ウォー・ゲーム

アフガン戦争とビデオゲームに関連した記事をUpします。

記事を書いたのはクリス・スーレントロップ(Chris Suellentrop)さんです。元記事はここにあります。

この秋、日本でも少し報道された、戦争ゲームに関連した記事です。

〜〜ここから〜〜

ウォー・ゲーム

もし「アイアンマン」をアフガニスタンを扱った映画としないのであれば、アメリカの現代の戦争を扱った映画は失敗し続けている。アカデミー賞受賞作「ハート・ロッカー」でさえ、千6百万ドルの興行収入しか得られなかった。その一方、現在論争の的となっているビデオゲームにはブロックバスターが幾つも有る。ここ3年間では、現在のアメリカの戦争を題材にした作品の中で、これらのビデオゲームの人気が最も高い。去年のベストセラー、コール・オブ・デューティー:モダン・ウォーフェア2はアフガニスタンで話が始まる。これは2007年から始まって数百万本売れたシリーズの最新版で、中東の無名の国へのアメリカの侵略を題材にしている。モダン・ウォーフェア2は「アバター」並みの利益を制作会社のアクティビションへもたらした。11月にゲームが売り出されるや、北米と英国で約5百万本売れ、24時間で3億1千万ドルの売り上げを記録した。今年1月までに全世界で10億ドル売り上げている。

ここ数年、コール・オブ・デューティーの類の、ゲーム業界でミリタリー・シューターと呼ぶ戦争関連のゲームは、ケーブル・テレビでトム・ハンクスとかがプロデュースしている第2次大戦物のミニシリーズのような定番メニューと成っている。しかし、モダン・ウォーフェア・シリーズの成功は、大学の同級生や自分の息子達が現に戦っている戦争に、あたかも自分も関わっているかのような気分にさせるゲームに、プレーヤーが飢えていることを示している。モダン・ウォーフェアの2つのゲームは両方とも怪しげな近未来を舞台にしているが、使われている兵器、プレデター・ドローンやAC-130ガンシップ(近接支援攻撃機)、核兵器などは、明らかにアフガニスタンやイラクを想起させる。ゲームに登場する善玉(米国人、英国人)と悪玉(テロリスト)も同様だ。このような現実を想起させる設定こそがモダン・ウォーフェア2を、スーパーマリオとかグランド・セフト・オートとかの有名なシリーズに混ざって、一番売れているビデオゲームの一つとさせている理由なのだ。

6月にロサンゼルスで行われた、ゲーム業界のトレード・ショー、エレクトロニック・エンターテイメント・エクスポがどういう風に成るかは、火を見るより明らかだった。まるで全ての会社が、悪の枢軸を敵とした戦争ゲームを開発しようとしているかの様だ。来年リリース予定のあるゲームでは北朝鮮が合衆国の土地を侵略しようとしていた。他のやつでは米軍兵士が、ありそうも無い事だが、威圧的で脅迫的なデュバイへ派遣されている。

これらのゲーム、モダン・ウォーフェア・シリーズを含む近代戦争ゲームには、設定の背後にある問題を率直に受け止める事を拒否する姿勢が共通に存在している。ビデオゲーム製作者やプレーヤーは、そのゲームがどんなに「リアリスティック」であるかを吹聴する。しかしゲーマーが迫真性を問題にする時、彼らは大抵、グラフィックが忠実であるとか、登場人物が活き活きしているとかを言っているのであって、ゲーム世界は言ってみれば、非現実的だし、現実に私たちが住むこの世界が、どのぐらいゲームに影響しているかは気にしていない。

エキスポに出品された戦争ゲームで、新聞見出しから取ってきたような設定を持っているものに、メダル・オブ・オナーがあった。1999年にスティーブン・スピルバーグが始めたシリーズの最新作だ。最初のゲームは映画「プライベート・ライアン」を題材とした第2次大戦物のゲームでドリームワークス・インテラクティブが製作した。最新版は11作目でパソコンやプレイステーション、Xbox向けに10月、エレクトロニクス・アーツから販売される。この最新作で、メダル・オブ・オナーはコール・オブ・デューティーの後を追いかける。人気の有る第2次大戦シリーズを、より現代に類似した設定で最初からやり直すのだ。しかしライバルと異なり近未来は想定していない。その代わり、ゲームはつい最近の過去に飛び込む。舞台をアフガニスタンにして、アメリカによる初期の介入段階から始まる。

