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古人類学者クリス・ストリンガー博士インタビュー

科学関連の記事をUpします。

記事を書いたのはジョン・ノーブル・ウィルフォード(John Noble Wilford)さんです。元記事はここにあります。

人類学者クリス・ストリンガー(Chris Stringer)さんへのインタビュー記事です。

~~ここから~~

ここに骨が1つ、あそこにビーズが1つ、人類起源の足跡

私達は何物なのか、そして何処から来たのか?現代人、ホモ・サピエンスの起源を捜し求める科学者は、これ等の問いに対する答えに向かって、時間と共により深い場所へと接近を続けている。大型猿類と人類の、最終的な共通の祖先を目指した探求は、私達と身体的にも振る舞いにおいても、より近い人類の発見へと突き進む。

科学者の研究は3つの方面で前進中だ。頭蓋骨や骨の化石は身体的変化を暴露する。遺伝子は現代人にとってのイブが出現した時代と場所を明らかにする。

そして考古学は古代人が持っていた抽象的かつ創造的な思考の産物、次第に成長する自己認識を反映した人工物を発掘している。今年の6月にも、研究者達は驚くべき声明を出した。スペインの洞窟の壁画は以前考えられていたよりもずっと古く、ネアンデルタール人がまだ生きていた時代のものだと言うのだ。

これ等、最新情報の怒涛の到来に際し、考えを整理する助けとして、現代人の進化に対する指導的権威、英国人古人類学者クリス・ストリンガーはニューヨークで椅子に座りインタビューに答えた。その内容は、数多くの分野で起きた最新の発見におよんでいる。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスとの交配について。ホビットとあだ名されている小人種の謎めいた絶滅について。そしてシベリアの洞窟で発見された40,000年前の少女の小指が意味するものについて。

64歳の快活な男性であるストリンガー博士はロンドンの自然史博物館の人類学者でロイヤル・ソサイエティーのフェローを務めている。しかし彼の外見は大学教授らしく無かった。彼はTシャツとジーンズ姿でインタビューに現れた。まるでフィールド・ワークから帰ってきたばかりのように。

私達が行った会話を、圧縮し編集した上で以下に示す。彼は会話の中、および新しく執筆した本の中で、ホモ・サピエンス・アフリカ起源仮説に対する最新の考えを説明している。彼の考えは論争好きな科学界において、更なる議論を呼ぶ事だろう。

最初にまず貴方の新しい本の題名を教えてください。

題名は「Lone Survivors:How We Came to Be the Only Humans on Earth(孤独な生存者:如何にして我々は地球で唯一の人類となったのか)」です。そして本の題名に示すような事態となったのはここ100,000年ほどのことです。地質学的に言うとごく最近。それより前は少なくとも6種類の人類が地球上にいました。これ等の種族は全て消え去り、我々だけが生き残ったのです。

貴方は1970年にこの分野の研究を始めた頃、現代人の起源は科学の研究に相応しいトピックとは思えないと書いていました。それからいったい何が変わったのでしょうか?

それを書いた後の日々は、この分野に参加している人間にとってファンタスティックな日々でした。そしてそれは私がこの本を書いた最近の2年間においても変わっていません。私は何回も前に戻って、もう書き上げたと思った部分の書き直しをしなければなりませんでした。何故って常に新たな発見が次々に起きたからです。1970年には殆どの人にとって、現代人の唯一の起源など存在しませんでした。私達はグローバルに発達してきたと思われていました。全世界でです。以前は異なる地域において先行する種族、例えばホモ・エレクタス(Homo erectus)とかが、比較的途切れなく現代人へと発達したと言う見解が存在しました。マルチリージョナリズムとして知られる考えです。

その主張では、我々は進化の過程全体を通して1つの種族だったのだと言う事になります。何故なら異なる人々の間で交配が進んだからです。その意味するところは、例えばヨーロッパのネアンデルタール人は現代ヨーロッパ人の祖先であり、中国のホモ・エレクタスは現代アジア人の祖先である。そしてジャワ原人は現代のオールトラリア・アボリジニの遠い祖先であると言うものです。

しかしその後に我々は、化石の数を増やし、その年代特定能力を発達させ、化石をCTスキャンする事で詳細な情報を得ることが出来るように成りました。DNA研究は我々の分野に巨大な影響を与えています。我々は今やネアンデルタール人のゲノムとか、シベリアの希少な種族、デニソヴァン(Denisovan)のゲノムも知っているのです。

DNAについて言うのであれば、アフリカのイブはどうでしょう?これによって現代人の遺伝的起源がアフリカにある事が確立されました。最新のアフリカ起源説に対する指導的主唱者として、貴方はこれがマルチリージョナル・モデルに対して決着をつけたと信じておられるのでしょうか?

