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ブリガム・ヤング大学コンピュータ・アニメーション・コース

アメリカの大学に関する記事をUpします。

記事を書いたのはジョン・モアレム(Jon Mooallem)さんです。元記事はここにあります。

ブリガム・ヤング大学のコンピュータ・アニメーション学科の記事です。

~~ここから~~

ハリウッドが良質で清潔な面白さを求める時はモルモン教の国へ行く

アレン・オステルガー(Allen Ostergar)はこわばった笑顔を浮かべながら教室の演台に立った。たぶん少し緊張していたのだろう。そして説明を始めた。恐ろしげな海賊船から始まるんだと彼は言った。「考える限り最も恐ろしげな海賊船が、そう、航海しているんです。」

その日は火曜日の夕方、場所はユタ州プロボ(Provo)にあるブリガム・ヤング大学(B.Y.U.)の構内だ。同校のコンピュータ・アニメーション学科では、70人ほどの学生が集まって自分たちが行う次期プロジェクトの選定をしていた。これから1年間、3つの学期を費やして作り出す作品の選定だ。南カリフォルニア出身のオステルガーは最初の発表者だった。

船のデッキをパンするショットで荒々しいクルーたちを紹介する、と彼は説明した。その中で2人の海賊はお互いの腹を殴り合っている。別の奴はハバネロ・ペッパーを食べて火を吹いている。「僕が考えた1つのアイデアでは、」オステルガーは言う、「大砲をベンチプレスしているのがいるんだ。そして少しズームアウトすると、もっと大きな男がそのベンチプレスしている奴をベンチプレスしている!」

そして最後にカメラは主役のオフ‐ホワイト・デイキン(Off-White Dakin) に焦点を合わせる。オステルガーはすでに、頬がこけて顎が突き出た海賊が樽の陰に隠れて座っているシーンをアニメにしてきていた。彼はカギ爪の手の錆びた先を編み棒にしてセーターを編んでいる。セーターはピンク色で虹が織り込んであった。それはオフ‐ホワイトの恥ずかしい隠し事だった。「彼は本当にカワイイものしか編まない。」オステルガーは言う。「それが彼の解消法なんです。」

この設定は面白そうで、変わっていて、少し涙もろい。ピクサー的な映画のスイート・スポットを突いている。このコンピュータ・アニメーション・プログラムが始まった2000年以降、B.Y.U.の学生が毎年作っている短編アニメの典型例だ(例えば「ラス・ピニャータス(Las Pinatas)」という作品もそういったアニメの1つだ。その作品では擬人化されたピニャータ(牛のような形をしたクス玉の類)が子供の誕生パーティーにぶら下げられてパニックになり、それまでの人生をふり返っている)。ここで作られる映画は、学生エミー賞や、学生アカデミー賞をコンスタントに取り続けている。カンヌやサンダンスとかの映画祭でも上映されている。さらに重要なのは、こういった作品がリクルーターを魅了していることだ。ほかのどこでも無くB.Y.U.が、すなわち末日聖徒イエス・キリスト教会が運営するモルモン教の大学が、国内でもトップのアニメーション・スタジオやアニメーション効果会社の人材供給源となっている。ユタ州の真ん中から出てきた若いモルモン教徒が、アメリカン・ポップ・カルチャー製造企業のど真ん中へと吸い込まれてゆくなんて、ありそうも無いことのように聞こえるかも知れない。

2008年、ピクサー代表のエドウィン・キャットムル(Edwin catmull)は同大学のキャンパスで行ったスピーチで、このプログラムを賞賛しながら言った。「これはピクサーだけで無く、他のスタジオも同じ様に感じていることなんだけど、なにかとても目覚しいことが、ここでは起きているようなんだ。」(例えば、「メリダとおそろしの森(Brave)」を作っていた時、14人のチームが馬の筋肉の複雑な動きとかプリンセス・メリダの巻き髪とかを扱っていたが、その中の6人はB.Y.U.卒業生だった)。キャットムルのスピーチがオンラインに出回ると、世界中の将来有望な学生たちがB.Y.U.プログラムのディレクター、R・ブレント・アダムズ(R. Brent Adams)に参加希望のe-mailを送り始めた。アダムズはいつもの通りの返事を送った。大学の倫理規定を記したウェブへのリンクを返したのだ。学生は定期的に教会に参拝しなければならない。結婚前のセックスは禁止(貞淑で高潔に生きなければならない)。アルコールとコーヒーは禁止(自動販売機にはカフェイン飲料さえ無い)。罵り言葉も禁止。大学の細かい服装基準からの逸脱も禁止(仮に髯に関する1年間だけの例外が認められた場合、新しい学生証は髯が伸びきった状態になってから発行される。そしてその学生証は毎年同じ手続きを踏んで更新されなければならない)。アダムズは私に言った。「e-mailを送ってきた学生から返事が返ってきたことは無いよ。」

