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シモン・ペレス、イスラエル大統領インタビュー

イスラエルに関する記事をUpします。

記事を書いたのはローネン・バーグマン(Ronen Bergman)さんです。元記事はここにあります。

シモン・ペレス(Shimon Peres) イスラエル大統領に対するインタビュー記事です。

~~ここから~~

シモン・ペレスが話すオバマ、イラン、そして平和への道

「会話のこの部分には非常な注意を要します。」イスラエル大統領の女性スポークスマンは言った。「携帯電話は全部、部屋から出すようお願い致します。」その日は2012年7月25日だった。私はエルサレムにあるキング・デイビッド・ホテルの木目調のスイートでシモン・ペレス(Shimon Peres)にインタビューをしていた。私はドアのところに立っている護衛の1人に携帯電話を渡した。そしてペレスは、イスラエルによるイランの核施設攻撃可能性に関する厳しい見通しを滑らかに話し始めた。「イスラエルは単独では問題を解決できない。」彼は言った。「我々が出来ることには限界がある。」

総理大臣ベンジャミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)と大統領バラク・オバマとの間の緊張関係に言及しながら、ペレスは言った。「ビビ(ネタニヤフの愛称)がイラン問題についてどう思っているか話す事は出来ない。私は彼のスポークスマンでは無いし、[防衛大臣の]バラク(Barak)のスポークスマンでも無いからね。それは私の仕事じゃ無い。私は彼らと対決したいとも思わない。私に出来るのはアメリカのパターンについて述べる事だ。アメリカは必要な時に、どうやってパンチを繰り出すかを知っている。世界のバランスを保つ為にね。しかしパンチはそれに続く一連の手続きを招き寄せる。彼らはいきなり撃ち始めたりしない。他のあらゆる手段をまずは試すのさ。経済制裁、政治的圧力、交渉、あらゆる可能な手段だ。」

「しかし最終的には、」彼は付け加えた。「もしどれも上手く行かなかったとしたら、オバマ大統領はイランに対して軍事力を行使するだろう。私はそれを確信している。」

私はペレスの大胆さに驚いた。彼は長いこと、ネタニヤフを押し留める穏健派と見られていた。ネタニヤフに対する忍耐力を次第に喪失しつつある国際社会と、総理大臣との間の調停役だ。一ヶ月前、オバマは大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)をペレスに授けた。アメリカ最高の市民勲章だ。しかしこのセレモニーはペレスとネタニヤフの間の溝を深めただけだった。そして3週間後、ネタニヤフのイラン爆撃計画に関する記事がより頻繁に現れる中、ペレスは自分の89歳の誕生日セレモノーを利用して、攻撃反対を公言した。首相官邸はそれに対し攻撃的な反応をする。「ペレスは大統領の職務を忘れている」と宣言し、1981年にペレスが、多くのイスラエル人が偉大なる業績と考えているメナヘム・ベギン(Menachem Begin)首相のイラク核施設爆撃決定に反対していた事を持ち出した。

イラン攻撃が依然実現しない主要な理由の1つは、ペレスのネタニヤフに対する対決姿勢であると考える人間たちが居る。「私はそういった事が自分のせいだとは思わない。」ペレスは私に言った。「言いたい人には言わせておくさ。私は自分の意見を言う。それは私の義務だ。それにどんな影響があるかって?『自分の口をもって自らをほめる事無く、他人に誉めさせよ(Let another man praise thee, and not thine own mouth)』さ」彼は聖書の箴言(しんげん:Book of Proverbs)を引用して言った。

イランに関するペレスとネタニヤフの確執は、2人の男の間にある多くの意見の不一致の1つに過ぎない。一方の側に居るネタニヤフは、強硬派やタカ派の連立に依存する保守派総理大臣で、次のイスラエル総選挙でも地すべり的勝利が予想されている。一方のペレスはイスラエルの古参政治家で、キャリアの殆どの期間、逃し続けてきた大きな人気を人生の最後になって得る事になった人物だ。イスラエル民主主義研究所(Israel Democracy. Institute)が行った調査によれば、84%のユダヤ人がペレスを信頼できると答えたのに対し、ネタニヤフは62%だった。