正直な話、これで全て解決したわけではありません。しかし1987年のミトコンドリア・イブの発表はキーと成る出来事でした。それまでも、私達の何人かは、化石とか人類学的証拠からアフリカ起源説を唱えてきてはいました。しかし、証拠はとても乏しかったのです。そして学会の主流は私達の考えに反対でした。

この新たな遺伝技術の出現によって明確な画が見えてきたのです。私達のミトコンドリアDNAの中には、女性の間で遺伝する独立した情報の断片が存在します。そしてその情報は、私達全て、それこそ世界中の全ての人々が、おそらく200,000年前に生存していたアフリカの1人の女性を先祖としていることを示しているのです。

私はネアンデルタール人から始めて、徐々にこの結論へ達しました。ネアンデルタール人は最も良く知られた古代人であり、私達の祖先と見られていました。私はそのモデルを博士号研究で検証したのです。そしてネアンデルタール人は、私達が最良のデータを保持しているこのヨーロッパにおいてさえ、現代人の祖先と呼ぶには適当で無いと結論付けたのです。そして私の研究対象は、起源に対する私達の考えに最も良くフィットする証拠を求めて、1つの領域から別の領域へと移ってゆきました。

そして判ったのは、現代人の最古の化石を持つアフリカこそがその場所であると言う事です。私にとってアフリカは古代人から現代人への変遷が起きた唯一の場所です。

貴方は本の中で、アフリカの中で現代人の起源と成る場所は一箇所では無いのではないかと提案されていますね。

最初の頃、ミトコンドリアDNAデータの影響を受けた私は、アフリカの一つの場所、いわばエデンの園のような場所、私達が進化し、行動や体型を変更させて、現代人と成った場所があると感じていました。

しかし物語はもっと複雑だったのです。私達の遺伝子が別々の発達史を持っていることはDNAのデータさえもが示しています。従って、化石のデータや考古学のデータを含めた全体的な画を見ようとする時、遺伝的な起源を持つと思われるアフリカの単一の場所は存在しないのです。

この物語は主に東アフリカで展開します。何故ならこの地域こそが最高の化石を保持している場所だからです。そして南アフリカは行動の発達について、科学者にとって最高の痕跡が残っている場所と言えるでしょう。かなり早期における、海産物を処理している証拠とか、赤黄土を象徴的な意味合いで使用している証拠とか、貝殻のビーズを装飾品として使用している証拠などが見つかっています。

私の見解としては、アフリカのそれぞれの地域は、それぞれ異なる時期における、それぞれの人類にとって重要な地域であり、それは環境によって支配されていたと考えています。アフリカは異なるファクターの影響を受ける広大な地域です。地中海、北大西洋、南大西洋、南大洋、インド洋からはモンスーンがやってきます。これ等の要因は時期によって、人類が生存し易い地域と生存し難い地域を、作り出すのです。

個別の地域における人口は一時的に増大したでしょう。新たな考えも発達したかも知れません。そしておそらく、こういった人口は、遺伝子とか道具とか行動様式とかを交配させること無く死に絶えたかも知れません。このような事態は、100,000年前のある時期まで起き続けていたのです。そして最終的に、行動様式においても体型においても現代的なパターンが、これらの異なる地域から集積し、約60,000年前に私達が現代人と呼ぶものに進化したのだと考えています。

以前、ヨーロッパの素晴らしい壁画の影響で、現代人的行動様式は約40,000年前に始まったとされていました。ホモ・サピエンスが現代的行動様式と体型をアフリカで発達させたという解釈はどのくらい確かなのでしょうか。

40,000年前ヨーロッパで注目すべき出来事が起きたのは確かです。洞窟の壁画やフルート、彫像などがそれを物語っています。しかしそういった革新の種は100,000年前アフリカで撒かれていたのです。私は60,000年前、アフリカで現代人が出現したとき、基本的に行動様式も現代的であったと主張します。彼らはそれをヨーロッパへもたらしました。そしてアジアへ、オーストラリアへともたらしたのです。したがってヨーロッパで単一の革新的出来事が起きたのではありません。それはアフリカから出てきた時、現代人の中にあったものであり、そしてそのまま現代人の中に留まり続けたものなのです。

インドネシアのフローレス(Flores)島での発見は人類の起源と移住の考えとどのように整合するのでしょうか?いわゆるホビットと呼ばれる人達は、私達人類のメンバーなのでしょうか?