エキスポの薄暗い部屋で、プレイステーション3がハイビジョン・テレビに繋がっていた。私も含むプレーヤー達が、連合軍兵士のアバターの中へ自分自身を投影しながら、ヘルマンド・バレーでタリバン兵士と戦った。コンベンション・センターのフロアで、私はタリバン反乱軍兵士の役をやった。「チーム・デスマッチ・モード」の中、カブールの廃墟の中で連合軍兵士(アメリカ兵士だと思って良い)を撃っていた。

メダル・オブ・オナーは、アフガニスタンをドキュメンタリーのように捕らえようとは、していない。しかし他の戦争ゲームの様に、実際に戦っているような感覚を作り出す。実質的に、このゲームはある種のリアリズムを欠いているが、別のリアリズムを実現していると言えるだろう。このようなビデオゲームは、兵士の家族や批評家が最近非難しているように、戦争で戦っている現実の兵士達を貶める単なる軽薄なものに過ぎないのだろうか?あるいは、ゲームが集めている人気は、こういったゲームが、少なくとも文学作品や映画と同じ程度に、戦争体験を聴取に届けることに成功している事を示しているのだろうか?

エレクトロニック・アーツが、メダル・オブ・オナーが大金を稼ぐ事を期待しているのは疑うまでも無い。ビデオゲームの製作には驚くほどの大金がかかるように成った。大きな予算をかけるメインストリームのビデオゲーム開発には初期投資だけで2千万ドル以上の資金が必要だ。メダル・オブ・オナーにはそれを遥かに上回る資金が投じられていると思われる。新ゲームは大体60ドル以下の販売価格で売り出され、百万本の売り上げでは、もはや成功とは言われない。メダル・オブ・オナーの予算規模について私が持っている最も正確な内部情報は、6月にロサンゼルスのエレクトロニック・アーツを訪ねたとき、ゲームのエグゼクティブ・プロデューサー、グレッグ・グッドリッチから直接聞いた話だ。少なくとも3百万本売れなければ、「もう次回作を作らせてはもらえないよ。」と彼は言った。

メダル・オブ・オナーのストーリーは、時間的に2001年9月11日、同時多発テロの直前に始まる。オープニングの画面でカメラは、―ビデオゲームはレンズを通したメディアでは無いが、ゲーマーはゲームで見えるものをカメラと呼んでいる―地球の大気の中を降りて行きアフガニスタンへ向かう。通信衛星を通り過ぎる時、アルカイダのつぶやきやマンハッタン南部からのニュースの音が聞こえてくる。

そこからゲームは、タリバンに支配されたアフガニスタンの町、ガルデズに侵入した海軍特殊部隊の一員にプレーヤーを割り当てる。メダル・オブ・オナーはその後プレーヤーを、陸軍特殊部隊兵士や、陸軍レンジャー部隊兵士、アパッチヘリコプターの砲手などに割り当て、タリバンからバグラム空軍基地を占領したり、全地形対応装甲車でシャヒノット渓谷を進んだり、タクール・ガール山近くでアルカイダ兵士を狙撃したり、等々をしてゆく。(このゲームはM(Mature)指定で、映画のR指定と同じレベルだ。)

ゲーム業界の用語ではメダル・オブ・オナーはファースト・パーソン・シューターに成る。つまりプレーヤーがコントロールする人物の目を通して辺りを見る形だ。この分野で使われる言葉はしばしば誤解を招く。正確にはこれらのゲームはセコンド・パーソン・シューターとでも言うべきかも知れない。主人公は多くのものに「おまえ」として認識され、自分の声で喋る完全なる「私」では無い。実際のところ、メダル・オブ・オナーの主人公は全く喋らない。

