FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

何故アメリカ人は数学が苦手なのか?

アメリカの数学教育に関する記事をUpします。

記事を書いたのはエリザベス・グリーン(Elizabeth Green)さんです。元記事はここにあります。

日本の教育と比較しながら問題を考える記事です。
固有名詞は当て字ですので誤字があると思います。すみません。予め謝罪させていただきます。

~~ここから~~

なぜアメリカ人は数学が苦手なのか?

1978年、高橋昭彦は大学3年生で、東京郊外にあるその大学の他の多くの学生と同じく何の変哲も無い存在だった。漠然と何か成し遂げたいと思ってはいたが、それが何なのか手掛かりすらなかった。しかしその春、彼は後に師となる人物に出会う。そしてその人との関係はその後の人生のコースを決定することになった。
 松山武士は小学校の先生だった。しかし日本に少なからずいるほかの教師と同じく、彼は幼い子供たちを教えるだけでなく、教師になろうという大学生も教えていた。松山は自分が教える大学の付属小学校の授業を一種の実験場に変え、新しい教育法を考え出したり試したりする場にしていた。高橋が彼に会った時、松山は大胆な実験の途上にあった。それは教師の考え方を大きく変え、生徒たちの数学学習法に革新をもたらすものだった。
 生徒たちに解法を覚えさせ、果てしない練習問題を延々と解かせる方法、正に高橋が学校で学んだ方法の代わりに、松山は、数学的手順、特質、証明を自分たちで見つけ出せるよう、子供たちの間に熱心な議論を呼び起こすことを大学の教え子たちに勧めていた。例えば、ある日に子供たちは三角形の面積の求め方を導き出すかもしれない、そして次にはそこで学んだことを使って平行四辺形についても同じようにやってみるかもしれない。この新しい方法で教えると数学はまるで違ったものに見える。単なる退屈で苦痛な時間では無く、挑戦的で刺激的なもの、面白くさえ思えるものになる。
 高橋は直ぐこの考えの信奉者に改宗した。彼はこの考えが合衆国の改革者たちのものだと発見する、そして自分もアメリカ人みたいに教えられるようになろうと努力した。それからの12年間、日本の教育システムが数学におけるこの活気溢れるアプローチを採用する中、高橋は教え続ける。最初は6年生相手に教えた。教えること、そして教授法を考えること、それが実質的に彼のしてきたことの全てだ。瞳に微笑をたたえた物静かな人物である彼の新種の数学教授法に対する情熱は同僚たちをも驚かすほどだ。「高橋はとても静かで優しく見えます、」彼の同僚、白井一之は通訳を介して私にそう言う。「でも数学の話になるとまるで変わってしまうんです。」
 高橋は、1980年代を通して数学教授法の大胆な変革を企図するマニフェストを発表し続けた数学教師評議会(National Council of Teachers of Mathematics:N.C.T.M.)というアメリカのグループに特に魅了された。高橋は夜遅くまで学校に残って全ての出版物を読んだ。日本では多くの職人と同じく、教師も又自分たちの仕事を師の名の下に行うことがある。高橋はまるで2人の師を持っているかのようだった。松山とアメリカの改革者たちだ。
 58歳の高橋は公開授業で1000人の観衆を集める日本でも指導的な数学教師だ。彼は、日本で人気のテレビ番組「料理の鉄人」の教育版に参加していた。しかし1991年にアメリカでの仕事、日本の文部科学省がシカゴで運営する日本人向けの学校で教える機会がめぐってきた時、彼はためらわなかった。グラフィックデザイナーをしている妻と共に、彼は新しい数学教授法のど真ん中へ行くことに駆り立てられ、自分が知っている全てのもの、友人、家族、同僚と別れを告げ合衆国へ移住した。
 彼は到着すると直ぐ、休みの日にアメリカの学校を訪問し始める。最初に見た数学の授業では、何かが間違っていると思うほど動揺した。その授業は子供の時に自分が学校で受けたものと全く同じに見えた。「その時は、たぶんこの授業だけなんだろうと思いました、」高橋は言う。でも次の授業も最初のと同じに見えた。さらにその次もその次も。アメリカ人は、たぶん子供に数学を教える上で世界最高の方法を発明したはずなのに、実際にそれを使っている現場を見つけるのは難しいようだ。
 アメリカ人が数学を教える優れた方法を考え出しながら、その導入に失敗するのはこれが初めてではない。同じパターンが1960年代に展開されている。ソ連のスプートニクに後れを取った劣等感に学校がさいなまれていたその時、野心的な「新数学」が発表された。しかし数年後、実際は何も変わってないことが明らかになる。事実として、数学教授法革新の試みは1800年代にまで遡れる。物語はいつも同じだ。大きな興奮を伴う推進運動があり、大勢の人の困惑が続き、伝統的学習法へと回帰する。
