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高頻度取引(High-frequency-trading)の憂鬱

ウォール・ストリートのコンピュータ取引に関する記事をUpします。

記事を書いたのはマイケル・ルイス(Michael Lewis)さんです。元記事はここにあります。

この記事はマイケル・ルイスさんが書いた本「Flash Boys:A Wall Street Revolt」からの抜粋です。

~~ここから~~

ウォール・ストリートの狼ハンターたち

合衆国の金融システムが崩壊する2008年より前だったら、自分にはシステムに何の責任も無いと、ブラッド・カツヤマ(Brad Katsuyama)は言い切ることが出来た。彼はロイヤル・バンク・オブ・カナダ(RBC)に入社してこの世界に入った。RBCは統計上、北米で5番目に大きい銀行である。しかしウォール・ストリートでこの銀行の名前が人々の心に浮かぶことは滅多に無い。同行は比較的高潔な安定した銀行であり、後に、アメリカ人向けに質の悪いサブプライム・ローンを組んで無知な投資家へそれを売り歩くと言う衝動に抵抗した事で知られる存在になる。しかし経営陣は、その当時、他の銀行がどう言うものだったのか単に理解していないだけだった。もっともアメリカの金融業者だって、たいして考えていたわけではなかったが。カツヤマの上司は2002年に彼をトロントからニューヨークへ送り込んだ。彼は23歳だった。その転勤は同行がウォール・ストリートで名の知れた存在になるための大攻勢の一環だった。悲しむべきことに当時、誰も同行の存在を気にしていなかった。「カナダの人間はいつも言うのさ、『僕たちは合衆国の人間に給料を払い過ぎている』ってね。」カツヤマは言う。「皆が理解していないのは、自分たちが払い過ぎている理由が、誰もRBCで働きたがって無いことにもあると言うことさ。RBCは誰でもないんだよね。」
 大攻勢の一環としてニューヨークに行く前、カツヤマがウォール・ストリートやニューヨークを見たことは一度も無い。彼は初めてアメリカ式生活様式にどっぷりと浸ることになった。そして即座にそれが如何にカナダと違っているかを知り衝撃を受ける。「何でもかんでも過剰すぎるんだ、」彼は言う。「1年間で今までの人生で会ったより多くのアグレッシブな人々に出会うことになった。皆自分の財力以上の生活をしていて、それを借金でまかなっているんだ。一番驚いたのはそれだね。借金なんてカナダではなじみの無い考えさ。借金は邪悪なんだ。」
 ウォール・ストリートでの最初の数年間、カツヤマは合衆国内の電力株を扱い、後にテック関連株に手を広げた。最終的に彼は20人そこそこのトレーダーからなるRBCの株式取引グループをひきいることになる。RBCのトレーディング・フロアには、業界人排除のルールがあった(スタッフはこのルールをもっと違ったやりかたで呼んでいるが)。もし誰か職を探しに来た人間が、ウォール・ストリートで典型的なしゃべり方をする奴だったら、そいつがどんなに大金を稼げると吹聴しようとも雇うことは無い。ここには、この場の文化を説明する言葉さえある、「RBCナイス」と言う言葉だ。この言葉は恥ずかしいほどカナダ的だとカツヤマは思うが、彼も又、RBCナイスな人間だった。彼の考えでは人々を従わせる最も良い方法は、自分がその人のキャリアにとって良い人間であると思わせることだ。彼はその上、その人のキャリアにとって自分が良い人間だと実際に信じさせるには、本当にその人のキャリアに良くしてあげれば良いとさえ考えている。
 問題は2006年末に始まった。RBCが合衆国の電子取引企業、カーリン・ファイナンシャル(Carlin Financial)に一億ドル費やした後のことだ。カツヤマの見たところカナダにいる彼の上司は、その会社についての知識も電子取引の何たるかも判らずに、理由の無い性急さでカーリン社を買った。今や彼らは衝突を避けられないコースを突き進んでいた。カツヤマはRBC文化にこれ以上無いほど向いてないアメリカ人トレーダーと、今や机を並べて働くことになった。合併後の初日、カツヤマは心配した女性従業員から電話を受ける。彼女は囁いた、「ズボンつりをして野球のバットを持った男が歩いているんですよ。」その男はカーリン社のチーフ・エグゼクティブであるジェレミー・フロマー(Jeremy Frommer)だった。彼が実際のところどんな人間だったとしてもRBCナイスでは無かった。数年後にアルバニーにある母校の大学で講演したフロマーは経営学科の学生たちを相手に言った。「ファースト・クラスで飛ぶだけじゃ充分じゃ無い。私は、友人たちがエコノミークラスで飛んでいることを知らなきゃ満足できない。」
 カーリン社のオフィスに移ったニューヨークのRBC社員は直ぐに集められ、フロマーから最新金融市場に関する演説を聴くことになる。彼は壁にかかったフラット・パネルのコンピュータ・ディスプレイの前に立った。「彼は話はじめた、マーケットは今やスピードが全てだってね」カツヤマは言う。「そして言ったんだ、『これから君たちに、私たちのシステムが如何に早いか見せよう。』隣にコンピュータのキーボードについた男がいて、そいつに言うんだ。『注文を入力しろ!』すると男が入力キーを押す。そしたら全員に見えるように注文が画面に現れる。それでフロマーは続けるんだ『見たまえ!どれだけ早いか見たまえ!!!』」その男がやったのは、株式の名前をキーボードに打っただけだった。名前はスクリーン上に表示される。文字を打てばコンピュータのスクリーンに表示されるように。「彼は続けるんだ、『もう一回やれ!』そして男は入力キーをもう一回押すのさ。全員がうなずいたよ。もう午後の5時だったんだ。マーケットは閉まっている。何も起きないさ。でも彼は、『オー・マイ・ガー、実時間でこれは起きているんだ!』って調子さ。」
 カツヤマは信じられなかった。彼は考えた。僕たちに新しい電子取引のプラットフォームを売ったばかりのこの男は、多分、彼が見せたテクニカルの妙技が全く馬鹿げたものだって知らないのか、あるいはもっと悪いことに、僕たちが知らないと思っているかのどっちかだ。
 あいにくのことにカーリン・ファイナンシャルがブラッド・カツヤマの人生に関わることになった丁度その時、合衆国の株式市場は奇妙な挙動を始める。RBCが、いわゆる最先端電子取引企業を買収する前、カツヤマのコンピュータは思うとおりに動いていた。それが突然おかしくなったのだ。例えば以前、画面上でインテル株が10,000株22ドルで売りに出されていたとしたら、それは22ドルでインテル株を10,000株買えることを意味していた。彼がしなければいけないことはボタンを押すことだけだ。しかしながら2007年の春、彼が取引を完了させるためにボタンを押すと、表示されていた売り注文は消えてなくなった。7年に亘る彼のトレーダー生活を通して、いつだって机の上のスクリーンを通して株式市場の様子は見ることができた。今、スクリーンに映し出される市場は、まるで何か幻想であるかのようだった。
 この事態でカツヤマは仕事を適切にこなすことが不可能になった。トレーダーとしての彼の主な役割は、大量の株式を持つ投資家と、あまり規模は大きくない公開市場との仲立ちをすることだ。例えばどこかの投資家が300万のインテル株を売却しようとしていて市場には100万の買いしか無かったとする。カツヤマは顧客から全部を買い取り、100万を直ぐに売って残り200万は数時間かけて売りさばく道を探す。もし市場における需要が判らなかったら残った大半の株に値をつけることが出来ない。かつて彼は市場へ流動性を供給できていた。しかし彼のスクリーン上で起きている出来事は、彼から流動性を供給する意欲を失わせていた。
 2007年の6月になると、この問題は無視するには大きくなり過ぎていた。この時点で彼は自分のコンピュータが思ったように動作しない理由が判らないほとんどの人間がする行動を取った。彼はテクニカル・サポートを呼び出したのだ。そしてあらゆる会社のテクニカル・サポートの人間がそうであるように、彼らは最初カツヤマは自分で何をしているのか判ってないと推定した。「あいつらが投げ返してくるのは、『ユーザー・エラー』と言う言葉さ、」彼は言う。「彼らは僕たちトレーダーなんてのは鈍い奴らの集まりだって思っているからね。」
 カツヤマがあまりにもうるさく文句を言ったので、とうとう彼らは開発者を送り込んできた。カーリン社合併でRBCに来た連中だ。「彼らが言うには、僕がニューヨークに居て、市場がニュージャージーにあり、データの移動がのろいからこの問題が起きるらしい、」カツヤマは言う。「彼らに言わせると、市場には何千と言う人々が取引していて、それがこの現象の理由なんだ。彼らは言うのさ、『貴方がやろうとしている取引は貴方1人だけがやろうとしているのでは無いんです。他にも色々なイベントが起きているし、色々なニュースが流れているんです。』ってね。」