ビデオゲームにおいて、最も人を引きつける要素の一つはこの、主人公とプレーヤーとの同一視だ。最も良いゲームでは、誰か別の人間をコントロールしてるのでは無く、誰か別の人間になった感覚を持つことが出来る。この為、メダル・オブ・オナーを完了させる迄の平均的な10〜12時間の間、他の4人のプレイ可能な人物について見たり聞いたりは出来ない。プレーヤーは、スクリーンの端から伸びる腕で兵器をつかんでいて、その兵器越しに辺りを見ている。「その場所へプレーヤーが没入してるのを壊したく無いからね。」グッドリッチはそう私に言った。6月の訪問時に彼がゲームの幾つかのレベルの一つをプレーして見せてくれた時の事だ。

ゲームのシニア・クリエイティブ・ディレクターのリッチ・ファレリーがグッドリッチの向こうのソファーに座っていた。私達はロサンゼルスにあるエレクトロニック・アーツ社内にあるオーバーロードと名づけられた部屋に居た。メダル・オブ・オナー開発チームが使う部屋は殆ど全て軍事作戦の名前から取られている。近くのカウンターには軍の偽装網がかけられていた。「こういったものこそが、面白いんだ。少なくとも僕にとってはね。」ファレリーは言った。「今僕は、兵士物語を作っていて、プレーヤーにそれを体験させようとしている。僕はプレーヤーに兵士であると思わせようとしているのさ。」

メダル・オブ・オナー開発チームの間でよく交わされる言葉に「本当らしさ(authenticity)」がある。ゲームには50以上の役者が関わっていて、何千もの台詞を提供している。パシュトン語や湾岸アラビア語、チェチェン語などの外国語の台詞もある。ゲームで使われるアニメーションを作る為にメダル・オブ・オナーのコンピュータ・グラフィックス・チームはユーチューブとかライブリークとかに投稿されるアフガニスタンのビデオを調べた。「僕たちはプレーヤーに映画の中に居るのでは無くて、アフガニスタンの中に居るように感じて欲しいんだ。」ゲームのコンピュータ・グラフィックスのスーパーバイザー、ウェイロン・ブリンクは私にそう言った。

このゲームのために傾注された努力の大きさには茫然とさせられる。オーディオ技師は100以上のマイクロフォンを使って、カリフォルニアのイルビン基地内にある訓練用の仮装のイラクの村で、実際の兵器の音を録音した。オーディオ技師はペンタゴンの許可の元に、アパッチヘリコプターにマイクロフォンを取り付け、離陸の音、着陸の音、弾丸の発射音を録音した。ヘリコプターが破壊する的にさえマイクロフォンを取り付けた。

グッドリッチはメダル・オブ・オナーを「歴史物語(historical fiction)」だと説明したが、私がプレーした時は限度を逸脱してリアルだと感じた。戦闘は民間人がいない場所で行われ出会う人間は全て敵だ。敵はタリバンやアルカイダやチェチェン人で、貴方の命に対する脅威だ。あるいは貴方がコントロールするキャラクターの命に脅威だ(またもや例の同一視だ)。アクションは時としてスローで機械的に成る。貴方のキャラクターは4人の敵を殺す事を求められる。40人や400人では無い。別の場面では、死者の数はシュワルツネガーの1980年代の映画での数を越えている。私は何回も殺し、何回も殺された。

アフガン戦争批判者達は、そしてたぶん支持者達でさえも、好戦的愛国主義の臭いをこのゲームから感じ取るだろう。ゲームの中のあるレベルでは、レンジャーがヘリコプターでシャヒノット渓谷へ接近する。レンジャーのメンバーは、このフライトの「メイン・コース」は「食えるだけの数のタリバン」だと説明され、「お前が外国料理を好きだといいんだがな。」と付け加えられる。パキスタン国境が目に見える地点でレンジャーは言う。「直ぐにあっちへ行くさ。」別の場面ではキャラクターがうそぶく「俺たちはロシアよりずっと遠くへ行くぜ。」ゲームのエンドロールでは、ゲームのコンサルタントを務めた特殊作戦コミュニティのベテラン達への献辞が捧げられる。