 いつだって教師たちが革新的アイデアをどうやって進めるか、大した手引きも受けずに実践に移そうとして問題が発生する。準備不足の教師たちの手に渡った改革は、生徒たちを助けるよりも困惑させるだけのナンセンスになる。1965年に描かれたマンガ、ピーナッツの1つでは、ブロンドの幼いサリーが新数学の宿題を理解しようと奮闘している、「まず...1つと1つを対応させる...=を書いて...1の組み合わせ...2の組み合わせ...残りが2つで...」3つの異なる枠組みを苦労してやった後で、サリーは頭を後ろに投げ出して泣き出す。「知りたいのは2+2が幾つかってことだけなのに。」
 今日、国内の各州が最新の数学改革を追行しようとする中、善意から始まったものが涙に暮れる結果へと落ちてゆくフラストレーションが再び起きようとしている。コモンコア(Common Core:各州共通基礎学力)がそれだ。各州が個別にデザインしていた今までの教育目標にとって変わる一連の新たな学業標準として開発されたコモンコア数学標準は初期の数学改革に似ていて、それをより野心的かつ洗練されたものにしたに過ぎない。以前の改革は参加する教師たちを、高橋が愛したN.C.T.M.のような数学教師グループを通して無計画に集めていたのに対し、コモンコアはもっと大きな範囲をカバーする。2009年48州の知事および教育相の一団が数学と言語についての標準作成を開始した。同じ年にオバマ政権は、40億ドル以上の「Race to Top Grants(トップを競う補助金)」を受け取る条件の一部として厳密な「一般標準(common standards)」を採択してこの考えを支持した。そして43の州がこの標準を採択した。
 今回数学教育法を改革できる可能性は、N.C.T.M.がコモンコア標準の推奨文に書いたように「前例が無い」ほど大きい。そうであるにもかかわらず、またしても改革は、教師が教授法を習得するのを援助する適切なシステム無しにやって来た。エデュケーション・ウィークが最近行った調査に対し、教師たちはコモンコア・トレーニングに4日以下しか費やしていないと回答している。そのトレーニングには数学だけでなく言語技術標準のトレーニングも含まれているのだ。
 課題をつかって注意深く教えることができれば数学を確固たるものにできる。生徒たちは単に乗算表(九九)や加算表を覚えるだけでなく、算数がどのように働くのか、実生活にどう応用できるのか理解する。しかし現場ではほとんどの教師が準備不足で、子供たちは当惑し、両親は憤慨しながら取り残されている。「デイビッド・レターマンのレイトショー」に出演したコメディアンのルイス・C・Kは娘の宿題のパロディーを披露した。「ビルは金魚を3匹買った。さらに2匹買い足した。さてロンドンには何匹の犬がいるでしょう?ってな感じなんだ。」
 不適切な導入は数学改革を、政策変更が生み出した最悪のお笑いぐさ、解決すべき大量の新たな問題を作り出すもの、にしてしまいかねない。何でまた過去何回も失敗したことを又試みて不首尾に終わるのを見なければならないのか?標準が発表されてから4年が過ぎ、改革に対する議論は両党の間で熱を帯び始めている。3月以降、4人の共和党知事が標準に対し反対を表明した。ニューヨークでは共和党候補が11月の州知事選挙に向けて、ストップ・コモンコアと名付けた新たな争点を作り出そうとしている。左翼の方はその一方で、シカゴやニューヨークの教員組合が改革に反対を表明している。
 日本のような外国が似たようなやり方を導入して大きな成功を収めた事実は、この地でかくも無残な結果に終わりそうな今となっては小さな慰めしか提供しない。アメリカ人は新たな数学を書き上げたかも知れないが、どうもそれに向いていないらしい。「神かけて言うが、」ウェブサイトRedStateの編集者エリック・エリクソン(Erick Erickson)は反コモンコア攻撃文の中で言っている、「今後も我々が今までの教え方のまんま数学を教え続けるだろうなんていうのは、恐るべき話だ。」
 60年代の新数学、80年代の新・新数学、そして今日のコモンコア数学は、伝統的な数学教授法は全く上手く行かないという考えから発生している。国家として、私たちはテンプル大学の数学教授ジョン・アレン・パウロス(John Allen Paulos)が言うところの数盲(innumeracy)をわずらっている。文字が読めないことに対して数学的に同等な状態だ。全国テストで見ると小学4年生と中学2年生の約3分の2が数学を得意としていない。2013年に実施された教育達成度全国調査(National Assessment of Educational Progress)を受けた小学4年生の半分以上が、適切に描かれた温度計から温度を正しく読めなかった(子供たちはメモリが2度毎にふられていることを理解できず、43度を46度と間違えた)。同じような多数選択テストで小学4年生の3分の1は単純な言葉の問題を解釈できず、土曜日にレモネードを15杯売った少女が日曜日に倍売ったという言葉を「15+(2×15) 」という式に変換できなかった。国内で成績上位のマサチューセッツ州でさえ、数学の生徒の成績は上海の同学年の生徒より2年以上遅れている。