 彼は訊いた。もしそれが理由だと言うのなら、何故市場は自分が株式を取引しようとしたときに限って売買が枯渇してしまうんだ?彼は自分の主張を裏付ける為に取引している間、後ろに立って見ていてもらうことにした。「僕は言った。『良く見ていてくれ、これからAMD株を100,000買おうとするから。僕は1株15ドルなら喜んで払う。ここには今、15ドルで100,000株が市場に出ている。BATSに10,000、ニューヨーク株式市場に35,000、ナスダックに30,000、ダイレクト・エッジに25,000だ。』それは全部スクリーンの上に出てる。僕らは皆そこに座ってスクリーンを見ていたんだ。僕は指を入力キーの上に置いた。そして声を出して5つ数えた...」
 「ワン...」
 「ツー...何も起きていない。」
 「スリー...依然として15ドルの売りがある。」
 「フォー...未だ何も起きない。」
 「ファイブ。そして僕は入力キーを押した。そしたら――ブーン!――悪魔どもは全部逃げ出してゆく。売り注文は消えて無くなり株価は突然高くなるんだ。」
 この時、彼は後ろの開発者を振り返り言った。「見ただろ、僕がイベントであり僕がニュースなんだ。」
 これに対して彼らは何の返答も持ち合わせていなかった。原因はカーリン社の設定にあるとカツマタは思っていた。「市場の問題がどんどん悪化して行く間、」彼は言う。「僕はずっと、彼らの実際最悪な技術力の問題だとばかり考えていた。」
 しかし彼がウォール・ストリートの投資家たちと話してみたところ、他の人間も同じ問題に取り組んでいることが判ってきた。彼には、コネチカット州スタムフォード(Stamford)でSACキャピタルと言う一流のヘッジファンドに勤め、株式取引をしている信頼できる友人がいた。同社は、合衆国株式市場で一歩先んじていることで名を馳せた(そして後に悪名を馳せることになる)存在だ。もし誰か市場について自分が知らないことを知っている人間がいるなら、そこにいる人間に違いないとカツヤマは思った。ある春の日の朝、彼は列車でスタムフォードへ行き、友人が取引しているのを一日見学した。そして彼は直ちに目撃することになる。友人が使うソフトウェアが仮に、例えばゴールドマン・サックスだとかモルガン・スタンレーだとか、その他の大企業が与えたものだったとしても、彼もまたRBCと同じ問題を経験していたのだ。彼が株式の売買にボタンを押したとたん、市場は彼から離れてゆく。「彼が取引で苦闘しているのを見たときに判ったんだ。これが僕だけの問題じゃ無いって。僕の抱えるフラストレーションは市場のフレストレーションだったんだ。僕は思ったよ、『なんてこった。こいつは深刻だ。』ってね。」
 ブラッド・カツヤマはアジア系であるが故に、会う人皆からコンピュータに詳しいと思われてしまう。実際のところ彼は自分のデジタル・ビデオ・レコーダのプログラムだって組めない(組もうとも思わない)。彼が持っているのは、コンピュータに詳しいと自称する人間が、自分で話している内容を判っているのかそうで無いかを見分ける能力だけだ。そのためか、RBCが最終的に電子取引問題を任せられる人間探しをあきらめて、自分に問題の処理を頼んできたとき、彼は特別にショックを受けなかった。しかしながら、彼はその問題を引き受けることで、友人たちや同僚たちにショックを与えた。何故なら彼は、A)トレーダーとして年間150万ドルの安全で居心地の良い職を得ている、そして、B)RBCは電子取引に関してなんら付け加えられるものをもっていない、のであるから。市場は混乱していた。大手投資家は、ブローカーが提供する数多くのトレーディング・アルゴリズムを単に使っているだけだった。そしてゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーやクレディ・スイスは、この分野で長い間抜きん出た存在として君臨していた。
 このようにしてカツヤマは電子取引と呼ばれるビジネスを担当することになった。売り物といえばカーリン社の二流のソフトウェアだけだった。その代わり彼には急速に膨れ上がる答えのない疑問があった。公共の株式市場とダーク・プールと呼ばれる私的市場、銀行やブローカーが営み、内部の取引情報を実時間で公開する必要の無い私的市場の間に、何故、今やリストに表示された株式を売買できる60以上の取引所が、主にニュージャージーにあるのか?何故、ある取引所はあなたの取引に対し、例えば株式売却に対し金を支払うのに、別の取引所はその全く同じ取引に対し料金を請求するのか?何故、ウォール・ストリートのトレーディング・スクリーンに表示された株価が幻想でしかないのか?
 彼は、これらウォール・ストリートに新しくできた全てのブラック・ボックスの内側で、実際何が起きているのか説明を得るために、才能ある技術者ロブ・パク(Rob Park)を雇った。そして2人で、合衆国株式市場の中を調査するチームを立ち上げた。チームが出来上がるとカツヤマは一連の実験を実施するようRBCの上役を説得した。そしてそれに続く数ヶ月、彼と彼のチームは利益を得る為では無く理論の検証のために株式の売買をした。RBCは、取引を試みる瞬間に何故どんな株式であれ市場から消えて無くなるのか調査するために、彼のチームに一日当たり10,000ドルまでの損失を許可した。カツヤマはパクに幾つか理論を出すよう求めた。
 彼らは公共の市場から始めた。ニューヨーク証券取引所、ナスダック、BATS、そしてダイレクト・エッジが運営する4つの異なるサイトに分散する13の証券取引所からなる市場だ。パクが出した最初の理論は、取引所は特定の株価の全ての注文をまとめて処理するのでは無く何らかの順序付けをすると言うものだった。2人の人間がそれぞれインテル株を30ドルで1,000株買おうとしていたとする。しかし一方の売買が完了したあと、もう一方は注文をキャンセルする権利をどうにかして得たかもしれない。「僕たちは人々が注文をキャンセルしていると言う考えから始めたんだ、」パクは言う。「こうして注文は幻の注文になる。」
 カツヤマは一つの取引所に注文を送ってみた。これでおそらく幾つかの、たぶん全ての取引所が、幻注文を許可していると確かめられるのを確信していた。しかし違っていた。彼が驚いたことに、単一の取引所に出した買い注文で、出ていた売りを全て買うことができた。彼のスクリーンに表示された市場は再び市場として機能した。「僕が考えるに、この理論には何か[悪態]があるんだ、」カツヤマは言う。「しかもこの理論は僕らが考えた理論なんだ。」
 訳が判らなかった。何故1つの取引所だけに注文を出すと市場は現実のものとなり、全部の取引所に一度に出すと幻想になってしまうのか?チームは、色々な取引所を組み合わせて注文を出して見た。最初はニューヨーク証券取引所(N.Y.S.E.)とナスダック。次にN.Y.S.E.とナスダックとBATS。次はN.Y.S.E.、ナスダックBX、ナスダック、BATS、といったぐあい。その結果はさらに謎めいていた。取引所の数を増やすにつれ、成約する注文の割合は減っていった。株式を買う場所の数を増やすと、実際に変える株式の数は減るのだ。「一つだけ例外があったんだ、」カツヤマは言う。「僕らが注文を出す取引所の数をどんなに増やしても、BATSに出した注文は100%成約するんだ。」パクにもその理由は判らなかった。彼は言った。「たぶん、BATSは凄い取引所なんだろう!」
 ある朝のこと、ロブ・パクはシャワーを浴びているとき、又別の理論を思いついた。彼は、ワールド・ファイナンシャル・センターにあるブラッド・カツヤマのデスクから各地に分散した取引所まで注文が届くのに要する時間を棒グラフに描いてみた。
 要する時間の差は馬鹿らしいほどに小さい。理論的に言って最も早いのはマンハッタンのカツヤマのデスクからニュージャージー州ウィーホーケン(WeeHawken)のBATS取引所までで約2ミリセカンドかかり、最も遅いのはカツヤマのデスクからニュージャージー州カーテレット(Carteret)のナスダック取引所までで約4ミリセカンドだ。実際にはこの時間は2点間を結ぶネットワーク上のトラフィックの状況とか電波障害とかさまざまな不具合に依存し、もっと大きく変動する。素早くまばたきするだけでも100ミリセカンドはかかるのに、まばたきするほどの僅かな時間の間に実際に市場に影響を与えるなんて信じがたいことに思える。カツヤマとパクの2人が最も才能あるエンジニアと認めるアレン・ヅァング(Allen Zhang)が、カツヤマが注文を送る時、早く取引所に届くものに対して遅れを付加し、遅くに取引所に届く注文と、正確に同じ時間に届くようにするプログラムを書いた。「直感には反していたんだ、」パクは言う。「何故って、それこそ大勢の人間が速さこそが鍵だと言っているからね。僕たちは速く行かなければならないところでスロー・ダウンさせてみたんだ。」ある日の朝、彼らは座ってプログラムをテストした。通常、株式を買おうとしてボタンを押しても手に入らなかった場合スクリーンは赤くなる。株式の一部だけが手に入った場合スクリーンは茶色くなる。そして全ての株式が得られたらスクリーンは緑になる。
