FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

チェルノブイリのアーチ

チェルノブイリ原発に関する記事をUpします。

記事を書いたのはヘンリー・ファウンテイン(Henry Fountain)さんです。元記事はここにあります。

各国の支援で行われている解体作業の記事です。

~~ここから~~

チェルノブイリ:大惨事に蓋をする

さび付いた建築物を背景に世界最悪の原発事故の残骸の直ぐ側で、唯一無二の工学プロジェクトが立ちあがろうとしている。

作業員の一群が、分厚いコンクリートの石版で放射能を遮蔽しながら、自由の女神像を充分に覆える大きさの輝くステンレス・スチールをまとった巨大なアーチを建造していた。その建造物はあまりにも空想的に見えるが故に、まるで異性人がこのソビエト時代の産業用区画に落として行ったかのようだ。

全てが計画通りに行けば2017年までに32,000トンのアーチがテフロン加工の台座に慎重に設置され、1986年4月に爆発炎上した原子炉の放射性残留物を埋葬する雑な造りのシェルターを覆うことになる。その末端を閉じれば、かりに古びたシェルターが崩壊したとしても、いかなる放射性の塵も閉じ込めることができるだろう。

アーチはさらなる大気汚染の危険性を消し去ることによって28年前の悪夢、漏れ出した放射性物質が周辺数マイルの平野部を汚染し、打ち捨てられた家畜の鳴き声がこだまするゴーストタウンに村々を変えた悪夢が、ほんの一部でも再現するかもしれないという、しつこく付きまとう恐怖を取り去ってくれる。

アーチは又、チェルノブイリ浄化の最終段階となる作業、重度に放射能汚染された原子炉の破片を除去し、安全に永久保存すると言う大胆な作業の開始を可能にしてくれる。しかし、この仕事が国際機関からウクライナ政府に移管されることは、特にロシアがこの国の境界線で脅しをかけている現在、新たな懸念を生んでいる、

それでも今のところ、そびえ立つアーチは進歩の象徴だ。

「驚くべき構築物だ、」アーチを建設するフランスの建設企業共同体ノヴァルカ(Novarka)のプロジェクト・ディレクター、ニコラス・カイユ(Nicolas Caille)は言った。「他の何物とも比較できない。」

アーチは又、温室効果ガスを削減し気候変動と戦う1つの方法として原子力の未来を議論する国々にとって、その全ての利点と共に膨大なリスクが原子力には付随していること強烈に思い起こさせる存在だ。一度でも事態が悪化すると膨大な困難が待ち受けている。

放射能の押さえ込みと浄化は工学が持つ可能性を限界まで押し広げる。日本も又、3年前の福島原子力発電所のメルトダウン以降、その方法を捜し求めている。

それにかかる費用は莫大だ、チェルノブイリのアーチはそれだけで15億ドルかかり、米国を初めとする30カ国がそのほとんどの費用を負担している。

そして放射能災害が起きた場所を真に安全な場所にするには何世代もかかるのだ。

チェルノブイリのアーチは工学的に見て100年もつように設計されている。ここを完全に浄化するにはそれくらいかかると考えられているのだ。しかし、ウクライナが長期に亘る作業を継続できるかどうかは常に不安視されており、政治的混乱とロシアとの緊張状態で新たな懸念も持ち上がっている。従って1世紀の時間でも充分では無いかもしれない。

しかしアーチは非常に優れた構築物なのだと、プロジェクトの資金を管理する欧州復興開発銀行で原子力安全対策ディレクターを務めるヴィンス・ノバク(Vince Novak)は言う。もし必要であれば、「アーチは300年以上使用に耐えうる」と彼は言った。

まるで巨大な放射能爆弾

チェルノブイリの事故は巨大な放射能爆弾のように考えることができる。爆発によって放射性物質があらゆる方向へ吐き出された。爆発の後で火災が発生し、それによってさらに多くの汚染物質が大気中へ放出された。放射性物質は風に乗って運ばれ、この地方を越えて西ヨーロッパにまで到達した。

