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アメリカはイラクから何を学んだのか

イラク戦争に関してOpinion Pageに載せられた記事をUpします。

記事を書いたのはジョン・A・ナグル(John A. Nagl)さんです。元記事はここにあります。

ナグルさんは引退した陸軍将校で、2度に亘るイラク戦争の両方に従軍しました。現在合衆国海軍兵学校(United States Naval Academy)で研究教授(research professor)をしておられます。

~~ここから~~

アメリカはイラクから何を学んだのか

メリーランド、ウェウトポイントにて

第2次イラク戦争、それは10年前の今週始まった戦争だが、そのコストは膨大だ。約4,500名のアメリカ人が戦死し、30,000名以上が負傷、その多くは重症だ。数万の無実なイラク人が傷ついたり殺されたりした。政府は2兆ドル以上を直接支出し、主要な地域大国であるイランに対して重大な弱体化を招き、同国の地位と野望を強化する結果になった。このような急激な破綻が直ぐ目の前で展開されるような国家的決断を、覇権国家が行ったケースは稀だ。

この嵐の中に、輝く業績を探す行為は馬鹿げたものに見えるかも知れない。しかし、支払われた膨大な犠牲が全くの無駄では無かった事を示す微かな光明が、少なくとも3つ存在している。この3枚のコインは、私達の巨大な投資がもたらした僅かばかりの報酬であるが、それらを集めないでいる事は、失った全てのものに対して私達が抱く思いへの冒涜ですらある。

最初の光明は、我々の政治家に対する教訓。私達の国を、最終的には間違っていたと判明する疑わしき理由の元に、戦う必要の無い戦争へと追いやった、両党の政治家に対する教訓だ。

イラクは、私達が繰り返し言われていた事とは違って、大量破壊兵器を作ってはいなかった。仮にこの国が過去において作ろうとしていたとしても、核武装したソ連との間で有効だった抑止策が核武装したイラクに対しては有効で無いと考える理由は存在しない。サダム・フセインとアル・カイーダとの間に繋がりは無かった。そしてアメリカ侵攻以前にカイーダはイラク国内に存在しなかった。アメリカ侵攻は社会秩序を崩壊させ、テロリスト・グループに強力なリクルート・メッセージを与え、攻撃を仕掛る事が出来る危険な基地を新たに彼らへ提供した。

イラク侵攻とそれに続く混乱は、オットー・フォン・ビスマルクが呼ぶところの「鉄のサイコロ(iron dice)」を転がす者たちがもたらす高いコストと予測不可能な結果について、この先、何世代もの政治家が思い起こす事になるだろう。そして予防措置的戦争なるものの信用は永遠に失われた。最初のイラク戦争、私が戦車隊を率いて参戦した戦争は必要なものであり、このようなものでは無かった。

現在リビアやシリアの事態に対し、直接介入とは異なるレベルの政治的、軍事的サポートを提供する一方、アメリカ地上兵力を派遣するのをためらっている事実は、又別の失敗に終わる戦争をする前に、この国が何回も考慮を重ねるであろうと言う、幾ばくかの希望を持たせてくれる。善意が常に好ましい結果を導くわけでは無いのだ。

2番目の教訓は、アメリカ軍に対するものだ。ベトナム戦争の大失敗から回復し、その後、冷戦勝利の歓喜に沸いた軍は、今世紀の戦いに対する準備が悲痛なほど出来ていなかった。

英国の歴史家、マイケル・ハワード(Michael Howard)は述べている。次なる戦いに向けて完璧な軍備を用意する事は不可能であると。重要なのは、余りに間違った準備をしてしまい、いざ必要に成った時、軍の素早い対応を妨げる事が無いようにする事だと。

国防総省はこのテストに合格できなかった。対反乱軍作戦の準備を無視し、言語や文化に対する深い理解の必要性を軽視した。最終的にイラク紛争の方向性を変えたスンニ派蜂起(Sunni Awakening)において、これ等の準備不足が重要な役割を演じた。

これは古くからある教訓なのだ。実際のところ、1940年の海兵隊スモール・ウォーズ・マニュアル(Small Wars Manual)にも書いてあり、過去10年間に痛みを伴って学び直された教訓だ。最終的にイラクとアフガニスタンの戦争が収束しつつある現在においても、これ等の教訓が忘れ去れる事はあり得ない。対反乱軍作戦を含む侵攻後の安定化策を認識する事は、軍の中核的作業であり、ペンタゴンの最初の重要なステップとして準備されなければならない。

遠隔操作機や特殊部隊、そして外国軍に訓練を施したり助言したりする能力に対し、さらに投資する事も賢明であろう。今世紀中の戦いにおいて、こういった部隊は大きな重荷を背負う可能性が高いのだ。もちろん、議会によって科せられた支出削減と、それがもたらすトレードオフを考えれば、果たしてこの教訓が充分に学ばれたのか、これからも見守って行かねばならない。

最後に、イラク戦争の経験は全体として、アメリカ人に対する幅広い希望を提供した。ベトナムの失敗にも関わらず、合衆国は全て志願兵による大規模な実験を開始した。それは確かに実験だったのだ。このシステムが主要な戦争において分解しないで済むと言う予測は存在せず、重大な紛争に備える為に、2世代の若者たちが、選抜徴兵局へ登録していたのだ。

しかし過去10年間で、主要な戦争が2つも存在し、全て志願兵による軍は、流血と炎によるこの困難な試練を、目覚しい卓越性を発揮して乗り切った。

大恐慌で鍛えられた第2次大戦のグレート・ジェネレーションの栄光は、2つの大陸でファシズムを打ち破るのを助け、文明社会を守った。彼ら3分の2のみが徴兵された兵士であった事実は、その貢献と共に歴史に大きく取り上げられている。この新たなグレート・ジェネレーションはその祖父母達ほど激しく戦ってはいないかもしれないが、より長く戦い、そして全て志願兵だった。

私の戦車部隊は22名の素晴らしい若者を第2次イラク戦争で失った。その中には1名のウェストポイント出の大尉と5名の中尉を含んでおり、100以上の名誉戦傷賞(Purple Heart)を受けた。私達の国は、このような兵士達に、どれだけ深い感謝の念を捧げても、捧げすぎる事は無い。

しかしその感謝の念は私達が、戦闘を引き受けたこれ等の人達、そしてその配偶者や子供たちの面倒を見る事を確約することで、初めて伝える事が出来るのだ。アメリカの最も偉大な戦時中の大統領アブラハム・リンカーンがそうしたように。この戦争における典型的な障害である外傷性脳障害や心的外傷後ストレス障害は目に見えず治癒困難だ。イラクで戦った人間たちの4分の1近くが、これから何十年も、これ等の障害で苦しむ事になる。

これは、イラク戦争でアメリカが被った耐え難い損失と比較すると、圧倒的なものとは言えない。しかし、もし私達がこの血で書かれた教訓を読まないならば、もし私達の政治家が将来の介入において、より大きな謙虚さでもって対処しないならば、もし私達の軍が、ありうる戦争に対して準備せず、自分たちが戦いたいと思う戦争に対する準備しかしないならば、多くの人が苦しんだこの犠牲の価値は下がってしまうだろう。

私達は、危険と苦難に耐え、戦争によって鍛えられ、仲間の経験と共に逞しくなった、この偉大な若い世代が、より良い未来を、洗練され賢くなったアメリカに構築してくれる事を望まずには居られない。

~~ここまで~~

次回更新は3月29日ごろになると思います。
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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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