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ニューヨーク文学散歩

連休と言う事で旅行記をUpします。

記事を書いたのはドワイト・ガーナー(Dwight Garner)さんです。元記事はここにあります。

ニューヨークの文学スポット巡りです。

~~ここから~~

評論家によるマンハッタン文学ツアー

数年前、とても面白くも悲しい本を書く小説家、ゲイリー・シュタインガート(Gary Shteyngart)は、雑誌モダン・ドランカード(Modern Drunkard:現代の大酒のみと言う意味、実際に存在する雑誌)のインタビューを受けた。それは今まで読んだ内でも最も面白く、最も悲しいインタビューだった。

その記事の中でシュタインガートは、過去10年間にニューヨーク愛書家のナイトライフに起きた変化について愚痴っている。「もう一緒に飲む人が殆どいなくなってしまった。」彼は言った。「ここの文学仲間はもう私を支えてくれない。私は1人だ。」ロシア生まれのシュタインガート氏は続ける。「自分の先祖を思う時、感傷的になるよ。先祖達はシャンプーのボトルを貰ったってパーティーを始めただろうからね。」

果たしてマンハッタンの文学ナイトライフは、その文学的基盤(特定のバーとかホテル、レストラン、書店など)と共に、失われて行くのだろうか?少し前、私はミッドタウンのホテル、アルゴンキン(Algonquin)に泊まってみた。ドロシー・パーカー(Dorothy Parker)やアレグザンダー・ウールコット(Alexander Woollcott:演劇評論家でジャーナリスト)を初め、多くの人がその昔、ジャニパー漬けハーブを交換したり、島を散策する基点として使ったりしていた場所だ。その場所にかつての残滓がどの位残っているのか、私は見たかった。その後も何回か夜の徘徊をして、少なくとも、言葉に酔っ払った奇妙な幽霊のエッセンスを幾つか吸い込む事が出来たと考えている。

私はこの散策を始める前に、数人の親しい作家や編集者と話をした。マンハッタン文学が何故かつてのような力強さを持っていないように見えるのか、私は彼らの考えを聞きたかった。彼らの診断は多岐に渡った。パリス・レビューの編集者ロリン・スタイン(Lorin Stein)は禁煙こそが「かつての都会の文学ライフで中心的だった、ある種長々とだべる習慣への弔いの鐘さ」と言う。

エコ・プレス(Ecco Press)の発行者、ダニエル・ハルパーン(Daniel Halpern)は、インターネットが、若い作家から仲間付き合いとかゴシップとか慰めあう事とかを奪ったのだと言う。彼はそれに付け加えて言った。「私の世代が感じていた、詩とか小説への情熱は、今や食べ物に向かってしまっているんだと思うよ。ピクルスを作る事とか、チョコレートとかビールとかにね。」文学雑誌n+1の創設者、マーク・グリーフ(Mark Greif)は私に言った。今、作家達がたむろするのは、バーでは無くコーヒーハウスだと。作家のスローン・クロスリー(Sloane Crosley)は、文学ナイトライフを実時間で見る事は殆ど不可能だと主張する。「ニューヨーカーは陽気で自己陶酔的な憶測の習慣があるのよ。」彼女は言った。「もしそういう場面を思い浮かべられないなら、それは存在しないの。」

彼らはそれぞれ、愛書家の集団は主に家賃の安いブルックリンに点在していると主張する。しかしながら私はマンハッタンを文学ツーリストとして回りたかった。私は古い人も新しい人も集まる場所を知りたかった。私はまだここに書籍を愛するある種の探求者が居るかどうか確かめたかった。シモーヌ・ド・ボーボワール(Simone de Beauvoir)が言った言葉、「ニューヨークの空気が持つ何物かが、寝ることを無用にする」が未だ生きているかどうかを知りたかった。