ホビット、つまりはホモ・フローレシーンシス(floresiensis)は全ての人にとって重大な発見でした。今でもこの種族を人類に含まれる独自の属であることを受け入れていない科学者が少数ながら存在します。しかし私は彼らは本質的に独自の種類であると、それも極めて原始的な種類であると考えています。

おそらく彼らは、ホモ・エレクタスの原始的な種類から分かれたのか、グルジア共和国のドマニシ(Dmanisi)に類似した種類のどちらかでは無いでしょうか。あるいは、彼らは、もっと早い時期にアフリカからの脱出があったと言う証拠かも知れません。おそらくは2百万年前に、前エレクタスのような種族が、どのようにしてかはるばると極東へ移り住み、そこの隔絶した環境で生き延びて、百万年以上の進化を経たのかも知れません。それは途方も無いストーリーではありますが、若し本当だったら、アジアについて私達が如何に少ししか判ってないかを示す、さらなる証拠となるのです。

新たな発見がある度にこの分野はさらに魅力的になってゆくようですね。

まさにその通りです。それこそ私が自分のキャリアを通じて発見し続けてきた事なのです。

貴方はキャリアの初期の頃にネアンデルタール人に注目していました。貴方は現在、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの交配の新たな証拠を受け入れているのでしょうか?それによれば、私達は2%ネアンデルタール人である事が確実であるようなのですが。

これこそ過去2年間における注目すべきニュースの1つです。私達はネアンデルタール人のゲノムを再構築しました。そしてその通り。アフリカ以外の人々は平均して2.5%ネアンデルタール人のDNAを含んでいます。そしてもちろんこれは私達と彼らとの関係に再考を即します。明らかに両者の間には活発な交配が行われていたのです。

私達には当時の状況は判りません。一番少なめに見積もった観点でも、現代人がアフリカから出てきた時に、交配した時代が1回はあったはずです。彼らは中東でネアンデルタール人と出会ったはずです。私達が知らない状況下での交配もあったはずです。そして混入したネアンデルタール人のDNAはヨーロッパや中国へ広がる人々と共に、ニューギニアやアメリカへまでも、伝わっていったのです。彼らはネアンデルタール人の一部を自分たちの中に取り込んだまま移住して行きました。

考古学者は、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスがイスラエルの同じ洞窟で暮らしていた証拠を発見しています。これは交配のある接触だったのでしょうか?

西アジアは相互交配の可能性がある場所として重要な地域となっています。ネアンデルタール人25人に対し1,000人の現代人が混ざり合っていた可能性があります。それは大量のネアンデルタール人では無かったはずです。しかし何処か、イスラエルとかレバノンとかシリアの何処かで相互交配があったはずなのは明らかです。可能性あるこれら全ての地域でネアンデルタール人が暮らしていたのを私達は知っています。そしてその時期、現代人も確かに暮らしていたのです。

相互交配がもっと広範に行われていたと言う見解もあります。文化的あるいは身体的な要因の為に成功裏に出産へ至る件数が少なかったのだと言うのです。例えば、私達はネアンデルタール人女性の骨盤の形態が現代人女性と異なっているのを知っています。従って若し現代人女性がハイブリッドの胎児、部分的にネアンデルタール人の胎児を宿したとしたら、出産時に問題が起きないでしょうか?私達はこのような出会いの状況を知りません。これらの出会いが平和的な混合で人々が溶け合っていたのか、あるいは暴力的な状況であったのか判りません。

それではデニソヴァンとはどのような人々だったのでしょう?