この男と同席するのは光栄な事だった。デイビッド・ベン-グリオン(David Ben-Gurion:イスラエル初代首相)が庇護した人物であり、24歳にしてイスラエル防衛省のトップになった人物だ。ペレスは世界クラスの人間だ。洞察力に溢れ、年月が経っても好奇心を失わない。今や彼は90歳になろうとしているが、第二次大戦後世界における、中心人物と出会った時の詳細な記憶を鮮やかに保持している。ロナルド・レイガン大統領が始めたソビエト・ジョークの競い合い、ドイツ国防相フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス(Franz Josef Strauss)とのマラソン・ドリンク・セッション、そして近代シンガポールの設立者、リー・クアン・ユー(Lee Kuan Yew)から学んだ事など。しかしペレスが繰り返し振り返るのは、ベン-グリオンと、彼と近しく過ごした年月だった。

ペレスは「私は歴史に興味が無い。退屈さ」と言うが、現代の歴史に自分が刻んだものがどんなに重要であったかを明らかにする事に大きな努力を傾注している。それは、イスラエル国防軍の戦力に対する彼の膨大な貢献に関わらず、ペレスが一度として軍務に服して無い事も理由の一つであろう。さらに言えば、彼はイスラエル生まれのユダヤ人「サブラ(Sabra)」では無く、11歳の時に、家族とパレスチナへ移民して来た人物だ。

ペレスは2007年7月からイスラエルの大統領となっている。彼はソーシャル・ネットワークが持つ力を硬く信じている。彼が行うどんな動きも、どんな発言も、どんな反対意見も、彼のスタッフ(そのスタッフは軍の護衛や外務省職員を除けば全て女性だ)がフェイスブックやツイッターやインスタグラムを通して、直ちに全てを伝えてくれる。かつてペレスは、自分の「新たな中東」概念を頻繁に言及していた事があった。今日、新たな中東は実際に形を成し始めているが、それは彼が思い描いていたものでは無い。過去5ヶ月間、私達は、イスラエル-パレスチナ関係の現状について、ネタニヤフに対する意見と自分との関係、そして中東の未来像と、その中でのイスラエル(及び自分の)役割について、彼がどう考えているかを座って話し合った。以下に続く彼の答えは、その時の話を圧縮したものだ。

「人は大概、厳しい言葉を信じる傾向がある。明るい言葉よりもね。」彼は12月に私にそう言った。「もし君が、私のように、確信的な楽観主義者だと言えば、君はバランスを欠いた人間だと見られる。しかし歴史を振り返れば、悲観主義は常に失敗する事を知るだろう。楽観主義では無くね。私は長いこと生きてきた。そして人生を通して、冷笑的である者や批判的である者に対し、信念を持つ者の方が多くの勝利を得るのを見てきた。私が思うに、」そして彼はネタニヤフに対し、その名は挙げなかったが、厳しい批判を続けた。「もしイスラエル人が指導者から、平和のチャンスがあると聞けば、国民はその挑戦を受け入れ、信じることだろう。」

すると貴方は何もなされないと信じているのですね、ネタニヤフ首相が何らかの提案をするというような?
彼は何もしないだろう。しかしそれは何もなされない事は意味しない。歴史が馬であって、その尻尾しか掴む事は出来ないと言った考えは馬鹿げている。何れにしても火は簡単に点いてしまう。あと一言の言葉、あと一発の銃弾、そして全てはコントロールを失う。もし何らかの外交的決断が無ければパレスチナ人はテロに戻る。ナイフ、地雷、自爆攻撃。過去数年間イスラエルが享受してきた静けさは続かない。何故なら、例え土地の住人が暴力沙汰の再来を望まないとしても、彼らはアラブ世界の圧力の下にあるからだ。彼らには資金が与えられる、武器は密輸される。それを止められる人間は何処にもいない。世界の殆どはパレスチナ人を支持している。彼らの行動を正当化し、我々に最も鋭い批判を向ける。私達に人種差別的国家と言う誤ったレッテルを貼る。もし私達に対しボイコット運動が宣言されたら、我々の経済は重大な損害を受ける。世界のユダヤ人はイスラエルに、自分たちが誇りに思える国家になって欲しいと思っている。隣人のいないイスラエルとか支配国家としてのイスラエルでは無い。

オバマとネタニヤフの関係悪化は、イスラエルや中東の未来にどんな直接的影響を与えるのでしょう?
問題は個人の関係では無い、個別の政策の関係なんだ。2人が共にコーヒーを飲むかどうかの話じゃ無い。どちらも相手を蹴飛ばす事は無いさ。

しかしながら、2人とも、そうしたがっているように見えますが。
そうであっても何の違いも無いさ。問題はオバマが中東で和平合意に達したがっていると言う事、そしてイスラエルもそれに同意していると納得したがっている事さ。

