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ジェネバ・フリーポートの宝物

スイスの倉庫業に関する記事をUpします。

記事を書いたのはデイビッド・セガル(David Segal)さんです。元記事はここにあります。

スイスの倉庫に大量の美術品が収納されている話の記事です。

~~ここから~~

スイスのフリーポートは増え続ける貴重な美術品の故郷

ジェネバにて

サイモン・スチューダーのキャリアは、常軌を逸した高価格と国際銀行で有名な都市の、中心部近くにある複合倉庫の地下金庫室から始まった。それは一風変わった仕事だった。毎日、誰かが金庫室を開け、昼食時まで彼を中に閉じ込める。金庫室から外に出た彼は昼食を食べ、食べ終わると又帰宅時間まで閉じ込められる。

スイスで最も有名なギャラリー・オーナーの1人であり、その金庫室を借りている人物の為に、彼は目録を付けていた。「私は大きさと状態を調べ、署名を探しました。」スチューダー氏は語る。「そして美術品が正しく扱われているか確認していました。」

これは4ヶ月間過ごす方法としてはかなり退屈なやり方だろう。しかし彼が調査し記録していたのはパブロ・ピカソ(Pablo Picasso)の作品だった。数百点では無い、数千点だ。棚から棚へとまたがる線画、絵画、彫刻だ。これはスチューダー氏が、ジェネバ・フリーポート(無関税港)として知られる複合倉庫に溜め込まれた富を最初に覗き見た瞬間だった。

次に彼が倉庫の富を覗き見たのは、隣の金庫室に居る男が何をしているのか知った時だ。隣の男は部屋一杯の金の延べ棒を数えていた。

「これがフリーポートなんです。」今や自分でギャラリーを運営しているスチューダー氏は言う。「隣の部屋に何が入っているか全く判りません。たまたま開けられた時に居れば、ヒュ~ッ、見る事が出来ます。」

ピカソの仕事をしたのは25年前だった。そしてフリーポートがそれ以来さらに多くの宝物を溜め込んでいる事は、あらゆる証拠が示している。美術界の外にはほとんど知られて無いが、この驚くほど単調な建物の群れは、世界でも最も高価な作品が溜め込まれた場所としてディーラーやコレクターには有名な場所だ。

作品は安全性と税逃れの為にここに来る。作品がここに留まる限りオーナーは輸入税を払う必要が無い。輸入税は多くの国で5%から15%かかる。もしフリーポート内で作品が売られたら、オーナーは取引税を払う必要も無い。

ひとたび作品がここを出たら、つまりは売られたとか、持ち主が移動させたとかしたら、税金は移動先の国のものとなる。しかし作品がフリーポートに留まる限り、それはまるで無人の国にいるようなものだ。そこでは支配権を振るうカエサルは存在しない。

実際のところ数年前までフリーポートは公式にスイスの一部では無かった。現在建物は国内に有るものとされている。しかし、スイス国内の他の場所にもある、あまり有名でないフリーポートと共に、ジェネバ・フリーポートは美術界にとって、ケイマン諸島(税金逃れのメッカ)に最も近しい場所であり続けている。ここは高額所得者とその財産にとって、金融とかその他の環境に理想的な天国なのだ。

いったいどのくらいの美術品が435,000平方フィートの広さを持つジェネバ・フリーポートに溜め込まれているのだろうか?その質問に答えるのは難しい。フリーポートの86%を所有しているジェネバ州政府も知らないし、フリーポートの地主として権利金を州政府に払っている会社、ジェネバ・フリーポート・アンド・ウェアハウス(Geneva Free Ports and Warehouses)も知らない。スイスの税関職員は知っているだろうが、彼らは話さない。少なくとも言えるのは、ここには世界最高の美術館を作るのに充分な作品が収められていると、大勢の美術品ディーラー、アドバイザー、保険業者に広く信じられている。

「充分な数の0を書けるだけの紙は無いんじゃないかと思うよ。」ロンドンのAXA美術保険会社で証書署名ディレクターをしている、ニコラス・ブレット(Nicholas Brett)は、フリーポート所蔵美術品の価値を問われ時、そう答えた。

