサービスが助けになるかどうかブラウンに尋ねた。

「貴方が説明しているのは家庭医療ではないのですか?」ブラウンは言った。

家庭医療エージェンシーは、患者の家庭でのクリニックに看護師を割り当てる。しかし看護師は夜中に電話を受けたり、油の多い食物を遠ざけたりはしない。そしてこのサービスを受けるには保健に加入していなければならない。しばしば営利企業、すなわち医療社会におけるヘッジ・ファンドのような存在が、高い利益率と低い規制に誘われて参入し、良い結果も悪い結果も両方とも出している。カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校の内科医で政策専門家でもあるサンジェイ・バス(Sanjay Basu)は言う。いくつか注目に値する真摯な家庭医療エージェンシーが存在するが、「もし営利目的で参入するとしたら、それは恐るべき家庭医療エージェンシーだろう。膨大な利益を上げるだろうがね。」デルタの多くの街に家庭医療エージェンシーは存在している。しかしデルタの問題は解決されていない。何故か?シャーリーは、何が実際に患者を助けるか読み取れるよう訓練された第3のグループが病院には必要だと説く。そのグループは患者の住む世界から来なければならない。同じ言葉を話し、似たような恐れと不満を持ち、同じ様な人生経験をしている人達。

「殆どの家庭医療看護師は患者と良好な関係を築いています。」ブラウンは言った。

「しかし大きな不信感が存在しているのです。」ヘンダーソン=カマラは身を乗り出して言った。「人は自分に似た人で無いと信用しないのです。非常に隔離されたコミュニティーで育った私にはそれが事実として判ります。患者と一緒の時、患者の心に入れたと思うこともあるでしょう。しかし貴方がドアから出てゆくと患者は笑って言うのです。『質問を止めてもらう為にああ言っただけよ。』ってね。しかし若し貴方がコミュニティーの中で生きてきた人間で、シスター・エドナが話すのを聞いているとすると、貴方は言います、「さあ、エドナ。」そしたら彼女は言うでしょう。「判ったわ、話すわよ。」そして彼女は真実を話してくれるんです。人間は自分に似て無い人は信頼しないのです。」

「ここではそんな問題は無いと私は感じます。」たまたま白人であるブラウンは言った。「私はスムーズな関係を築けていると思います。」

「私も貴方はスムーズに仕事をしてると思いますよ。」

両者の間の相違は、よそ者に対する不信を越えた問題で最高点に達する。アメリカの医療ケアの不安定な性質に起因する問題だ。医療ケア・システムに開いた穴を埋めようと、あるいはその穴から利益を得ようと、参入してくる数多くの営利ビジネルや非営利サービスでマーケットが溢れかえっている中、健康ハウスネットワークは単なる新たな参入者だとして無視したり誤解したりすることは簡単だ。シャーリーと仲間たちが必要だと考えているものは、もっと包括的で過激なもの。地域社会に根を下ろし、家庭の中に入り込み、肥満とか糖尿病とかが入ってくる前に、将来世代の方向を変えるものだ。彼らが尊重するイラン・システムは予防医療のシステムだ。アメリカの医療ケアは予防的では無い。システムですら無い。

地域社会の医療従事者が一軒一軒訪ねて回る方式は中国からメキシコまであらゆる場所で行われている。テキサス州立大学医療政策研究所のカール・H・ラッシュ(Carl H. Rush)によれば、合衆国内では何十年もの間、地域社会の医療従事者はごく僅かしか使われていなかった。最近になって全国の病院は、地域社会の医療従事者がコスト削減に繋がる可能性を実感しはじめていると彼は言う。

イランの健康ハウスの役割は、アメリカの地域医療センターの元々の役割と似ている。H・ジャック・ガイガー(H. Jack Geiger)博士が1967年に、国内最初の連邦政府認可医療センターをデルタの小さな街、マウンド・ベイヨウ(Mound Bayou)に設立した時、その目標は人々の病気の原因と成る生活習慣の数多くの側面と対決する事だった。「私達は井戸を掘り、簡易トイレを作り、家を建てた。500エーカーの野菜農場も始めた。」ガイガーは言う。彼の仕事は50年代末に彼が南アフリカで見たものに感銘を受けて始めたものだ。「これは私達が医師として行う何よりも大きなインパクトを人々の健康に与えるはずだった。私達が個別に訓練した人々は、スタッフの中でも最も役に立つ人々だった。」

今日全国には8,300のセンターがあり、2千万の人々に奉仕している。しかしながら月日が経つうちに、地域医療センターは、市場での競争の必要上から、伝統的医療ビジネスへと変貌していった。全体的な健康に影響を与える社会的、環境的要因よりも、個人への医療サービスの提供へ集中するようになった。