このゲームのリアリズムには一定の制限が存在する。メダル・オブ・オナーは、「兵士達の物語を語る」事に集中する為、政治的問題は意図的に避けていると私は繰り返し説明された。グッドリッチは又「つまらないゲームは作りたく無い。」とも言った。それでもゲームの中では米軍兵士や指揮官による誤りが発生する。同士討ち事故は起きるし、情報機関が情勢を見誤ったりする。プレーヤーがどんなに上手くても、アメリカ人が死ぬだろう。ゲームの物語は、多くの戦争ビデオゲームと同じテーマに沿って展開される。それはジョージア州立工科大学教授でビデオゲームに関する著作が複数あるイアン・ボーゴーストが私に要約したように、「戦争は恐ろしく、乱暴なものなのだ。」

恐らくビデオゲームが暴力的で軍国的な性格では無く人間的な性格を育てうると主張されたのは、1972年に33歳のスチュワート・ブランドがローリング・ストーンズ誌にビデオゲームのスペースウォーズについて書いた記事が最初で、たぶん唯一でさえあると思われる。その記事は、「スペースウォーズは世界平和に貢献する」と言うものだった。1962年にM.I.T.の学生達が作ったスペースウォーズは多くの人に、最初に成功したビデオゲームだと認識されている。ブランドはこれに衝撃を受けた。この新しい形態のデジタル・プレー(「責任能力の無い若者達の熱狂」)は「受動的消費」の世界では「異端であり、招かれざる不快な物」だと彼は書いた。スペースウォーズと、その論理的拡張である新しいメディア、ビデオゲームは画期的なものだとブランドは続ける。何故ならそれは「コンピュータと、実時間に強く関わる」。何故ならそれは「人間と機械を結びつける」。そして恐らく何よりも「単純に面白い」。(ブランドは又、「コンピュータが人々のところへやって来たという」事実は、「良いニュースであり、たぶんサイケデリック以来最高のニュースだ」と書いている。)

それからの40年間この論争において取り上げられた多くの意見は、証拠の提示は出来ないまでも、反対陣営からのものだった。ビデオゲームの最初の体験者達で世界平和のチャンスを見出した者は多くなかった。アーケードやコントローラーがアメリカのショッピングモールや居間に登場した当初から、ビデオゲームは批判に晒されて来た。1982年の「マクニール/リーラー・リポート」で、フラデルフィア郊外のラビはビデオゲームが、「残忍な傾向や人間を単なる物と見做す傾向を強めた」と非難した。それはこの国が、見たところ毒気の無いパックマン・フィーバーに侵されていた時だった。その6年前、この国は既に、メディア歴史学者が言うところの「ビデオゲームの内容に関連した、最初の大きな倫理的パニック」を経験している。テレビ番組の「60分間(60 Minutes)」が1976年のデス・レースについて検証したのだった。それはまるで小さなグランド・セフト・オートのような出来事で、不器用な興奮した車が、不器用な興奮した観衆の中に突っ込んだ事故だった。この手の批判で最も激しかったのは、1999年にビデオゲームのドゥームに向けられた非難だ。ディラン・クリーボルドとエリック・ハリスによるコロンバイン高校大量殺傷事件について、ドゥームが事件発生を助けたと言う、根拠の無い非難だった。

