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合衆国女子スキージャンプチーム

ソチ五輪関連の記事をUpします。

記事を書いたのはミレイユ・シルコフ(Mireille Silcoff)さんです。元記事はここにあります。

合衆国女子スキージャンプ・チームの記事です。

~~ここから~~

女子がジャンプできないなんて誰が言った?

ラ・ヘンドリクソン(Sarah Hendrickson)は、すでに冠雪した山を望むユタ州パーク・シティーのアパートで、2ヶ月前に自分の人生を崖っぷちに追い詰めたその瞬間のリプレイに、心を奪われ過ぎないように奮闘していた。19歳のヘンドリクソンは現在、女子スキージャンプのワールド・チャンピオンであり、おそらくは今までで最高の女子スキージャンパーでもある。2013年8月21日、ドイツのオーベルストドルフで、彼女は又一つ新記録を打ち立てた、あるいは打ち立てるところだった。しかし着地に失敗した。

彼女はジャンプのビデオを私に見せようと、ビッコをひきながら携帯を取りに行こうとして立ち止まり、パジャマのズボンとだぶだぶのカーディガン姿でいる自分の格好を見て、私に失礼をわびた。「でも、少なくともナイキは着てるんだけどね。」セーターの下に着ているTシャツを恥かしそうに指差しながら、彼女は言った。「まだ私のスポンサーの1つよ。違う?」

彼女は注意深くソファーに座り直すと、携帯のプレイ・ボダンを押すように言った。「部屋を出てゆくほどじゃ無いんだけど、そのビデオは見てられない。」彼女は言った。これは練習ジャンプだった。特にしなければいけないものでは無い。しかしその日は寒く、良く晴れていて、軽い向かい風、スキージャンプに理想的な日だった。最新式のドイツのジャンプ台は、ロシアのソチに最近建てられたオリンピック用のものと良く似ていると言われていて、ここ数日、彼女はここで、異常なほど良いジャンプが出来ていた。スクリーンの中で、青く輝くスーツを着た小さな姿は、スキーを完璧なV字に保ちながら、太陽の下に舞い上がった。「サラのジャンプはあまりにも良すぎた、」チームのヘッド・コーチであるパオロ・ベルナルディ(Paolo Bernardi)がそう言ったジャンプは148メーターに及んだ。だいたいフットボール場一個半の長さだ。カウチの上で私の隣に座ったヘンドリクソンはカーディガンの袖をしっかり握りながら、94ポンドの自分の体が時速70マイル以上の速度で地面にぶつかる音を掻き消すかのように、大きな声を出してあくびをした。彼女が着地した地面は平らだった。そこに着地すると言うことは、遠くへ飛びすぎてしまったことを意味している。

ヘンドリクソンを治療した外科医は、彼女の膝の怪我を「重症の3重奏にもう1個追加したもの」と言った。前十字靭帯(A.C.L.)は完全に断裂し、内側側副靭帯(M.C.L.)の右側は頚骨から引き剥がされている。そして膝半月版は側面も中央部も酷く損傷していた。この種の膝の怪我を負ったスポーツ選手は少なくとも回復までに12ヶ月は必要としている。しかしソチのオリンピックはわずか6ヵ月後だ。ヘンドリクソンの話では、8月に膝の一部を直す為に彼女の膝腱の一部を切除した主治医は、望みを捨てないようにと言った。

「皆言うのよ、『君はまだ若い、次のオリンピックがあるさ』ってね、」頭の上にポニー・テールにした黒髪を直しながら、黒い眉のみけんにしわを寄せて彼女は言った。「でもそう言われる度に思うの、『あなたは判ってない。女子スキージャンプにとって、今年こそが競技の年なんだ』って。」彼女が言いたいのは、これが女子スキージャンプにとって最初のオリンピックだと言うことだ。女子スキージャンプはもう10年の間、オリンピック種目になるべく戦って来た。この競技はウィンター・スポーツの中でも、最後まで制限されてきた種目の1つだ。そしてヘンドリクソンの、7歳の頃から磨き続けてきた、ほとんどの男子スキージャンプ選手をも凌駕する、もって生まれた才能は、オリンピックのオープニング・セレモニーで先頭に翻るべき旗印とでも言うべきものだ。私たちに出来ないですって?良く見てなさい。

故国のイタリアで男子チームのコーチをしていて2011年に合衆国女子スキージャンプ・チームに加わったベルナルディは、事故の前、ヘンドリクソンのことを「総合的に言って打倒不能だ」と称した。彼が最初にヘンドリクソンのことを聞いたのは、彼女がまだ60ポンドしか無く、パーク・シティーの育成クラブにいた頃だ。そして彼は、彼女の成功にずっと寄り添ってきた。ヘンドリクソンの優勝を映すヨーロッパのスポーツ・ビデオで、有頂天になったベルナルディがキスの雨を浴びせる場面を切り取らないで済んだものはほとんど無い。彼女を失うことは彼にとって非常に残念なことではあるが、彼としては、チームの方向性を変更せざるを得ない状況にある。「たぶん我々はサラという氷を溶かす存在を失うことになる。悪い日でもチーム全部を暖かい光で照らしていた存在をね。しかし私のチーム、我々のチーム、合衆国女子チーム、このナンバー1チームは、サラ・ヘンドリクソンのショーでは無い。」