 スクリーンは緑になった。
 「2009年だった、」カツヤマは言う。「緑になったのは2年振りだったよ。僕らが最初にこれを発見したなんて、ありそうも無かった。いったい他の人間たちはどうしていたんだろう?」その疑問にはそれ自体に答えが含まれているように思えた。この問題を理解した人間は誰であれ大金を手にしたことだろう。
 今や彼とRBCは投資家に売れるツールを手に入れた。証券取引所へ送る注文に遅れを付加するヅァングが書いたプログラムだ。このツールは、カツヤマのようなトレーダーに自分たちがやろうとしている仕事、大量の株式を取引する投資家に代わってリスクを取る仕事の追行を可能にしてくれる。トレーダーは再びスクリーン上の市場を信頼することが出来るようになる。ツールには名前が必要だった。チームは名前の検討を続けたが、ある日、一人のトレーダーがデスクから立ち上がり叫んだ。「おい、どうだ、こいつをThor(トール)って呼ばないか!ハンマーさ!」Thorが何かの頭文字にならないか、人を割り当てて幾つか言葉を組み合わせて見た。しかし適当なものが見つからなかった。このツールはいつも単にThorと呼ばれた。「Thorが動詞として使われた時も、何をしようとしているのか判る、」カツヤマは言う。「例えば誰かが『そいつをThorするんだ!』とか言うふうにね。」
 自分たちが何をしようとしつつあるのか、世界でも最大の資金運用マネージャーと会話することで、彼らはおぼろげながら理解し始めた。カツヤマとパクは最初、マイク・ギトリン(Mike Gitlin)を訪問した。彼は世界最大の資産管理会社の一つであるT・ロウ・プライス(T. Rowe Price)で数十億ドルの国際取引を管轄している人間だ。2人が話した物語はギトリンにとって完璧な驚きではなかったようだ。「何かが変わってしまったのは見れば判るさ」ギトリンは言う。「株式を取引しようとしたら市場がそれを察知して、その反対の方へ動こうとするのも見れば判る。」しかしカツヤマが説明した内容はギトリンが今まで考えていたよりも、はるかに詳細な市場の画像だった。そして市場というのは全ての思惑が捻じ曲がる場所だ。T・ロウ・プライスの売買注文をどこに振り向けるか決定しているウォール・ストリートの証券ブローカーは、これらの注文を何処でどのように実施するかについて大きな取引材料を持っていることになる。幾つかの取引所は、ブローカーから出る注文に対しお金を支払っている。別の取引所はブローカーの注文に対しお金を要求する。そういったことは、ブローカーが何処に注文を送るかに影響を与えないだろうか?そしてそれはブローカーが代弁する投資家の利益と調和してない場合はないだろうか?誰も確かなことはいえない。他にも奇妙なインセンティヴとして「注文の流れに対する支払い(payment for order flow)」がある。2010年において全てのアメリカの証券会社、およびオンラインで取引するブローカーは、実質的に顧客の株式注文をオークションにかけていた。例えばオンライン・ブローカーのTDアメリトレードは毎年数億ドル受け取って自社が扱う注文をヘッジファンドのシタデル(Citadel)へ送り、シタデルはTDアメリトレードの変わりに注文を実行していた。何故シタデルは注文の流れを見るためだけに、かくも大量の金を支払っていたのか?シタデルの行為の利点を明確に述べることが出来る者はいない。
 カツヤマと彼のチームは、誰か見知らぬトレーダーに先を行かれる状況を除去することによって、どれくらい安価に株式が買えるか計ってみた。例えば彼らは、その時点で一株当たりだいたい4ドルで取引されていたシティ・グループの株を1000万株買い、29,000ドル節約することが出来た。全額の約0.1%だ。「これは目に見えない税金だ、」パクは言う。その額は少なく見えるかも知れないが、合衆国の日々の株式取引は平均で2250億ドルに達するのだ。この額に同じ税率を適用すると一日に1億6000万ドルになる。「非常に陰険な行いだろうね。誰も見ることができないんだから」カツヤマは言う。「これは非常に細かいレベルで起きているので、仮にこれを整理して把握しようとしても非常に難しいだろう。人々は誤魔化されているんだ。マイクロセカンドで起きていることを想像できないためにね。」
 ローナン・ライアンはウォール・ストリートのトレーダーには見えない。色白で狭い肩を前かがみにし警戒心の強そうな外見のこの男は、ジャガイモ飢饉を生き抜いて次の飢饉に備えている男のように見える。彼は又、ウォール・ストリートのトレーダーたちが備えている能力、実際よりも博識で重要人物そうに振舞う能力を欠いている。それでも20代始めにウォール・ストリートのトレーディング・フロアを一目見たその時から、ライアンはそこで働きたいと強く思った。「あそこにいたウォール・ストリートの人間たち、人々が畏怖し、ここの全ての金を稼ぎ出す人間たちの1人になることに魅せられないでいることは難しかった」彼は言う。
 ダブリンで生まれ育った彼は1990年にアメリカへ移住する。16歳だった。6年後に彼の父親はアイルランドへ戻る。しかし彼は留まった。彼は選択が可能ならアイルランドは戻るべき場所では無いと思った。そしてかれは自分のアメリカン・ドリームを胸に抱く。1996年にフェアフィールド大学を卒業した彼は全てのウォール・ストリートの銀行へ手紙を書く。しかし返事が返ってきたのは、彼の未経験な目で見ても怪しげでクズ株と風評で儲けようとしてそうな証券会社だけだった。
 最終的に彼は大手テレコム企業であるMCIコミュニケーションズのニューヨーク事務所で働く別のアイルランド人に出会う。「彼が僕に職をくれたのは、全くもって僕がアイルランド人だからさ、」ライアンは言う。
 彼は器用な人間ではあったが、今まで何か実用的な知識を実際に学んだことは無い。テクノロジーについてはほとんど何も知らなかった。今彼は、それを全て学び始めることになる。「本当に面白かったんだ、オタクのようにのめり込むことができて」それぞれがどういうふうに動くのか判るようになってくるとね、と彼は言う。銅線はグラス・ファイバーと比べてどのように情報を伝えるのか。シスコ(Cisco)が作ったスイッチはジャニパー(Juniper)の作ったスイッチとどう違うのか。どのハードウェア会社が最速のコンピュータを作っているか、そして市内のどのビルがその装置を設置できる強度のフロアをもっているのか(古い工場のビルが一番良い)。彼は又、情報がどのように一つの地点から別の地点へと移動するかも学んだ。通常1つの電話会社の回線だけを通ることは無く、複数の会社が運営する込み入った回線を通っている。「フロリダからニューヨークへ電話するとき、その呼び出しの為にどれだけの装置を経由しているか全く知らないだろう。たぶん、2つの缶と一本の線くらいしか考えて無いさ。でも違うんだ。」ニューヨーク市街地とフロリダを結ぶ回線は、ニューヨーク側はヴェリゾン(Verizon)でフロリダ側はAT&T、その間はMCIだ。回線は人口密集地の間をジグザグに進む。
 ライアンはウォール・ストリートで仕事を見つけることは出来なかったが、彼の2005年の顧客は、ほとんどがウォール・ストリートの大手銀行だった。彼は一週間ずっとゴールドマン・サックスやリーマン・ブラザーズやドイツ銀行の中で、ファイバーを通す最適のルートを探したり株式市場の取引を実行するのに最適のマシーンを探したりして過ごした。
 2005年に彼は、BTラディアンツ(BT Radianz)へ移籍した。この会社は9/11の後、ワールド・トレード・センターへの攻撃でウォール・ストリートのコミュニケーション・システムの大部分が破壊された後に生まれた。同社は、外部からの攻撃により脆弱で無いシステムの構築を約束した。ライアンの仕事は情報ネットワークをラディアンツへ外注に出すよう金融界へ売り込むことだった。特に彼は銀行に対し、株式取引所と物理的に近い場所、ニュージャージー州ナットレー(Nutley)にあるラディアンツのデータ・センター内の「同じ場所」にコンピュータを設置することを売り込もうとしていた。