これらの医療センターを元々の役割へ戻すため、医療費負担適正化法は110億ドルを地域医療センターへ与えようとしている。その合計金額は、全国のセンターの数と容量を倍増させるだろう。「もし地域医療センターが、1960年代や1970年代の当初の殆どのセンターを特徴付ける介入的なやり方に戻る為に予算が使われるならば、効果は期待できる。」ガイガーは言う。「国内の全ての医療提供者は圧力に晒されている。システムのインセンティブの為だ。患者を出来るだけ早く送り出さなければ成らない。何故なら、診療した人数によってお金が支払われるからだ。このやり方は、ミシシッピーで見られるような複雑な問題に捕らわれた人々には利かない。こういった問題は10分では解決できないんだ。」

シャーリーは言う。アメリカ貧困層の抱える問題、生活環境とか不充分な教育とか、有害な生活習慣、家族の支援の不足、健康的生活が送れない事、こういった問題には家庭への訪問が必要だと信じていると。ニュージャージー州カマデン(Camaden)やアトランティック・シティー(Atlantic City)のグループがこの同じアプローチを使っている。彼らは去年、ニューヨーク在住のアタル・ガワンデ(Atul Gawande)の事例を研究した。彼は最悪の救急病棟再診常習者として知られた人物だ。大勢のソーシャル・ワーカーや看護師が動員されて、その不健康の原因となる数多くの要因が見つけ出された。ガワンデの事例で他の何よりも明らかだったのは、こういった人々は継続的な注意が必要だという点だった。彼のような人間はたった1つのつまづき、例えば電気代の滞納とかで、雪崩を打つように健康状態を悪化させてゆく。

イラン・モデルはもう一歩先へ進んでいて、地域医療従事者に村に生まれた人の福利の責任を取らせている。これはアメリカの独立独歩の精神に大きく抵触するアプローチだ。しかしイランにおいては、一見介入的なこのやり方が必要だと、イラン・システムの設計者の1人、カメル・シャドポー(Kamel Shadpour)博士は言う。「こういった地域医療従事者の1人に何人カバーしているか聴いたとしましょう。彼らは約2,000人と言うような回答はしません。」シャドポーは言う。「彼らは正確に1,829人と言うように回答するでしょう。例えば62番の家族ファイルを取り出したとすると、彼、または彼女は、それがどの家族であるか知っているでしょう。そして父親が何歳で、5人子供がいて、それぞれ何歳で、予防接種の状況とかどういう家族計画をもっているかとか、全て言う事ができるんです。」

さらにイランのモデルが他と異なっているのは、このシステムが医療の供給システムと統合されている事だ。患者はその必要性に応じて上位の病院へと、チェーンをたどって紹介される。「全体的なシステムが鍵なんです。」オックスフォードのコンサルタント、ミラーは言った。「地域医療従事者だけでは無いんです。」

アメリカ政府はより包括的な解決法へと動いている。医療費負担適正化法は、医師、ソーシャル・ワーカー、看護師、薬剤師が協力して患者に奉仕する、「責任ある介護組織(accountable care organizations)」を作り出した。医療改革の一環としてメディケア・メディケイド・サービスセンター(Center for Medicare and Medicaid Services)は、病気予防とコスト削減の新方式提案組織へ与える数百万ドルの援助を、5月から既に100件以上与えていると発表した。このイノベーション・センター・アワードは、地域医療従事者も参加する多くの実験的プログラムに与えられている。

「今や新たな興味が沸き起こっています。その理由は部分的に、国の注目が予防医療に集まっているからです。」メディケア・メディケイド改革センター(Center for Medicare and Medicaid Innovation)のディレクターであるリチャード・J・ギルフィラン(Richard J. Gilfillan)博士は言う。「私達が支払う医療費の84%は重症患者の治療に当てられています。私達は肥満を防止する事で他の病気、糖尿病とか高血圧とか腎臓病とかも防止できる事を知っています。それならこういった事態が最初から起きないように予防したらどうでしょう?より多くの治療だとかX-rayとかが使われる前に。幾つかの受賞プログラムは、遠い昔に医療ケアが提供されていたやり方を思い起こさせます。家庭を訪問して得られる情報から、私達は患者の人生とか、彼らがどうやって病気を扱っているかとかを、知ることが出来るのです。」

昨春のある朝、シャーリーは私を連れて、ブラックバーン中学校に設けられた新しい健康ハウス施設を訪れた。そこはジャクソン州立大学キャンパスの端に位置し、シャーリーが育った所から通り一つ隔てた場所だった。近所を彼と歩き回ったり、ジャクソン州立大キャンパスにあるペンギンと言う素敵なレストランに立ち寄ったりするのは、市長と歩いているようなものだった。昼食の間に、彼のところへ握手を求めてくるのは、州の新しいメディケイド・ディレクターや、ミシシッピーのNAACP(National Association for the Advancement of Colored People:全米有色人種地位向上協議会)代表といった人達だ。