そしてその数字は増え続けている。フリーポートでは新たに美術品収蔵に特化した130,000平方フィートの倉庫建設が始まっている。それは2013年末にオープンする予定だ。

この数年以内に、コレクターとディーラーは、高セキュリティで顧客フレンドリーで無税な選択肢を世界中で幾つも用意しようとしている。ルクセンブルグは215,000平方フィートのフリーポートを2014年中に空港近辺にオープン予定だ。この3月、北京首都国際空港では、北京文化フリーポート(Beijing Free Port of Culture)の建設が始まった。

その他にもシンガポールではフリーポートの大きさを倍増させる話がある。シンガポールのフリーポートは輝くハイテクの建物で、あまりにも滑らかなので、そこで「ミッション・インポッシブル」の続き物が撮られないなんて信じられないほどだ。2010年にオープンしたその建物はチャンギ空港(Changi airport)の隣にあり、滑走路から白いリムジンで直接やってくるアジアのコレクターへサービスを提供している。

こういった建設ブームは、業界の風向きを示すオークション・セールが金融危機の影響で縮小した2008年の急落から、美術市場が驚くほど滑らかに回復している事を顕著に示している。美術経済評論家のクレア・マクアンドリュー(Clare McAndrew)は2011年のグローバル・セールスを、オークションと個人売買を含めて641億ドルと見積もっている。その額は、過去最高額だった2007年の658億ドルをわずかに下回っただけで、谷を付けた2009年の394億ドルを大きく上回っている。

ハイエンド市場では幾つかの作品が、「美術市場バブル」という言葉が一般的だった5年前の最高値を越える額を付けている。6月にクリスティーはジーン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)1981年作の絵画に2010万ドルの値を付けた。オークションにおけるこの作家の最高値で、5年前サザビーズで付けた1460万ドルをはるかに超える額だ。同じ月にサザビーズはジョアン・ミロ(Joan Miro)の「青い星(Blue Star)」を3700万ドルで売った。2007年パリのオークションで得た合計金額の倍以上だ。

数々の記録が作られる中、2009年に下げた美術市場は今、膨らみすぎた価格に対する新たな不安に捕らわれている(「いったい美術市場はどのくらい長く水の上を歩けるのか?」と言うのがThe Art Newspaperが7月‐8月号に付けたヘッドラインだ)。マクアンドリュー女史によれば、その理由は、中国人バイヤー、およびロシア、中東からのバイヤーが大量に出現した為だと言う。そしてそこには又、世界を覆う経済危機の中では、美術品は賢明な投資であると言う、世界中のコレクターの感覚がある。

「人々は気が付いたのです。他の市場が貧弱なときに美術品は避難所となり得る事に。」マクアンドリュー女史は言う。「一般的に美術品は長い時間価値を維持し続けます。幾つかの作品は価値を上げさえするのです。」

仮にフリーポートを使う人が長年に亘って収集を続けてきた非情熱的な人で、数十年前に購入した作品が驚くべき価格になっているのに突然気が付いたとしても、それを自宅に保持するのは余計なリスクを背負う事になるだろう。しかしもっと一般的なフリーポートの利用者は、保管場所と税金逃れを必要とするコレクター達だ、何故なら彼らは、自分たちが買ったものを展示したいと言う欲求を持っていないから。

かつては、ピカソの部屋と、金の延べ棒を納めた部屋に、違いはあまり無かった。そしてその違いで悩むのは、アクアヴェラ・ギャラリーズ(Acquavella Galleries)のディレクターで「The Value of Art(美術品の価値)」の著者である、マイケル・フィンドレイ(Michael Findlay)のような人物だけだった。

「美術品業界は今や、お金を預けたい人々、投資したい人々、社会的地位を求める人々を惹き付けている。」フィンドレイ氏は言う。「歴史的な観点から見て、彼らの考えに欠けているのは、偉大な個人収集品と言うものは、その作品を買うことが出来、その作品を好きだった人によって集められたものだと言う点だ。こういった人々が美術品を買うとき、使ったお金を取り返そうとは思っていない。彼らは残りの人生を楽しむ為の何物かを買ったのだ。個人的な使用だったんだ。美術品はフリーポートで過ごす時間など無かった。」

