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ムスリム同胞団にとってお馴染みの役割、抵抗勢力

エジプトに関する記事をUpします。

記事を書いたのはロバート・F・ワース(Robert F. Worth)さんです。元記事はここにあります。

ムスリム同胞団の動きに関する記事です。

~~ここから~~

ムスリム同胞団にお馴染みの役割:抵抗勢力

カイロ――大規模な座り込み抗議運動を何週間も続けながら、数万人のムスリム同胞団メンバーが泥だらけの混雑したテントの中で暮らしている。イスラムの教義に即した衣服を着た男たちが、てんでんばらばらのプラカードを群集の上に掲げている。「モルシに自由を」「モルシを支持するキリスト教徒」「モルシのために行動しよう」。これらの文句は同胞団が、7月3日に軍によって職権を奪われたモハメド・モルシ(Mohamed Morsi)大統領の復帰を求める中で、種々雑多な同盟者へ向けて呼びかけた嘆願の残りものだ。

しかし8月4日土曜日早朝に、座り込み現場直ぐ外の路上で起きた血塗られた衝突、72名の同胞団メンバーが死に数百人が負傷した衝突の結果、より戦闘的な別の文句が、大きな野外ステージの周りに集まった群集の間で聞かれるようになった。多くの同胞団メンバーは、キリスト教リーダーや世俗のエリートたちの反応に怒っている。イスラム教徒に言わせると、彼らは殺害を無視している、あるいは支持さえしている。そして、エジプト国防相、アブドゥル=ファターフ・アッ=シーシ(Abdul-Fattah el-Sisi)が弾圧を続けることに全面的支持を与えている。

同胞団は今や、警察に座り込みが強制排除され組織が地下へと追いやられる可能性に備え始めている。今後数年間の組織のアイデンティティーを決定付ける危機に直面しているのだ。依然として民主主義と非暴力は同胞団が発した全ての声明の中で宣言されてはいるが、今や同胞団が頼れるパートナーは、より喜んで暴力的で過激な戦術を取る、他のイスラム教グループだけになりつつある。そういったパートナーたちは、同胞団のアイデンティティーを、幅広い基盤に基づいたより現実的な動きへ引きずり込もうとしている。

「今や片側に1つの巨大なイスラム教グループがあり、もう片側には軍があるという状況になりつつある。そして同胞団と他のイスラム教グループとの差は判らなくなりつつある。」英国ダーハム大学のエジプト政治とイスラム教の動向に関する専門家、カリル・アル=アナニ(Khalil al-Anani)は言う。「両方の側が憎しみに突き動かされたポピュリスト的な対決姿勢をとっているんだ。」

週末の流血沙汰の後では、同胞団メンバー自身でも抑制が利かなくなってきている。土曜日にグループの指導者数人が、警官や平服の襲撃者と対峙する若いメンバーたちに、比較的安全な座り込み現場へ下がるよう懇願した。しかし指導者たちの懇願は拒絶された。鉄の規律と強固な階層構造を誇るグループにおいては、戸惑うような不服従だ。

モルシ氏を含む多くのリーダーと連絡が取れない中、同胞団は現在、自分たちの行動について内部でのハイレベルな話し合いが、どのようなものであろうと出来ない状況にある。そしていずれにしろ、その選択肢は限られている。何故なら同胞団に対してエジプト暫定政権が、将来におけるより厳しい弾圧を差し控えると保障して無い状況では、どのような譲歩も政治的自殺につながるからだ。譲歩することはまた、同胞団におけるイスラム法の解釈にも反している。その解釈によれば、モルシ氏の地位をおとしめるいかなる決定も、氏と話合わずに下すことは出来ないのだと、同胞団のスポークスマン、ゲハド・エル=ハダッド(Gehad el-Haddad)は言う。

ある意味、最近数週間の同胞団の奮闘は、お馴染みの苦しい立場への回帰だと言える。ホスニ・ムバラク(Hosni Mubarak)大統領政権下、非合法とされてきたグループは、警察による継続的嫌がらせの中で育ち成長してきた。そのトップ・リーダーたちは監獄の中で長年過ごすことで形成され、その多くは7月初頭に軍がモルシ氏を廃した時、またしても逮捕されている。

残されたグループリーダーの多くは今、実質的に座り込みの現場に隔離されている。そこはカイロ北西部のナスル・シティ(Nasr City)として知られる住宅街にある高々とした白いモスク周辺の、広々とした交差点だ。いつでも夕方になると、数人のグループリーダーがモスクに付属する建物にいるのを見ることができる。危機をめぐる会議の連続で疲れきっているように見えるが、集中力を切らしてはいない。