しかしながら、真実としてこのチームはほとんどサラ・ヘンドルクソン・ショーだった。そして彼女の落下以後、より難しい真実が明らかになりつつある。彼女が脇にどいている間に、サラ・ヘンドリクソン・ショーで端役だった者たちがスポットライトを浴びるべく、のし上りつつある。2012年、当時17歳のヘンドリクソンが13のワールド・カップ大会の内9つを勝って華々しくチャンピオンになる前、24歳のアビー・ヒューズ(Abby Hughes)はチーム最年少だった。今、背が高くブロンドのヒューズは、チームの中で4名しか行けないソチへの切符を手に入れようと、やはり背が高くブロンドの26歳、アリッサ・ジョンソン(Alissa Johnson)と激しく競っている。2人の上に立っているのが26歳のジェシカ・ジェローム(Jessica Jerome)。昨シーズン世界の女子スキージャンパーで9位に入った選手だ。その他に28歳のリンゼイ・ヴァン(Lindsey Van)がいる。このスポーツのパイオニアで初代公式世界チャンピオンである選手。過去2年間スランプだったが、今やオリンピックのメダルを目指す強力な選手だ。この5人の女性は普通より強い結びつきを持っている。子供のときから1年中一緒に練習をこなしてきた。全員がパーク・シティーで育っていてスキージャンプを放課後の活動として学んだ。今でもパーク・シティーに住んでいてユタ・オリンピック・パークにあるジャンプ台で練習をしている。従ってチーム全体がヘンドリクソンの事故を複雑なやり方で受け止めている。彼女の復帰が、オリンピック最初となるこの競技で、誰かを外すことになることだけがその複雑さの理由では無い。

「私たちは今でもずっと、誰かが欠けていると言う感覚を持ち続けている、」ジェロームはサラについてそう言った。「サラが落下したとき、皆が心を破られたわ。でも正直に言ってその感覚は次第に弱くなっているわね。」

ジョンソンは、オリンピックを迎えるプレッシャーにアスリートがどういうふうにからめ取られて行くか説明しながら詳しく心境を語った。「どんなことでも、ポジティブなものかネガティブなものかに別けて考えてしまうの。」彼女は言った。「最近になって私が思うのは、自分のプログラムを忠実にこなして行けば、他の人が勝手につまづいてくれるってこと。現時点でこれは、自分自身にどれだけ忠実に振舞えるかって競技に成っていると思う。やり過ぎると罠にはまってしまうのね。このチームがオリンピックに出る過程で簡単だった時なんて無かった。だから今は、そう、計画に忠実に従うべき時なのよ。」

ヘンドリクソンにとって計画とは、「家に座ってテレビでオリンピックを見るために12年間の厳しい練習をあきらめたりしないってこと。」彼女は今、リハビリのためにジムで1日8時間過ごしており、毎日数分は時間を取って目標を明確に自覚することを欠かさない。「私にはソチのスキージャンプで、自分が表彰台の一番上に立っているのが見える。」彼女は言う。「開会式で自分が歩いているのが見えるわ。」1月に4人のオリンピック選手の1人に自分が入ると、最後の瞬間に自分に代わって外されてしまう選手が出ることで、彼女は既に「心痛」を感じていると言う。「もちろんそんな風にして入りたいわけでは無いの。酷いことだものね。でもこれはスポーツだし、そういうものなんだから。それでも外されてしまう女子をどう思うかって?その日を今から恐れているわ。」

スキージャンプはノルディック競技であり、クロスカントリーとかテレマークスキーとかと同様、ノルウェーのなだらかな雪山で育った競技だ。高い自己規制を要求し、親指の角度とかスキーとスーツの間のミリメーターの差とかいった細部にこだわる伝統的競技だ。見た目の派手さとか表現力を競うものでは無い。合衆国で生み出されたスポーツは、例えばスノーボードのようにアルペンとサーフボードの両方をその遺伝子の中に持っており、この国ではノルディック競技は観客を呼べるスポーツと思われていない。ノルディック競技には又、風変わりで鼻に付く上品さと分かちがたいイメージがある。スキージャンプをエクストリームスポーツ(過激な要素のあるスポーツ)だと呼ぶのは間違っていない、400フィートの高さの氷のコースを時速60マイルで滑り降りてニューヨークの1ブロックほどの距離を安全装置と呼べるものはヘルメットだけという装備で飛ぶなんてのは狂気の沙汰だ。しかしそれでも、この競技はXゲームズ(エクストリームスポーツの祭典)に入ってそうなスポーツでは無い。

しかしそれでも、世界でトップクラスの女子スキージャンプ・チームを育てたのはノルウェーから遠く離れた場所だ。ユタ州パーク・シティーを女子スキージャンプにとってほとんど完璧な環境にしているのは、幾つかのファクターが珍しくも組み合わされた結果だった。2002年のオリンピックのために作られたジャンプ台は国内最高であるだけでなく、世界でも最高のものだった。オリンピックの開催は、それが開かれる前から開かれた後も、パーク・シティーのウィンター・スポーツを活気付けた。スキー文化の偏見も取除かれ、それによって1990年代にリンゼイ・ヴァンはジャンプを始めることになった。彼女は男子の中に入った、たった1人の女子だった。1993年に撮られたビデオに、8歳の彼女が後にユタ・オリンピック・パークとなった場所でジャンプの練習をしている姿が映っている。ヘルメットをかぶり、黒白の牛のパターンがついたスーツを着た彼女は、8歳の子供らしい大きな歯をしていた。「私の目標は、」ジャンプから戻った彼女は言っている、「2002年のオリンピックチームに入ること、女子のね。」