最初の夜、私はカクテルで自分を武装した。カクテルを飲んだのはマンハッタンの好みのバー、ジミーズ・コーナー(Jimmy’s Corner)だ。タイムズ・スクエアの4次元座標系の片隅にある、ボクシングをテーマとしたみすぼらしいバー。ビンガムトン校(SUNY Binghamton)で小説家のジョン・ガードナー(John Gardner)と共に学んだバーテンダー、マイク・マックグレイディー(Mike McGrady)が居た場所だ。

そして又、2000年代に私が編集者を務めたニューヨーク・タイムズ・ブック・レビューのスタッフが定期的に、あるいは、酒飲みに相応しいイベントの時とかに、カクテルを飲みに集まる場所。例えば、コーマック・マカーシー(Cormac McCarthy)が、まるで日光の下に出てきたモグラのように瞬きしながら、「オプラー(Oprah)」に出演した時、皆で見る為に集まる場所。狭くて混雑した陽気なバーだ。

同じ様な場所として、カフェ・ルー(Café Loup)もある。上品ではあるが気取りのないウェストビレッジのビストロだ。編集者や学者、作家を魅惑し続けることで、世代の間に橋を渡す場所だ。この店がディジョン・マヨネーズ(Dijon Mayonnaise)と共に出すフライドポテト(pommes frites)、エスカルゴ、ハンバーガーは、この種の料理の中で、人間が想像しうる限り理想に近いものだ。1990年代後半に近所に住んでいた時、私はこの店で、スーザン・ソンタグ(Susan Sontag)やポール・オースター(Paul Auster)を見かけたものだ。ビレッジボイス・リテラリー・サプリメント社(The Village Voice Literary Supplement)での私の担当編集者は、良くバーで、コート・デュ・ローヌ(Cotes du Rhone)のワインをピッチャーで飲んでいた。スタイン氏によれば、今日においては、「実際オールド・ファッションな感覚で作家がたむろする事に最も近い場所だ」と言う。

(スタイン氏は又、オットー・マリオ・バタリ(Otto, Mario Batali)のカジュアル・イタリアン・レストランも贔屓にしている。そこもまた夜中過ぎまで開いている店だ。「バーテンダーのフランクはL.R.B.(London Review of Books)とかT.L.S.(Times Literary Supplement)とかのイングリッシュ・ブック・レビューの愛読者さ。」フランク氏は言う。「ある夕方にバーで仲間とだべっていた時の事さ。私はブログに話を載せたんだ。レビューの為に使えそうな事務所について知ったんでね。私達の為に広告を売ろうとした人物のジョブ・インタビューもアレンジしたんだ。」)

私はバンバーガーの最後の一口を平らげると、夜の街に出て行った。

言葉がその力だけで騒々しい群集をマンハッタンに集められる事を疑う人間がローワー・イーストサイドのニューヨリカン・ポエッツ・カフェ(Nuyorican Poets Café)を訪れる事は無い。ポエトリ・スラム(poetry slam:自作の詩を朗読して競い合う会)の流行がアメリカで若干おとなしくなったとしても、ここに集う人は誰もそんな事は気にしない。私は、オープン・マイク・コンペに若干早く着いた。しかし行列は殆ど1ブロックにも達しようとしていた。その日は寒くて風の強い日だったにも関わらずだ。

カフェの中は暖かく、熱気が溢れていた。ビールの安いボトルが手渡しで回されている。その夜のM.C.が群集に警告した。「単に見ているだけの人は、ここではお呼びじゃないよ。何かに感動したら答えてね。」彼女は、観客の中から選んだ審判に、演者を0から10の間で採点するように言った。「0はラッシュ・リンボウ(Rush Limbaugh:タカ派のラジオ・パーソナリティ)ね。」彼女は言った。「10はミシェル・オバマ(Michelle Obama)よ。」私もこの採点方法をブック・レビューに使いたかった。