そして彼は納得していない?
もちろん彼は納得していない。彼は入植を終らせる事を求めていて、悪い返答しか受け取っていない。そして彼ら[リクード率いる政府のメンバー]は現在進行中の入植活動について非難されるべきだ。オバマ大統領はムスリム世界との和平がなされるべきだと考えている。私達、イスラエル国家は、それに沿って考えているとは見られていない。我々は合衆国の支持を失ってはいけない。国際的な場でイスラエルに力を与えているのは合衆国の支持なんだ。たとえアメリカ人が交渉に加わっていないとしても、彼らは交渉の場に存在している。若しイスラエルが単独で立っていたら、敵に飲み込まれてしまうさ。合衆国の支持無しでは、我々は非常な困難に直面する。我々は砂漠に立つ孤独な木のようなものになってしまうだろう。

貴方がネタニヤフとマフムード・アッバス[Mahmoud Abbas:アブ・メイゼン(Abu Mazen)としても知られるパレスチナ政府代表]の間を仲介しようとしていた長い期間に、いったい何があったのでしょうか?
アブ・メイゼンと私は会って、長い時間話をした。ネタニヤフが知っている下でね。幾つかの合意にすら達している。私に悔やまれるのは、いつも最後に成ると不和になるんだ。今それに対して言い訳はしたく無い。単純な交渉では無いんだ。しかし道に戻る為の条件は存在している。オスロ・プロセスのように、これは秘密でなければならない。

それをネタニヤフに話すのはいつですか?
彼はこれについて私と議論していない。これは正確な合意とか正確な不合意とかの問題では無い。彼は最終的に、数多くの地域でパレスチナ人の生活を改善する、経済的和平に関する私の提案を受け入れた。彼はバル=イラン(Bar-Ilan)大学で演説も行っている[その中で彼はパレスチナ国家と言う考えを受け入れている]。私達はアブ・メイゼンに対する評価では合意していない。私はアブ・メイゼンに対する、良い交渉相手では無いと言う言明は受け入れない。私の心の中では、彼は素晴らしいパートナーだ。私は我々の軍関係者から、パレスチナ軍がテロを相手の戦いでどこまで我々に協力してくれているかを聞いている。

今日、西岸と東エルサレムには550,000人の入植者が居ます。そして入植者達がパレスチナ国家設立のあらゆるチャンスを消し去ったと信じる人達が居ます。何故なら、これら政治的動機を持った人々をその住む家から立ち退かせることは誰にも出来ないが、パレスチナ人とのどんな合意にしろ、それこそが必須の状況なのだからと。
入植者はパレスチナ国家設立の可能性を消し去ってなどいない。現在入植地は全領域の2%をカバーしているに過ぎない。パレスチナ人は既にクリントン・パラメーターズ(Clinton parameters:クリントン元大統領による国境線引きなおし提案)を受け入れている。その中にはユダヤ入植地3ブロックを残し、別の領域を割り振る事が含まれている。私の意見では、残りの多くは彼らの自由意志に委ねられるだろう。我々の難点は、ハンマーを持ちながら、全ての問題は釘にあると考えている男に良く似ている。問題は釘にあるのでは無い。正しい意志さえあれば、問題は克服できるのだ。これは例えば、水の問題に対しても適用できる。イスラエルは直ぐにも充分な水を手に入れられる。海水を淡水化する事によってね。そして我々はパレスチナの飲料水不足を補う事すら出来る。見回してみたまえ、世界中が困難な問題を抱えているんだ。パレスチナ問題は中東の主要な問題では無い。しかし世界には10億半のムスリムが居る。パレスチナ問題は我々と彼ら全部との関係に影響している。もしパレスチナ問題が解決すれば、イスラム過激派は我々に対する敵対行為の口実を取り上げられる。もちろん、それには妥協が必要だ。これに関する問題は、首相だけにあるのでは無い、彼の連立与党にも存在している。私はパレスチナとの和平が全ての問題を解決するなどとは主張しない。包括的妥結を考える人々は皮相的だ。目をつぶらなければ作ることが出来ないものがこの世に2つある。愛と平和(love and peace)だ。もし君が目を開けたままこの2つを作ろうとしたら、君は何処に行くことも出来んよ。平和は決して興奮するようなものでは無い。そしてそれは多くの妥協と飽き飽きするほど細かい物事を受け入れなければやって来ない。女性も又、時として興奮させる存在だが、そうでも無い時もある。世の中に完全なものは無い。平和を構築する事は複雑なんだ。