ヴァンの父親はデトロイトで商船の船乗りをしていたが、レイオフされてパーク・シティーへ移り住み、土地の名士となった。パーク・シティーでは直ぐに彼女の他にも、真剣にジャンプを始める女子が出てきた。ジェロームが最初に続き、次はジョンソン、そしてヒューズ。ヴァンは時として、ヘンドリクソンのような若い女子のコーチをしていた。当時ヘンドリクソンは、一番小さいジャンプ台で練習を始めたばかりだった。ヴァンは、コーチをしてない時間、女性にも競技できる安っぽいサーキットを転戦した。そういった競技は必然的に世界でもマイナーな競技場で行われる。ヴァンが愛情を込めて説明するところの「月の裏側みたいな」競技場、ラストブッシュル(Rastbuchl)とかポーラ(Pohla)とかノトッデン(Notodden)とか呼ばれる場所の、でこぼこで傾いた競技場だ。観客といえば数百人の町の住人で、着地点は車も通る道路だったりする。

チームは外国の空港に100ドルしか持たずに到着したこともある、誰も迎えに来ず、頼みの綱はスウェーデンのスキージャンプ選手の母親の電話番号だけだったりする。「30人の女子が一部屋で寝るようなホステルなら全部泊まったわ。」ジョンソンは言う。「誰かが必ず何か失くすので、どんなものでも共用で使うのよ。」ヴァンは、オーストリアのサールフェルデン(Saalfelden)に到着してみたら、「ゲストハウス」なるもは混雑した牛小屋の屋根裏だったと言う話を私にしてくれたことがある。「組織立っても無く、金も無し。でも若さと馬鹿さ加減は溢れていた。」彼女は言う。「そして私たちは家族だった。あの当時の女子スキージャンプ選手は全員が家族だった。」

もちろんヴァンは、子供のときからの夢だった2002年オリンピックに出場できなかった。何故なら女子スキージャンプという種目が無かったのだ。2006年も無かった。2010年大会が近づく頃、2003年からチームをサポートする非営利団体、合衆国女子スキージャンプ(Women’s Ski Jumping USA)の指導の下、この種目のトップ15人の選手が、ヴァンクーバー組織委員会を差別で訴えた。その年のワールド・チャンピオンになったヴァンは、国内でオリンピック・スキーを統括する団体、合衆国スキー・スノーボード連盟(U.S. Ski and Snowboard Association:U.S.S.A.)の意向に反して、この訴訟のスポークスウーマンになることを了承した。

「突然、練習する時間も無くなった。」ヴァンは私に言った。「私はカナダで、カナダの法律とか国際オリンピック委員会の規則とかに関する質問に答えるはめになった。どういうことだか判るでしょう?ある日目覚めて、突然『私は女子スキージャンプの活動家になる』って決めたわけでは無いの。そうじゃなくてどちらかと言うと、『自分のために望むなら、あるいは将来の世代のために望むなら、やらなきゃいけない。次の世代はこの運動の中から生まれてくる。今は私以外にやる人間がいない』という気持ちだった。」

スキージャンプ選手たちの訴えは、2009年に上告を棄却された。裁判所は、ヴァンクーバー組織委員会もカナダ政府も、スイスを本拠地とする国際オリンピック委員会に対し、何をすべきか発言する権限を持っていないとして訴えを退けた。裁判所の外でヴァンは人目もはばからずに泣いて言った。「こんな判決を下す以外にも方法はあったはずだと思います。」そして彼女は、カナダの司法システムを「脆弱だ」と言い、I.O.C.はタリバンと同列で、次のリンゼイ・ヴァンを目指そうとする若い女子たちの意欲を挫いたと非難した。「何故なら、未来が無いのだから。」彼女は有力なスポンサーを失い、2010年には依然世界No.1だったにもかかわらず、スキージャンプを止めた。

しかし1年後、2014年の大会で1種目だけ、ソチの2つのジャンプ台の小さい方、K-95での個人競技として女子が競技できるとのオリンピック告知が出された頃、彼女は復帰する。しかし、ジャンパーたちが今「あの戦い(the fight)」と呼ぶ訴訟によって、何年にもわたる感情的ストレスと練習不足をこうむった彼女のジャンプは落ちていた。そしてそれ以上に、オリンピック種目になったことの直接的影響で女子スキージャンプのプロ化が急速に進んだ。突如としてスマートなユニフォームに身を包むジャンプチームが出現し、厳格な訓練を積み、理学療法士やコーチを従えてツアーするようになる。ヴァンは今、ヘンドリクソンだけでは無く、日本の高梨沙羅やフランスのコリン・マテル(Coline Mattel)といった10代の新しい世代と競わなければならない。中国はオリンピックの告知が出た後、体操選手を鍛えなおしてスキージャンプに送り込んできている。

この夏のある日、パーク・シティーにあるU.S.S.A.の教育訓練施設、センター・オブ・エクセレンスで、私はヴァンとヘンドリクソンが、腕を伸ばしたコーチ、アラン・アルボーン(Alan Alborn)へと低いスツールからジャンプするのを見ていた。その単純な動作の繰り返しからでも、私はヴァンから疲労を感じ取っていた。一方アルボーンの腕へと滑らかに弧を描くヘンドリクソンは1日中でも続けられそうに見えた。私はベルナルディから既に、ヴァンの問題は経験からくる問題なのだと聞いていた。筋肉に詰め込まれた多すぎる古い記憶、あまりにも多い過去の傷。ある朝目覚めたら、新しい世界にいる。でも古いやり方しか出来ない。ヘンドリクソンにとっての課題は何かと尋ねると彼は言った。「サラのようなアスリートにとって唯一の問題は、ピークが必要な時にピークに持ってゆけないことさ...時として手綱を締めなければならないんだ。」