以上のように、この災害は他の2つの主要な災害、1979年ペンシルベニアのスリーマイル島、および2011年福島の災害とは異なっている。これら2つのプラントでは炉心のメルトダウンは発生したが中核的物質である原子燃料は格納容器の中に留まった。

チェルノブイリ・プラントにある4つの原子炉には格納容器が存在しない。しかし、それは設計上の欠陥の1つであるに過ぎない。ここの原子炉は核分裂反応をコントロールするシステムが不安定で、特定の条件の下では原子炉のパワーが急速に上昇し制御不能に陥る。

それこそが1986年4月26日にチェルノブイリの4号機で起きたことだった。その時、浅はかな考えの下に原子炉の安全性テストが実施された。数秒のうちに原子炉のパワーは指数関数的に上昇し、炉心は水蒸気で爆発した。

数人の作業員が即死、しかし4号機の技術者のほとんど、そして最初に対応した消防隊員たちはハイレベルの放射性にさらされて、数週間かけて苦しみ悶えながら死んでいった。

公式発表では数十人が死亡、その他大勢が健康を害した。放射能は後に数千人にガンを発生させることになる。しかしその数については、いまだ多くの議論が戦わされている。

直後の混乱の中、ソビエト政府は軍を出動させ、原子炉火災と近隣の村やプリピャチ(Pripyat)からの住民退去に当たらせた。プリピャチはプラントで働く作業員やその家族の多くが暮らす都市だ。石棺(sarcophagus)と呼ばれる鉄とコンクリートのシェルターを急遽構築するために多くの作業員が応募した。放射線に晒された量が多くなり過ぎると作業員は別の人間に交代する。全体で50万人以上の人間が最初の浄化作業に参加した。

約30年前の出来事だ。しかしチェルノブイリの中とその周辺は、まるでカレンダーが凍り付いたかのように見える。

プラント周辺には約1000平方マイルの立ち入り禁止区域が依然として存在し、入るには幾つかのチェックポイントを通過しなければならない。放射能レベルは放射性物質の自然の劣化によって下がってはいるが、この地域は実質的に無人のままだ。多くの村はブルドーザーで成らされており、森林が他を圧倒しつつある。かつて4,5000人が住んでいたプリピャチに入ると、コミュニティー・センターの壁画は絵の具が剥がれ落ち、体育館の床から木が生えている。あるアパートの一室には壊れたピアノ以外何も残っていなかった。

4号機については、鈍い灰色の石棺が最近補強された。その石棺は建設が完了したその時から放射能を漏らし続けている。少数の作業員がまだ4号機の保全に雇われており、広大なプラント内の他の場所の作業にも従事している。4号機における作業の1つには雨水を汲み出すことも含まれている。雨水が石棺内部の放射性燃料に触れて汚染されてしまうからだ。

今でも時折、新たな災害の証拠が発見される。

「私たちが穴を掘っていると、埋められていたクレーンやブルドーザーが見つかるんです、」アーチ・プロジェクト全体のマネージャーをしていて、最近ウクライナを離れたアメリカ人のラウリン・ドッド(Laurin Dodd)は言った。そういった機械は最初の浄化作業の時、あまりにも放射能で汚染されてしまったため、その場に埋められたものだ。

人的損害

事故が起きた日の夜、アンドレイ・グルコフ(Andrei Glukhov)は家にいた。彼はチェルノブイリで原子力の安全性に対する専門家として働いていて、その日は休日だった。爆発音を聞いたとき彼はあまり懸念を持たなかった。大きな音はプラントではしばしば起きていたのだ。

翌日の朝、彼は2号機の制御室に電話したことを覚えている。そこにいた技術者は4号機の損失を埋めるために出力を上げつつあると言った。「4号機で何が起きたんだ?」グルコフ氏は訊いた。「窓から外をみてみろ、」相手の男は答えた。