しかし私達が話しているのはどんな種類の平和なのですか?エジプトのモハメド・モルシ大統領が7月に貴方に私信を送って、後になってそれを否定した事を見てください。
それが何か問題かね?モルシ大統領は自分の党内で膨大な質問に回答しなければならないんだ。私は彼が否定した事には驚かない。むしろ彼が手紙を私に出した事実に驚くね。全ての事柄は、モルシも又、政権を取ったあらゆる指導者と同様に、困難なジレンマに直面している事を示しているのだ。権力の座に就いていないときに、敬虔なムスリムの役割を演じるのは極めて簡単さ。しかし権力の座に就いたら物事は複雑になってゆく。例えばエジプト経済を考えてみたまえ。とても強く観光業に依存しているんだ。もし旅行客が来て休暇を過ごしたいように過ごすのをエジプト人が許さなければ、旅行客なんか来ない。ビキニを許さなければ観光業も無しだ。

イスラエルはアラブの春にどのような態度で臨むべきでしょうか?
君は馬鹿げた質問をしている。イスラエルは大洋に浮かぶ島なんだ。私が自分自身に対して、「大洋の島に対するインパクトと、島の大洋に対するインパクトと、どちらのほうが大きいだろう」と質問した時、私はある程度の謙虚さは持たねばならないだろうね。重要なのは我々がこれとどんな関係を持つかでは無く、いったい何が起きているか、何故アラブの春が起きたかなんだ。これは我々がレフェリーをしているサッカーの試合なんかじゃ無い。アラブ世界の若者達は抑圧され職も無い。それこそが革命の原因であり、独裁者を打ち倒した原因だ。私のせいでも君のせいでも無い。中東世界を襲った嵐は、科学時代に突入するのかしないのかの選択を各国に強いている。もし突入しなければ、成長は無い。今日、エジプトで交わされている議論で、最も重要で興味深いものは憲法に関するものだ。実質的に女性に自由を与えるかどうかと言う問題なんだ。アラブの春の評価が定まるのは、この問題においてだ。オバマ大統領は、中東で民主主義を妨げているのは誰だと思うと、私に尋ねた。私は彼に言った。「夫だ」と。夫は妻が同等の権利を得る事を望んでいない。同等の権利を与えなければエジプトを救う事は出来ない。何故なら、女性が教育を受けて無ければ、子供も教育を受ける事が無いからだ。読み書きが出来ない人々は生きてゆく事が出来ない。そういう人たちの人生はそこで終わりだ。

シリアではアサド政権の終焉が徐々に近づいています。貴方は彼らの化学兵器に懸念を懐いていますか?
化学兵器の使用は外国部隊による即時の攻撃を招くとアサドは理解しているさ。世界中が彼に反抗するだろう。それは自殺行為だ。一方、彼の治世がカウントダウンに入ったことは明らかだ。このような状況の下、例えば宮殿に火が点いて彼が理性を失い、自暴自棄の行動を取る事はありうる。もしシリア人が、所有する化学兵器にあえて手を付け、我々や無辜の市民に向けたとすれば、世界が、もちろんイスラエルも、決定的かつ断固とした行動に出る事は疑う余地が無い。重要性はより下がるが、アサドが化学兵器をヒズボッラへ渡す事もありうる。私の考えではそれも一線を越えた行為だ。このような事態を防ぐ事はイスラエルの義務だ。そしてそれには断固とした軍事行動が必要だろう。

私とペレスが話しをした数ヶ月の間のも、イスラエルとハマスの関係は緊張さを増した。ガザ地区のハマス武装勢力によるロケット攻撃への反撃として、イスラエルはハマスの軍司令官を暗殺し空爆作戦を展開した。これは広く国際的な非難を招き、合衆国とモルシの斡旋による休戦で終了した。過去における幾つかの出来事で、ペレスはイスラエルがその目的を達成する為に暗殺を手段として使うことに反対してきた。彼は、1988年チュニスにおけるP.L.O.指導者ヤセル・アラファト(Yasir Arafat)の代理、カリル・アル=ワジル(Khalil al-Wazir)の暗殺や、2004年ガザにおける、ハマスの精神的設立者、シーク・アフマド・ヤシン(Sheik Ahmed Yassin)の消去を狙った攻撃にも反対している。彼は又、殺害や除去を目的とする計画からアラファトを守ってもいる。今回ペレスはイスラエルの作戦に強い支持を表明した。「これは戦争とか軍事作戦とかでは無く、むしろハマスに対する教育的訓戒だ。」彼は私に言った。「我々はハマスに、どちらかに決めなければいけない事を判らせる為に行動したのだ。お前達は家が建てたいのか?問題無い。その家の中にミサイル基地を建てたいのか?そしたらその家は、我々の空軍の目標となるだろう。」