子のスキージャンプ選手がどれほどの成績を上げられるかが認識できれば、この競技に女子が参加することに抵抗するのは、イライラさせられるほど根拠が無いことだと判る。「スキージャンプにおける男子と女子の差はあまりにも小さいので、ほとんど信じてもらえないくらいだ。」ベルナルディは私にそう言った。「サラのような女子は毎年のように、どんどん、どんどん良くなってきている。」今日において、スーパーエリート・レベルで女子と男子の能力差がこれほど小さいスポーツは外に無いだろうと彼は言う。「たぶん馬にかかわるスポーツではあるかな?馬術とか?でもそういったスポーツでは、競技者は半分馬だからね。」

そしてそれこそが、かくも長い間この種目のトップ競技会から女性が締め出されていた理由の一つだと、ヴァンは信じている。「もし女性が男性と同じくらい遠くへ飛べたとしたら、このスポーツの価値にどれほどの影響を与えると思う?」彼女は尋ねる。「たぶん私たちは、スキージャンプのエスタブリッシュメントを怯えさせたんだと思う。」

このスポーツにおける男女差はそれほど少ない。何故なら、軽さと技術が、筋肉やパワーと同じくらい重要だからだ。ジャンプは4つのセクションに分けることが出来る。選手がスタートバーを押してトラックを滑り降りる助走においては、バランスが最も重要だ。次がジャンプ、選手は10分の1秒という短時間に、トラックを滑り降りる状態から強く押し出すテイクオフに移行する。次は飛行、スキーはV字型に保つ、理想的なモデルは凧だ、紙の様に薄いが空気をとらえる充分な大きさを持つ。最後に着地、しばしばスキーを互い違いに出したテレマーク姿勢で行われる。スキージャンプは距離と姿勢で採点される。女子はジャンプにおいて、体重の軽さ故に、しばしば高い位置からのスタートを許される(体重の重い女性には利点となりうる)。

私が女子チームを追いかけ始めたのは3月にノルウェーのホルメンコーレンで行われた国際スキー連盟ワールド・カップの最終大会からだった。その大会で、女子と男子は本質的に同じ距離を飛んでいる。それは連盟が女子ジャンプ選手にビッグ・ヒル、K-120での競技を許した最初の大会で、女子は良い成績を上げていた。男子の最長距離は139メーターでノルウェー人のトム・ヒルデ(Tom Hilde)、ヘンドリクソンのボーイフレンドが出したものだ。一方女子の最長距離は134メーター、ヘンドリクソンに最も肉薄する挑戦者、17歳の高梨が出した。ヘンドリクソンは133.5メーターだったが、飛形点を評価されて優勝している。

ホルメンコーレンでスキーヤーたちが飛ぶのを見ながら、私はしばしば、選手が男性か女性かを見分けられる目に見える特徴を、例えばポニー・テールとか胸のふくらみとかを、探している自分に気がついた。空中のジャンパーたちは、しばしば見分けが付かない。それはこのスポーツが理想とする体型、痩せていてほとんどやつれて見えるほどの体型のためだ。ヴァンに言わせると男子ジャンプ選手たちは、「ほとんどが恐ろしいほど不健康に見える人間たち」だ。遠くから見ると彼らはか細い女性のようで、しばしば体重は135ポンド以下、頬は落ち窪んで骨盤が突き出し、ステッキのような細い脚をしている。

女性たちも次第に軽さを優先し始めている。ヴァンはこのスポーツでは例外的に筋肉質でガッチリした体型をしている。ヒューズとジョンソンは水泳選手のような肩をしている。しかし葦のようなヘンドリクソンに言わせると、女子の方でも、極端な痩せ型が一般的となるのは、単に時間の問題だと言う。「しばらくの間、女子の間では事態がそんなに深刻では無かったと思う。」彼女は言う。「でも今は、オリンピックとかその他全てのもののために、競争がどんどん激しくなってきている。その内に1つの体型だけ、スキージャンプ体型だけしか見られないようになるでしょうね。」

オリンピックが近づくにつれて選手たちが期待するものの1つにお金がある。少なくともこの国においては、スキージャンプのようなニッチスポーツが、オリンピック(あるいは若者文化として流行しているXゲームズ)のようなプラットフォーム無しでは、スポンサーの興味を惹くことは難しい。個人でレッド・ブルやナイキ、ケロッグ、その他多くのスポンサーを持つヘンドリクソンを例外とすると、チームの全ての女性は貧困ラインの少し上を漂っている。スポンサーを持っている人はわずかだ。ヴァンは2つの会社から資金を得ている。ジェロームは最近、リバティー・ミューチュアルと契約した。しかし一般的に言って、もしもスキー以外で年間10,000ドルもかき集めることが出来たら、良い出来だと彼女たちは感じることだろう。ジョンソンとジェロームは給仕をし、ヒューズは保母だ。そして今年、ヴァンはソルト・レーク・シティーを基盤とするクラウドファンディング・ウェブサイト、RallyMeから資金を仰ごうとしている。そのウェブサイトはオリンピックを目指す貧乏アスリート、ボブスレーとかスケルトンとかカヤックの選手たちのアンダー・グラウンド・ワールドへの入り口みたいな場所だ。