 ラディアンツでの仕事を始めて直ぐ、彼はカンサス州カンサス・シティーにあるヘッジファンドから質問を受けた。電話の相手はバウンティフル・トラスト(Bountiful Trust)と言う証券会社で働いていて、ライアンが金融データを一つの場所から別の場所へ動かす専門家だと聞いていると言った。バウンティフル・トラストは問題を抱えていた。カンサス・シティーとニューヨーク間の距離は取引中に同社の注文に何が起きているのか、つまり株式が買えたのか売れたのか判断するには長すぎた。そして彼らもまた注文を出した後に市場が消えてしまうことに次第に気がつき始めていた。「その男は言ったんだ、『私たちの遅延時間は43ミリセカンドです』って、」ライアンはそう思い返す。「それで僕は言ったんだ、『いったいミリセカンドってのは何ですか?』」
 「遅延(Latency)」とは単に信号が送られてから受け取られるまでの時間だ。トレーディング・システムの中では幾つかの要因、ボックスとロジックと回線が遅延を決定する。ボックスと言うのはA地点からB地点まで信号が進む間に通る機械類のこと、コンピュータ・サーバーや信号増幅器やスイッチなどだ。ロジックはソフトウェアのことでボックスの動作を規定するために書かれた命令の列だ。ライアンはソフトウェアについてはロシア訛りの強い人間たちが書いたものがどんどん多くなっていると言うこと以外は良く知らない。回線はグラス・ファイバーの光ケーブルでボックスからボックスへと情報を運んでいる。速度に関して単一で最も影響力の大きい要因はファイバーの長さ、あるいは信号が旅しなければならない距離だ。ライアンはミリセカンドが何なのかは知らなかった。しかし彼はカンサス・シティーのヘッジファンドの問題を理解できた。彼らはカンサス・シティーにいる。光は真空中を1秒間に186,000マイル進む。言い変えれば1ミリセカンドに186マイルだ。ファイバー中の光は壁に跳ね返されながら進むので理論値の3分の2程度の速さしか出ない。「物理学は物理学さ、これこそトレーダーが理解していないことだ」ライアンは言う。
 2007年の終わりまでにライアンは、より早い株式取引が出来るシステムの構築で年間数十万ドルを稼ぎ出すようになっていた。彼は自分が助けている人間たちがテクノロジーについて如何にわずかしか理解して無いかを知って繰り返し唖然とさせられている。それ以外のことについて言えば、彼は顧客たちのことを実際あまり良く知らない。大銀行、例えばコールドマン・サックスやシティ・グループだったらほとんどの人が聞いたことがあるだろう。その他の会社、シタデル(Citadel)やゲッコー(Getco)になるとあまり有名で無いかもしれない。こういった企業の幾つかはヘッジファンドであると彼は学んだ。つまりは外部の投資家から金を集めている会社だ。しかしほとんどの顧客は私有企業(proprietary firm)、あるいはプロップ・ショップ(prop shop)で、設立者の資金だけを運用している会社だった。彼が扱う会社の内のかなりの数、ハドソン・リバー・トレーディング(Hudson River Trading)、イーグル・セブン(Eagle Seven)、シンプレックス・インベストメンツ(Simplex Investments)、エボリューション・ファイナンシャル・テクノロジーズ(Evolution financial Technologies)、クーパーファンド(Cooperfund)、DRWとかは、誰も聞いたことが無い。そして会社の方も明らかにそうした存在に留まろうとしている。プロップ・ショップは特に変わった存在だ。何故なら彼らは短期的にしか集まらず、そして金持ちだった。「あいつらはだいたい一つの部屋に集まった5人くらいの人間たちなんだ。みんなそろいもそろって変わり者さ。その5人くらいの連中を束ねるリーダーは横柄なバージョンの変わり者なんだ。」プロップ・ショップはある日に取引をしていたかと思うと次の日には閉まっている。そしてそこで働いていた全ての人間は何処かウォール・ストリートの大手銀行に移って働いている。ライアンが何回も会ったあるグループは4人のロシア人と1人の中国人のグループだった。明らかにリーダーと思われる横柄なロシア人はヴラディミール(Vladimir)と言う名前で、彼と仲間の若者たちはプロップ・ショップから大銀行へ移ったかと思うと又プロップ・ショップへ帰ってくる。実際の株式市場で取引の決定をつかさどるコンピュータ・コードを書き、それによって高頻度取引(high-frequency trading)を可能としていた。ライアンは彼らがウォール・ストリート大手銀行の最上位の人間と会っていたのを見たことがある。その時ウォール・ストリートの大物は彼らにおべっかを使っていた。「彼は会合の場所に入ってゆくと言ったんだ、『いつもは部屋で最も重要な人物は私なんだが今回はヴラディミールのようだ。』」
 「テクノロジー産業の人間に、僕の言っていることが本当だと保障してもらうことが必要だった、」カツヤマは言う。特に高頻度取引の世界の内側深い場所にいる人間を必要としていた。彼はその年、かなりの日数を費やして見知らぬ人間に電話をかけまくり、喜んで手の内をさらしてくれる高頻度取引のストラテジストを探した。彼は今かんぐり始めている。高頻度取引がどれほど金を稼げるか知っている全ての人間は、あまりにも金を稼ぎすぎてしまったので、それを止めて自分たちが何をしているのか説明することができずにいるのではないかと。彼は他の道を探すことにした。
 2009年の秋、ドイツ銀行にいるカツヤマの友人が、あるアイルランド人について話してくれた。その男は世界で最も速い株式トレーダーをさらに速くするのを助けている世界的な専門家であるらしい。カツヤマはローナン・ライアンに電話し、RBCのトレーディング・フロアの仕事で面接を受けないかと招いた。面接の場でライアンは、彼が取引所で見たことを話した。ナノセカンドをめぐる気狂いじみた熱狂。顧客たちは自分たちの機械を取引所内のサーバーに出来るだけ近づけようとする。わずかなスピードアップの為に数千万ドル費やす高頻度トレーダーたち。合衆国株式市場は今や持てる者と持たざる者に分かれた階級システムであり、持てる者が持っているのは金ではなくスピードであると言うだけだ(そしてそれは金に繋がっている)。持てる者はナノセカンドに金を払い、持たざる者はナノセカンドの価値が判らない。持てる者は市場の完璧な眺望を楽しみ、持たざる者はまったく市場の様子が判らない。「彼と1時間あまり話すことで、6ヶ月かけて[高頻度取引について]読んだ以上のことが学べたんだ、」カツヤマは言う。「彼と会って直ぐに僕は彼を雇いたいと思った。」
 カツヤマは、上司にもライアン自身にさえも、何のために雇うのか完璧な説明をせずに、彼を雇いたいと思った。判りの良くない上役に、なぜ高頻度取引が重要であるか説明することを考えると、彼をヴァイス・プレジデントに就けるのは難しいとカツヤマは思った。それで彼のことを高頻度取引のストラテジストだと言うことにした。こうしてライアンはとうとうウォール・ストリートのトレーディング・フロアに職を得ることになった。
 カツヤマと彼のチームはThorを投資家向けにRBCが売る製品にする上で問題を抱えていた。信号が取引所へ行くまでにどのルートを通るか彼らにはコントロールできないしネットワークがどのくらい混んでいるかも判らない。ニューヨーク証券取引所へ彼らの注文が届くのに、ある時は4ミリセカンドかかり別の場合には7ミリセカンドかかる。つまるところThorは気まぐれだ。何故なら、ライアンの説明によれば、カツヤマのデスクから種々の取引所へ向かう電子信号が通る道が気まぐれであるから。カツヤマのデスクから出る信号はニュージャージー州の各取引所へ別々のタイミングで届く。何故なら幾つかの取引所は他のものと比べてカツヤマのデスクから遠くにあるからだ。高速トレーダーが出す最速の信号は、最初に到達した取引所から最後に到達する取引所までの間に465マイクロセカンドの差が出る。まばたきの200分の1の時間だ(マイクロセカンドは100万分の1秒にあたる)。それはつまり、カツヤマの取引注文がスクリーンに表示されたとおりに市場と関わるためには、各取引所に465マイクロセカンドの時差で到達しなければならないことを意味する。
 自分の主張を裏付けるためにライアンはニュージャージー州の大きな地図を持ち込んで電話会社が敷設したファイバー光ネットワークを図示した。その地図は雄弁に1つの物語を示していた。ローワー・マンハッタンを起源とする全ての信号はウェスト・サイド・ハイウェイを北上しリンカーン・トンネルを通る。トンネルを抜けた直ぐ先のニュージャージー州ウィーホーケンにあるのはBATS取引所だ。BATSからルートはもっと複雑になる。乱雑なニュージャージー州郊外を通り抜けなければならない。「ニュージャージーは今やサンクスギビングの七面鳥みたいに切り分けられているんだ」ライアンは言う。どの道を通ろうと、それらの信号はゴールドマン・サックスやシタデルが出資したダイレクト・エッジ系取引所がある西方のシコーカス(Secaucus)と、ナスダック系取引所がある南方のカーテレット(Carteret)へ進む。カツヤマのデスクから1マイルと離れていないニューヨーク証券取引所は明らかに最も近い市場だ。しかしライアンの地図はマンハッタンのファイバー光ケーブルが驚くべき回り道をしていることを示す。「リバティー・プラザからウォール・ストリート55番地へ行こうとしたら普通ブルックリンを通るだろう、」彼は説明する。「ミッドタウンからダウンタウンに行くまでに実際は55マイル通るかもしれないんだ。通りを渡ってビルからビルへ行くのに15マイル回り道することだってあるのさ。」