しかし作戦の期間中、両方の側で多くの市民が殺害されました。特にガザ地区では大勢の人が。
我々はガザの市民が被害を受けないよう最大限の努力をした。しかしながら、無実の市民とハマスの武装兵を見分けるのは非常に困難な事なんだ。我々は血を流す事を望んでない。我々の血も、彼らの血もだ。作戦は短く、瞬時に訓戒は伝えられ、抑止策は築かれ、そして終った。

ハマスが学んだのはどのような教訓だと思われますか?
ハマスは今や注意深くあろうとし始めている。彼らの間においてさえ、銃撃と平和のカクテルなどと言うものは存在しないと言う理解は貫かれている。

ハマスの政治指導者、カレド・メシャル(Khaled Meshal)は、組織の25周年を祝う為に12月にガザに入りました。彼は、抑止が達成されたかどうかは完全には明らかで無いとする率直な演説を行いました。ハマスとの対話を開始する時が訪れたのではないでしょうか?
もしハマスが国際的な要求に従い、テロを止め、ミサイルを我々に撃つ事を止め、イスラエル国家の存在を認めるならば、交渉を開始する事は可能だ。いったいこのカレド・メシャルなる者は、その中世そのままの発言と共に、何処から突然出てきたんだ?正に現在、世界が戦争や暴力に飽き飽きしている時代に、あいつは、攻撃し殺害したいと言うサディスティックな欲求と共に、夜の闇の中から現れ出でたとでも言うのか?あいつは本当に、I.D.F.や情報局を具備したイスラエル国家を、自分たちが破壊しうると考えているのか?我々が感謝祭に並んで行進している七面鳥の群れだとでも思っているのか?

貴方はアラファトを暗殺すべきでないと考えていました。
そのとおり。私は彼と仕事をするのは可能だと考えていた。彼無しでは、事態はもっと複雑だっただろう。彼以外の誰とオスロ合意をまとめられたと言うのだ?彼以外の誰とヘブロン合意に到達できたのだ?その一方、私は彼に説明しようと試みた。最終的には何時間もかかった。完全な教育コースさ。どうやって真の指導者となるかについてね。私達は座り込んで、彼の手から食べ物を貰ったりもしたよ。私は彼に言った。リンカーンのようになるべきだと。ベン=グリオンのようになるべきだと。一つの国家に一つの銃。てんでんバラバラな方向に撃っている数限りない武装集団ではだめだ。最初はアラファトは拒絶していた。彼は言ったよ、「ラ、ラ、ラ(La, la, la)」って[ペレスは完璧にアラファトに真似て、アラビア語のNoを言った]、しかし後に彼は言った、「O.K.」と。彼は[パレスチナ武装集団や反乱軍と戦うと言う事については] 何の呵責も感じずに私の眼前で嘘を付いた。

貴方は大勢の重要人物から、中道左派を糾合してネタニヤフに対抗し、立候補する事を頼まれました。今、そうしなかった事を後悔していますか?
彼らは私に非常な圧力をかけた。しかし私は立候補すべきで無いと結論付けた。その理由は細かく説明したく無い。私は7年の任期の大統領に選ばれた。そしてその職務を完遂するつもりだ。私の履歴は私を正確に評価する唯一の道だ。この世界にそんなに大勢はいないと思うよ。600%のインフレを鎮めて、小さな国に核のオプションを持たせ、エンテベ作戦を監視し、航空宇宙産業を作り上げ、兵器開発の専門家で、フランスとの深い外交的繋がりを築き、ティラン海峡を開放するシナイ作戦を開始し、ガザからのテロを終らせたと言える人間などね。私はこういった思いを楽しむ時に、全て1人でやったなどと主張はしない。私が思うのは単純に、おそらく私抜きでは、これ等は起き得なかったと言う事だ。イツハク・シャミル(Yitzhak Shamir)は7年間首相を務めた。だから何だ?私は自分の履歴が彼に劣るとは思わない。

貴方は妻のソニア(Sonia)について話された事がありません。彼女は何十年間も貴方の公的な生活には現れませんでした。それは何故ですか?
ソニアはいつも私に言った。自分はキブツの牛飼いと結婚したのであって、政治家とでは無いってね。彼女は公衆の前に出るのが好きじゃ無かったし、肩書きも好きじゃ無かった。家族生活には2つのものが必要だ。愛と妥協さ。