数ブロックはなれた場所のKGBバーは、建物の2階にある暗くて人目につかないソビエトをテーマにしたバーだ。そこに居る人間の半数はマタ・ハリ(Mata Hari)がストリチナヤ・ウォッカ(Stoli)を飲んでいる事を期待して来ている。そこでは、カルト小説家のクリス・サクナッセム(Kris Saknussemm)が新たな自伝的本、「Sea Monkeys(Soft Skull出版)」の一説を朗読していた。その後ろでは、彼の友人がハーモニカでぎごちない演奏を披露している。KGBバーでは定期的に朗読会をしていて、どんな時でも立ち寄る価値のある場所だ。今晩も例外では無かった。集まった人は少数だったが、魅惑されていた。サクナッセム氏はまるでジャズの名手のように独演していた。

私はケトル・オブ・フィッシュ(Kettle of Fish)でビールを一杯やろうと、街をぶらついている。ウェストビレッジのクリストファー通りにある由緒あるバーだ。ここはグリーンベイ・パッカーズ・バーでもある。低い天井にぶら下がった照明、家庭的な雰囲気、本好きが集まる事で有名な場所だ。ここは又、私が、飲みながら執筆している人を実際に見たことがある唯一の場所でもある。その人物と会話すればよかったのだが、彼は無我夢中で、なおかつ酔っぱらっているように見えた。たぶん彼はE・L・ジェイムズ(E.L.James)の次の本でも編集していたのだろう。そっとしておいた方が良い。

私はこの夜をソーホーのブルーム通りにあるロリータ(LoLita)で終わりにした。友人から勧められた店だ。そこは物憂い無秩序な場所で、入り口に素晴らしいピンクの大文字でネオンが飾ってある。そこに居る女性は殆どが、リーナ・ダンハム(Lena Dunham)が書いたHBO放送ドラマシリーズ「ガールズ(Girls)」に出てくるエキストラのように見える。彼女たちがどんな本を読んでいるか報告したいところなのだが、なにか読んでいる人は皆キンドルを使っていた。魅惑的な若い女性が何を読んでいるのか判らなくなってしまったら、一部のマンハッタンのロマンスは消えてしまう。シェボイガン(Sheboygan:ウィスコンシン州)にでも引き払ってデリでも始める頃合かも知れない。

ほんの少し酔っぱらっただけでアルゴンキンに戻った私は、このホテルにおける「Do Not Disturb」サインをドアの外にぶら下げた。そこには、「Quiet Please. Writing the Great American Novel(お静かに、偉大なアメリカ小説の執筆中)」と書いてある。面白い小物だった。家にもって帰って、変わり者の伯父さんから貰ったクリスマス・プレゼントの中に加えても良い一品だ。たとえそのサインを掛けた部屋の中で、どんな種類の小説であれ誰かが書いているなどと言う可能性が目に余るほど小さいものであったとしても。

アルゴンキン自身に関して言うならば、近年大規模に改装されたこのホテルに対して、私は愛憎交じり合った感情を抱えている。もちろん、高名な丸テーブルはとうに無い。同じ様に時代遅れの魅力も無くなった。現在のアルゴンキンは若干よそよそしく企業的だ。それでもホテルの有名な猫、マチルダ(Matilda)が、今でもけだるそうに顧客を眺めているのを見る事が出来る。

ここ数年、多くの書店が消え去ったが、書物をテーマとするスタイリッシュなホテルはマンハッタンで近年数を増やしている。ニューヨーク公共図書館の近く、マディソン街にあるライブラリ・ホテルはスマートであると共にぞくぞくするほど変わった存在であり続けている。10階ある客室フロアはそれぞれ、デューイー十進分類法(Dewey Decimal System:メルビル・デューイーが考案した図書分類法)に従ったカテゴリーに捧げられている。そして各階の60室の客室にはそれぞれ、カテゴリーのトピックに従った一連の書物が設えてある。

ベッドの上の枕には古からの格言が書かれていた。「Book Lovers Never Go to Bed Alone(本を愛する者は1人きりでは寝ない)」。もしも部屋を掃除しておいて欲しいなら、ドアの外に掛けるサインにはこう書かれているだろう。「Please dust off my books(本の埃を払っておいてください)」。