シャーリーは、学校の中に健康ハウスをひらくのは家族が行きやすくする為の自然なやり方だと説明した。ミシシッピー内の多くの公立学校はフルタイムの看護師を置いていない。そしてブラックバーン中学校に入学するのはほとんどが貧困家庭の児童だった。従って学校は敷地内に医療ケア施設を持てるチャンスを歓迎していた。

ブラックバーンに詰める地域医療従事者の1人がティアラ(Tiara)だ。貧困家庭一時扶助(Temporary Assistance for Nedy Families)を受けるシングル・マザーで、私とは約9ヶ月前に会ったことがある。地域医療従事者を訓練する事の、あまり明白でない利点は、これによって失業者へ雇用を創出できる事にある。あまり高い資格は必要では無い。最初のインタビューの時、ティアラは、どんなに自分がこの仕事を愛しているか話してくれた。ブラックバーンでの彼女は、前に私と話した時、どういう風に若い少女達に性についてカウンセリングするか話していた時よりも静かに見えた。「誰かが17歳で子供を持つなんて、私は絶対に反対です。」彼女は私達に言った。(彼女は今22歳だ。)「もっと可能性があるんだから。」

ヘルスコネクトの従業員として、ティアラは又、学校に配置される前、家庭訪問もしていた。どっちにしても彼女の生活は、いわばフルタイムのヘルスコネクトだ。「私のアパートには、」彼女は数え上げながら言った。「昨日の夜は6人泊まったの。みんな電気が止められちゃったから。一人は本当に酷い糖尿病なのよ。インシュリンを取り出そうと思っても良く見えないの。もう何も見えないのよ。」

こういった話はミシシッピーで繰り返し聞かされる話だ。コックスと一緒に車で回った5日間の間、私は医療従事者が何と戦っているのかを、そして彼らに何が出来るのかを見た。コックスは中産階級家庭の出身、安定した家が生み出した人間だ。彼女は大学へ行き、葬儀ディレクターになり、公的奨学金を使って看護学校へ行く決断をした。コックスは看護師として20年働いてきた。シャーリーとミシシッピー中央医療センターは、地域医療従事者の訓練が終わるまで、公認看護師をヘルスコネクトで使うことにしていた。その間、コックスは、親達の生活が驚くようなやり方で崩れていっているのを感じ取っていた。

例えば、心臓発作で8ヶ月に20回も病院へ来るレジーナ・ハギンス(Regina Huggins)がいる。彼女を見た医師は誰一人、彼女をホスピスケアに紹介しなかった。そして彼女の話では、自分に何か出来る人は誰もいなかったと言う。彼女は美容師の免許を持っていて、ゼネラル・モーターズの子会社、パッカード・エレクトリックで働いた事があり、公立学校のバスの運転手とか子守をして働いている。「私は働いてるの。」彼女は言った。

そしてキャロリン・ブリュースター(Carolyn Brewster)とメルビン・マクギー(Melvin McGee)がいる。2人は29歳で赤ん坊がいる。赤ん坊のジャスティン(Justin)は未熟児だった。恐らくはブリュースターが高血圧で、子癇前症(preeclampsia:妊娠後期の血圧急上昇)になった為だと思われる。ブリュースターとマクギーは2人とも学習障害を持っている。しかし仕事についていて子供の面倒を熱心に見ている。2人はモーテルのような集合住宅の、月450ドルで2部屋のアパートに住んでいる。そこの住人は皆、30歳以下に見えた。私達が2人を訪ねたとき、コックスがブリュースターの血圧を測ったら100を149超えていた。ブリュースターは血圧を下げる努力としては、一般的な民間療法である酢を飲む事以外何もしていなかった。コックスは彼女の為にメディカル・クリニックの予約をその日の内に取った。どのバスに乗って、どの薬局へ行けば良いか彼女に支持し、直ぐに行く必要があるんだと強調した。「貴方まだ29歳なのよ。それなのに人工透析が必要になりかけてるわ。」

出てくる時、コックスはティアラの所へ寄りたいと言った。ティアラは同じ集合住宅に住んでいて、2人目の子供を生んだばかりだった。

シャーリー、シャバジ、それにミラーは、健康ハウスネットワークの為の巨大な資金を集めるのに苦労が絶えなかった。彼らはミシシッピー選出議員ベニー・トンプソン(Bennie Thompson)を仲間に引き入れ、保健福祉長官のキャサリーン・シベリウス(Kathleen Sebelius)へ手紙を書いた。彼らはイノベーション・センターのアワードに申し込みもした。ジャック・ガイガーが推薦状を書いてくれた(しかし受賞できなかった)。ミシシッピー中を回って話もした。