 成人になっても我々の数量的な不利は軽減されない。16歳から65歳までの理数系の基礎知識を20カ国で比較した2012年の研究では、アメリカ人は下位5カ国に入っていることが判った。29%が5段階評価のレベル1以下で、それは基本的算術演算はできるが2ステップ以上の手順を踏む計算はできないことを意味している。医療処方箋の不備を調査した研究によると間違いの17%が医師や薬剤師の計算ミスに起因しているという。ある調査によれば、医師の3分の1が死亡率や主要な合併症の併発率を、自分の専門分野であってさえ不正確に推定しているという。
 アメリカ人が示した最もはなはだしい計算間違いは1980年代初頭、A&Wレストランチェーンがマクドナルドのクォーターパウンダーに対抗する新しいハンバーガーを出した時に起きた。3分の1ポンドの牛肉を挟んだA&Wのサードパウンダー・バーガーはクォーターパウンダーより多くの肉を提供していて試食会でも顧客に好評だった。そしてそれはクォーターパウンダーよりお得だった。盛大にうたれたA&Wのテレビ及びラジオ・コマーシャルでもこの利点が強調された。大きな価値の差があるにも関らず、客はこの製品に振り向きもしなかった。
 会社が顧客満足度調査を行って初めて明確にその理由が判った。サードパウンダーはアメリカ一般人を分数のテストにかけたのだ。そして私たちは落第した。3分の1の価値を理解できなかった顧客は余分に払わされていると信じたのだ。彼らは調査員に尋ねた、何故マクドナルドの4分の1ポンドの肉と同じ値段を3分の1ポンドの肉に払わねばならないのかと。「4分の1」の「4」が「3分の1」の「3」より大きいために人々は間違えたのだ。
 しかし私たちの数盲は避けられないものではない。1970年代と1980年代に認知科学の研究者は、学校に行ってない人々、正規教育をほとんど受けてない人々の研究をした。80年代にボルチモアの日雇い工場労働者を観察した心理学者のシルヴィア・スクリブナー(Sylvia Scribner)は、基本的な仕事といえども、かなりの量の数学を必要としていることに気がついた。例えば小学校以上の教育を受けてない多くの労働者が、数クォート(4分の1ガロン)あるいは数ガロンのミルクを木枠に詰める作業に従事していた。効率よく詰めるには数学ができなければならない。それは「基数が異なる数体系の間の数の変換」と同じ数学なのだ。彼らがする暗算に間違いは「ほとんど存在しなかった」という。そしてこういった労働者が病気になり、もっと良い教育を受けたオフィスワーカーが代わりに就くと、生産性が下がった。
 学校に行ってない人々のほうが特別に教育された人々よりも複雑な数学の能力があったのだ。しかし学校教育の中では、既に自分が知っているはずの数学で彼らは失敗する。焼いたピーナッツやココアを道で売り歩いて家族を助けるブラジルの子供たちに対する研究では、子供たちが値段やお釣りを暗算しながら日常的に複雑な問題を解いていることが判っている。しかし認知科学者が同じ問題を、今度は紙とペンで子供たちに見せると、彼らはやり損なう。一個35クルゼイロのココナツ4つの値段を正確に計算する12歳の男の子に、同じ問題を後で紙で出してみた。学校で教えられた掛け算のやり方を不正確に使ったその子は間違った答えを出した。同じようにスクリブナーが、数学の授業でつかう言語でテストを書いて乳製品労働者にやらせてみたら、その正解率は平均で64%程度だった。認知科学の研究はアメリカ人の数盲の当惑すべき原因を示唆している。学校に原因があるのだ。
 アメリカのほとんどの数学授業は同じパターンをたどる。あまりにも深く染み込んだ儀式のような手順なので、研究者たちは文化的台本(cultural script)と名付けている。何人かの教師はこれを「私(I)、私たち(We)、君(You)」と呼ぶ。宿題をチェックした後、教師は今日のトピックを発表し新しい手順をやってみせる:「今日私は、3桁の数字を2桁の数字で割る方法を見せようと思う」(私)。そして教師は幾つかの例題を一緒に解こうと試みる:「242÷16をやってみよう」(私たち)。最後に教師は生徒たちに同じような問題を自分だけで、通常は静かに計算用紙に向かって解くように指示する:「自分の計算用紙から目を離さないで!」(君)。