ビデオゲームが次第に大人の娯楽として受け入れられて行くにつれ、この手の批判が聞かれる回数は減り、勢いも無くなって行った。しかし多くの人は、このメディアに対して、未だ不安を感じている。メダル・オブ・オナーに関しては8月に小さなスキャンダルが起きた。イラクのナジャフで2004年に戦死したケン・バラッドの母、カレン・メレディスが「フォックス・アンド・フレンズ」に出演し、現に進行中の紛争を扱うゲームは、その戦争で失った人を持つ家族に対して「失礼だ」と発言したのだ。「子供を埋葬した家族はそのゲームを見ることになるでしょう。」彼女は言った。フォックス・ニュースでのメレディスのインタビューから、あまり経たない内に、英国の防衛大臣ライアム・フォックスはゲームを「非英国的」だと呼んだ。何故ならこのゲームのマルチプレーヤーモードでは、プレーヤーはタリバンに成って連合軍と戦う事が出来るからだと。「私は、小売業者が我々の軍への支持を表明して、この味気ない製品を締め出す事を求める。」彼は言った。10月の初め、国防省は小売業者のゲームスポットに対して、陸軍基地と空軍基地でメダル・オブ・オナーを販売しないように求めた。

ライアム・フォックスは英国保守党のメンバーだが、左翼からも独自の理由でメダル・オブ・オナーを批判する人々がいた。マザー・ジョーンズ誌の編集者アダム・ワインスタインは8月に自身のブログでこのゲームが「何といっても戦争から不当な利益を得ている。」と述べた。ザ・アメリカン・プロスペクト詩でブログを書いているアダム・サーワーは、「リアリスティックな戦争シミュレーションゲームには常に不安な気持ちにさせられる」と書いた。サーワーは付け加えて、「私がビデオゲームをするのは、現実世界のフラストレーションから逃れる為だ。今私が生きている世界よりはるかに厳しい別の現実的な世界へ入って行こうとは思わない。」と書いている。

しかしながら、どんな政治信条だろうと、多くのゲーマーは、メディア論のマクルーハン的主張に同意している。つまりこのメディアで重要なのはその内容ではなく、その形式なのだと言う主張だ。この観点から見ると、ビデオゲームで重要なのは、どのように問題を解決しているか、つまり、そのゲームプレーにある。それはプレーヤーがコントローラーで行う動作とスクリーン上で同時に発生する動作との間の、魅惑的で運動力学的な係わり合いだ。そして確かに、メダル・オブ・オナーがベスト・セラーになるか失敗作に成るかはゲームプレーに依存している。「これがアフガニスタンを舞台にしてようが月を舞台にしてようが関係無い。」ビデオゲーム・ジャーナリストでスパイクTVのホストをしているギーフ・キーフレイは私に言った。シムシティーやザ・シムズのデザイナー、ウィル・ライトも同じような意見で、ゲームで重要なのは作用(仮想世界を案内する能力)と共感(その世界の個別の者に対する感情的係わり合い)だと言う。しかし、さまざまな意味において、ここ数年のビデオゲーム開発者による主なプロジェクトはウィル・ライトが間違っていることを証明しようとしている。ゲームが提供しようとしている作用は右翼のストーリーテラーの手にあり、兵士への共感を導き出そうとしているように見える。ビデオゲームにおけるインタラクティブな性質は、ストーリーとかキャラクターとかの物語的要素と合わさる事で、このメディア特有の感情をプレーヤーに呼び起こすものであるようだ。

何にせよ、ミリタリー・シューターをプレーするゲーマーは、ゲーム内の架空の要素を特別に深刻に受け止めている。ペンシルベニア州立大学のアネンバーグ・スクール・フォア・コミュニケーションズ博士課程の学生、ジョエル・ペニーが行った調査によると、ゲーマー達は、ゲームを単純な現実逃避や、良い効果をもたらす問題解決型トレーニングだとは思っていない。プレーヤーは、主に18歳から29歳の大人(何人かは50代)でアメリカ人、殆どが男性だが、第2次大戦バージョンのメダル・オブ・オナーやコール・オブ・デューティーをプレーして、自国の兵士達に共感したと述べている。一人はゲームをプレーする事で、「戦死者への尊敬の念が深まった」と書いている。