 カツヤマにとってこの地図は他の何よりも何故BATS市場の表示があれほどまでに正確であったのかを説明してくれた。彼らがBATS市場に表示された株式を常に100%売買できた理由は、BATS市場が常に彼らの注文を最初に受ける株式市場だったからだ。彼らの売買のニュースが市場全部に行き渡る時間が無いのだ。BATSの内部では高頻度取引会社が他の取引所での取引に使えるニュースを待っている。そしてBATS取引所は、案の定高頻度トレーダーが作り出したものだ。
 最終的にブラッド・カツヤマは最も洗練された投資家たちでさえ自分たちが資金を運用する市場で何が行われているのか知らないと実感することになる。フィデリティやヴァンガードといった大手投資信託も知らない。T・ロウ・プライスやキャピタル・グループのような大手資金運営会社も知らない。最も洗練されたヘッジファンドも知らない。例えば伝説的投資家デイビッド・アインホーン(David Einhorn)は驚愕した。又別の高名なヘッジ・ファンド・マネージャー、ダン・ローブ(Dan Loeb)も驚いていた。ビル・アックマン(Bill Ackman)はパーシング・スクエア(Pershing Square)という有名なヘッジファンドを経営し、しばしば膨大な株式を購入している。彼はカツヤマがオフィスへ現れる2年ほど前から、誰か他の人間が自分に先んじるために自分の取引情報を使っていると疑い始めていた。「何らかのリークがあるといつも思っていたんだ」アックマンは言う。「おそらくは大手の株式ブローカーだと思っていた。でも私が考えていた種類のリークでは無かったようだ。」ThorをマーケティングしていたRBCのセールスマンの一人は、ある大手投資家の一人が言っていたのを覚えている。「判るだろう?私は自分が何で生計を立てているか判っているつもりだった。でも明らかにそうじゃなかった。何故ってこんなことが行われているなんて思いもしなかったんだから。」
 カツヤマとライアンは、2人で500人ほどのプロの株式投資家と会った。彼らは数兆ドルもの資産を運営する人間たちだ。そのほとんどが同じような反応を見せた。彼らは何かがとてつもなく悪くなっていることを知っていたが、それが何であるか判らなかった。今それが何か判って彼らは怒り狂った。シーウルフのパートナー、ヴィンセント・ダニエル(Vincent Daniel)はこの奇妙な二人組みを長いこと見つめていた。誰も気にしたことが無い銀行から来たアジア系カナダ人とダブリンの便利屋といった風情のアイルランド人だ。その2人は、今まで聞いた中で最も驚くべき真実の物語を話してくれた。「君たちが持つ最大の競争力は、私に対して[悪態]に振舞おうと望まなかったことだよ。」
 ウォール・ストリートで信頼を醸成することは、まだ、かろうじて、可能だ。カツヤマを信頼した大手投資家は他のブローカーから得た情報を、どんな情報でも、共有し始めた。例えばその中の数人は、ウォール・ストリートの他のブローカーに対し、実行する取引の何パーセントを自社のダーク・プール内で行っているのか開示するよう要求した。ゴールドマン・サックスとクレディ・スイスがダーク・プールを運営していることは有名だ。そして全ての証券会社は大量の株式売買をする投資家に、自社のダーク・プール内で取引することを強く勧める。理論上、ブローカーは顧客に最適な価格を探すものとされている。もし顧客がシェヴロンの株式を買おうとしていて、たまたま最適価格がニューヨーク証券取引所にあったとすると、ブローカーは自社のダーク・プール内の劣った価格に固執しないものと思われている。しかしダーク・プールは不明瞭だ。規約は公開されていない。外部の者には、中で何が行われているのか見ることができない。ダーク・プール内で証券会社のトレーダーが顧客に不利益な取引をすることも完全に可能だ。それを禁止する規約が無い。ブローカーはダーク・プール内で利益相反になることは無いとしばしば主張するが、全てのダーク・プールは同じような奇妙な数字、ダーク・プールに送られた注文のかなり大きな割合を占めるものがプールの中で実行されている、という数字しか公表しない。かなり大規模な投資家といえども、ゴールドマン・サックスとかメリルリンチとかが自分たちの利益を守るように行動すると信じるしかない。たとえ、そうしないことに明らかな金融上のインセンティヴがあったとしてもだ。T・ロウ・プライスのマイク・ギトリンが言うように「証券会社のディーラーが顧客に最適で無いどこか別の場所に取引を振り向けたとしても、それを証明することは非常に困難だ。ある特定のブローカーが何をしているのか見ることはできない。」仮に数千と言う投資家を代表するT・ロウ・プライスのような大規模投資家が、自分たちの利益をブローカーが守っていると判断するのに必要な情報を得ることに苦労しているなら、小規模な投資家にいったい何ができると言うのだろうか。
 このシステムが持つ根深い問題は倫理的な怠慢に類するものだ。その中にいる全ての人間が狭い自己利益に従って行動している間に、それを変えようとする人間が内部には誰もいなくなる。それがどんなに腐敗していて卑劣であろうとも。もっとも、「腐敗」とか「卑劣」と言う言葉は真面目な人間たちの不安を書きたてるのでカツヤマは使わないようにしている。彼の最も大きな心配はこの話を投資家にした時に、おそらくは自分が新たな陰謀論を吹聴する単なるおかしな奴と見られないかと言うことだった。彼が最も嬉しく思った賞賛はある大手投資家の言葉だった。「神に感謝するよ。とうとう高頻度取引について知っている人間が現れた。エリア51以外の人間でね。」運命と環境が今、自分に劇的な役割を演ずるよう仕向けている。そう彼が理解するにはしばらくかかった。ある日の晩、彼は妻のアシュレイ(Ashley)に言った「まるで僕は今、何か非常に変更が必要なものの専門家になってしまったようなんだ。今、世界にはこれについて何かできる人間は少ししかいないようだ。もし僕が今何かしなければ、このブラッド・カツヤマがだ、誰もやる人間がいない。」
 2011年5月カツヤマが作った小さなチーム、ローナン・ライアンにロブ・パク他2名の人間たちが、カツヤマのオフィスのテーブルについていた。彼らの周りを過去のウォール・ストリート・ジャーナル・テクノロジー・イノベーション・アワード受賞者の応募書類が取り囲んでいる。RBCのマーケティング部門が彼らもアワードに申し込むようにと、書類受付締め切り日の前日に伝えてきた。それで彼らは、幾つかある部門のどれに自分たちが属していて、Thorが世界を変えるものだとどうやって見せるかに、大急ぎで取り組んでいた。「あちこちに書類が散らばっていた。でもどれもこれも僕たちに合っているように見えなかった。そこにいた人々は、そう、例えばガンの治療法を発見したような人々なんだ。」
 「馬鹿げていたよ」カツヤマは言う。「僕らが入るようなカテゴリーさえ無かったんだ。たぶん僕らは最終的に、その他のカテゴリーに入るだろうって思っていた。」
 その場に漂う無目的な雰囲気の中で、パクは言った「ちょっと変な考えが浮かんだんだ。」彼の考えは、このテクノロジーをどこかの取引所にライセンスすると言うものだった。ウォール・ストリートのブローカーと証券取引所の間の区別はあいまいになっていた。ここ数年の間にウォール・ストリートの大銀行は自分たち自身の取引所を運営するようになっている。その一方、証券取引所はブローカーになれるよう運動していた(最終的に失敗したが)。大手の取引所は今、ブローカーから証券取引の注文を渡されたとき、もちろん自分たちの取引所には出すが、他の取引所にも注文を出すサービスを提供している。このサービスは主に自分で注文を振り分ける方法を持たない地域の小さな証券会社に使われているものだが、証券会社に類するこのようなサービスは、少なくともパクの心に、新たな可能性を開いた。もし特定の取引所が市場のハゲタカたちから投資家を守るツールを提供したら、国中の小さな証券会社はその市場に殺到するだろう。そしてそこは全ての取引所の母親となるに違いない。
 そんなのは忘れろと、カツヤマは言った、「むしろ自分たちで取引所を作ろうじゃないか。」
 「僕たちはしばらくの間そこに座ってた」パクは言う。「お互いを見回しながらね。自分たちの取引所を作る。いったいそいつは何を意味しているんだろう。」