 手順だけに集中すること、――「割り算の厂を書いて242を中に書き16を外に書きなさい...」――そしてその手順が何を意味するかを省くことで「私、私たち、君」式やり方は学校の数学を実世界の数字から離れた気まぐれな方法の一種にしてしまう。生徒は数学を学ぶのではなく、数学教育者の言葉を借りれば、解を得る方法を学ぶのだ。例えば、分数の引き算が意味する中身を説明する代わりに、教師は生徒にチョウチョを描くように言う、そして対角線の羽同士を掛け合わせ触覚の数字を加えて最後に引き算をするというように、必要に応じて単純化するのだ。解を得る戦略は授業中の練習問題を解くには役立つだろう、しかし一週間も経てば生徒は忘れてしまう。そして生徒は特定の問題に対する戦略をどうやって新たな問題に適用すればよいのか判らない。
 どうやったら学校で、子供たちが実世界で学ぶようなやり方で数学を教えることができるのだろう?この問題こそ1980年代にマグダレン・ランパート(Magdalene Lampert)がマサチューセッツ州ケンブリッジの小学校で数学を教え始めた時に取り組んだ問題だった。彼女はトレントンで育った。彼女は父親が牛乳を配達して町を回るのについて行き、そこで出会った牛乳にまつわる問題を解いていた。「もしジョーンズ夫人が3クォーツ欲しくて、隣のスミス夫人が8クォーツ欲しがっていたらトラックに何ケース積んでゆけば良いか?そんな問題ね、」今67歳のランパートはそう言って私に説明した。
 彼女は、生徒たちが既に理解している物事を活用してその上に教え方を構築する道がある筈だと考えた。彼女は授業で「私、私たち、君」式を、言わば「君、君たち、私たち」式で置き換えた。最初にその日学ぶ主要な概念を述べるのでは無く、彼女は多くの生徒が取り組めるような「今日の問題」を1つ提示した――最初は皆がそれぞれで(君)、そして次に周りの仲間と(君たち)、最後にクラス全体で(私たち)問題を考える。その結果得られたのは、解を得るやり方ではなく、ランパートが言うところの意味の形成(sense making)だ。彼女は生徒たちに数学について話し合わせることで、通常はほとんどのアメリカ人生徒がテストを受けるまで明かすことのない間違った考えを共有させることにしたのだ。この手順を通して彼女は生徒たちに、何故自分の答えが間違っているのか自分たちで納得する機会を与えた。
 最近までアナーバーのミシガン大学で教育学の教授を務めていたランパートは今、ボストンの公立学校で奉仕するプログラム、ボストン・ティーチャーズ・レジデンシーと、ニューヨーク市のニュー・ヴァージョンズ・フォー・パブリックスクール・ネットワークで働き、如何にして教師を鍛えればよいか、教育者を指導している。
 ランパートは自著「Teaching Problems and the Problems of Teaching(問題を教えることと教えることの問題)」の中で、自分が担当した小学校5年生がどうやって分数を学んだか物語っている。ある日のこと、子供が良くやる誤解に基づいて生徒たちはある「推測」をした。分数の5/6は5/12と同じ列に並ぶべきだと生徒たちは主張したのだ。授業の残りの時間、生徒たちは、同じ分子をもっていても2つの数字は同じになり得ないあらゆる理由を仲間の生徒が詳細に説明するのを聞いた。数日後にランパートがそれに関連する話題でクイズ(例えば3/12=1/4を証明しなさいというクイズ)を出した時、生徒たちは自信満々でその理由を説明した。「12の3分の1は4になるもの。」
 何年か経つ内にランパートの授業を調査した観察官は、生徒たちが通常より多く数学を学んでいることを発見する。子供たちはアルゴリズムを忘れてしまったしせず、しっかり覚えていて、理解さえしていた。ある少年は5年生の初めに数学は一番できないと宣言していたのに、掛け算や複数桁の割り算、それに分数まで解けるようになっている。ランパートの結果を見れば、偉大な教師の助けを借りればアメリカ人といえども、自分たちがそうだとは思ってもいなかったいわゆる数学人間になれると結論付けざるをえない。
 数学改革者の間でランパートの仕事は注意を惹き付けた。彼女の研究は後に高橋が熟読したN.C.T.M.の文書に引用される。彼女は1989年に雑誌タイムで取り上げられ、「セサミ・ストリート」のプロデューサーに招かれて子供たちを数学に触れさせるテレビ番組「Square One Television」の製作を助けた。しかし彼女のアイデアが広まるにつれ、彼女には問題が見え始めてきていた。日本ではN.C.T.M.標準を通して彼女は会ったことも無い教師たちに影響を与えている。しかし彼女が住むアメリカでは、彼女が開発した方法を学ぶ機会が教師たちにはほとんど無い。