典型的なB.Y.U.の学生がハリウッドに自然に馴染むようには見えない。ある卒業生は、エンターテイメント産業は私たちこの「道徳的に堕落した社会」を反映したものである、あるいはそれを推し進めるものであると見なす傾向がモルモン教文化にはあると言った。私が会った多くの学生は、今までR指定のフィルムをほとんど見たことが無く、自分たちでR指定を作ったことも数えるほどしか無いと言う。ある27歳の3年生は高校時代に南北戦争のドラマ「グローリー(Glory)」を見たことがあると言った。別の学生はソルト・レイク・シティーの、とある会社でパート・タイムで働いているが、その会社はハリウッド映画をクリーン・アップして、ファミリー・フレンドリーなバージョンのDVDにして提供する会社だと言う。彼は最近、登場人物の手のタバコをデジタルで修正してプレッツェルに変えたと私に言った。

B.Y.U.のプログラムは、これに似たような道徳的均衡を維持するようデザインされている。このプログラムは、業界の感性に影響を与えるような、価値観を重視したフィルム・メーカーを増やそうとしているのだ。「説教臭くならないようにしてね、」アダムズは私にそう言った。「もし私たちが人々をして、より良い人間に成ろうと思わせる何かしらを、文化に加えることができたら。より生産的で、より優しく、より寛容な人間になろうと思わせられたら、それこそが、私たちがやりたいことなんだ。」

最初のうち私は、このミッションの特性を理解するのに苦労した。全ての人が「クリーンな映画」あるいは、「何の懸念も無く母親に見せられる映画」を作りたいと話していた。しかしそういった言葉は、いわば標語のようなもので、色々な意味を含んでいて単純には受け取れない。それは単にセックスや暴力を避けると言う問題では無い(私はしばしば、「シュレック」でさえ受け入れ難いと説明された、あまりにも皮肉や下品なジョークが多すぎると)。その代わり彼らは、映画を見終わった時、高揚感を感じられるかどうかに固執する。そしてそれは全てのものに優先する。通常のジャンルとか対象年齢とかの分類さえ越えるものなのだ。4年生のミーガン・ロイド(Megan Lloyd)は私に言った。「私は丁度『ダーク・ナイト』を見たところです。素晴らしい映画だと思います。でも暗すぎるんですよね。見終わった後、自分自身に対してさえ良い感情を持てなかった。私が感じたのは、自分が酷い人間だって感じです。まるで全ての人類がそうであるかみたいな感じ。それは、」彼女は、ほとんど一気に話そうとするかのように続けた。「『シュガー・ラッシュ(Wreck-It Ralph)』みたいな映画とはまるで対称的。『シュガー・ラッシュ』は教えてくれるんです。君はもっと良い人間になれるんだ、こうすればって。」

だぶん避けがたいものなのだろうが、オステルガーの編み物をする海賊の物語は、さらに優しい左旋回をする。発表の途中で彼はオフ‐ホワイト・デイキンが実際は家族的な心を持った人間であることを明らかにする。彼が編んでいるセーターは、彼がいつも心にかけている故郷に残した娘のためのものだった。彼は編みながら、フレームに入った赤ん坊の写真を取り出す。

オフ‐ホワイトはとうとう仲間にその趣味を見つかってしまう。彼は馬鹿にされ、仲間はずれにされ、処刑されそうになる。しかし船の帆が燃えてしまった時、乗組員を助けることができるのは、オフ‐ホワイトの編み物の技術だけだった。最後は、海賊たちが協力して帆の代わりに使うパッチワークを編んでいるシーンで終るんですと、オステルガーは説明する。帆の中には、あらゆる種類の愛らしい子犬や子猫が編みこまれている。

この映画のメッセージはコミュニティーの大切さ、そして自分と違う人を見下ろそうと言う感情に囚われると、その人の人格や才能を見失ってしまうと言うこと。それは正に、プロボに居る間、いつも心に留めておこうと私が努めている強固なメッセージだった。