グルコフ氏は妻と2人の幼い子供と共にアパートの5階に住んでいて、そこは現場から2マイルと離れていないプリピャチにあった。

「私はバルコニーに出て見ました、」彼は思い返す。「プラントから煙がやって来るのが見えたんです。」

彼は屋内に留まるよう家族に言って、仲間を助けるために家を出た。プリピャチ住人のほとんどはそんな警告を受けることも無く、日々の暮らしのために、明らかにその時点では放射能の危険性がある外へと出て行った。その日は土曜日だった。メーデーのお祭りが数日後に迫っていた。市中心部には、ピカピカの観覧車と子供用電気自動車を備えた新しい遊園地が開場を待っていた。

日曜日の朝、プラントで問題が発生し数時間後にバスで退去しなければいけないことを住人は知らされた。退去するのは数日の間だけと思われたので、持ち物は少なくするよう言われた。

「バスは丁度ここで私たちを乗せました、」55歳のグルコフ氏は言う。その時彼はプリピャチの、自分が住んでいた古いアパートの前に立っていた。通りはあまりにも下草が生い茂っていて、かつてそこにバスが入れたとは信じられないくらいだった。

彼は家族と共に70マイル南のキエフへ向かった。しかしグルコフ氏はプラントに留まって仲間を助けなければならないと感じていた。キエフへ行く途中で彼は家族に別れを告げ、チェルノブイリへ行く車を見つけて戻る。

彼はその後1ヶ月の間、妻と子供に会えなかった。非汚染地域に設けられた監視キャンプで暮らし、その後はチェルノブイリから40マイル離れたドニエプル河上の徴用クルーズ船で暮らした。そして他の3つの原子炉の制御を助けながら3年間プラントで働いた。

死んだ作業員の何人かは彼の友人だった。その中には、事故の夜4号機の制御室にいた若い原子炉オペレーターのレオニド・トプチュノフ(Leonid Toptunov)もいる。トプチュノフ氏は3週間モスクワの病院で苦しんだ。彼の内臓や組織は放射線で酷い損傷を負っていた。彼の写真は、他の初期の犠牲者の写真と共に、スラヴィティチ(Slavitich)市の記念館に飾られている。スラヴィティチはプリピャチの代替として汚染地域の外に建設された町だ。

現在アーチ・プロジェクトのマネージメントを助けているグルコフ氏はチェルノブイリに戻った時、最初に見た光景を忘れられないと言う。彼は月曜日にプラントに戻り、夕方のシフトについた。真夜中に職場を離れる時、彼は4号機の側を通り過ぎた。

「炉心が開いて光っているのを見た時、災害の大きさを実感しました、」彼は言う。「あんなものは2度と誰にも見せたくありません。」

警告

アルトゥール・コルネイエフ(Artur Korneyev)は炉心を何度も何度も見ている。

放射能の専門家で65歳、カザフスタン出身のコルネイエフ氏が最初にチェルノブイリへ来たのは事故の直ぐ後だった。彼はほとんど誰よりも4号機の残骸が保持する放射能問題の規模を理解していた。

爆発とそれに続く火災で放出された放射性の塵の量は膨大ではあるが、それらは約5トンの原子炉燃料のみから出てきたものだ。200トン近くの燃料、すなわちウラニウムと核分裂によって高い放射性を帯びた副産物は、崩壊した建物の内部に留まっている。

コルネイエフ氏の仕事は、作業員の被爆を抑えるために、石棺内部の燃料の場所と放射能レベルを特定することだった。

「私たちは先遣隊だった、」コルネイエフ氏は言う。「いつだって最前線にいたのさ。」

作業をしていた日々、コルネイエフ氏はプロジェクトの管理部門にいた。しかし最初の3年間に受けた重篤な放射能被曝の影響で白内障その他の健康問題を患い、プラント内に入ることができなくなっている。「ソビエトの放射能は、」彼は冗談で言う、「世界最高の放射能なのさ。」