(ライブラリ・ホテルに滞在中、さまざまな理由からニューヨーク公立図書館へ出かれる事があるだろう。あまり知られていないアドバイスをあげよう。図書館には私が見た中で最も愛らしい、読書に関連したギフト・ショップがあるのだ。)

新しくできたノーマッド・ホテル(NoMad Hotel)は、その名前を近隣から取っている(North of Madison Square Park)。このホテルでは本を、遊び心と芸術性に溢れた家具として配している。ノーマッドは19世紀から20世紀の変わり目に建てられた古典的装飾様式の建物に居を構えていて、その共用施設はヒップであると共にスタンダールの小説が持つ重厚さも持っている。仮に宿泊料が高すぎるとしても(だいたい300ドル以上)、そのカクテル・ラウンジ兼図書館でドリンクを飲むことをお勧めする。らせん階段の横にそびえる何層ものライトアップされた本棚は南フランスからの輸入品だ。

私はヘンドリックスのジンを使ったギブソンを飲みながら、長い時間ここで過ごした。私はn+1の編集者であるグリーフ氏(Mr. Greif)の意見に賛成ではあるが、再びここを訪れる事はあるだろうと思う。グリーフ氏はこう言った。「ホテルのバーやロビーに招かれた時はいつだって辛い時間を過ごす事を意味しているのさ。何故って私を招いた人間は、センスよりも金の方が多い人間だって事だからね。」

マンハッタンでは、単に歩いて、文学と関連する多くの古いホテルが発するその脈動を吸い込むだけで、私のように、有意義な午後を楽しむ事が可能だ。セントラル・パークのプラザ・ホテルはエロイーズ(Eloise)が暴れ狂った場所であり、トルーマン・カポーティ(Truman Capote)が1966年に仮面舞踏会(Black and White Ball)を開催した場所だ。そしてF・スコット・フィッツジェラルド(F. Scott Fitzgerald)が「グレート・ギャツビー(The Great Gatsby)」の一場面を設定した場所でもある。テネシー・ウィリアムズ(Tennessee Williams)はかつて、ミッドタウンのホテル・エリゼ(Hotel Elysee)最上階に住んでいた。そのロビーを出た直ぐのところに在るモンキー・バー(Monkey Bar)は今、Vanity Fairの編集者グレイドン・カーター(Graydon Carter)が所有者の1人に名を連ねている。

アッパー・ウエストサイドにあるアンソニア(Ansonia)は昔、レジデンシャルホテル(居住用ホテル)で、ソール・ベローが「この日をつかめ(Seize the Day)」で愛らしく描写した場所でもある。その中にある時間を超越したバー、ベーメルマンス・バー(Bemelmans Bar)は、「マドレーヌ(Madeline)」の作者の手によるその壁画と共に、カーライル・グループが所有している。ジョン・チーバー(John Cheever)はかつて宣言していた、「俺はセント・レギスで仕込まれたんだ」と。そしてもちろん、チェルシー・ホテルは常に存在する。シド(Sid:セックスピストルズのベーシスト、シド・ビシャス)がナンシー(Nancy)と浮かれ騒いだ場所であり、チャールズ・ブコウスキー(Charles Bukowski)からパティ・スミス(Patti Smith)まで、あらゆる人がうろついていた場所だ。そして又、アーサー・C・クラーク(Arthur C. Clarke)が「 2001年宇宙の旅 (2001: A Space Odyssey )」をチェルシー・ホテルで執筆したと言う疑わしい伝聞も存在している。

次の日、私は書店に出かけた。マンハッタンにはかつて程多くの書店は残っていない。その昔4番街に沿って、8番通りと14番通りの間に3ダースもの古書店が店を構えていたブック・ロー(Book Row)が無くなってから既にだいぶ経つ。(最後の店が閉店したのは1988年)。しかしこの街で生き残っている書店は、注目するに相応しいほど美しい。