 数週間後カツヤマはカナダに飛び、RBCが主導する証券取引所のアイデアを上司に売り込もうとした。そして2011年秋、彼は世界で最も大きい資金運営会社を数社(キャピタル・グループ、T・ロウ・プライス、ブラックロック、ウェリントン、サウスイースタン・アセット・マネージメント)、そして一番影響力が大きいヘッジファンド(デイビッド・アインホーン(David Einhorn)、ビル・アックマン、ダニエル・ローブが経営するもの)に考えを説いて回った。彼らは皆、同じような反応をした。彼らはウォール・ストリートのハゲタカたちから投資家を守る証券取引所の考えが気に入った。彼らは又、新しい証券取引所がウォール・ストリートから確実に独立しているためには、ウォール・ストリートの銀行が作ったものではいけないとも考えた。RBCのようなナイスな銀行でもダメだ。もしカツヤマが全ての取引所の母親を作りたいのなら、彼は仕事を止めてこれを自分自身で行わなければならない。
 問題点は明白だった。彼には資金が必要だ。彼は、高給で働く人々にウォール・ストリートの仕事を止めさせ、現在の給料からすればほんのわずかな安月給で働いてくれるよう説得しなければならない。そしておそらく、自分たち自身の給与のためにも、ある程度資本を提供しなければならないだろう。「僕は自分に問いかけたんだ。僕は必要な人間たちを集められるだろうか?どれだけの間、給料なしでやってゆけるだろう?はたして周りの重要人物は僕たちのやることを許してくれるだろうか?」彼らは許してくれた。そしてカツヤマのチームは彼の新たな冒険についてきてくれた。
 しかしながら彼は又、投資家の注文の約70%を支配する9つの大手ウォール・ストリート銀行が、はたしてその注文を真に安全な取引所へ喜んで送るかどうか、はっきりさせなければならない。そして顧客の注文のかなりの割合を支配する銀行自身が公正を重んじていないとするならば、公正を前提とした取引所を始めることは、おそらくはさらに困難であるだろう。
 ブラッド・カツヤマが2008年に初めて、株式市場が普通の人間には内部の動きを理解できないブラック・ボックスになったしまったと気がついた時、彼は、箱を開けてその中身を理解させてくれる技術力に優れた人間を探し回った。彼はロブ・パクやローナン・ライアンを見つけ出し、次第に仲間を増やしていった。その内の1人はRBCに積まれていた履歴書の山からカツヤマが見つけてきた人間で、スタンフォード大学3年生で20歳のダン・アイゼン(Dan Aisen)だった。彼を選ばせたのは履歴書に書かれていた「マイクロソフト大学パズル問題優勝者」という一行だ。マイクロソフトは毎年、1日かけて行われる全国的な頭脳消耗型10時間マラソンのスポンサーをしている。この大会は1000人以上の数学やコンピュータ科学が好きな若者たちを毎年惹きつけてきた。アイゼンは3人の友人たちと2007年大会に出て全問正解したのだ。「あれは言わば、暗号解読と暗号化と数独を混ぜ合わせたようなものなんだ、」アイゼンは言う。そういったものに上手くなるには単に技術が必要なだけでなくパターン認識に特に秀でていなければならない。「機械的作業の要素と気付きの要素がいるんだ」アイゼンは言う。カツヤマはアイゼンに職と同時にニックネームも与えた。パズル・マスターと言うあだ名だ。RBCのトレーダーたちは直ぐにそれをパズ(Puz)に縮めた。パズはThorを作り出した人間の一人だ。
 パズが持つパズルを解く才能は、突然より意味のあるものになった。新しい株式取引所を作る仕事はカジノを作る仕事に少し似ている。カジノを作る者は、そのカジノが常連客から食い物にされないことを保障しなければならない。あるいは最悪のケースでも、彼は自分のシステムがどのように出し抜かれるか正確に把握し、その行為をモニターできるようにしておく必要がある。例えばカジノのブラックジャック・テーブルではカード・カウンター(カードの枚数を数えて有利に賭けを進める上級者)に常に注意を払っている。「システムをデザインするなら」パズは言う、「システムが出し抜かれるのは嫌でしょう。」株式市場の問題は、それが公共のものであれ私的なものであれ、驚くほど出し抜かれ易いということだ。そして現に出し抜かれてきた。最初は小さなシュップの頭の良い奴に、そして次に大手ウォール・ストリート銀行の中に入り込んだプロップ・ショップのトレーダーたちに。それこそが問題だとパズは考えた。一番洗練されたトレーダーから見たら、株式市場は資本を生産的な企業へ振り向けるメカニズムでは無く、解かねばならないパズルになっている。「投資はシステムを出し抜くものであってはならない」彼は言う。「もっと別なものであるべきだ。」
 誰にも出し抜かれないような証券取引所をデザインする最も単純な方法は、正に最も出し抜く能力がある人々を雇い最高の技を発揮するよう駆り立てることだ。カツヤマは全国的パズル大会の勝者をパズ以外には誰も知らない。唯一の問題は、そういう人間は誰一人として株式取引所で働いた経験が無いことだった。「パズル・マスターにはガイドが必要だ、」カツヤマは言う。
 そしてコンスタンチン・ソコロフ(Constantine Sokoloff)が入ってくる。ナスダックのマッチング・エンジン構築に加わっていた人間だ。マッチング・エンジンとは買い手と売り手を引き合わせるコンピュータだ。ソコロフはロシア人でボルガ河沿岸の街で生まれ育った。彼には、何故自分の故郷の人々がかくも高頻度取引に関わっているかについて仮説がある。かつてのソビエト教育システムは人々を数学や科学へと導いた。そしてソビエトがコントロールした経済は恐ろしく複雑で抜け道だらけだった。それをマスターした人間には21世紀初頭のウォール・ストリートに対する準備は充分だった。「私たちはこんなシステムともう70年は取り組んできた、」ソコロフは言う。「システムの周りでどういうふうに働けば良いか知っている一群の人間が増えれば増えるほど、さらに良くやる方法を知る人間も増えてゆくのさ。」
 パズル・マスターは最初からこの仕事がどういうものになるか判っていたわけでは無い。しかし彼らは、自分たちの取引所に来た投資家をウォール・ストリートのハゲタカたちから守れるようにデザインするうちに、高頻度トレーダーたちが獲物をつけねらうやり方を予測するようになった。例えばこういったトレーダーたちは公共の株式取引所に、あらゆる種類の複雑な「オーダー・タイプ」を作るのを助けた。一例を挙げるとニューヨーク証券取引所は、売りと買いの株数が異なる注文に対応するオーダー・タイプを作った。その目的は、膨大な売りを浴びせて市場の株価を下げさせようとする投資家から、少数の株式を買ってしまわないように高頻度トレーダーを守るためにあるように見える。
 オーダー・タイプを検討しているうちに、パズル・マスターは、株式市場におけるハゲタカたちの行動の分類学を作り上げた。大雑把に言って、グロテスクなほど不公正で大量な取引には3種類のパターンがあるように思われる。最初のものを彼らは電子先回り取引と呼んだ。投資家がある場所でしていることを見て、次の場所へ先回りするのだ(カツヤマがRBCで取引したときに遭遇したものだ)。2番目のものはリベート鞘取り取引と呼んだ。この方法は最近導入された複雑な手続きを使うもので、取引所が提供するあらゆる合法なキックバック、業界内でリベートと呼ばれるものを捕まえ、リベートが呼び込むと期待される現金を実際には提供しないことで出し抜くものだ。3番目はおそらく最も広く行き渡っているもので、スローマーケット鞘取り取引と呼んでいる。どれか一つの取引所で株価が変動したのを見つけると、他の取引所がその株価変動に反応する前に高頻度トレーダーはそこへ注文を出す。これは毎日のように行われており、他の全ての方法で儲けた額より、年間で数十億ドル上回るお金を生み出していると思われる。
 ハゲタカたちの3つの戦略は全てスピードに依存している。これに対抗する初歩的な考えを最初に出したのはカツヤマだった。あらゆる人間が取引所にできるだけ近づこうとしている。それなら全員をなるべく遠くへ遠ざけたらどうだろう?自分たち自身をある距離の場所に置く、しかし他の誰もそこには来させない。それは、自分たちの取引所のマッチング・エンジンを、トレーダーたちが取引所に接続する地点(現在地点と呼ぶ場所)からある程度意味のある距離隔たった場所に置くと言う考えだった。そして取引所で取引しようとする者は全て、その現在地点から接続することを要求する。もし市場の全ての参加者を取引所から充分離れた場所に配置することができたら、おそらくはスピードが作り出すほとんど全ての利点を消し去ることができるだろう。彼らのマッチング・エンジンがウィーホーケンに置かれることは既に決まっていた(彼らはそこのデータ・センター内に安いスペースを見つけていた)。唯一の問題は、何処に現在地点を置くかだった。「ネブラスカ州に置こうじゃないか」誰かが言った。しかし、既に及び腰のウォール・ストリートの銀行が、オマハに人を配置しなければならないと知ったら、自分たちの市場へ接続させるのはより困難になると全員が判っていた。そして実際のところ誰もオマハへ引っ越す必要は無かった。実際には彼らの取引所にとって充分な長さの遅延があれば良い。取引所が顧客の買い注文の一部を実行する時に、他の全ての株式取引所へと向かう競争で、高頻度トレーダーを打ち負かす遅延だ。それで電子先回り取引を防ぐことができる。必要な遅延は320マイクロセカンドであることが判明した。それが彼らから最も遠い取引所であるマファ(Mahwah)のニューヨーク証券取引所に、最悪のケースで信号が届く時間だった。確実性を増すために、彼らはそれを350マイクロセカンドに切り上げた。