事故の最中、熱があまりにも高くなったため燃料は液化し、溶けたコンクリートやその他の資材と混じりあい、爆発でできた瓦礫とくっついた。高度に放射能を帯びた混合物は、火山の溶岩に似て、ダクトや隙間を通って原子炉下の迷路のような空間に流れ込み、温度が下がると共に固まった。幾つかの場所では滝が凍りついたような形状になっている。

しかしその残骸の中には固体の燃料の破片も存在している。そしてコルネイエフ氏の話では、彼や彼のチームのメンバーは被曝による危険を顧みず、必要に応じてそれらを移動した。「時にはシャベルを使って動かした、」彼は言う。「又ある時には、靴で蹴飛ばして横にどかしたんだ。」

コルネイエフ氏は、石棺が危険だと西側の専門家に最初に警報を発した人々の1人だ。放射性物質のさらなる大量放出の可能性を危険視したG7は、1995年に4号機の安全を確保する資金を出すことに合意する。その見返りとして、その時点で独立を果たしていたウクライナは、依然稼動を続けていたチェルノブイリの2機の原子炉を閉鎖することに合意した。最後の原子炉は2000年に閉鎖されている。

直近の仕事は石棺を安定させることだった。欧州銀行の原子力安全対策ディレクター、ノバク氏の話だと、そのプロジェクトは「作業を追行する環境を考慮に入れればアーチよりもさらに困難な仕事だった」と言う。

アーチが設置されるまでの間、崩壊のリスクは無くならない、それは去年、破壊された原子炉の隣にあるタービン・ホールの屋根が崩落し、若干放射能が漏れた時、痛切に認識された点だ。

しかしながらアーチを完成させるには、さらに数億ドルの資金を援助国から得なければならない。そしてその努力はウクライナ危機によって複雑さを増している。ノバク氏によれば、アーチの最初の半分が完成していることが救いだと言う。「私たちは何かしら見せられるものをやっと手に入れたんだ、」彼は言う。

アーチ

建設マネージャーのカイユ氏にとってアーチは比類無き仕事だ。

「何が一番困難かって?あらゆることがさ、」彼は言った。

鉄製構造物を1世紀間持たせるのは比較的単純な仕事だとカイユ氏は言う。全ては錆びの管理なのだ。

「塗装さ、」彼は言う。「例えばエッフェル塔は15年毎に塗装し直している。」

しかしアーチが4号機の残骸の上に設置されると放射線レベルは高くなる。作業員が構築物の外装やトラスの塗装を落として塗りなおす作業をその場で安全に行う術は無い。防御策無しだと鉄は錆び始め、最終的に構築物は崩壊する。

従って、できうる限りリスクを下げる設計をしなければならない。外側も内側も錆止加工したステンレス・スチールで覆う。アーチのトラスは一般的な鉄で作り580,000本のボルトで留める。しかし除湿器を通した空気がその周りを循環するようにする。

「空気を乾燥させるんだ、」カイユ氏は言う。「錆びないようにね。」

彼はその時、最初のアーチの下で話していた。そのアーチはたいていのフットボール場より大きく、横幅800フィート、長さは250フィートある。前日にその構築物は10台のジャッキで360フィート持ち上げられた。ケーブルをしっかり掴んだジャッキは塔の上に設置されていた。2000万ポンドを超えるこの構築物はかつて持ち上げられた中で最も重い物の1つだ。

2番目のアーチを同じ建設現場で作業するために最初のアーチは片側にどかされた。やがて2つの構築物は組み合わされ一つとなり最終的な目的地へ移動する。

通常と異なるこのような手順は、破壊された原子炉から数百ヤードしか離れていない場所で、作業員が低い放射能の中で働けるよう設計されたものだ。作業員はウクライナ、トルコ、アゼルバイジャン、ポルトガル、その他15カ国から集まっている。