「この海賊たちは、そう、あいつはなんて変わった奴なんだと思っていたんです、」オステルガーは続ける、「しかし最後にはそれを受け入れる!」

コンピュータ・アニメーションの仕事がもつ、頭がおかしくなるほどの退屈さは、いくら強調してもしすぎることは無い。最終的にアニメーション・フィルムで私たちが見るもの、1コマ1コマ全ては、人間が規則正しくコンピュータから取り出したものだ。現在、大学が製作中の映画「カズム(Chasm)」を見てみよう。この話は頑固な発明家の寓話で、彼女は自分の技術的新案を棄てなければならなくなって、文字通り信念の元に断崖から飛び降りる。私が訪ねたとき、4年生のメレディス・モールトン(Meredith Moulton)は、女主人公の髪の毛の処理を既に9ヶ月も続けていた。女主人公が風の中に飛び出していった時、その束ねた髪が揺れ、前髪の数本が自由に漂う様子が自然な感じで表現できるよう苦闘していたのだ。別の学生は、発明家が窓から差し込む光の中を歩いたとき、その体の回りを空気中のホコリが、本物らしく渦巻く様子を作り出す仕事をしていた。他にもそんな仕事がたくさんある。必然的に夕べのミーティングでは、確かに学生たちは倫理的メッセージについて考慮してはいたが、ほとんどの注意は、それぞれのアイデアが持つ技術的困難さへと向けられていた。5分から6分程度の単なるアニメーションを、次の1年間をかけて作るうえで、彼らが解かねばならない数百万ものデジタル・パズルだ。

私より数列後ろに座っていたギャレット・オヨス(Garrett Hoyos)は、カンサス出身24歳の4年生で、デジタル素材に触感を与えることを専門としていた。オヨスはまるで登山家が岩壁を見て登頂ルートを考えているかのように、オステルガーのピッチを推し量っていた。彼はこのピッチに即座に刺激を受けたようだった。彼は海賊船の古びた木材とか、海の波頭とか、フリースの糸とかの表現を担当するチャンスを欲しがっていた。もし彼が担当できれば、新しいパッチワークの帆布を上げる場面はデモ・リールの中のキラー・ショットにできるだろう。「僕は本当に素材が好きなんだ!」オヨスは私にそう言った。

他の多くのクラスメートと同じ様に、オヨスは早い時期からアニメーションに対して一風変わった特徴ある惹かれ方をしていたと主張する。13歳の時、「シュレック」を見るために並んでいて、映画のポスターに描かれたシュレックが着ている黄麻のベストをじっと見つめている自分に気がついた。それを見つめながら彼は、自分がデジタル布地を作る職につきたいと望んでいることに突然気がついた。「それ以来、周りの世界を本当に注意深く見るようになったんです。」彼は言った。「僕がやりたかったのはただ一つ、実世界に存在するありとあらゆるものの触感を表現することだったんです。」2008年高校を卒業した後、彼はサン・フランシスコへ行き2年間教会で奉仕するミッションについた。教会でキリストの言葉を説いていない時、彼はベイエリアのアニメーション・スタジオやアニメーション効果会社にいるB.Y.U.卒業生と連絡を取り合っていた。ピクサーやドリーム・ワークスのような会社だ。

その当時、B.Y.U.のアニメーション・プログラムは始まってまだ8年しか経っていなかった。コンピュータ・サイエンス学科の学生向けにアニメーションの特別講義を数年間指導していたブレント・アダムズは2000年に、それなりのアニメーション学科を創設するには不可欠だと言って、アリゾナの住宅建設業者、アイラ・フルトン(Ira Fulton)を説得し、スーパー・コンピュータを寄贈してもらった(モルモン教徒のフルトンは、同校のプログラムに1000万ドル以上投資したと私に語った。彼は価値観を重視したアニメーションや「クリーン」なエンターテイメントが作り出されるのを見て、その投資を誇りにしている。「もう家族向け映画なんて滅多に見られなくなっているからね。」彼は言った。「PG指定(Parental Guidance:視聴に親の許可が必要)でも着いてれば儲けもんさ!」B.Y.U.は彼の妻の名前をとって、スーパー・コンピュータにメアリー・ルー(Mary Lou)と名付けた)。その年、緊密に協力した学生たちのグループがプログラムの最初の短編、「レミングズ(Lemmings)」を作成する。天啓を受けたレミングが、仲間たちが崖から飛び降りるのを防ごうと奮闘する物語だった。