 数学に対する新しいアプローチを教師たちに教える責任を負うアメリカ政府機関には、だいたいにおいてその能力が無いことは証明済みだ。ほとんどの教育機関で、学部長職に就き予算を持つ教授たちは、教育の科学には興味が無い。実際に、ランパートが1970年代にハーバード大学教育学研究科(Harvard’s Graduate School of Education:HGSE)に入った時、「教育」という言葉をタイトルに使ったコースは全講義カタログにたった1つしかなかった(今日では231コース中19しかない)。その一方で教え方(Method)のコースは通常、低い地位の教授が教えることになっていて、慢性的に予算不足でオーバーワークな講義であり、結局のところ非効率なものだった。
 正しいトレーニングを受けらないほとんどの教師は、ランパートのように教えられるほどには数学を理解できていない。「考えて見てください、」ランパートは言う、「アメリカ人教師はアメリカ人の一部なんです。」アメリカの学校の卒業生である彼らは、他の私たち皆と同様、数学に強いところを見せられる人々ではない。「僕は数学人間じゃないよ、」自分の生徒たちは肩をすくめながらそう言うだろうとランパートは言う。
 その結果、教師に最も大きな影響を与えるものは、私たちのコントロールが一番及ばないものになる。社会学者のダン・ローティ(Dan Lortie)はこの現象を観察による徒弟制度と呼んだ。教師たちは主に自分が教えられた時の記憶、典型的には平均13,000時間子供の時に受けた授業から教える方法を学んでいる。観察による徒弟制度は、教育学者のスザンヌ・ウィルソン(Suzanne Wilson)が言うところの教育改革の板ばさみを、さらに強化している。この問題を正に体現する存在、教師たちが、これを解決する立場にいるのだ。
 ランパートはこの板ばさみの効果を1986年に目撃している。その年、カリフォルニアがランパートに似たスタイルの数学指導法「理解のための教育(teaching for understanding)」を採用する意志を表明した。ランパートの夫、デビッド・コーエン(David Cohen)を含む研究者のチームが、改革を実施に移すに当たって教師たちがどのようにしているか見るためにカリフォルニア各地を訪れた。しかし4年に亘って3ダースの授業を調査した結果、彼らは新しい教授法など行われていないことを発見する。幾つかの失敗は、能動的抵抗によって説明できた。ある教師は新しい教科書の問題解決ページを慣れ親しんだ古いワークシートに意図的に置き換えていた。
 より一般的だったのは、変化を望んで勤勉に努力しているのに、やり方を知らない教師たちだった。たとえばコーエンは、自分の授業で「革命」を起こしたと主張するある教師を観察している。だが、より詳しく見てみると、彼女の授業は確かに変化していたが、カリフォルニアの改革者たちが望んだような変化ではなかった。数学的概念に注視するのではなく、彼女は新しい活動を伝統的な「私、私たち、君」式やり方に付け加えたのだ。例えば彼女は、机の列に並んで座る代わりに、互いに協力する学習グループを作らせたが、それは実際のところ議論を即すツールと言うよりも、昼食のために授業をお終いにする方法のように見えた(このグループは早く列に並べた、今度はあのグループが早い、云々)。
 しかし彼女に他の方法を知る術があっただろうか?彼女の学校の校長はその努力を賞賛し、他の教師に例示している。公式の数学改革トレーニングも助けにはならなかった。時としてトレーナーは酷く悪い情報を提供していた。例えば教師は生徒から間違った答えを導き出す場合もあると言っておいて、最後には正しい答えを提示しなければいけない点を明確にしてなかったりする。教科書も又、出版社の主張に反して、ほとんど変わっていない。
 コモンコアに際して、教師たちは今一度、古いやり方を棄て全く新しいものを学ぶよう求められている。本質的に自分たち自身でだ。トレーニングは依然として弱く、回数も少ない。そして、教師たちより数学に優れているわけではない校長は、援助を提供する準備もできずに取り残されている。またしても教科書は、表紙にコモンコアのラベルが輝いていたとしても、表面的に変更されただけだ。「自社製品をコモンコアだとする出版社の主張にはほとんど意味が無い。」数学標準を執筆したフィル・ダロ(Phil Daro)は言う。