チーム自体も恵まれてなど無い。「私たちは依然として、女子選手のジャンプスーツを賄うのに、クッキー・セールでもしなければならない一歩手前にいるんです。」女子スキージャンプUSA(Women’s Ski Jumping USA:W.S.J.-USA)のコミュニケーション・マネージャー、ホイットニー・チルダーズ(Whitney Childers)は言う。「オリンピックに行けるようになっても、そんな状態のままです。」今日、1人の女性選手が旅行、練習、コーチ、理学療法をしながら1年間国際サーキットで競技するのにW.S.J.-USAは平均で年間80,000ドル支払っている。日本やオーストリアの女子チームは、それぞれのトップアスリートにその倍は使っている。ノルディック競技よりアルペン競技の方に気前が良いことで知られる合衆国スキー・スノーボード連盟は、50,000ドルから60,000ドルといったわずかな資金しか与えてくれない(U.S.S.A.はランキング13位の男子スキージャンプ・チームには一切資金を与えていない)。女子チームは数社のスポンサーを持っている。その中ではチョコレート・ミルクのキャンペーン費とVisaの寄付が最も大きな資金源で、チームの正式名称はVisa女子ジャンプチームだ。しかしオリンピックに行くようになっても、企業スポンサーは年間251,000ドルにしかなっていない。ユタ州のコミュニティーにおける独創的なファンド・レイジング無しでは、この数字は決して増えない。「だから私たちは女子選手をドレスアップしてファンド・レイジングに送り出しているんですよ。」チルダーズは言う。

故の2ヶ月前のある日の朝、ヘンドリクソンがいつもの2時間のワークアウトを終えた後、私たちは彼女の好みのレストランへ出かけた。ショッピング・センターの中にある安いタイ料理の店だった。母親がウルトラマラソンのランナーで、父親は若い頃、趣味でスキージャンプをやっていたヘンドリクソンは、上から下まで全部ナイキを着てセンター・オブ・エクセレンスを出た。ナイキのショートパンツ、ナイキのタンクトップ、ナイキの上着にナイキのスニーカーだ。この後の数週間は、ただトレーニングすれば良いのでホッとしていると彼女は言った。ノルウェーから帰ってから、ほとんど家にいる時間が無かった。彼女は深く息を吸い込むと、最近のスケジュールを数え上げた。最初にボーイフレンドのヒルデに会いにカナリア諸島へ行った。そしてレッド・ブルのための広報イベントに参加し、ハリウッドでオリンピックの報道イベントへ参加し、その後、アフリカの子供たちのスポーツ・プログラムへ資金を提供する非営利団体の宣伝ツアーに参加した。

「やることがいっぱいなのよ。」彼女は快活に言った。「でも私は今、全部を上手く調節して、負担にならないように気楽にやれていると思う。」多くのアスリートと同じように、ヘンドリクソンも又、型にはまった手順を繰り返す生活で成長してきた。パーク・シティーでの日々をどのように過ごすのか話すとき、彼女は非常に細かい細部まで含めて説明する。シャワーの時間から朝食の手順まで(「フローズン・ベリーはいつも電子レンジで20秒温めるの、いや15秒ね」)。ほどけた靴紐とか、ほんのわずかな脚の角度の違いとかで相違が出るスキージャンプという競技に理想的な性格は「たぶん、コントロール・フリークだと思う」と彼女は言う。

ヘンドリクソンは自分の皿のカレー豆腐から小さな一片を切り出し、それをさらに豆のような大きさにきざんだ。はたして彼女が、少ししか食べないためにそうしているのか、少しでも多く食べようとしてそうしているのか、はた目には判らない。「私は満腹になるのが好きじゃないの。」彼女は言う。「嫌いなのよ。」彼女はきざんだ小片を食べると、スープとライス、それに残った豆腐を家に持って帰るから入れ物が欲しいと言った。そして、ほとんど食べ終わった私の皿を見て、私も入れ物がいるかと訊いた。まるで、ほんの数口の食べ残しでも、一人前の食事になるかのように。

私はそのシーズンの初めに、彼女がホテルのロビーで、いつもの落ち着きを失っているのを目撃している。ベルナルディが彼女に、早めに夕食が食べられるのを知らせ忘れたのが判った時のことだ。「あなた、8時って言ったじゃない、でもよそのチームは6時に食べてるって聞いたわ!」彼女はスリッパを履いた足を踏み鳴らしながら言った。「私が遅く食べるのが嫌いだって知ってるでしょう!遅く食べたことが無いのを知ってるでしょう!」

2004年以降、国際スキー連盟はスキージャンプ選手たちの摂食障害に対する懸念から、規則を導入した。選手が使うスキーの長さは今、身長だけでなく体重も加味して決定されるようになっている。もし身長に比例した特定の体重より軽かったら、その選手はその分、スキーの長さを数センチ減らされる。スキーの長さは空中での選手のパワーを規定している。浮揚力からコントロールまで全てに関わり、特に風の強い日では影響が大きい。ヘンドリクソンはレストランで、ここ数ヶ月、体重を減らしすぎたと説明した。6月、彼女はスキーを短くしなければならなかった。その時のスキーの長さは214cm(約84インチ)、5フィート4の彼女の身長なら、232cmまで可能だった。

「オリンピックまでに220cmに戻したい。」彼女は言った。彼女は特に、風の中で短いスキーで飛ぶことを心配していた。「風の中で飛ぶのは好きじゃ無い。コーチにはハッキリとそう言うわ。色んなことが調和しなくなり過ぎる。高すぎる場所から飛ぶと遠くに飛びすぎて膝を痛めるのよ。それが実際、私にとっての最大の心配事ね。」