2000匹ものお喋りをするレミングのアニメーションは、技術的にいっても大胆な挑戦だった。そして「レミングズ」は学生エミー賞と学生アカデミー賞を両方とも受賞する。卒業生はこの業界に散っていった。その内の1人、トム・ミコタ(Tom Mikota)は「アバター(Avatar)」でオスカーを獲得した映像効果チームに加わっている。別の卒業生、ポール・シューニ(Paul Schoeni)はドリーム・ワークスの3-Dモデラーで、家庭向けiPad アプリ製作会社カフェイン・フリーの設立者だ(シューニが私に話してくれたところでは、彼と他3名のモルモン教徒の設立者たちには、合わせて13人の子供がいて、製品に対する頼りになる家庭内フォーカス・グループになっていると言う)。それ以後、B.Y.U.離散民は次第に存在感を強めていった。2007年までに、大学はかなりの名声を獲得する。しかしそのお陰で、その年度のプログラムが作成したフィルム、「パジャマ・グラディエーター」、小さな子供が別の惑星へ転送されてしまいブヨブヨしたエイリアンと毛布で戦わねばならなくなる話は、あまりにも多くの4年生が卒業前に就職してしまい、ほとんど完成できなくなりそうになる。

アニメーション業界はユタ州に新たな従業員の供給元を見つけ出したのだ。ソニー・アニメーション・ピクチャーのあるリクルーターに言わせると、典型的なB.Y.U.卒業生はたぶん、例えばカルアーツ(CalArts:カリフォルニア芸術大学)のような有名な他校の学生みたいな才能ある芸術家肌では無く、「異なった態度」を見につけていると言う。「ほとんどのアニメーション・プログラムでは、学生それぞれが、彼または彼女自身の映画の製作を率いています。しかしB.Y.U.では全ての人間がチームになって1つの映画を作り出すんです。何故なら、芸術学校の学生たちと異なり、この学校の学生たちは宗教コースとかがあって、フルタイムで映画製作を行うには忙し過ぎますから。その結果、必要性にかられて、各年度のフィルム製作はアニメーション業界が実際に行っている製作方法と似通ったものになっているんです。B.Y.U.の学生は特技と協調性を見につけて世の中に出て行きます。独創的映画監督として扱われる事を期待しながら世に出るのでは無く、エントリー・レベルの仕事に対する準備ができている状態で出てくるんです。」

「正直に言うと、」以前ドリーム・ワークスで採用担当部署を率いていて、頻繁にB.Y.U.を訪問していたマリリン・フリードマン(Marilyn Friedman)は言う。「プロボに来た最初の数回は思っていたのよ。いったい私はここで何をしてるんだろうって。私は東部から来た小さなユダヤ人少女にすぎないのに。だけど、ここの子供たちが本当に愛らしいのには驚いたわ。彼らはこれ以上無いほど感じが良くて謙虚で丁寧なのよ。嬉しかったわね。彼らは会社に来てもそのままだった。」多くの学生は卒業までに結婚して子供をもつようになる。その為、仕事において卓越し、安定した生活を家族に与えようと望んでいる。多くの者は外国でのミッションに奉仕してもいる。しばしば、非常に困難な状況の中にある第3世界の国へ派遣されているのだ。そして、典型的な大学の学生が卒業する時の年齢よりも、数年年長で卒業する。「そういったことが、卒業時点での彼らの成熟さのレベルを説明している。」長年アニメーション業界でエグセクティブをしていて、ソニーのシニア・ヴァイス・プレジデントも務めたことがあるバリー・ウェイス(Barry Weiss)は言う。「もし私がシニア・エグゼクティブで、チームに誰か加えたいと思ったら、ハード・ワークをいとわない真面目な人間が良いね。その人には、これがビジネスだって理解していて欲しい。芸術の為の芸術じゃ無いんだ。B.Y.U.から来る子供たちはそのチェックをクリアしている。」

私がプロボで会った多くの学生は、閉鎖的なモルモン教コミュニティーで育っていた。飛行機で上空を飛ぶことはあっても顧みられることの無い土地から来ているのだ。彼らはタバコも吸わないし酒も飲まない。そして私が気が付いたところでは、例えばある学部の教官は毒づきたい時、あまり馴染みの無い「ホーリー・シュニッキーズ(Holy schnikeys)!」と言い続けいたりする。それでもなお、ハリウッドの独創的な人間たちは、このモルモン教徒たちが、ニューヨークとかロサンジェルスから来た気分屋でジェネレーションYの芸術学校卒業生たちよりも、はるかに「世界的」であること、彼らを仲間に向かえることが如何に喜ばしいかを、激賞し続けている。こういった見解は、数多くのステレオタイプな見方、モルモン教徒、ハリウッド、苦悶する芸術家といった人間たちに対するステレオタイプな見方に反している。それも非常に大きく反している。偶然にもモルモン教文化は若い人間たちを、自分達の心配の原因を作っている正にその産業の理想的な従業員に育てているかのように見える。