 手持ちの手段に頼るしかない教師たちは、再度、既存の台本に新しい概念を組み込もうと試み、その作業を通して新しい概念をダメにしてしまう。ある特別馬鹿げた結果がコモンコアの示唆で生み出されている。コモンコアでは、生徒は単に解答を見つけるだけでなく「計算を等式や図表やand/or領域モデルを使って描写し説明できるようにする」と示唆されていた。理解の助けとして点の並びを使おうというアイデアは、それらを使って実際は乗算がどういうふうに働くものなのか生徒たちに理解させることができる優秀な教師の手によって行われた場合のみ意味がある。例えば乗算を説明しようとする教師は、最初生徒に2つの点を一列とする3列の点を書くよう求めるかもしれない。そして生徒たちに、各列が3つ又は4つ、あるいは5つの点でできていたらどうなるだろうと想像させる。練習を通して生徒を導くことで教師は、乗算表(3×2、3×3、3×4)をたどることは、各列に点を書き加えることを意味しているのだと示すことができる。しかしもし教師が点の列をより大きな概念を描写することに使わなかったら、それは又新たな意味の無い練習に過ぎなくなる。馴染みの手順を覚える代わりに、生徒たちは今、さらに奇妙な儀式を練習している。例えば単に数えるためだけに点を足したり、理由も知らずに単純な足し算を複雑な形式に分解(例えば62+26を60+2+20+6に)しなければならない。こういったことは、今までよりもっと数学が苦手な生徒を生み出しかねない。「準備ができてない教師の手にかかれば、」ランパートは言う、「代替アルゴリズムを教えることは単に標準アルゴリズムを教えるよりも悪いでしょう。」
 両親や一部の教師が改革を「あいまいな数学」と呼んで否定するのは当然だ。訓練されてない教師が歪んだ解釈をすれば、それはあいまいなものにならざるをえない。
 高橋昭彦がアメリカに来た時、教師たちが教授法についてほとんど話し合わないことに彼は驚いた。シカゴについて1年後、教師と数学者による1日がかりのカンファレンスに出席した彼は、こうした集まりが年2回しか行われないことに戸惑った。日本では数学教育の教授と教師たちは、新しいアメリカの教授法が来る前から、日常的に会合していた。高橋にとってさらに残念なのは、アメリカの教師たちには互いが教える姿を見る機会がほとんど無いことだ。
 日本の教師たちは常に授業研究を頼りにしている。「lesson study」と直訳されるもので、日本の教師が自分たちの教授法を研ぎ澄ますために行う演習だ。一人の教師が授業の計画を立て、それを生徒と他の教師、そして最低1人の大学から来た人間からなる参観者の前で行う。参観者は授業の後で、現場で何がおきていたか、その教師と話し合う。各公開授業は仮説を設定している。子供たちの学びを助ける新しいアイデアだ。そして授業後の話し合いは、それが上手く行ったかどうか検証する機会になっている。授業研究が無ければ、アメリカの教師が自国の最高の頭脳が想定するモデルに届かなかったとしても不思議では無い。授業研究が無ければ高橋は全く教授法を学ぶことができなかっただろう。そして日本の他の教師たちも同様であることは確かだ。
 一番良い話し合いは、一番細部にこだわる話し合いでもある。1分毎に何が起きていたか講評と共に振り返る。もし生徒が引き算を概念化するのに苦労していたら、例えば教師がタイルを10個にまとめてみたらどうかと示唆して助けると良い。あるいは後で行われた幾何の演習では、子供にとって角度を単なる三角形の隅としてだけでなく量として認識することへの避けがたい困難さを誰かが指摘するかもしれない。精神的なステップとしては面積よりも難しい概念だ。最後には、単にその日の課題の教え方だけでなく数学について、そして生徒の考え方、および如何にしてそれを形作るかを、教師は学ぶことになる。
 もし教師たちが最初にやり方を観察することができなかったとしても、彼らはテキストブックを見つけることができる、指導的教師が書き、生徒が毎日一つの問題に取り組むことができるように考慮されたテキストブックだ。授業研究は教科書の執筆者が最も効率の良い問題を選ぶ手助けをしてくれる。例えば2桁の数字から1桁の数字を引く減算を、桁落ちとかグループ分けを使って行う方法を子供に教えるときの最適な問題を決めようとしたら、色々な選択肢が考えられる。11引く2とか18引く9とか。あらゆる選択肢の中で、日本の5社から6社ある教科書出版社は同じ例題でまとまっていると、東京学芸大学で数学教育の教授を務める藤井斉亮は私に話した。彼らは13引く9が最適だと決定した。他の問題だと生徒たちは1つの方法しか見つけられないことが多い。例えば12引く3だと、ほとんどの生徒が考える自然なアプローチはまず2を引いて、それから1を引く(引き算-引き算法)だ。まず10から3を引いて2を足す方法(引き算-足し算法)を行う生徒はほとんどいない。
 しかし両方の方法を知っている方が生徒たちのためになると日本の教師たちは判っている。彼らは13引く9を使う。この問題を出された生徒たちは、引き算-引き算法(3引いて10を得てそこから残りの6を引いて4を得る)を使う者と、引き算-足し算法(13を10と3に分けて10から9を引き、残った1を3に足して4を得る)を使う者がだいたい同数になる。授業の「私たち」部分を指導する教師は、生徒たちが解き方を話し合った時、2つの方法が出てくることに強い自信を持っている。
