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戦争、その前と後、パート5

イラク戦争に関する記事をUpします。

記事を書いたのはジョシア・ホワイト(Josiah White)さんと、モーリス・デカウル(Maurice Decaul)さんです。元記事はここにあります。

イラク戦争を振り返る退役軍人インタビュー記事のパート5です。

~~ここから~~

戦争、その前と後、パート5

この記事は6回シリーズのパート5である。

10年前の今週、2003年3月20日、合衆国はイラクを侵略した。

戦争は2011年12月15日、8年8ヵ月3週間と4日の後、最後のアメリカ兵が撤退して公式に終了する。この間、数十万の人間が人生に取り返しのつかない変更を強いられた。ホーム・ファイア(Home Fire)ではイラク戦争に従軍した16人の退役軍人に、自分たちの人生が、戦争を挟むこの2つの日付の間で、どのように変わったかをインタビューした。この記事で紹介する3件を含めた彼らの証言は、数日中にホーム・ファイアから出版される。

別のゲーム

ジョシア・ホワイト

2003年3月20日:いつも冬になるとドラマ部門はミュージカルをやるんだ。でも僕は歌わないから出演しない。そして春はいつも劇さ。シリアスなやつとコメディーをかわりばんこにやる。この年は、「るつぼ(The Crucible)」だった。僕は応募してパリス牧師(Reverend Paris)の役を得たよ。その役は前に「ピンク・パンサー3(The Pink Panther Strikes Again)」でやった役と似た感じだった。僕はダニエル・デイ=ルイス(Daniel Day-lewis)がやった映画を見たことがあるんだ。もう卒業まで2ヶ月しかなかった。運が良けりゃ卒業した後、バーバンクの友人と合流して映画の仕事を一緒に始められるかも知れなかった。

また別の戦争が始まったみたいだった。前のやつとあまり遠く無い場所でね。僕はほとんど気にしなかった。多くのアメリカ人と同じように僕も9月11日の直後はインターネットのボードに愛国的なメッセージをポストしたさ。でも自分の中では対テロ戦争に対する興味は退いていて、唯一の知識と言えば「サタデー・ナイト・ライブ」で得たものだった。僕の兄は海兵隊に入りたがっていたけど、難読症(dyslexia:ディスレクシア)で駄目だったんだ。どっちにしたって軍にはいるのは体育会系なやつらで、僕みたいな感受性の強いアーチストタイプじゃ無いと思っていた。

2011年12月15日:その年のサンタクロースの秘密のプレゼントは完璧なタイミングで届いたんだ。僕は学校で難しい学期を終えたばかりで、ビザの問題で駄目になった冬のニュージーランド旅行とかからクールダウンする必要があった。大きな箱に入っていたのは、大きなボード・ゲームだったんだ。もう僕はその日、妻と2人でそのゲームを5回も遊んた。ボード・ゲームなんて現代では時代遅れに見えるかも知れないけど、この遊具は力を必要としないんだ。それに、貝殻みたいなパッケージにも入っていない。このゲーム、「カルカソンヌ(Carcassonne)」は僕たちを中世フランスの都市へ連れて行ってくれた。そこで僕達は一枚一枚タイルを張って土地を作ってゆくんだ。僕はゲームにのめり込み、深く集中した。

目をくらます青い光も無いし、気をそらされるインターネットも無い。忌々しいニュースも無かった。そして一番大事な事に戦争が無かった。「全兵士は成功裏にイラクから撤退しました。」ニュースは言っていた。

入隊書にサインした時は、僕が派遣される前に戦争は終るだろうと思っていた。しかし訓練は思ったより早く終わり、その年の内に僕はイラクに行かされていた。自爆攻撃者が僕の派遣が一回こっきりで終る事を確実にしてくれた。そして戦争はその後も5年間続いた。この日、僕の戦争は終了を宣告された。でもアフガニスタンは、最初に起きてずっと長く続いていて終わりそうも無いように見える戦争は、僕の海兵隊仲間や友人たちや入隊した兄弟達を引き止め続けている。皆もう充分つくしたのにね。

僕は気にするべきじゃ無いのかも知れない。戦争を僕の人生にするべきじゃ無い。もうそこから離れて3年経つし、天体物理学の学位もとったんだ。僕の人生は愛と知識と経験に溢れている。しかし小さなボール紙のタイルが持つ落ち着いた優雅さを持ってしても、自分自身の存在に刻まれた暴力の傷を消し去りはしない。6年間に経験したあらゆるものが、若い頃の幸福な無関心へ僕が戻る事を許さない。たぶんもう一回ゲームをしなきゃいけないだろう。