同胞団のメンバーに言わせると、現在の危機はむしろ心地よいものだと言う。失われたのは国を統治する挑戦と、それに不可欠の妥協であり、妥協は過去におけるグループの人気を侵食していた。いまやグループは再び反対党に戻った。抑圧に対する防波堤としての歴史的自己イメージと相性の良い役割だ。

「彼らはあえて私たちの宗教を嘲ったのだ!」同胞団のリーダー、サフワット・ヘガジー(Safwat Hegazy)は叫んだ。土曜日の夜、彼は明るいステージライトの下に立ち、それを見守る群集は旗を振りながら同意を示す喚声を上げた。「神は彼らを罰するだろう」彼は続ける。群集から掛け声が上がる、「連続殺人魔の裁判を要求する!」シシ将軍を指して人々は唱えた。

座り込みは、2011年のアラブ抵抗運動の多くと同じように、カーニバルの要素を含んでいる。フルーツやポップコーンを売り歩く者が群集の中でカートを押して進んでいる。ステージに向かって進む者は、寝ている体を跨いで歩く。ラマダン中の朝晩の食事は、同胞団のボランティアが、アルミホイルで巻いてビニール袋に入れて配り、慣習的な親しみやすさを演出している。

しかしながら、足元のゴミはぬかるみとなり、日ごとに厚くなってゆく。それに伴いひどい匂いはますます強くなる。先週、同胞団は花を買い求め、数千の住民へお詫びの印しとして届けた。

まだ逮捕されていない同胞団指導者の中核グループ、約1ダースの男たちは、座り込みの現場で毎日会い、戦術を話し合っている。夜遅くにモスクの裏の会議室で行われたインタビューでハダッド氏は言った、「会議では、一人ひとりが状況に対する自分の見解を話す。そして3つか4つの選択肢に落とし込むんだ。その後、投票する。」ハダッド氏は言った。「時には凄く熱くなる。叫んだりしてね。また別の場合には簡単に決まったりする。」

主に話し合うのは、デモ行進をするルートとか時間とか言った戦術に関することだと、彼は言った。多くのトップ・リーダーが欠けている状況ではより大きな戦略に関する議論は不可能だと言う。

皆、「非常に怒っている」とハダッド氏は言った。「軍は教訓を学ばねばならない。現時点では、これはゼロサムゲームだ。同胞団か、それとも古い権力機構、そのどちらかだ。他の全ては、あまりにも小さすぎる。」

それでも、少し前には同胞団と議席を争った他のイスラム教グループの存在は、現在モルシ氏を権力の座に戻すにあたって重要なものとなっている。イスラム教グループの1つで超保守的政党、アル・ノウル(Al Nour)は、公式には軍の動きを支持しているのだが、その多くの一般メンバーは同胞団の側に立ち、座り込みの中にも見つけることができる。

種々雑多な派閥に属する多くのイスラム教徒は信じているようだ。もし同胞団が破れたら、彼ら自身も、そして国内および国外の政治の世界におけるイスラム教の大義も、また破れるのだと。

ナスル・シティ座り込みテントの中では、10年以上前に武力闘争を放棄するまではエジプト国内でテロ活動をしていたジャマー・アル=イスラミヤ(Gamaa al-Islamiya)のメンバーが、敷石の上に敷いた薄いマットに座っている。ムスリムの聖なる月、ラマダンの渇きの日々の長い日中の時間、彼らは毎日そこで寝ていた。

「奇妙なのは、この私たちが民主主義のゲームに良くついて行っていることですね。」ヤーヒャ・アブデルサミア(Yahya Abdelsamia)が言った。彼はサラフィス(Salafis)として知られる超保守派イスラム教徒が好む、手入れしてないモジャモジャ髭を生やした中年男性だ。「私たちは選挙に参加しました。彼らが望むことをやったんです。そしたら軍の弾圧に出会った。」彼は痛々しそうな笑みを浮かべながら英語で言った「ゲーム・オーバーです。」

タレク・アフマド・フセイン(Tareq Ahmad Hussein)と言う名の若い男が声を上げた。「多くの若者が言い始めている。『もう投票箱はたくさん』って。俺たちは以前、カリフ国を信じていた。だけど国際社会が投票箱の道を進むべきだって言ったのさ。ところがあいつらは俺たちの頭の上に投票箱をひっくり返したんだ。だったらもう忘れちまうさ。投票箱が正義を持ってきてくれないなら、皆カリフ国を求める道に帰るんだ。」彼は、最高位のイスラム教宗教指導者が世俗的な生活を支配するシステムのことを指して話している。