「この男は非常に興奮しているんです。そう、とうとう棒が来た!って。で、犬はその棒を見て思っているんです。本当?これかい?これが君をそんなに興奮させているのかい?この棒が?」

痩せてメガネをかけた3年生のジェフ・レインズ(Jeff Raines)は、自分の映画の説明を数分間続けていた。そしてあまり上手くいっていなかった。そのフィルム「フェッチ(Fetch:捕まえる)」は通信販売で買った棒をもってこさせようと犬を訓練する男の話だ。しかしレインズの話し方は単調でハッキリせず耳障りだった。最初に棒を投げるまでの導入部でさえ、いつ果てるとも知れなかった。うしろの席のだれかが、元気付けるような笑い声を上げていた。

「モルモン教徒である私たちの一番悪いところは、行儀良すぎることです。」学部の教官、ケリー・ルースリー(Kelly Loosli)は後で私に言った。「これは私たちのコミュニティーが直面する真剣な問題です。行儀の良い私たちの文化は、卓越したものを求めようとする時、問題をはらんでいます。」ルースリーはプログラムにおける悪役を務めることを自らに果たしている。仲間の仕事の出来が悪いと思ったとき、如何にしてそれを伝えるか、学生たちに見せることで、業界に出た時の準備をさせようとしている。「もう何人も泣かせてきました。」彼は私に誇らしそうに言った。その夕べのミーティングの最後で「フェッチ」は一票しか取れなかった。その一票は教官がレインズに、自分の作品に手を上げるよう即してやっと入ったのだった。彼は自分自身のアイデアに投票することにすら控えめだった。

レインズが終った後、私はモーガン・ストロング(Morgan Strong)が部屋から抜け出してゆくのに気がついた。彼は現在のプロジェクト「カズム(Chasm)」のプロデューサーだ。1学年全てをかけた製作をマネージすることから来るストレスをやわらげようと、彼はその夜、最初の子供を身ごもった妊娠6ヶ月の妻と会うために何回か抜け出している。ストロングは卒業を目前にしているが、「カズム」は彼がB.Y.U.で手掛けた最初の作品だった。彼は実際はアニメーション学科の学生ではない。大学の、より堅苦しいコンピュータ学科に在籍している。彼は今までの人生で常に芸術的な欲求を感じていた。しかし、クラスメートの多くと同じ様に、より実際的なキャリアを追求すると言うプレッシャーも感じていた(ダニエル・クラーク(Daniel Clark)と言う名の3年生は、少年時代に父親のビデオカメラで手の込んだストップ・モーション・アニメーションを作って過ごした話をしてくれた。それでも彼は、B.Y.U.で建築マネージメント学科へ進むべきだと自分自身を説き伏せた。彼が最終的に学科から飛び出したのは、見積もりに関する講義を受けている時だった。それは建築に掛かる費用を如何に見積もるかと言う講義で、必要なネジの本数を概算するところまで行かなければならないと知った時が彼の限界だった)。ストロングは私に言った。「芸術家のキャリアを選ぶなんて言うのは、ダンボールの箱を家として買うのと同じようなものさ。」

ちょっと前、ブレント・アダムズは私に言った。彼の学生たちの理想、エンターテイメント産業を改革しようと言う理想は、しばしば学生たちが自分自身の人生の成長の過程で、映画やゲームから受けた悪い影響を認識していることから来ていると。私はその言葉に確信を持てなかった。彼の言葉はまるで父親が自分の価値観を子供に投影しているかのように聞こえた。しかしストロングは完璧な実例だった。私たちはある日の午後、コンピュータ・ラボの中で長いこと話し合った。彼は私にアイダホ州北部で育った話をしてくれた。10代の頃、彼は羽目をはずしていた。酔っ払った女の子と出歩き、そういった付き合いを両親には隠していた。彼は自分の不正直さが嫌だったが、それを押し殺していた。しかしB.Y.U.での1年目に彼の態度は変わる。彼は、親切で高潔な人間であろうと努力している全ての学生たちを見た。彼らは又同時に楽しそうで、強固な友情で互いを支えあっている。自らの信条と仲間内の人気との間で不安定な妥協をすることが必要だなんて、もはや思えなかった。これは、大学に入って成人を実感する典型的な経験の、言わば裏返しだ。彼は人生における実験を行うに足るほど開放されたと感じていた。それで自分が育てられた価値観へ帰ると言う実験をしたのだ。「自分がどんな人間にだってなれると実感しました。」彼は言った。「その考えは、まるで1トンのレンガのように自分を打ちました。それで判ったんです。自分が本当に良い人間になりたいんだと。」