グレッグ・グッドリッチが私に語ってくれた話では、ゲームメディアにおける「聖なる杯」は、ゲームプレーと物語が相互作用して、映画でも本でも出来ないような影響をプレーヤーに与えるところにある。「プレーヤーが物語の一部と成る事によって、より感動的で魅力的なものと成る可能性がある。」と彼は言った。ペニーの研究は、ミリタリー・シューターは米軍兵士の生の物語をベースにする事で、デザイナーの予想を超えた成功をこの分野で成し遂げられる事を示している。外国で戦っている現実の兵士に共感する事は、架空の人物に共感する事と同じでは無い。しかし、これらのゲームの物語に感動する事無くして、プレーヤーがゲーム中の仲間を、より生の人間と感じることはありそうも無い。

21世紀の次の10年が始まるに当たってビデオゲームは、娯楽の形式として高尚な文化の担い手からさえも、今までより真剣に取り上げられる事に成りそうだ。ニコルソン・ベーカーは最近ザ・ニューヨーカー誌に、コール・オブ・デューティー:モダン・ウォーフェア2は、おそらく「殆どの戦争映画より真に迫っていてリアルだ」と書いた。ジュノット・ディアズは2年前ウォールストリート・ジャーナル誌で、かつては続編が出るたびに倫理的パニックを引き起こしていたグランド・セフト・オートIVを、好意的に批評した。去年ザ・ロンドン・レビュー・オブ・ブックス誌でジョン・ランチェスターは2007年に出た最初のモダン・ウォーフェア・ゲームについて、ハリウッドのどの映画と比較しても、「より深く引き込まれる」と言った。「次の10年間ビデオゲーム界では、芸術家と出資者との間で戦いが繰り広げられるだろう。」ランチェスターは書いている。「もしも、善い側が勝てば、あるいは十分な回数勝つ事が出来れば、私達は新しい形式の芸術を丸ごと手にする事に成りそうだ。」

しかし、多くのビデオゲーム・プレーヤーの感覚では、芸術家側は既に1年以上前に重要な戦いを失っているらしい。2009年4月、ビデオゲーム、ファルージャの6日間(Six Days in Fallujah)は日本の提供元コナミから、ゲームの製作発表があった正にその月にキャンセルされた。ファルージャの6日間は「インタラクティブ・ドキュメンタリー」と銘打たれ2004年にファルージャで起きた第2の戦闘を題材にしている。実際に戦闘に参加した海兵隊員が製作に加わっている上に、ゲーム開発者の話では、戦闘を生き抜いたイラク人、市民および反乱軍兵士、の話を聞いていると言う。

キャンセルされる迄コナミの為にファルージャの6日間の開発をしていたノース・キャロライナのアトミックス・ゲームズ社の社長ピーター・タムテが、この夏、私に話してくれたところによると、「コナミが引き上げる原因となった口論の中心的な問題は、ステレオタイプなイメージの」組み合わせが問題だったのだと言う。「『ゲーム』と言う言葉が呼び起こすイメージと、『イラク』と言う言葉が呼び起こすイメージが食い違っていたんだ。」

ファルージャで戦った海兵隊の指揮官、リード・オモハンドロはゲームのコンサルタントだった。「敵から見て何が起きていたかを知る事はとても重要だ。」彼は私に言った。「状況を理解しなければならない。アメリカの視点からしか見なければ、それしか解らない。」

ファルージャの6日間は「倫理的に不確かなレイヤー」を戦闘に追加することを提案していた。それは、以前ウォールストリート・ジャーナル誌の記者をしていて現在ビデオゲームの雑誌キル・スクリーンを出版しているジャイミン・ブロフィ−ワレンによると、他のミリタリー・シューターでは見たことが無いものだと言う。ブロフィ−ワレンの話では、ファルージャの6日間のデモを見て「吹っ飛ばされた感じ」がしたと言う。彼は去年サンフランシスコで行われたゲーム・デベロッパーズ・カンファレンスでそのデモを見た。「銃を持ち上げているイラク人が居て、それが反乱軍かどうか判らないんだ。」彼は言う。「彼を撃つかい?」