多くの美術品倉庫は、あまりにも人目につかないので、その前を通ってもそれが何であるか気がつかないだろう。ジェネバ・フリーポートはそういった場所と異なっている。少し離れた場所からでも、その場所の名前を見ることが出来る。Ports Francs、フランス語でフリーポートを意味する言葉が赤い文字で、窓の無い白い建物に書かれ、通勤用高架道路に面している。遠くからはまるでシネコンのように見える。

フリーポートに近づく人は、検問とか、武装した護衛とか、網膜認証装置とか、ジャーマン・シェパードとか、X線検査器とかを想像するかも知れない。しかしそういったものは見当たらない。壁があり鉄条網が巡らされているが、その数は予想していたよりも少ないだろう。しかしこの場所のセキュリティが甘いわけでは無い。ディーラーや運送者、コレクターは、この場所が、カメラとか鍵に溢れた侵入し難い場所であると説明する。しかしここには、フォートノックス(Fort Knox:米国連邦金塊貯蔵所の所在地)を連想させるものは無い。若しも、あまり目立たない格好のスイス税関職員に気が付かなければ、クイーンズにある巨大な個人向け倉庫と変わらないと思えるだろう。この場所はジェネバ中心街から2マイル離れた場所で郵便局の隣、これといった特徴の無い灰色の橋や道路のごった煮の中にある。

メディアに対してフリーポートがツアーをする事は稀だ。しかし近年、ここを運営する政府や企業が、この場所で謎めいた事件や不道徳な事件が何も行われていない事を確約する必要に迫られた為に、ツアーが増えている。それは部分的に、幾つかの悪いニュースの後遺症でもある。2003年スイス政府当局は、エジプトの発掘現場で盗まれた数百点の骨董品を返還すると発表した。その中には2体のミイラ、石棺、彫像が含まれている。その内の幾つかは、派手な色に塗られて、安物の土産物と偽って密輸された。このグループの首謀者は35年の禁固刑を言い渡されている。

このエピソードにより取締りが強化され、テナントは定型のテンプレートを使って収蔵品目録を保持しなければならないと言うルールが追加された。それは大きな変更とは言えない。税関職員はいつでも、好きな格納場所に対し中を見せるよう要求できる。しかし専門家の話では、この法律は部分的に、何でも行われうる場所と言うフリーポートに対する不当なイメージを改める為に成立したと言う。

「法律的な変更は批判に対する回答として行われたんです。」ジェネバを拠点とする法律家で美術品関連法の専門家エヴァ・ストールマン(Eva Stormann)は言う。「しかしその多くは、フリーポートがどのような働きを持ったものなのか間違って理解されている事からもたらされたのです。フリーポートは高い信頼を保っている場所です。」

6月の午後、フリーポートのツアーが、ジェネバ・フリーポートのマーケッティング・ディレクター、フローレンス・メイ(Florence May)とギルバート・エパルス(Gilbert Epars)によって行われた。最初に止まったのはワインセラーだった。シャトー・モートン・ロスチャイルド(Chateau Mouton Rothschild))とか、ドン・ペリニヨン(Dom Perignon)とか、シャトー・ペトラス(Chateau Petrus)とかスタンプされた木箱が高く積み上げられている。

ツアーに行くと、美術品はこの建物群に収納された高価な物品のカテゴリーの1つに過ぎない事が判る。葉巻とか、ランボールギーニ、石鹸、ポルシェと言った物品が次々と現れる。そこには又、1つのサイロを一杯にするであろう45トンもの穀物が収納されていた。

純粋に穀物だ。こういった物品はその昔、1888年にオリジナルのフリーポートがオープンした時、希少な物品を収納する為の場所では全く無かった事を示す最後の証拠だ。ここは農産物を含むどんな物でも大量に保存できる場所としてデザインされた。そして、国内の何処かの場所から又別の場所へ移動してゆく物品が、一時的に格納される場所として認識されていた。