 1995年にアメリカの研究者が、アメリカと日本の中学2年生の授業をビデオに撮った時、日本の学校ではほとんど、旧型の「私、私たち、君」式が「君、君たち、私たち」式に置き換えられていた(一方アメリカの学校では改革前とあまり変わっていない)。日本では生徒たちもまた変化していた。授業中、生徒たちはアメリカの生徒たちよりも良く喋り、たくさん言いたいことがあるように見えた。事実、高橋がシカゴに来た時、最初に気付いたのは授業が気持ち悪いほど静かなことだった。ある教師は「シー!」っと100回は言っていたと彼は話す。後に彼がアメリカ人の訪問者を日本の学校のツアーに連れて行った時、子供たちが問題を解く一番の方法について話したり主張したり叫んだりするので、かなりうるさいと、彼は警告した。研究では、日本では生徒たちが問題の解法に使う時間は授業の40%に及んでいた一方、アメリカでは9%であることが判っている。同じようにアメリカの生徒たちが使う時間の96%は「演習(practice)」のカテゴリーに入る一方、日本の生徒たちは41%しか演習に使っていない。日本の生徒たちは時間のほとんど半分を、研究者たちが「発明/思考(invent/think)」と呼ぶ仕事に使っている(アメリカの生徒は1%以下の時間しか使っていない)。教室の備品までもが、生徒たちに考えさせることにどれだけ注力しているかを反映していた。アメリカの教師は全員、生徒自身の考えよりも教師の指示や等式に集中させられるようにプロジェクターを使っていた一方、日本で好んで使われるのは、生徒たちが自分たちの考えの変遷を追跡しやすい黒板だった。
 日本の学校も完璧からは程遠い。小学校、中学校では授業研究が普及しているが、高校ではそうでもなく、大学入試に備えて詰め込み教育に力点が置かれている。合衆国と同じように日本でも最近は収入の低い家庭の生徒は取り残される傾向にあり、人々は国際学力テストで競争力を維持することに懸念を抱いている。しかし合衆国がテストで下位国の中ほどを漂っている間に、日本は上位の成績を収めている。そして日本の先を行くほかの国は授業研究の方法を真似ている。中国のような国は、自国の伝統的な授業研究スタイルのやり方を援用している (zuanyan jiaocai(钻研教材)又は集中的教材研究と中国の教師は呼んでいる)。シンガポールを含む他の国は、政府が取り組むべき重要な政策として授業研究を採用した。一方フィンランドでは、教師のための学習時間を増やす方向へシフトした。日本と同じようにフィンランドでも、教師は学年で600時間以下しか教えず、準備、復習、学習に充分な時間を与えるようにしている。それらと対照的に、アメリカの教師はフィードバックがほとんど無い中で約1,100時間教えている。
 日本の成功を文化の違いとして片付けたくなるかも知れない。富裕な単一民族の数学に長けた社会でのみできる再現不可能なものとして片付けたくなるかも知れない。たぶん日本人は単にアメリカ人とは違う「数学人」なのかも知れない。それでも日本を訪ねた時に私と話した教師は全て、アメリカ人と似た物語を話してくれた。「私は数学が嫌いでした、」栗田辰一朗という小学校教師は通訳を通してそう話した。「私は計算ができなかった。遅かったんです。成績はいつも下のほうで、どうしてこんな式を覚えなければいけないのか判らなかった。」高橋のように、大学へ進んで教官が別の方法で教えるのを見た時「開眼しました」。
 新しい教授法を学ぶのは簡単ではなかった。「難問山積みでした、」栗田は言った。「全くどうやったら良いのか判りませんでした。」彼は注意深く、日本の教師が子供のさえずりと呼ぶ声を聞いた。モグモグ喋る不完全な思考の断片、教師の力で完全に形成された概念に構成し直して教えるべき思考の断片だ。そして彼は盤書を頑張った。盤書とは日本の教師が使う言葉で、黒板に書く技術、問題から回答へ、そしてより大きな数学原理へと繋がる考えの流れを可視化して生徒の理解を助ける技術だ。しかしこれら全ての努力に関らず、彼の話では「子供たちはさえずらないし、私も黒板に上手く描けませんでした。」それでも栗田はあきらめなかった。そして彼には彼のねばりを助けるリソースがあった。彼は他の教師と研究セッションに行き、できるだけ多くの公開授業を見て、自分の師である老教授と多くの時間を過ごした。さらに学んでゆく内に、とうとう彼の生徒は他と同じように振舞うようになった。今日、栗田は東京の世田谷小学校で数学部門の教頭を務めている。かつて高橋の師である松山が務めたことのある仕事だ。