貴方の方はあまり妥協していないようですが、彼女はかなり妥協したようですね。
彼女は妥協しているし、私もそうだ。私は1度として、必要でも無い時に、彼女に来るよう頼んだり強要したりした事は無い。私は一度も言わなかった。「体面があるから来てくれ」なんてね。もし体面のためなんて言っていたら、彼女は絶対に来なかっただろう。

それでも、この長い年月の間には、彼女にいつ同行してもらうかについて、貴方は口論した事があると思うのですが?
口論はあった。しかしそこには深い愛情があったんだ。私の方にも妻の方にもね。私にとっては唯一の愛する人だ。ソニアは妻が夫に与えられる最も重要な贈り物をしてくれた。私達の子供を立派な人間として育ててくれたんだ。妻は私が時として子供のパーティーに行けない事を知っていて、私を許してくれた。そしてもし、それが国の為になる事であるならば、妻は私と同行した。もしそれが私の経歴に資する事だったら、「結構です。家族の生活は家にあるんですから」と妻は言っただろう。「物事をゴッチャにしないでください。」妻はノーベル賞セレモニーに同行した。何故ならこの賞が国家に与えられたのであり、私個人にでは無いと思ったからだ。

5年前、貴方が大統領になった時、彼女は貴方が職に就くのを望みませんでした。何があったのでしょうか?
ソニアは私に言った。「もう充分でしょう。貴方は務めを果たしたんです。来て残りの人生を一緒に過ごしましょう。」私は言った。「まず第1に、私は自由時間をどうやって過ごしたら良いか判らん。第2に、私はこの職務をまっとうできると考えている。国に仕え、人々を纏められると考えているんだ。」妻は言ったよ。「なら自分の道を行きなさい。私は家に残ります。」何も出来る事は無かったさ。女性たちは、男が決して理解できない事に対して、敏感だ。私は荷造りして家を出てきたんだ。

ペレスはエルサレムの大統領官邸に引っ越した。ソニアはテルアビブ北方のつつましいアパートに住んでいた。2011年1月に孫の1人が、彼女が家で亡くなっているのを見つけた。明らかに心臓発作だった。ペレスはアパートへ急ぎ、彼女が運び出される前に、その額にキッスした。

貴方は身の回りに女性職員を配しています。かつて私に、後に自分を裏切る大勢の素晴らしい男性達を知っていると話した事がありますよね。今振り返ってみて、最初から全て女性にしなかった事を残念に思っていますか?
私はいつも女性を回りに配している。女性達は人々の心を読む上で明確な利点を持っている。私は彼女達の眼力を非常に信頼しているんだ。全ての女性は生まれながらに母親だ。そして全ての男は赤ん坊として死んでゆくのさ。男が完全に成長するなんて考えている女性は1人もいない。

ここで彼の女性報道官が発言した。「素晴らしい、やっと狂信愛国的じゃ無い事を言いましたね。」

「私は狂信愛国的だったか?」ペレスは訊いた。

「ええ、イライラさせられる程ね。」彼女は言った。「貴方はこの会談でとても良い時間を過ごされましたね。失礼ながら、貴方が女性を選んだのは、彼女たちが貴方を赤ん坊扱いするからでは無いと言わせていただきます。」

「誰にでも訊いてみたまえ、」彼は言った。「私は国内最高の官僚を持っていた。私は男性を排除した事は無い。しかし私は女性達を、その目覚ましい管理能力故に好んでいるんだ。」

「貴方も少しは更正なされたようです。」彼女は言った。

貴方はもう90歳に近い。死期を気にする事は無いのですか?
無いね。それは必然だ。死が無ければ生も無い。私は生を与えられた。この25億秒ほどの時間をね。若者はその時間で何をしたいのか決断する。私は幾つかの計算をした後、この時間を使って変化を起こす事、数百万の人々の生活に影響を与える何かをすると決めたのさ。私は正しい決断をしたと思っている。私は自分の人生を贈り物として受け取った。それをそっくりそのまま、借金無しで返すことが出来ると思っている。

生きている間に中東に平和が訪れるとお考えですか?
そう思うし、信じてもいる。後10年生きる事が出来れば、世界の中の、この陰鬱で、かつ素晴らしくも驚異的な地域にさえ、平和が訪れるのを目撃する恩恵に属すことが出来ると確信している。

~~ここまで~~

次回更新は2月9日ごろになると思います。
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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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