しかし「税や義務に対する一時的例外処置を、時間無制限で受けられる場所、」と呼ばれるようになった為に、高額所得者の注意を惹くことになった。ワイン好きな人間たちもその中に入っている。

「ここには約300万本のワインが収納されています。」エパルス氏は、頭の中で素早い計算をした後そう言った。

奇妙な事に、このツアーで見る事が出来なかったのは美術品だった。美術品は各階を埋める特徴の無い扉の向こうに鍵をかけてしまわれている。自分たちが、モネ(Monet)やロスコ(Rothko)やウォーホール(Warhol)、その他の有名な作家の作品に囲まれている事を示す唯一のヒントは、一つの建物の地下に存在する巨大な倉庫に打ち捨てられていた数多くの空きフレームだけだった。それらのフレームや木枠は、横に付けられたラベルに寄れば、2007年に亡くなったロシアの芸術家、ジュールズ・オリツキ(Jules Olitski)の絵画が入っていたらしい。

一箇所に偉大な芸術作品がこれほど集中している状況は保険会社を不安に陥れる。問題は殆どの美術品保険会社が、「全世界保証(worldwide coverage)」と呼ばれるもの、つまりは美術品が何処にあっても保証されるサービスを提供している事だ。しかしこれほど大量の美術品が31エーカーほどしか無い土地に詰め込まれた時、災害に襲われたらどうなるのか?

「悪夢のシナリオは、例えば飛行機の激突、あるいは火事とか洪水とかですね。」ロンドンのブラックウェル・グリーン社で保険ブローカーをしているアダム・プライドオークス(Adam Prideaux)は言う。「しかしフリーポートの当局者はセキュリティ情報の公開をためらうのです。防火壁の情報も公開しません。だから私達は火事がどのくらい広がりうるのか知りません。たぶんそんなには広がらないでしょう。しかしスイスが議論を拒否している為、何も判らないんです。」

これが現状の問題点だとプライドオークス氏は付け加える。フリーポート向けの新たなポリシーは、コスト的に見合わないか、そもそも書くことが出来ない。

「私達はフリーポートでどのくらいの保険がかけられているのか、実際に計算できません。何処かの時点で保険会社は言うでしょう。『神様、私達は無制限の保証をしていて、フリーポートではどのくらいの金額になるのか、全く判らないんです。』ってね。」プライドオークス氏は言う。「災害が一度発生すれば、余りにも多くの保証を提供している為に支払い不能に陥る保険会社があることでしょう。」

ジェネバ・フリーポートの中に何があるのか判らない事実は、その多くが謎に包まれた美術市場に対する典型的なメタファーとなっている。オークションでの美術品売買は注意を惹き付ける。しかし個人取引の規模と金額は明らかにもっと大きい。おそらくはるかに大きいのだ。

経済評論家のマクアンドリュー女史は、ディーラーとコレクターを調べ、合衆国における個人取引はドルベースで計った全ての取引量の内、70%を占めると推計している。

したがって、例えばエドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)が書いた4枚の「叫び(The Scream)」の1つがサザビーズで6月に1億2千万ドル近くで売れた事は有名になったが、他の巨額取引は秘密裏に行われている。あるいは、ほとんどが秘密裏に行われている。カタールのあるバイヤー、又はバイヤー集団が(おそらくはロイヤル・ファミリーが)セザンヌの「カード遊びをする男たち(The Card Players)」に2億5千万ドル払った事は広くレポートされた。おそらくは美術品に支払われた内の最高金額であろう。

マーケットにおける低額個人取引も盛んになっている。わずか3年前の話、ロンドンのゴールドスミス・アート・アドバイザリーのディレクター、ウェンディー・ゴールドスミスは「ずっとそこに座って、電話が鳴らないかと見つめていたものよ、」と言う。今、彼女は、8点の新作しか持って無い「美術館品質」には及ばない芸術家が81人のウェイティング・リストを持っていると説明する。(「いったいどうしたら良いと思う?」芸術家はゴールドスミス女史に、少しばかりやけになって訊いた。)