 日本が合衆国に提供できるあらゆる教訓の中で最も重要なものは、変革の可能性を信じて我慢することであろう。日本は最後には全国の教師を新しいアプローチへシフトすることができた。栗田は自分の物語を私に話した時、忍耐力にまつわる日本のことわざを引用した「石の上にも三年ですよ」。確かに粘り強く改善に努めるのは、教師、自動車労働者、すし職人、そして茶道の師匠などに見られる日本人の伝統であるようだ。それでも高橋昭彦は、自分の役割として、その楽観主義をほとんど希望が無さそうな大義へ、合衆国へと広げようとしている。1991年に渡米して大きな落胆を経験した後、彼は故郷日本の仲間がいぶかしむ決断をした。彼はこの地に留まり、マグダレン・ランパートのようなパイオニアの革新的アイデアをアメリカの教師が受け入れるのを助けようと決めたのだ。
 高橋は今日シカゴに住み、デポール大学の教育学部でフルタイムの仕事をしている(彼は同時に、妻と共に頻繁に訪れる日本で、出身大学の特別講師の仕事もしている)。高橋は授業研究を受け入れる決断を下した個別のアメリカの学校に期待を見出している。何校かは高橋と共に数学教授法の変革を慎重に進めている。他の学校は授業研究の独自バージョンを別の名前で作り上げている。時としてこのような努力は失望に終わる。しかし注意深く導入された場合は期待できる結果を見せている。ある試みでは、200人以上のアメリカの教師が授業研究に参加し、生徒の成績は上がり、教師の数学知識も増加した。めったに起きない2つの業績だ。
 教師たちを新しい考えでトレーニングするには時間がかかり、アメリカの親の忍耐も必要になる。日本でも変革は一夜には成らなかった。高橋が新しいやり方で教え始めた時、生徒の親は最初、若い教師が自分たちの子供で実験することに不満を漏らした。しかし初期の彼の実験は少数の授業に限られており、彼は自分のしていることから学ぶ機会、それに親たちへそれを伝える機会を得た。彼は生徒たちが授業で何をしたか、その理由と共に要約して月間のニュースレターを作り各家庭へ配った。3年目にはそのニュースレターは毎日のものになった。親たちが子供を助け、高橋を助けてくれるためには、彼らも新しい数学を知る必要がある。そして時間と共に親たちも学んだ。
 私たちの数盲を治癒するには、快適なほど馴染み深いやり方ではあるが、頭が麻痺しそうな伝統的アプローチは役に立たないと、認めなければならない。私たちは数学を、記憶すべき法則の羅列ではなく、世の中に存在する意味のあるものとして見る必要がある。
 アメリカに必要なその他のシフトは単なる数学を超えている。全ての学校教科において教師が受け取っているのは、本来必要な準備や支援やツールの薄弱な模造品に過ぎない。そして全ての学校教科において生徒の成績には遅れが認められる。アメリカの生徒は平均的に言って数学を誤解しているのに加え、書き取りが弱く、読書量が少なく、非科学的に考察し、表面的にしか歴史を把握していない。最近、6つの学区内の約3000人の教師を調査したビル・アンド・メリンダ基金は、約3分の2が「知的挑戦(intellectual challenge)」および「授業談話(classroom discourse)」において「熟練(proficient)」に達しない成績であることを発見した。全ての州で、個別には優秀な教師も存在するが、全体的には勝ち目の無い手札で最善を尽くそうと奮闘している職業なのだ。
 教授法を改善しようとするほとんどの政策は、この仕事を習得すべき技術としてではなく、教師毎に所持/不所持が分かれる生まれつきの能力と考えている。私たちは新しい数学のような変化を、時間をかけて教師が学ぶものと認識するのではなく、単に教師が「採用」する「標準」として義務付けようとしている。そうであるなら生徒たちが良くならないとしても驚くには当たらない。
 ここに又、日本の経験が物語ってくれるものがある。私が東京で会った教師たちは、数学に対する考えを改めただけではない。彼らは又、教師であることが意味する概念全部を変えていた。「『教える』と言う言葉の意味が、なにか全く別のものになりました、」平山秀人という教師は通訳を通して私にそう言った。それはもっと洗練された、より難しいもの、そしてより見返りの大きいものだった。「子供たちに変化が訪れた瞬間、何かを理解した瞬間は、驚くべきものです。それが目の前で起きるんです、」彼は言った。「毎日まるで心臓が止まりそうな気分ですよ。」

~~ここまで~~

翻訳が終わりしだい、適時更新します。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

ゾノシン

Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
広告
海外格安航空券ena 【イーナドットトラベル】 Hotels.com【海外・国内ホテル予約サイト ホテルズドットコム】 【限定募集】ヒアリングマラソン・ベーシックkikuzo! 特別お試し3カ月コース デル株式会社
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。