 350マイクロセカンドの遅延を作り出すためには、新しい取引所はブローカーが取引所に接続できる場所から約38マイル離れていなければならない。これは問題だった。取引所をウィーホーケンに置くという非常に条件の良い契約の後、彼らは又別の申し出を受けて、シコーカスのデータ・センターに現在地点を設置することにした。2つのデータ・センターは10マイルと離れておらず、その近辺はすでに他の株式取引所やありとあらゆる高頻度トレーダーが進出していた(「僕たちはライオンの巣穴に入ってゆくことになる、」ライアンは言う)。その時、新人のジェイムズ・ケープ(James Cape)が素晴らしいアイデアを出した。彼は高頻度取引の会社から移ってきたばかりだった。ファイバーを巻くのだ。2点間を真っ直ぐなファイバーで繋ぐのでは無く38マイルのファーバーを巻いてコンパートメント大の靴箱にでも入れておけば距離を取るのと同じ効果を出せる。そしてそれが彼らが取った解法だった。
 公平を維持する作業は極めて単純だ。彼らはどのトレーダーに対しても投資家に対しても、コンピュータを取引所の隣に置く権利も、取引所から出るデータを特別に閲覧できる権利も、決して売らない。彼らは注文を出すブローカーにも銀行にも、決してリベートを払わない。その代わり彼らは、どのような取引であろうと、売買のどちらに対しても同じ量の代金を要求する。一株当たり100分の9セント(9ミル(mils)として知られている量)の代金だ。彼らは3つのオーダー・タイプしか認めない。マーケット、リミット、そしてミッド・ポイント・ペグ(Mid-Point Peg)。つまり投資家の注文はどの株式に対しても、現在の買い価格および売り価格の中間に収まることになる。もしプロクター・アンド・ギャンブルの株価が市場価格で80ドルから80ドル2セントの間だったなら、ミッド・ポイント・ペグ注文は80ドル1セントでのみ取引される。「フェア・プライス取引の一種さ、」カツヤマは言う。
 最終的に彼ら自身のインセンティヴが、できうる限り投資家のインセンティヴと等しくなることを確実にするために、新しい取引所は、直接取引できる人間は誰であっても、株式を自分で所有してはならないものとした。株式の所有者は全て普通の投資家であり、自分の注文をブローカーに託す必要がある人々だ。
 しかしながら株式市場に出される投資家の注文の大多数をコントロールしているウォール・ストリートの大手銀行はTDアメリトレードのようなオンライン・ブローカーよりも、はるかに複雑な役割を果たしている。ウォール・ストリートの銀行は注文をコントロールし、その情報としての価値をコントロールしているだけでは無い、それらの注文が実行されるであろうダーク・プールもコントロールしている。銀行は顧客の注文から利益を得るに当たって、又別の方法も採用できる。全ての銀行は、注文を外の市場に出す前、最初にダーク・プールへ回す。ダーク・プールの中で銀行は注文に反する行為だって取ることができる。又は高頻度トレーダーに対し特別にダーク・プールにアクセスする権利を売ったりすることもできる。どちらの方法でも顧客の注文が持つ情報としての価値を換金できる。大手ウォール・ストリート銀行によって大手ウォール・ストリート銀行の為にそうした行為が行われるのだ。もしダーク・プールの中で注文をさばくことができなかったら、銀行は最初に最も高額のリベートを払う取引所へ注文を振り向けるかも知れない。
 もしパズル・マスターが正しくて、スピードの持つ利点を消し去ることができるように新取引所をデザインできるのなら、即ち、もし投資家が行う取引情報の価値を無にできるとしたら、はたしてその注文の行使にお金を払う人がいるだろうか?投資家が株式市場へ出す注文を新取引所へ振り向ける役割を担う大手ウォール・ストリート銀行とオンラインのブローカーは、注文を履行するプロセスで得られる数十億ドルものお金に屈服してしまうかもしれない。たぶん、これに関わる全ての人間が理解しているように、新たな取引所へ注文を振り向けさせるのは、なんらかの戦い無しには不可能だろう。
 新しい取引所には名前が必要だった。彼らはこれをインベスターズ・エクスチェンジ(Investors Exchange)と名づけた。この名前はIEXと略称されることになる。2013年10月に取引所がオープンする前、IEXの従業員32人は、最初の週と最初の日に、どのくらいの量の株式を取引することになるか、それぞれで推測した。推測値の中間をとると初日に159,500株、最初の週で275万株だった。最低の予測を立てたのは彼らの中で唯一、新しい取引所を無から作った経験のある人物で、初日に2,500株、最初の週で100,000株だった。IEXが接続する顧客のために設けた幾つかのステージに対し、いずれかのステージで合意を交わした銀行および証券会社は約100社あった。しかし、そのほとんどは小規模の会社で、初日に準備ができていたのは15社だけだった。取引所が扱う株数についてのカツヤマの予測、あるいはたぶん希望は、最初の年の終わりまでに4000万株から5000万株の間だ。それはIEXが運用コストをまかなうために必要な取引数だった。もしそれに届かなければ、はたしてどのくらい続けられるかと言う問題が持ち上がる。カツヤマの考えでは、公正な市場の実例を作り出し、できうればウォール・ストリートの文化を変えると言う彼らの挑戦には、一年以上の時間がかかった。そして彼は言う、「僕たちが資金を使いはたしたら終わりさ。」
 最初の日、IEXは568,524株をさばいた。そのほとんどは地方の証券会社や、ウォール・ストリートのブローカーでダーク・プールを持たない会社、RBCとかサンフォード・C・バーンスタイン(Sanford C. Bernstein)からのものだった。最初の週、IEXは1200万株より若干多い株数を取引した。それ以後、取引数は週毎に少しずつ増大し、12月第3週までにIEXは毎週5000万株取引するようになっていた。しかしIEXは依然として大手銀行の注文の多くを惹きつけることは無かった。例えばゴールドマン・サックスは取引所に接続していたが、その注文はわずかなロット・サイズでしか来ず、ほんの数秒だけアクセスしていたかと思うといなくなった。
 ゴールドマンがIEXへ出す株式取引注文が、今までと異なる様相を呈し始めたのは2013年12月19日午後3時9分42秒662ミリセカンド361マイクロセカンド406ナノセカンドのことだった。それが来た時、IEXの大部屋オフィスにいた全員が、何か普通でないことが起きているのに気がついた。情報が全く新しい様相で市場に流れ込むにつれコンピュータのスクリーンはジルバを踊るように震えだし、それは充分長い時間続いた。1人、又1人と社員が椅子から立ち上がる。そして彼らは叫び始めた。
 「1500万になった!」誰かが叫んだ、上昇は10分間続いていた。その前の331分間の取引量は1400万だった。
 「2000万!」
 「3000万!」
 「AMEXを今上回った、」チーフ・ファイナンシャル・オフィサーのジョン・シュウォール(John Schwall)が叫んだ。彼の言うAMEXはアメリカン・ストック・エクスチェンジ(American Stock Exchange)だ。「俺たちは、マーケット・シェアでAMEXを上回ったぞ。」
 「僕らは彼らに120年遅れて始めたのにな、」ライアンが、歴史の知識を少しひけらかしながら言った。誰かが300ドルのシャンペン・ボトルを手渡した。その男は、これは100ドルしかしないんだと、シュウォールに言った。シュウォールは誰にしろIEXの人間が100ドル以上の贈り物を受け取るのを禁止していた。ライアンは机の下をあさって紙コップを幾つか取り出した。
 誰かが電話を置いて言った、「J.P.モルガンが聞いてきてる、『何が起きているんだ?』って。自分たちも何かしなければいけないかも知れないって言ってる。」