今やストロングはPG-13の映画さえ避けると言う。「どんな場面が出てくるか全く判らないでしょう。それで、ひとたびその場面に出くわしたら、もう永久に頭から出て行ってくれないんです。」彼はしばらく考えて、私に訊いてきた。「あの映画の題名、何でしたっけ?」彼が何の映画のことを言っているのか判らなかったが、それを口にしたとき、私は驚いた。「ウェディング・クラッシャーズ(Wedding Crashers:結婚式を荒らしまわる2人組みのロマンチック・コメディー)」と彼は言ったのだ。

高校時代に友人の1人にそそのかされて彼はこっそりその映画を見た。そして裸のシーンと同じくらい、ヴィンス・ヴォーン(Vince Vaughn)やオーウェン・ウィルソン(Owen Wilson)の女性に対する態度にショックを受けた。それを見て以後、女の子を見て直ぐ頭に浮かぶのは、その子が魅力的かどうかになってしまった。彼は自分が周りの人々を「ウェディング・クラッシャーズ」の登場人物に当てはめながら行動しているように感じていた。こんなのは10代の男子の心に起きた無害な目覚めだと、あなたは主張するかも知れない。しかしストロングはそういう風に考えなかった。事実として、ストロングはその時期の自分について、あまりにも不安に感じている為に、後に自分の妻になるかも知れない女性と付き合い始めたとき、それを必ず彼女と話し合う事にした(「僕は変わりました」彼は説明する、「でも僕はああいった事は2人の間でオープンにしたいんです」)。「モルモン教会が、」彼は私に言った、「本当に強く言っているメッセージは、全ての人は神の子であると言うこと、人はみな聖なる存在であると言うことなんです。人はみな、清潔で純粋で美しい状態で生まれるんです。」「ウェディング・クラッシャーズ」は彼のものの見方を歪めたのだ。彼は一時期、世界を「ウェディング・クラッシャーズ」の色眼鏡を着けて見ていた。それは他人に対して失礼なだけでは無い、他人の本質を見ることの妨げになったと、彼は感じた。そんなことをする代わりに、なぜ映画は、神が与えたもうた目を使うよう、無意識のうちに私たちを励ますことができないのか?「その窓を通して見ることで、あなたの人生には、有意義で美しいものが加えられるはずです。」彼は言った。

ストロングのような学生が、卒業後に荒々しい映画産業でちゃんとやって行けるのか不安に思うのは当然だろう。しかし私が卒業生と話してみた限りでは、ほんの数えるほどの、穏やかな対立しか見つけられなかった。その中には「ダイ・ハード」最新作の撮影後作業を完了させたマイク・ワーナー(Mike Warner)のケースも含まれている。彼は、厳しい商業主義的目的の元に、PG-13指定を守れるくらい充分映画を和らげるとスタジオに確約してもらって映画に参加していた。最終的に映画はR指定になった。「失望させられた。」ワーナーは言った。「しかし、いったい何ができる?」こんな話もある。アダムズが私にある卒業生の話をしてくれた。彼はバドワイザーのコマーシャルの為にアリのアニメーションを動かしてくれと頼まれたてパニックになったと言う(アダムズは彼を落ち着かせた、「私は言ったんだ、『O.K.バーン、きみはビールのコマーシャルで働くことで何か戒律を破ったのか?厳密に言えばノーだ。』)。しかしほとんどの場合、ハリウッドでモルモン教徒であることの意味について、彼らは微妙で現実的な認識をしていると私は感じている。それは、否定的なものへの貢献を可能な限り常に避けるよう固執すること。そして又、それと平行した義務として、たぶんそちらの方が重要なのだが、最大限に良いものを作ろうとすることだ。ピクサーのモデラー(modeler:模型製作者)でありリガー(rigger:キャラクターをアニメーターが動かせるようスケルトンを作成する人)であるジェイコブ・スピアーズ(Jacob Speirs)は私に言った。ピクサーで働いている限り、卑猥なイメージや暴力的なイメージを作ることを頼まれたりしないだろうと。しかし彼は最近、社内で行われる数多くのお祝い用にシャンペンやビール以外に、ノン・アルコール飲料もストックしておいて欲しいと会社に言った。非モルモン教徒の同僚からも、そのことでしばしば例を言われたとスピアーズは言う。皆いつも、働いている白昼から酒を飲みたいわけではないらしく、別のオプションもあることにホッとしている。「それにピクサーはこういった事も楽しんでやっている。」彼は付け加えた。「単に7Upの缶を幾つか入れるだけじゃないんだ。結構すごいソーダ類を入れているよ。」