ミッドタウンのボウマン・レア・ブックス(Bauman Rare Books)は、私が好んで書店巡りを始める場所だ。この店は本を見る為の場所で触る場所では無い。ここの本は素晴らしいが、素晴らしく高価でもある。ミルトン(Milton)の「失楽園( Paradise Lost)」1669年初版本が35,000ドルで売られているのを、じっと眺める事が出来る場所だ。私は高額本の収集家では無い。私は、噛り付いたり、下線を引いたり、コースターに使ったり、猫に投げたり出来る安価な版が好きだ。ボウマンは言わば、寺院の類の場所なのだ。ある種の畏怖を感じる場所だ。

チェルシーの中にある192 Booksは板張りの床を持ち、少数ではあるが見事な鑑識眼の元に選択されたフィクション、ノンフィクションを収めた書店だ。(私が訪れた日、たまたまスーパーモデルのヘレナ・クリステンセン(Helena Christensen)も来店していた)。愛すべき場所と言えるだろう。そしてそこは、たまたまもう一つの訪れるべき書店、芸術家の手による出版物を専門に扱う店であり、安物の小冊子からとても高価な大型本まで扱うプリンテッド・マター(Printed Matter)と通り一つ隔てた向かい側に位置している。プリンテッド・マターはパンクな精神と、伝統に従わない活気を持つ書店だ。

私は又、ウェストビレッジにあるアンオプレッシブ・ノン‐インペリアリスト・バーゲン・ブックス(Unoppressive Non-Imperialist Bargain Books:直訳すると、反抑圧的非帝国主義安売り書店)にも良く立ち寄る。その理由は部分的に、その店名故に。そして又その店が、アンダーグラウンド・コミックスとかボブ・ディラン(Bob Dylan)にフォーカスした風変わりで安価な売れ残り本を集めているが故にだ。最近行った時は、ディランの新しいLPがスピーカーからガーガーと流れていた。ディランはまるで、かつてクリーブ・ジェイムズ(Clive James)がランディー・ニューマン(Randy Newman:アメリカのシンガー・ソング・ライター)について語った「黙示録に生きるガラガラ声の大物」と言う表現が似合っているように聞こえた。

他にも数多くの良い書店を数え上げられる。例えば、ソーホーのハウジング・ワークス・ブックソトアは頑固にダウンタウンで頑張っている。この書店の収集には驚かされる。収益でAIDSチャリティーを支えている店だ。そしてハウジング・ワークスは又、多くの洒落た結婚式が挙げられる場所でもある。

私は最後に、最高の2店を残しておいた。セント・マークス・ブックショップ(St. Marks Bookshop)はローワー・イーストサイドにある独立系の書店。落ち込んでいる時に行くべき場所だ。世界の文学はまだまだ大きく、風変わりで活気に満ちていて人知を超えてさえいると知る必要がある時に行く場所である。この書店の収集は素晴らしい。外国の定期刊行文学雑誌の陳列は特に良い。ここに来れば思うだろう。これこそ私の仲間だと。

あまり遠く無い場所、828ブロードウェイにあるストランド(Strand)は、マンハッタンの書店のグラウンド・ゼロだ。その本棚を見る為だけにロンドンから飛んでくる価値がある。3列のぎっしり詰まった棚で、新しいのから古いのまで、あらゆる本を売っている。ストランドの現在の謳い文句は「18 Miles of Books(18マイルの本の列)」だ。(私はそれが未だ「Eight Miles of Books」だった時のTシャツを持っている。) この書店は何十年もの間、多くの作家や批評家が金に困った時に、余分な本や批評済みの本を売りに来た場所だ。

ジョナサン・フランツェン(Jonathan Franzen)の小説、「コレクションズ (The Corrections)」の一場面は、そういった場合の出来事を描写している。「7月の金曜日、彼は金を使い果たしていた。ジュリアとの週末を前にして、いったい誰が映画館の売店で払う15ドルを出してくれると言うのだ。彼は自分の本棚からマルキシストをパージすると2つの鞄に詰めた。そして、とんでもなく重いそれをストランドへ持っていった。本にはオリジナルのカバーも付いていたし、合計金額として3,900ドルの値札も付いていた。ストランドのバイヤーは簡単に本を評価すると宣告した『65』。」