ヘンドリクソンのコーチも、彼女の体の強さについては充分心配して「もう少し体重を増やす」ことを求めている。ベッドに入る前にスナックを食べることを勧めているしプロテイン・シェーカーを飲むことも求めている。しかしながら、むかし体重減を勧められて痩せ過ぎてしまい、パワーが弱くなって、イタリアでのノルディック複合選手の競技人生を終わらせかけたことがあるベルナルディの話しでは、彼と他のコーチたちはヘンドリクソンについては何も心配していないと言う。「本当に心配になったら、何らかの対処をするさ。」

タイ料理を食べた翌日の朝、ヘンドリクソンと私は車でユタ・オリンピック・パークへ向かった。それはサマー・ジャンプの最初の日で、6月にしては暖かい日だったが、ヘンドリクソンはスウェットパンツにフリースを来て、車のヒーターをつけていた。私たちが到着したとき、ヴァン、ジェローム、ジョンソン、ヒューズはジョギング用ショートパンツにタンクトップの格好で、小さなエクササイズ・ボールで準備運動をしながら冗談を言い合っていた。ヘンドリクソンは一言も言わずに歩きすぎた。

パーク・シティーでのトレーニングの最初の週、ヘンドリクソンのチームメイトは、彼女の活躍はチームに緊張をもたらしたと示唆している。「サラは前と変わった、」ヒューズは言う。「言ってみれば、チームのメンバーは何かしら自分の要素をチームに付け加えるものだけど、サラの要素は少し扱いにくいのよ。」ジェロームとジョンソンはそれに付け加えて、プレッシャーや注目がヘンドリクソンへ向かっているのを全員が感じていると言う。

「サラは本当に良い子よ、」ジェロームは私にそう言ったことがある。「でも彼女は今、奇妙な行動とか、あるいは何か悪い振る舞いをしても仕方が無いような状況にいるの。直ぐに怒り出したりとかね。そして私たちはチームとして、そういった状況を一緒に切り抜けなければいけない。『サラは今日、機嫌が良いか、それとも叫びだしそうか?』とか考えながらね。」

「言い換えると、自分がああいうプレッシャーさらされたら気難しくなることは判るでしょう。」ジェロームは言った。「サラに関して言えば、周りの人間は卵の殻の上を歩いているような気分なのよ。」

オリンピック・パークのジャンプ台は、まるで2つの宇宙船発射台が山にかかっているように見える。雪に覆われていない夏の間、ジャンプ台の表面は水で濡らされた陶磁器とか硬いプラスチックが覆っていて、このスポーツが持つ危険性がむき出しになっている。K-120の頂上にはガチャガチャ音を立てる金属製のスタートバーしか無く、風が音を立てて金属製のプラットフォームを過ぎてゆく。地上から見ると優雅に見えるジャンプ、あるいは平和にさえ見えるジャンプは、ここから見ると単に過激で、激しく危険な行為にしか見えない。「ジャンプをする時、全ての人が恐怖を感じているわ、」ヘンドリクソンはその前の日、私にそう語った。「自分の脳がやりたくないと言っていることをするのよ。脳は体に向かって、ジャンプすること以外だったら何だってすると言うわ。」

ジェロームはスキーブーツの直ぐ上までスーツを脱いで、スタートバー近くの階段に下着姿で座り、自分の順番を待っていた。分厚いスーツは以前よりも暑く、体にピッタリしたものになっている。その理由は去年、国際スキー連盟による、いわゆる選手たちが言うところの「スーツ・ドーピング」、あるいはスーツを使った誤魔化しの取締りが強化されたためだ(幾つかある一般的な方法には、表面積を増やすために股下を異様に長くしたり、脇の下に膜を張ったり、というものがあった)。タイトなスーツを着ていると選手はより速いスピードで着地することになる。何故ならそのようなスーツは空気をつかむことが出来ず、パラシュート効果が薄れるからだ。もし上手く行かないと、ヴァンに言わせれば「30階建てのビルの窓から時速60マイルでジャンプして着地しようとするようなものよ。どれだけ体が強くても、何の役にも立たないわね。そんなことをするのに、快適なやり方は無いわ。」

はヴァンと、ユタ・オリンピック・パーク近くのビルの地下にある彼女のアパートで会った。そこは使い古された複合住宅の狭いアパートで、彼女はそこを双子の兄と、もう一人のルームメイトと共有していた。部屋には今にも壊れそうな中古の家具が、わずかばかり置いてあるだけだった。壁には1枚だけ牛の絵がかけてあり、ソファーには猫毛の薄いコートがあった。「私は単純に暮らしているの、」彼女は言う。「あまり物を必要としないのね。」

彼女の近くに立つと、その筋肉質の体を意識しないではいられないことに私は気がついた。その体は緊密なパワーを発散していて、思わず後ずさりたくなる。彼女は数年の間に繰り返し大きな怪我をしている。両踵と両膝を負傷し、脊椎は6箇所損傷、脾臓が破裂したこともある。10代のとき摂食障害を患った。しかし20代のとき、彼女は決心した、如何にして自分の「脂肪を飛ばすか」を考えた方が良いと。「脂肪」という言葉は、婉曲な言い回しにしか思えないだろう、何処にもそんな物は見えないのだから。「オリンピックの重量挙げ選手にならないかって、何回も言われたわ」彼女は言う。「だけど、あんな重たい金属の塊を持ち上げて、ただ元の場所に戻すだけなんて、私には全く馬鹿げた行為に思えるのよ。」