私はいつも、B.Y.U.のプログラムが始まって13年しか経っていないことを意識している。このプログラムが映画産業に注ぎ込んでいる高潔な密使たちはまだ、映画のトーンとか内容に真に影響を及ぼす地位へと上っている途中なのだ。いつの日か、監督になったり製作に携わったりする卒業生が現れるだろう。それは避けがたいと学生たちは主張する。「今現在、僕たちはまだ、ただの労働力だ。」ドリーム・ワークスで働く卒業生の1人は私に言った。「でも僕は思うんです。この産業を形作る力を持つと言う意味において、僕たちの未来は明るいと。」

その夜、最後の発表は「Bothered(悩み)」と言う名前の映画だった。その発表をした学生は、ギザギザの前髪と猫の目のようなメガネをかけた、クリスチーナ・スカイルズ(Christina Skyles)と言う名前の小さな女性だった。黒いタイツをはいていて、そのタイツには骨の模様が、実際の脚に合わせて縫い付けてある。

スカイルズはポートランド出身。アニメとティム・バートン(Tim Burton)が好きで、特に、ジョニー・デップ(Johnny Depp)が女装趣味のB級映画監督を演じた作品「エド・ウッド(Ed Wood)」が好きだ。彼女はオバマに投票した。ロムニーにでは無い。外見からのみ判断すれば、彼女は言わば「映画科の学生」だと大声で叫んでいるかのように見えた。これ以上無いほど場違いに見える彼女は、映画科の学生が詰め掛けたこの講堂の壇上へと、ゆっくりと進んだ。「始めます。」彼女は呼びかけた。その声はキーキーしていて落ち着きが無く、全く元気を感じられなかった。彼女にとってこの発表は形式的なものであるかのようだった。彼女は自分の物語が、暗すぎるし個人的すぎるので、何の興味も呼ばないだろうと予想していた。事実、友人たちはこの映画の発表は止めたほうが良いと助言していた。友人たちは心配していた。もしこの作品がプログラムの協力作業のプロセスに投げ込まれたら、彼女の非凡なビジョンは薄められクシャクシャにされるのではないかと。

スカイルズは、プログラムの他の学生から、敬意と保護の心が混ざった感情を引き出した。彼女は自分が大きな社会的不安を抱えていて、ストレスを上手く抑えることができないんだと、後で説明した。彼女は抑圧されたとか脅されたと感じると泣き始める。「これは私の頭の中で起きる、ただの生物化学的な反応なの。」彼女は言った。しかし、それは彼女の周りの者を戸惑わせたり驚かしたりする傾向を持つ。そしてそれがさらに彼女を混乱させる。こういったこと全てに彼女は困惑している。彼女はこれについて映画を作りたいと思った。

「だから私の物語は『Bothered』と言います。」彼女は始めた。「これは言葉で説明するのは難しい話です。」彼女は3分間の荒いラフスケッチを見せた。全部の場面を繋げた手描きのストーリーボードで、セリフも書き込まれている。マギー(Maggie)と言う名の女性が地下鉄に乗ってスケッチブックに絵を描いていた。彼女は頭を下げていて、長い髪がフードの下の目を覆い隠している。すると、背が高くて体の大きいルーシー(Lucy)という名の少女が話しかけてきた。ルーシーはマギーを知っているが、マギーは彼女を覚えていない。でも無頓着なルーシーは、どっちにしてもマギーに向けて喋り始める。学校のこととか、学科を代えることとか。彼女のお喋りは無害だが抑圧的だった。マギーのスケッチブックは段々暴力的になってゆく。パニックに陥った彼女の考え、「何でそんなに馴れ馴れしいの?」といった言葉がマギーの後ろの壁に現れ始める。その言葉はまるで落書きされた付箋のように折り重なってゆく。それはあらゆる物を覆い隠してゆく。そして突然、そのインク全てがマギーに逆流してくる。彼女の体は膨れ上がり、うなり声を上げるモンスターに変身し宙に浮かぶ。大量のインクがまるで石油のように、あるいは吐しゃ物のように、目から染み出してくる。彼女の黒い触手は窓を破り、ルーシーに伸びる。ルーシーはドアに追い詰められ床に這いつくばり、震えながら問いかける。「これはいったい何?何が悪いの?」そして何であれこんなことを起こした自分の行動を謝る。そしてマギーは静かに本来の自分へ戻る。悲しげな音楽がか細く鳴り始める。「ごめんなさい、泣かせてしまって。」彼女はルーシーに言う。そして次の駅で降りてゆく。