これは非常に珍しい発見なのです。2~3年前、シベリアにデニソヴァ洞窟と呼ばれる考古学サイトがあると言うことについて、私はおぼろげにしか知りませんでした。そして少数の歯や指の骨から、非常に質の高いゲノムが採取され、今やそれはドイツのライプチヒ(Leipzig)にあるマックスプランク進化人類学研究所のウェブサイトへ載っています。DNAが保存されているのは稀な事です、そしてそれは、私達がネアンデルタール人について得ているあらゆるDNAよりも上質なのです。このデニソヴァンはネアンデルタール人と関連を持っています。おそらくは早期にネアンデルタール人から枝分かれした種族でしょう。

私達はデニソヴァンについて遺伝子的には非常に多くの事を知っています。しかし身体的なものはほとんど判っていません。彼らの化石は本当に断片的なのです。そしてもっと驚くべきなのは、彼らがシベリアの1つのサイトからしか見つかっていないと言う事です。彼らのDNAは今日、本当に1つの地域の人々からしか見つかっていない。シベリアの他の地域、あるいはアジア、オーストラリア、ニューギニア、他の全てから見つかっていないのです。これはとても珍しい。

そしてとても説明が困難な話でもあります。何故なら、私達はオーストラリアのアボリジニやニューギニア人の祖先は、南アジアを経由してあの地域に至ったに違いないと考えていたからです。東南アジアの何処かの地域は、彼らがデニソヴァンと交配した地域として最もありそうな場所です。それは同時にデニソヴァンがシベリアのみに居たのでは無い事を意味します。彼らは広い範囲に住んでいたはずなんです。

もう1つ質問があります。私達はこれらの絶滅した人々のクローンを作る事が出来るのでしょうか?

科学は非常に早く動いています。ネアンデルタール人のミトコンドリアDNAが初めて断片的に判ったのは1997年の事でした。10年後に私達がゲノムのほとんどを解明できると信じていた人は1人もいませんでした。そしてその数年後には私達はデニソヴァンとネアンデルタールの全てのゲノムを解明できてしまったのです。したがって、クローンを可能性の問題と考える人間は1人もいないでしょう。現在、少なくとも理論的には、誰か充分な資金と、あえて言わせてもらうと愚かさを持った人がいれば、デニソヴァンの変異部分を現代人のゲノムへカット・アンド・ペーストして卵子に埋め込みさえすれば、それはデニソヴァンに成長するのです。

私はこのような事を行うのは完全に非倫理的であると考えています。しかし残念な事に、誰か充分な資金と、虚栄心と傲慢さを持った人間が、いつの日か試みる事でしょう。過去において古代人は、自分達自身の環境の中で生きて、自分達自身の社会を営んでいました。私達の好奇心と傲慢さを満たす為に、彼らを個別に隔絶した環境へ呼び戻すのは、完全に間違った事です。

貴方は本の前書きで、良く人々から受ける質問を並べています。 その中の1つが最後の質問です。人類の進化は、これからどのようなものになるのでしょう?

これは答えるのが困難な質問です。私の研究ではありませんが大量のデータが存在しています。それらは主にこの問題に取り組む遺伝子学者のもので、彼らはこの数千年間にヒューマン・ゲノムにおいて、どれほど多くの遺伝子が変化してきたかを見せてくれます。それは又、私達が農業とか都市化とかによる非常に大きな生活スタイルの変化に伴い、巨大な変遷の最中であるからでもあります。これはかつて、旧石器時代人が経験したのに匹敵するような影響を私達の遺伝子の組成に与えているのです。私達は、それがどのようなものであれ、生活スタイルの変化が、人類の遺伝子の変化を加速するのを見てきているのです。従って私の考えでは、人類の進化は最近になって非常に早くなっていると思います。そしてそれは継続しているのです。

この考えに全ての人が同意しているわけではありません。ロンドンの私の同僚、スティーブ・ジョーンズ(Steve Jones)は、人類の進化は止まったと主張しています。何故なら我々はそれをコントロールしているから。私達は医療を持っています。ほとんどの人が出産年齢に達する事が出来ます。ほとんどの人が充分な水と食料を得ています。従って人類においては自然淘汰が消されているのだと。私は彼に同意しません。何故ならもちろん、いまだ数多くの人が最善の医療を受けることが出来ませんし、充分な水と食料が得られない人もいます。アフリカでのAIDSの影響を考えてみてください。

従って自然淘汰は人類の人口の多くに、実際今までどおり行われているのです。又、私達全ては、おそらくは親と比べて50の変異をDNAに持っています。それは全ての世代で続いていくのです。私達は依然として進化しています。進化し続けているのです。

~~ここまで~~

次回更新は10月20日ごろになると思います。
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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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