ジャンプにおける最近の残念な成績(2012‐2013シーズンで総合8位)にも関わらず、彼女は明るく振舞おうとしている。「何にしたって、」彼女は言う。「ジャンプはガンを治療したりしない、ガンですら無いんだから。」彼女は自分のベスト・イヤーが、オリンピックでは無く裁判で消費されたと言う考えを、もう長いこと振り捨てようと試みてきた。

「そう、これが最初のオリンピックで、私は今ピークじゃ無い、」ノルウェーにいた時、彼女は私にそう言った。「でも、誰かのピークではあるわ。全く同じプロセスよ、ただ続いてゆくの。だったら、ダラダラしてなんていられないでしょ?」

そして私たちが会った1ヶ月後、ヴァンはブレークスルーした。ユタ州オグデンの企業家が風洞を作ってくれた。直系6フィートのファンが2つ付いた長い部屋で、ファンはそれぞれ150馬力出る。レースカーとかオートバイとかの空気抵抗を測るのに使うものだ。最初にヘンドリクソンが招かれて使ってみて、数週間後、チーム全員にチャンスが回ってきた。

選手たちは一人々々、床にボルト付けされたスキーのビンディングを足にはめると、ファンが送り出す時速60マイルの風に体を傾けた。風が体に当たったとき、どのように枝分かれして圧力を加えるかが見えるように、煙の筋が体の表面を通り過ぎてゆく。アルボーンは時々、床を背にして選手の真下に寝そべり、指示を与えた。ヴァンにとってこれは、認識を一変する経験だった。「あの風洞は、飛んでいる時と丁度同じ感覚を与えてくれるのよ。でも、それがここでは数分間続くの、」彼女は言った。「そうすると、ただ感じるだけじゃ無くて、脳で感覚を認識することができる。たぶんスキージャンプの選手として今までに20回くらいしか感じていないことを感じることができる。また子供に戻ったみたいな気分ね。」

それからあまり経たない内に、ヴァンがスランプを抜け出しつつあるのが明らかになった。この2年間、ベルナルディは彼女に、前よりタイトになったスーツで前より早いスピードでジャンプする時のより良い姿勢を取らせようと試みて上手く行かなかった。今、とうとう全てのものが正しくはまった。10月に彼女は全米選手権で優勝する。彼女にとって16番目の国内タイトルだった。

「こういうふうに成績が好転するのを2年待ったわ、」彼女は言う。「誰だって22年間も同じスポーツをやっていて上手く行かないと感じるなんて嫌でしょう。そんなに長くやれるとしたら、そのスポーツは得意なはずでしょう?私は自分をスキージャンパーと呼べないと感じるところまで行っていたの。でも今は、ジャンプできてる。もう長いこと感じていなかったことを感じられるようになった。今はハッピーよ。ジャンプが自分をハッピーにしてくれることを思い出したわ。」

題は、はたしてこの風洞が、サラ・ヘンドリクソンも同じように、スキージャンプにおいて、自分の体では扱えないような高みへと飛ばしてしまったのかどうかだ。「パオロは、私があと4ヶ月でオーベルストドルフ(Oberstdorf)のときと同じくらいジャンプ出来るなんて期待していない、」彼女は言う。「あそこでの最初のジャンプの時、彼はまるで『どうやってやったのか全く判らないが、君は正に破壊してしまったよ』と言いたそうだった。ママは今でもあれが風洞のせいかどうか訊くの。でも、それが何であれどうでも良いでしょう。もしあれが、あの朝食べた朝食のせいだったとしたら、どうだって言うの?」

ヘンドリクソンは、あの事故は「単に悪い環境のせいだった」と信じている。そしてベルナルディが、しばしば自分自身を責めているのを知っていると言う。もしあの、素晴らしく滑らかなオーベルストドルフのジャンプ台で、彼女に最速のスーツを着せなかったら、いつもは競技の日にしか着ないブルーのスーツを着せなかったらどうだっただろう?もし低いゲートからスタートするように指示していたらどうだっただろう?ベルナルディは私に、あの事故は誰のミスでもなかったと思う、と言った。「あれは、このスポーツに内在している危険がもたらしたものだ、」彼は言う。「パーフェクトな日のパーフェクトなジャンプだった。少しばかり速過ぎただけでパーフェクトな着地だった。彼女は、彼女のレベルのアスリートだったら誰もがやりたいと思うことをやっただけだ。彼女はあまりにも遠くへ行ってしまった。あの時の彼女は、最高のサラ・ヘンドリクソンだった。良過ぎたんだ。」

ヘンドリクソンが、自分がトラブルに見舞われているのを認識したのは、競技場の120メーターラインを高く超えて飛んでいるが判った時だった。その時彼女は腕を伸ばしてスピードを抑えようとしたが、もう遅かった。彼女が落ちたとき、近くにいた人間は、誰一人彼女の泣き声を聞いていない。「パオロを呼んで、パオロを呼んで!」地上の彼女へ最初にたどり着いたのは、スモール・ヒルで練習していたオランダ人選手だった。彼は、まだスキーが着いた彼女の足のよじれを戻した。ベルナルディがコーチ用プラットフォームから駆けつけて来た時には、彼女は哀願するのを既に止めていて、彼にこう言った。「大丈夫、大丈夫、病院に行く必要も無いわ。」救急車の寝台の上で、彼女は耳を手で覆い、目を固く閉じていた。「誰かが何かを言うのを聞きたくなかった、」彼女はそう思い返す。1時間も経たない後、どれほど酷い傷であるかをドイツ人医師がほのめかしたとき、彼女は泣き出した。パーク・シティーへ戻るまでの4日間、ほとんど泣き通しだったと彼女は言う。