今や私は、ウッディー・アレン(Woody Allen)に同意できるほど、マンハッタンの文学を見て回っている。彼は1979年の映画「マンハッタン」の冒頭で言った、「彼はニューヨークを愛していた。彼はこの街をあらゆる意味で理想化していた」。私も又、いつもの様に、完全に魅惑されている。

さらに良いことには、まだ何軒かバーを訪ねる時間さえある。

私はダロウェイ(Dalloway)について、良い評判を耳にしていた。ソーホーのブルーム通りに出来た新しいレストランでカクテル・ラウンジも持っている。そしてバージニア・ウルフ(Virginia Woolf)の精神を受け継いでいるのだと言う。そこは愛らしい場所だった。照明は主にキャンドルで、殆どが女性客(オーナーはレズビアンを堂々と公言している)の活気あるバーを階下に持っている。私はマーチン・エイミス(Martin Amis)の伝記をもって、階上のバーに座った。一人の女性が私に話しかけてきた。「私、この本の著者が居る場所でディナーを食べた事があるんですよ。」これは品の良い会話を始めるのに充分な出だしだろう。そしてそのようになった。

ウェストビレッジにあるホワイト・ホースは有名な場所だ。そこはディラン・トーマス(Dylan Thomas)が酔っぱらって死んだ場所であり、アナイス・ニン(Anais Nin)とセイモア・クリム(Seymour Krim)が仕事の話をした場所、そしてビート・ライター(Beat writer)達が酔っ払ってたむろしていた時代に、誰かがトイレの壁に「Go home, Kerouac!(帰っちまえ、ケルアック、Jack Kerouacはビートニックジェネレーションを代表する作家)」と落書きをした場所だ。このバーはそういった名声の中に存在している。しかし驚くべきことに安価だ。壁には未だ、ディラン・トーマスの遺品が飾ってある。未だに、ノーマン・メイラー(Norman Mailer)が、誰か間抜けな奴を叩き出そうと入ってきそうな雰囲気を持っている。

私が最後に立ち寄ったのは、反対側のイーストビレッジにある、マクソーレイズ・オールド・エール・ハウス(McSorley’s Old Ale House)だ。ホワイト・ホースの10倍はありそうな群集が集まっているこの場所は、19世紀半ばまで遡れるマンハッタン最古のアイリッシュ・バーだ。訪問客の中には、アブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)、ボス・トゥウィード(Boss Tweed)、それにウッディ・ガスリー(Woody Guthrie)が居たと言う。

ここにはいつも作家がたむろしている。ジョセフ・ミッチェル(Joseph Mitchell)は「McSorley’s Wonderful Saloon(マクソーレイの素敵なサロン)」に、ここの物語を集めて書いた。E・E・カミングズ(E.E.Cummings)はここが醸造したビールを、「貴方を決して飽きさせないエール」と書いた。

その夜、私が過ごした数時間の内に、いったいどれぐらいの文学愛好家がマクソーレイに居たのかは判らない。私は誰も認識できなかった。しかし空気の中にあるざわめきは、そんなに前で無い頃、小説家のウォルター・キルン(Walter Kirn)が、何故大都会が依然として若い作家にとって重要なのかを語った言葉を、私の心に思い起こさせた。

「若い作家への私の助言は、ニューヨークへ行きなさいと言う事さ。」キルン氏は言った。「もしニューヨークへ行けないのなら、貴方にとってニューヨークを代表する場所へ行くんだ。そこでなら自分の興味を、話して、話して、話しまくれる場所にね。本を書くのは、それについて話す事から始まるんだ。あらゆる人間のプロジェクトがそうさ。そして自分がやろうとしている事を、やった事がある人間の側に行くのさ。」

もしここに来るなら若者よ、ゲイリー・シュタインガートを探したまえ。

~~ここまで~~

次回更新は1月19日ごろになると思います。
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No title

参考になりました。

Re: No title

読んでいただいてありがとうございます。
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ゾノシン

Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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