ジョシア・ホワイトは第7海兵連隊第1大隊の狙撃兵として2006年イラクへ派遣された。自爆攻撃で受けた傷で2008年8月負傷除隊し、カリフォルニア州立大学サンディエゴ校で天体物理学の学位をとった。現在彼はサンディエゴで妻のヨハンナ(Yohanna)と共に暮らしている。

与えられた状況

モーリス・デカウル

息をするたびに肺の焼け付くような感じは悪くなった。視線を上げると前を行く海兵隊員はすでに小さく、そして見えなくなった。激痛は右半分から来ていた。私は左側だけで息をしようと頑張ったが、何にもならなかった。

完全な呼吸停止。向こうずねはそえ木で固定され、足首は捻挫していた。

訓練監督官は新兵たちに、痛みは体に残った弱みなのだと言う印象を植え付けていた。他にもこんな格言が存在している。100%の力を出し切ったと感じられても、さらに深く掘れば40%余分な力が湧いてくる。

それは2003年3月のことだった。私は3か月前に海兵隊を離れ、かなり太った。20ポンド体重を増やし、B.M.I.値は20%を記録していた。私は自分がまだ戦士だと証明したい為に海兵隊予備役に入った。海兵隊の世界しか知らなかったからでもある。

そして今、私は落伍しつつある。戦争の最初の日に部隊から落伍しつつあるのだ。基地に戻る為に何マイルもの道を、戦闘を繰り返しながら走り抜けたモガディシュの隊員たちを思いながら、私は移動を続けた。イラクで自分が海兵隊の先陣を切ると言う知識が私を動かし続けた。

カロライナでは毎朝、違ったフォーメーションで走らされた。そして数日間の訓練と複数のフォーメーション・ランを経験した後、私はやっと調子を取り戻した。そして自分がやりぬけた事に満足感を覚えた。

私達の誰も、戦争開始数日後に自分たちがナシリヤー(Nasiriyah)に入るだなんて知らなかった。

私は戦争開始直後の混乱した5ヵ月間、イラクで任務についた。明らかに私は幸運だった。私は任務についたが、もし、そうでなかったら、どうなっていただろう?

私の家族が先祖代々住んでいる村、セントビンセント・グレナディーン(St. Vincent and the Grenadines:カリブ海の島国)のビアボウ(Biabou)では、子供の死に復讐する権利を父親が持つと言う風習がある。私の家族は、まだ私が小さい時にその村からブルックリンへ移り住んだが、部族が正義を正す為に存在した風習は、私達と共にあった。もし私がイラクで死ねば、私の父はこの権利を否定されていただろう。戦争が終わった夜に父が話してくれるまで、私は自分が海外にいた間に父が感じていたプレッシャーについて、全く考えが及ばなかった。

2003年の夏の日の午後、私が家へたどり着いた時、痩せて筋肉質で気まぐれな父は、村の正義について話す理由を見つけられなかったと言う。

いずれにしても私はそれを理解できなかっただろう。たぶん取り合わなかったと思う。そして言っただろう。「派遣なんて、少しきつい訓練と同じさ。海兵隊は最高の白兵戦部隊なんだ。何も心配する事は無いよ。」

少しばかり傲慢。少し鈍感。少し生意気。そして例外なく、少しばかり陽気。

ニュースが戦争の終了を告げた時、私は父と居間に座ってフラットブッシュ通りの喧騒を聞いていた。今までそんな事はしたためしが無かった。黙って座っているなんて。私の小さな娘は眠そうにして、膝から降りようと身動きした。

それを見て父はクスクス笑った。そして私が娘くらいの年齢だった時の自分の話を始めたんだ。

モーリス・デカウルは2003年にイラクへ派遣された。彼は詩人であり、台本作家であり、エッセイストである。彼の作品は、ニューヨーク・タイムズ、シエラ・マガジン(Sierra Magazine)、リーサーネック(Leatherneck)、その他に掲載されている。彼は最近、ニューヨークとワシントンで、舞台劇「Holding it Down: The Veterans Dreams Project」に出演している。

~~ここまで~~

パート6も翻訳が出来たらUpします。
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ゾノシン

Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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