3番目の男は、この危機は幾つかの点で有用だと言った。「これは難しいテストだった。でも利点もあったんだ。今我々は、誰が真の友人かが判った。」彼は言う。「リベラル派やキリスト教指導者は古い権力機構の側に立った。仲間のムスリムの何人かが最初我々に反対したのは痛ましいことだった。でも彼らも過ちに気がついて我々のところに戻ってきている。イスラム教徒の道ははっきりした。」

同胞団はこういった話を抑えるために、それなりの努力をしている。最近のある日の夕方、伝統的衣服を着た一人の年配の男が記者に向かって、リベラル派と軍に率いられた人々の「イスラムを相手にした戦争」について、怒りながら怒鳴っていた。そして全てのムスリムがそれと戦わねばならないと言った。すると数人の同胞団メンバーがその男に向かって表現を変えるべきだと諭した。「民主主義」とか「法的正統性」とかいう言葉には従わねばならないと言って、男を記者から遠ざけようとした。

しかしながら反動的な流れを消し去ることは出来そうも無い。土曜日の朝の衝突の時に死んだり負傷したりした同胞団支持者が運び込まれた野外病院で、一人の若いイスラム教徒が叫んだ。キリスト教徒のスナイパーが屋根の上から「兄弟」たちを狙っていると。

その夜遅く会議室で、同胞団で最も良く知られた指導者、モハメド・ベルタギー(Mohamed Beltagy)は、目の下に隈をつくりながら疲れた表情でテーブルにつき、地元の記者を相手に話をした。ベルタギー氏はかつて、同胞団内部ではエジプトのリベラル派に最も近い人物だった。カリスマ的政治家であり、グループ内の保守的正統派に喜んで逆らうので、やがて除名されると多くの者に見られていた人物だ。

その彼は今、かつてのリベラル派同志を苦々しく語る。そして座りこみ現場のステージで過ごし、同胞団への忠誠を鼓舞している(ベルタギー氏を含む座り込み現場の同胞団指導者には逮捕状が出ているが、ボランティアが警官入ってくるのを阻止している)。

「かつてパートナーとして遇していた多くの友人たちが、今クーデーターを当然のものであるかのように話している。」彼は言った。「多くの者が、逮捕や殺害や投獄に同調している。」

ベルタギー氏は同胞団のほかの指導者とは違い、モルシ氏の過ちも認めている。モルシ氏はその権力の絶頂期に非イスラム教徒に対する警察の弾圧に無関心だった。しかしベルタギー氏の立ち位置はこの数週間で強硬な方へと移った。彼は今、かつてのリベラル派の仲間たちや合衆国政府が、モルシ氏の裏をかいて政府を転覆させるという、手の込んだ陰謀に共謀していたとして、非難している。

「モルシの最も大きな過ちは、国家の組織を信頼したことだ。向こうは彼をおとしめようとしていたのに。」彼は言う。そこから導き出される結論は、モルシ氏はもっと主張するべきだったというものだ。

その見解は、座り込みの現場や別の現場、カイロ大学近くのより小さな抗議集会のような場所で、毎晩のように支持者を集めている。そういった場所では、ラウド・スピーカーシステムからコーランの文句が流れる中、信心深い人々が一緒にひざまずきながら夜も昼も祈っている。

「あなたたちはここに来ました。何故なら、私たちの暮らしから宗教を消し去ろうと欲する邪悪なる者がいるからです。」最近の夜、あるモスクのスピーカーからは、そういった言葉が流れた。

何人かのイスラム教徒は血塗られた衝突と言う考えを歓迎してさえいるようだ。「Martye Project(殉教計画)」なる言葉を載せたポスターが、座り込み現場を囲む壁に張り出された。ポスターは、倒れた同志たちの力で公衆の怒りに油を注ぎ、抗議活動を拡大することを示唆している。

ナスル・シティから1ブロックはなれた道端のカフェで、暗がりに座りながら、以前同胞団のメンバーだった34歳のアリ・マシャド(Ali Mashad)は、現在同胞団の活動が占めている、精力的なイスラム教陣営の中心という役割に驚きを隠せない。

「これは僕が知っているムスリム同胞団じゃ無い。」2011年の革命の後、直ぐに同胞団を離れたアシャド氏は言った。「彼らはいまサラフィ派みたいなことを話し始めている。何故なら、今路上で一番人気があるのはサラフィだからね。」

~~ここまで~~

次回更新は8月17日ごろになると思います。
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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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