この3人、それに私が話した多くのミシシッピー人が等しく不満に思うのは、数多くの連邦政府資金や援助金が研究活動にいっていて、実際の奉仕活動へ向かって無い事だ。「デルタの人々は研究の為に死につつある」シャーリーは言った。又彼らが指摘するのは、資金が稀にしかシステム全体へ行かない事だ。しかしこのグループは、イラン方式健康ハウスを合衆国で展開するアイデアは両国間の友好を鼓舞するかも知れないと希望している。

「若しリソースを持っているなら、何故トライしないのですか?」イラン・システムの設計者の1人シャドポーは、私がテヘランに彼を訪ねた時に言った。「状況はイランより悪いわけでは無い。むしろ反対に、多くの点で良い状況にある。インフラストラクチャーがあるのですから。」

15箇所の健康ハウスで始めるパイロット・プロジェクトに資金を提供する人物が現れるまで、シャーリーは11箇所の学校への健康ハウス作りを進めている。学校には既に部屋も電気も水道もあるのだから。シャーリーの話では、ハウスを運営し続ける為に、メディケイドから資金が出る公認ナース・プラクティショナーをハウスに詰めさせると言う。「そうすれば、ナース・プラクティショナーが作り出す予算で彼女自身や地域医療従事者へ給料を払う事が出来る。今私達は、『O.K.それでいったい、どれくらいの金があるんだ?』って言っているところさ。」

「私達のプロジェクトが外部から得た資金は、保険会社のユナイテッド・ヘルスケアが出した75,000ドルだけさ。彼らは自分達のお金を節約できる可能性があると考えたんだ。」彼はそう続けた。

彼のやり方は断片的で行き当たりばったりだ。しかしシャーリーはシステムの周りで働いていた事がある。60年経って彼がイラン・モデルに向かった主な理由は、ミシシッピーで行われていた他の全てのシステムと異なり、それが上手く行っていたからだと思われる。1年間で見るとヘルスコネクトは中央ミシシッピー医療センターの再診レートを15%も削減できている。

その間にもミラーは資金を作り出す又別の方法を探していた。ジャクソン州立大学の医師の協力と、提携先のシラズ大学の助言を得ながら、彼は、アメリカ人とイラン人が協力して、こういったシステムが必要な他の国へイラン・モデルを導入する議論を開始した。彼は主要な国際援助プロジェクトがミシシッピーへ資金を提供する道となるのを希望している。

最初の訪問から数週間後、クラウディア・コックスはヴォンダ・ウェルズの家を再び訪れた。現在41歳のウェルズは救急病棟へ再診してなかった。しかし彼女は前より悲しそうだった。彼女はクリスマス・コミュニティー・センターの仕事で得られる1日5ドルのお金を受け取れていなかった。あらゆる書類を書き、ケア・ワーカーにメッセージも残したが彼女は返事を受け取っていない。

そしてメディケイドが年間の医師訪問数を制限している為、彼女は今医者に見てもらう事が出来ない。

「どうやって呼吸医や心臓医に会っているの?」コックスは訪ねた。

「キャンセルするしか無かったわ。」ウェルズは言った。「もう払わなきゃいけない請求書が240ドルもあるのよ。」

彼女は必要な薬も確保できていなかった。「メディケイドはこの代金を払ってくれないわ。1回90ドルの薬代なんて払えない。」彼女は言った。「私は薬から自分を切り離そうとしているの。それで大丈夫だったらもう薬は飲まない。」

しかしウェルズは明るい話もした。19歳の彼女の娘、隣の部屋で孫と遊んでいる娘はファッション・デザイナーの才能があるのだと彼女は言った。一番若い16歳の娘は軍に入って「世界を見たい」と言っているのだと言う。母親は時々彼女の支払いを助けてくれると言う。伯父がやって来て家の修繕をしようと申し出ていると言う。絨毯をはがして台所を直してくれるらしい。色々な意味でウェルズはコックスの患者の中では珍しい。彼女には家族がいる。

実際にこの家は彼女の祖母の家だ。彼女は子供時代、この家で過ごした事がある。彼女は家賃を払わずに住める思い出のつまった家があって幸運なのだ。しかしウェルズはこの家が彼女の喘息の原因となっているのか、まだ知らない。

「あの家をテストする人を誰も見つけられなかったのよ、」払えるお金ではね。とコックスは言った。「1日1,300ドルよ。テストの為だけにね。ここまで来て天井裏から少しサンプルを持ってゆくだけなのにね。」

~~ここまで~~

次回更新は9月29日ごろになると思います。
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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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