それが最後だった。他には、検討を加えるべき発表は無い。教授が質問を即した。全ての質問は「Bothered」に関するものだった。

これは自伝的なものですよね、違う?何か面白さを狙っています?部屋は不安げな笑いに満たされた。「この作品から僕が感じたのは、」1人があえて発言した。「僕たちにとって、これは本当に違った何かだと言うことです。どういった反応を示せばよいのか判らないですね。」

「あ~、」別の人物が話し始めた、「僕たちはこれを見る子供たちのことを、どう思ったら良いだろう?」それに果たして、ジェネラル・オーソリティー、即ちモルモン教会の上部機関はどう思うだろう?

最後にアダムズが立ち上がった。彼は、スカイルズが見せたバージョンは2次元の絵で構成されていることを指摘した。コンピュータで作った3-Dアニメーションでは、主人公は気味の悪い動物に出来上がってしまうかも知れないことを彼は心配する。それだと、主人公に共感するよりも、本能的な恐怖を感じるかも知れない。あるいはB級映画の悪魔みたいに出来上がってしまい、笑いをさそってしまうかも知れない。「私は本心から君の作品が台無しになってしまうのを恐れている。」アダムズはスカイルズにそう言った。

会話は散漫な困惑したものになっていった。プロジェクトには技術的困難さが存在したと同時に、技術的困難さに見せかけた感情的抵抗も存在した。大学のコンピュータ科学部門長のパリス・エグバート(Parris Egbert)は私に言った。「コンピュータ・サイエンスの見地からすれば、私は『Bothered』を嫌悪している。好きになれない。嫌いだ。」しかし私がその理由を尋ねると、彼は言った。「私にとって奇妙すぎるんだ。」その批判は全くコンピュータ科学と関係が無かった。ある時点でスカイルズは話そうとしたが、そうできずに泣き出した。

最後に学生たちは投票し、「Bothered」は2-Dアニメーションの短編とすることになった。そして、主プロジェクトには、ウェスレイ・ティペット(Wesley Tippetts)と言う名の学生が発表した、「Pwned」と呼ばれる映画が選ばれた。太ったビデオ・ゲーム中毒の更正とその失敗を扱った気取ったコメディーだ (アダムズは題名のスラングは誰も知らないかも知れないと思い、最終的にティペットを説得して「Owned」に変えさせた。訳注:Pwnedはインターネット・スラングでOwnedのOをPに打ち間違えたもの。意味はOwnedと同じで、占領されること、つまりは負けることです)。

学生たちはスカイルズの映画を拒否したわけでは無い。学生たちは実際これを承認した。ただし2-Dの副プロジェクトとして。そしてスカイルズ自身はこの結果に驚き、学生たちの支持を喜んだ。しかし部外者の私から見ると、何か普通で無いことが起きたのは明らかだった。それはあたかも、「Bothered」の核にある、何か汚れた人間の感情が、この部屋を満たす強情な明るさを、一時的に中断させたかのようだった。ほんの一瞬ではあったが。そして明るさは再び強さを取り戻し、その輝きの中で汚れは消え去った。

「この作品のメッセージが判りましたか?」ティペットはアダムズに「Pwned」について訊いた。投票がかぞえられ、翌年のコースが決められた後、全員が周りに集まっていた。そこには全員が目標を1つにした同志愛的雰囲気があった。まるで10kmチャリティー・ レース前のランナーたちのような。

「あー、もちろんさ。」アダムズは彼に言った。

ティペットは何れにしろ、そのメッセージを説明する。「彼は完璧なゲーム中毒なんです。そして彼は言ってみれば『僕の人生はこの先どうなっちゃうんだろう?』って思っている。」ティペットはアダムズに言った。「メッセージが必要だって思ってました。メッセージを入れたかったんです。でもそれを、あからさまで煩わしいものには、したくなかった。」

アダムズは、メッセージがあからさまで煩わしくは無かったと言った。メッセージは控えめだったと。そしてメッセージは全く正しいとも言った。

~~ここまで~~

次回更新は7月6日ごろになると思います。
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ゾノシン

Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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