彼女の膝は事故から1週間と経たない内にソルトレイク医療センターのアンドリュー・クーパー(Andrew Cooper)博士の執刀で手術された。彼女はゆっくりとしたリカバリーのプロセスを始める。レイバー・デイの翌日、彼女はセンター・オブ・エクセレンスへ行き、足を真っ直ぐにする2週間のコースを理学療法士が始めるに当たって、痛みにうめき声を上げた。その時までに彼女の体重は89ポンドまで落ちてしまっていた。ヘンドリクソンのリハビリを担当するためにチームが集められる。その中にはクーパーとベルナルディとアルボーン、U.S.S.A.の強化コーチ、2人の理学療法士、U.S.スキー・チームのメディア・ディレクター、そしてセンター・オブ・エクセレンスの栄養士とコックも含まれている。

今現在、ヘンドリクソンの最大の障壁は体の強さだと、彼女自身が言っている。「実際、私は充分食べるように努力しないといけない。何故なら今、私はあまり活動的では無いから、気持ちの上で『こんなに食べる必要は無い』とか『お腹が空いてない』とか思ってしまう。だからこれは私の戦いの1つ。とにかく食べなければいけない。」

最初の6週間、理学療法士は毎日午後3時にヘンドリクソンへスムージーを持ってきた。「あのスムージーに何が入っているのか、ちっとも知らなかった、」彼女は笑いながら言う。「もし自分で作っていたら、きっとカロリーを半分にしてしまっていたと思う。」

ヘンドリクソンが私に話してくれたところでは、彼女の母親はこの怪我を、ちょっと奇妙な神様の贈り物と考えているようだ。彼女をオリンピック前のマスコミの嵐から遠ざけ、自分の体調と精神状態に集中できるようにしてくれた。彼女は恥かしそうに、ちょっと後ろめたい新たな喜びを話してくれた。家の近くのコーヒー・ショップへ行ってハリー・ポッターの本を読むのだ。ヘンドリクソンは実際、添木をあてながら10月のメディア・サミットに参加した。そこで彼女は、今シーズンは参加しないと多くの人に考えられているのを知って唖然とする。「私の気持ちは『冗談でしょう?膝を吹き飛ばしたのは5ヶ月前よ!あきらめてるなら、こんなとこ来ないでしょ!』」(ジェロームによれは、この日はヘンドリクソンにとってきつい日だったと言う。「彼女は車椅子であちこちに顔を出していたんだけど、多くの人から話しかけられる理由が、もし彼女がオリンピックに出られたら本当に偉大なカムバック・ストーリーになるからって言う理由なのよ。彼女にとってそれは大きなストレスになったと思う。」)

ヘンドリクソンがお茶を煎れながら私に話してくれたところでは、ヴァンはリハビリの間、ずっと寄り添ってくれたと言う。訪ねてくれたり、メッセージを送ってくれたり、理学療法士と一緒に助けてくれたりした。「彼女は手術の後、最初に来てくれた人なの、」彼女は言う。「私は痛さでうめいていたの。痛みを感じるといつも、足の筋肉が緊張するのね。何回もつったし。そうすると彼女が『サラ、足から力を抜いて』って言ってマッサージしてくれるの。」

ヘンドリクソンの怪我は最終的に彼女をよりよいスキージャンパーにすると、ヴァンは信じている。「サラはいつもこの位置にいるアスリートだった、」彼女は手を頭の上へ上げながらそう言った。「先へ行けば行くほど難しくなる。そしてどうすれば先へ行けるか、何故このスポーツをしているかも学んでゆくことになる。誰でもが本当は1人ぼっち、ちっとも面白くない。でもそこから離れてみたら、いかにそれが貴重なものか判るのよ。」

ヘンドリクソンはストレッチを再開できるようになった、床に足を開いて胴体を太股にそって平らにする。彼女のリハビリ・チームは幾つか、外科医が「効果があるかも知れないブードゥー療法。本当に効果があるかどうかは全くわからんがね」と言う療法を試している。その中には血流を制御する止血帯を使う謎めいた日本の技術も入っている。ベルナルディは彼女のレッドラインを1月中旬に設定している。もし彼女がそれまでにジャンプできるようになれば、そしてU.S.オリンピック委員会とU.S.スキー・チームがベルナルディとアルボーンに同意し、ポイントだけで無く自らの裁量でチームを選ぶことを許すなら、彼女はオリンピックへ行ける。その間にも他の2人、ニナ・ルッシ(Nina Lussi)とニタ・イングルンド(Nita Englund)は出場資格を得ようとサーキットを転戦している

ヘンドリクソンは、自分に向かって、この事故には意味があったのだと言い聞かせようとしている。「その意味は、他の誰かにチャンスをあげることだったのかも知れないけどね。」彼女の携帯が鳴った。それはリンゼイ・ヴァンからのメールだった。

~~ここまで~~

この記事が出た後、合衆国女子スキージャンプ・チームのコーチ、パオロ・ベルナルディは個人的理由でコーチを辞められたそうです。

次回更新はまた1回スキップして1月25日ごろになると思います。
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英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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