「石棺から可能な限り遠くへ離れたほうが良いのは確かだ、」距離と共に放射能レベルが下がることを指摘しながらカイユ氏はそう言った。

しかし契約企業は又、放射性の残骸や破片を取り除き、土地の表面を削って、この地域の除染も行っている。そしてその後、この一帯をコンクリート製の板で覆い、石棺に最も近い作業員を守るためにコンクリートの壁も立てる。

このサイトの放射能レベルは注意深くマップされており、アーチの作業員は特定の領域に留まらねばならない。全ての人間は線量計を装着しており、石棺が放つ放射能レベルが増加したら警報が鳴るようになっている。しかしそれ以外では普通の衣服を着て、通常スケジュールで作業している。

それでもこの場で働くことは普通のことでは無いかもしれない。「最初にここへ来た人間はけっこう感動するんだ、」カイユ氏は言う。「ここにはあの事故に巻き込まれたり、事故の時この場にいた人間が大勢いる。」

最後の大掃除

ドッド氏の話だと、計画ではアーチが設置された後、ウクライナが最終的に不安定な石棺と残った燃料の撤去を始める。それによって、放射能が地下水に達し、キエフに住む300万人の水源を危険に陥れる可能性を根絶する。ウクライナは又、取り出した全ての高放射能レベル廃棄物を収容する施設を建設しなければならない。

そのための資金がどこから来るのか、特にこの国が混乱している現状ではハッキリしていない。ワシントンのウクライナ大使館の高官はコメントを求められても回答しなかった。

しかしかりに充分な資金があったとしても、技術的にこの仕事を完遂できるかどうか疑問であり、完遂できるとしても、どのくらい長くかかるか判らない。

スリーマイル島では全ての燃料は格納容器の中に留まっていたが、それでも安全に、主に遠隔操作でそれを除去するには10年以上かかった。引き裂かれ爆発し、火災とその鎮火作業でさらに破壊された4号機の燃料と残骸を取り除くのはさらに複雑な作業となるだろう。

放射能の専門家であるコルネイエフ氏は、他の誰よりも石棺内の状況を知っていて、長期のプロジェクトについて大きな疑問を持っている。「ユニット内の燃料にアクセスする技術が存在しない、」彼は言う。「本当に難しいんだ。そこに到るまでの道は障害物で塞がれているから。」

欧州銀行のノバク氏は、一つの可能性として、ウクライナは石棺をさらに安定化させて原子炉はそのままに残し、100年と言う設計上の年月より長くアーチで保護するかも知れないと言った。

しかしまだそれは未来の話だ。より直近の問題は不安定な政治環境の下でアーチを完成させることだ。

「私は現在の状況がこの事業に与える影響を非常に懸念している、」ノバク氏は言った。

チェルノブイリはウクライナ北部国境近くにあり、クリミアやその他の紛争地帯からは遠く離れている。「チェルノブイリと立ち入り禁止地域は静かなままだ。契約企業は作業を続けている、」ノバク氏は言った。しかしながら、西洋の専門家は3月に1週間現場を退去した。

プロジェクトには翌年まで作業を続けるのに充分な資金がある。しかしこれから先数ヶ月の間のどこかで、財政上の問題に加えて「政治的決断」を下さねばならない時が来るに違いない、と彼は言った。

政治的混乱が起きる前でさえ、援助国にさらなる資金提供を依頼するには不安があったとノバク氏は言う。「しかしこの全てのプログラムを終わらせずに投げ出すリスクは、たぶん誰一人考えたく無いリスクだと私は思う、」彼は言った。

~~ここまで~~

次の記事の翻訳が終わったら随時更新します。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

ゾノシン

Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
広告
海外格安航空券ena 【イーナドットトラベル】 Hotels.com【海外・国内ホテル予約サイト ホテルズドットコム】 【限定募集】ヒアリングマラソン・ベーシックkikuzo! 特別お試し3カ月コース デル株式会社
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。