 又別の人間が電話を降ろして言った、「ゴールドマンだ。こんなもんじゃ無いってさ。明日はもっと増やすらしい。」
別の言葉で言えば、J.P.モルガンはおそらく投資家の注文をIEXに振り向けてくるだろうし、ゴールドマンは今までよりさらに多くを振り向けてくるだろう、とのことだった。
 「4000万!」
 ゴールドマンがウォール・ストリートの顧客の正味の株式注文量を彼らに振り向け始めてから51分後、合衆国の株式市場は閉じた。カツヤマはフロアを歩いて出るとガラスの壁に囲まれた小さなオフィスへ入った。彼は今起きたばかりのことに考えを巡らした。「僕たちは『君らは正しい』と言って参加してくる誰かを必要としていた、」彼は言う。「今起きたことの意味は、ゴールドマン・サックスが僕らに同意してくれたことだ。もう他の者も無視することはできない。誰もこれを軽視できなくなったんだ。」そして彼は目をしばたたくと言った。「僕は今、[悪態]叫び出しそうだ。」
 彼は少しだけ未来を覗き見た。彼は確かにそう感じた。もし、ゴールドマン・サックスが投資家へ向かって、この新しい市場が安定と公正さにおいて最も有望であると喜んで認めるのなら、他の銀行もそれに続くようプレッシャーを感じるだろう。より多くの注文がIEXに流れ込めば、投資家はより良い経験ができるようになり、銀行はこの新しくより公正な市場を避けて通ることがより困難になるだろう。
 IEXの主張は明確だ。適切に機能するために金融市場には、誰かの利益のための装備など必要無い。注文を流入させるためとか、同じ場所を占めるために金を払う必要も無いし、極少数のトレーダーが所持するあらゆる種類の不公正な利点も必要無い。必要なのは投資家に対し、市場を理解しコントロールを手放さないことで責任を持つことだ。「市場のバックボーンとなるものは」カツヤマは言う、「ここに集まり取引をする投資家なんだ。」
 3週間後、IEXが仕事を始めてから2ヶ月が経過した時、世界で最も大きな資金運営会社数社の主要なトレーダーたち14人がマンハッタンの高層ビル最上階の会議室に集まった。株式市場に投資される資金の中で彼らがコントロールするのは、合わせて26兆ドルにもなる。合衆国株式市場の約20%だ。彼らは、カツヤマがIEXの取引開始以降に合衆国株式市場について学んだことを話すのを聞くために、国中から飛んできていた。「あそこは全てを理解するのに完璧な場所でした」カツヤマは言った。「外に立って見ているのとは全然違います。詳しく見るためにはゲームに参加する必要があるのです。」
 彼が発見したのは、市場が如何に強く影の存在に留まりたいと願っているかだった。ゴールドマンの行動に関わらず、多くの大手銀行はIEXへ注文を送れと言う投資家、即ち彼らの顧客の要望に従わなかった。その部屋にいる投資家の数名もそれを知っていた。残りの人々もその場で多くのことを学んだ。その内の1人が言った、「我々がIEXへ振り向けてくれと言うと、彼らは言うんだ、『何故そうして欲しいのです?私たちにはできないんですよ!』」IEXが活動を始めて6週間後、ある大手ウォール・ストリート銀行は1つの注文もIEXに回してないことを、うっかり大口投資家の1人に漏らしてしまった。投資家がIEXに振り向けるよう明白に指示していたにも関わらずだ。別の大手投資信託のマネージャーは次のように推計した。大手銀行にIEXへ振り向けるよう指示したとしても、彼らがその指示通りにするのは、「せいぜいその時の注文の10%だね。」4番目の投資家は3つの異なる銀行から言われたと言う。彼らがIEXに接続したく無いのは、業者に対し月300ドルの接続料金を払いたく無いからだと。
 他の銀行はだいたいにおいて受動的不服従の態度を取った。しかし、時として明白に攻撃的態度を取ることもあった。カツヤマは次のような噂話をクレディ・スイスの従業員が流していると聞いたことがある。IEXは実際は独立してなくRBCが所有していて、つまりは大手銀行の道具に過ぎないと。彼は又、注文をIEXに送らせないようにするために、大手ウォール・ストリート銀行は既に投資家たちへ次のように言っていると聞いていた。IEXが株式市場のハゲタカたちを排除するために導入した350マイクロセカンドの遅延はIEXを遅くしすぎると。
 取引を開始して直ぐにIEXは、市場でなにが起きているのか平明な方法で説明するために統計情報を公開し始めた。ウォール・ストリートの銀行が最大限努力したにも関わらず、IEXの平均取引量は、公開のものも非公開のものも含めて、どの株式取引所よりもはるかに大きかった。IEXの取引は、現時点のマーケットの買いと売りの株価の中間値での取引量が、他の場所の4倍にもなっている。それはつまり、ほとんどの人がその株価を公正だと同意していることになる。大手ウォール・ストリート銀行がIEXへ注文を振り向けるのに不熱心であるにも関わらず、既にこの新しい取引所は、ダーク・プールや公開の取引所を見劣りするものに見せ始めている。彼ら自身の歪んだ基準に照らしてもそうなのだ。
 カツヤマは聴衆から質問を求めた。
 「君は[高頻度トレーダーについて]、取引所を始める前と異なった考えをもつようになったかね?」1人の出席者から尋ねられた。
 「彼らに対する憎しみは始める前よりかなり減りましたね、」カツヤマは言った。「これは彼らの過失では無いのでしょう。私の考えでは、彼らのほとんどは、市場に非効率性が存在し、自分たちはそれを利用しているだけだと考えているようです。私が考えていたよりずっと無法者では無いようです。システムそのものが投資家に対し不利益となっていたのです。」
 「良いブローカーはどのくらいいるのだろう?」投資家の1人がそう尋ねた。
 「10社です、」カツヤマは言った(IEXは94社と取引している)。10社には、RBCとバーンスタイン(Bernstein)、そしてもっと小さな一群の会社が含まれており、彼らは投資家の利益が最大になるよう振舞っている。「3社は意味深です、」彼は付け加えて言った。モルガン・スタンレー、J・P・モルガン、そしてゴールドマン・サックスだ。
 ある投資家が訊いた、「ブローカーが良い振る舞いをするのは何故だろう?」
 「長期的利益は、[悪態]が襲ってきた時に生きるからです。そうなったら誰が良い決定をして、誰が悪い決定をしたのか、直ぐに判ります、」カツヤマは言った。別の言葉で言えば、おそらくは市場の技術的複雑さによっていずれ株式市場の崩壊が起きたら、大手ウォール・ストリート銀行は非難を受けることになるだろう。
 株式市場は実際、不正に操作されている。カツヤマはしばしば考える。活動的な政治家や訴訟弁護士や州の司法長官は、そのような現実に対しどういう風に反応するのだろうと(ニューヨーク州司法長官のエリック・シュナイダーマン(Eric Schneiderman)はこの3月、株式取引所やダーク・プールと高頻度トレーダーとの関係について、新たに調査を開始すると発表した。それからあまり経たない内に、ゴールドマン・サックスの代表、ゲリー・コーン(Gary Cohn)はウォール・ストリート・ジャーナルにコラムを書き、コールドマンは株式市場で起きている不正な出来事と関わりを持つつもりは無いと述べた)。カツヤマは、不正に利益を上げていた者達を追い掛け回すことに、あまり喜びを見出せなかった。彼は単に問題を解決したいだけだ。ある意味いまだに彼は、幾つかのウォール・ストリートの銀行が自分たちの仕事を邪魔するのは何故なのか理解できないでいる。
 テクノロジーはウォール・ストリートと、とても独特な方法で遭遇した。それは効率を増加させた。しかし同時に市場に独特な非効率性を導入したのだ。2000年代中頃に良かれと思って導入された抜け道を利用しながら、テクノロジーを使ってウォール・ストリートがやってきたことのかなりの部分が、金融市場の内側にいる数人の人間だけが知っていて外側の世界は知らないものだった。かつて、どの投資家も真に理解していなかったサブプライム住宅ローン担保債務義務を私たちにもたらしたその同じシステムが、株式市場を舞台に、どの投資家も真に理解していないオーダー・タイプを使い、1ペニーに満たない断片をも扱う危険なほど高速の取引を私たちにもたらしている。それこそが、これを他の人に説明して理解させたいと言うブラッド・カツヤマの情熱が人を惹きつける理由だ。彼は、新たに自動化された金融システムの中心部を攻撃した。その中心部こそ、理解しがたい複雑さの中で大金が作り出されている場所なのだ。

~~ここまで~~

次回の更新は未定です。当分不定期で更新します。
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英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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