高名な現代作家達の待ち行列はさらに長い。

「私はクライアントの為にガースキーを買ったんです。」ゴールドスミス女史はアンドレアス・ガースキー(Andreas Gursky)の名前を出した。彼の驚くべき大判写真は、驚くべき高額の値段が付く。「クライアントのコレクションについてガースキーに手紙を書いたの。どうしてこの写真をクライアントがそれ程欲しがっているのか説明しなければならなかったから。作品は100万ドルかかりました。まるで最初の子を質に入れるみたいでしたよ。」

「陰謀が渦巻いています。」彼女は付け加えた。「そしてコントロール不能になりつつあるんです。」

こうした上向きの徴候はフリーポートでも顕著だ。何年もの間、この場所で行われる美術品関連の作業と言えば、トラックが着いて荷物の上げ下ろしをし、ディーラーやアドバイザーと一緒に来たビジネスマンが支払可能額を見積るといった程度のもので構成されていた。しかし最近は、幾つかのギャラリーがこの場所に出現している。その最初のギャラリーは誰あろう、地下室でピカソの目録を付けていたサイモン・スチューダーのものだ。

3年前この地でオープンしたスチューダー氏のギャラリーは、倉庫の3階に位置している。暖房の設置とかインテリアの飾りつけが終ると、ギャラリーはまるでニューヨークのロフトのようになった。何故フリーポートだったのか?ジェネバのダウンタウンに比べたら土地代が安いから。

「それにフリーポートに来るような客は、本気で買うつもりがあります。」彼は言う。ここにはウィンドウ・ショッピングの客はあまりいない。何故ならウィンドウがそもそも少ないから。

一時期彼の弟子をしていたサンドラ・レシオ(Sandra Resio)は隣にギャラリーを開いた。「ここには神秘性があると思います。」彼女は言う。「フリーポートに居るんですと言えば、何か興味深い響きがあるでしょう。」

若干のフランス語訛りで話すスチューダー氏は、ギャラリーの奥へ歩いていった。そこに彼は居心地の良い小さな展示室を設けている。ジャコメッティ(Giacometti)、バルサス(Balthus)、それにモジリアーニ(Modigliani)の作品が壁に飾ってあった。床には牛皮の敷物が敷いてあり、イーゼルの側には2脚の茶色い革張りバルセロナ・チェアーが置いてある。

「それで貴方は見て回ったんですね?」彼は前日のメイ女史とエパルス氏のツアーの事を訊いていた。「発掘現場から盗まれた骨董品で悪い世評が立った為に、この場所も変わりました。透明性と合法性をアピールしようとしているんです。」

新しく配置された税関職員も来ていると彼は言った。数日前、その内の1人にフリーポート近くの道で止められたと言う。

「ブリーフケースを開けて中身を見せろと言うんですよ。その男は私に、何処から来て何処へ行くのか訊くんです。初めての事でした。」

自分達が売っている作品以外で、フリーポートで美術品を見たことがあるか、レシオ女史と彼に訪ねると、2人はしばらく考えていた。「私は剥製を見ましたね。」レシオ女史が言った。「動物の頭でした。」

「大体において、扉の向こうに何があるか、匂いで判りますよ。」スチューダー氏は言った。「石鹸とか絨毯の匂いがすると思います。」

ギャラリーから出た彼はエレベーターへと歩く間に、葉巻を扱う親子連れに出くわした。コスタリカで巻かれたものだと彼らは言った。世界で最高のタバコの葉を巻いていると。

スチューダー氏の顔にはこう言う表情が浮かんでいた。「それが君達のフリーポートだと言うわけだ。」

「特別面白くも無いし、セクシーでも無い所です。」彼は言う。「純粋にビジネスです。正に灰色で、すごく退屈で暗い、スイス的な場所です。しかしその中に入ると、きっと驚くようなものがあるでしょう。」

~~ここまで~~

次回更新は10月27日ごろになると思います。
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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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