公衆の反応は、特に息子がファルージャで戦死した母親の反応は「怒りで目が見えなく成る程」だったとオモハンドロは言っている。海兵隊狙撃兵で2004年ファルージャで戦死したデイビッド・ホウクの母、ベス・ホウクはファルージャの6日間に反対する理由、メダル・オブ・オナーにも同様に適用できる理由を、私に話してくれた。ゲーム製作者はミリタリー・シューターの迫真性を主張しているが、家庭で払われた犠牲の大きさを全く顧みていないと彼女は言う。「彼らは、夫や父親や息子を失った家族の悲哀には注目していない。」と彼女は言った。

オムハンドロはゲームが完成しなかったことにがっかりしていると言う。ビデオゲームは、他のメディアではできないやり方で戦闘を描く事が出来るのだと彼は指摘する。「映画では、結果の伴う決断を下す事は出来ない。」彼は言う。「単純に目の前のスクリーンで起きている事を見ているだけだ。」

ファルージャの6日間が描こうとした海兵隊員は、実際の戦闘に参加した実際の人々を基にしている。一方、メダル・オブ・オナーの兵士達は架空の人々だ。しかしその中の何人かは実際の軍人達の経験から形作られている。軍人達は、アフガニスタンやその他の地域での特殊作戦に参加した人たちで、コンサルタントとしてゲームの製作に協力した。私は3人のそういった軍人達と父の日にブランチを食べながら話をした。場所はカリフォルニア州マリーナ・デル・レイのリッツカールトン・ホテルだった。彼らは名前を明かさず、ハンドル名で呼んで欲しいと言った。ハンドル名は、クープ、ダスティ、ヴァンダルで、エレクトロニック・アーツ社内でも彼らはそう呼ばれている。ヴァンダルの要約では、彼らは「2つの主要な戦場で広範囲な仕事をした。その他の戦場でも同じような仕事をした」のだと言う。陸軍とエンターテイメント企業との連絡将校として2年間メダル・オブ・オナー・チームと働いた退役陸軍中佐グレッグ・ビショップが後に私に話したところでは、彼らが述べた経歴は正確だと言う。ヴァンダルとクープは海軍特殊部隊出身。エリート部隊だ。ダスティは、一般的にはデルタ・フォースと言う名で知られる陸軍特殊作戦部隊の隊員だった。

3人とも現在の仕事には言及しなかった。しかしハンドル名ダスティという中央情報局(C.I.A.)契約者が、前C.I.A.フィールド指揮官ゲイリー・バーンツェンの書いた本「ジョーブレイカー」の中で、オサマ・ビン・ラディン捜索メンバーとして取り上げられている。彼らは髭も生やして無くバラクラバもかぶって無かったが、外に出ている為、サングラスは掛けていた。皆、ピッタリしたTシャツとジーンズ、またはカーキを履いていた。ダスティは妻を連れていて、2人の間ではオープンにファースト・ネームで呼び合っていた。

数日前ダスティは有名なWebサイトでゲームについてのインタビューを受けていた。インタビューの一部がメダル・オブ・オナーのサイトに掲載された時は、彼の鼻にかかったジョージア訛りや顔の表情は覆い隠されてしまっていた。ダスティーは2001年にピックアップ・トラックでジャララバードからトラボラの山岳地帯へ向かった時の話をしていた。彼はアルカイダの基地から僅か3600フィートしか離れていない尾根にいた。彼はそこから72時間の間、爆撃機が67万5千ポンドの爆弾を基地に投下してゆくのを眺めていた。

しかしこの、ビン・ラディン殺害まであと僅かの所まで迫った男にして、10代の子供からかっこ良く見られたいと言う必要を感じていた。「このゲームに関わる必要があると感じた理由は、そうすれば自分の19歳の息子に感銘を与えられると思ったからなんだ。」ダスティは言った。「彼はまるで、『父さんなの?皆、父さんに聞いているの?父さんの助言が欲しいの?』と言う感じさ。」ダスティは続けた。もっと重要だったのは、「人々に正直な感じをわかって欲しかったのさ。あそこに行って、ああいう仕事をする事のね。」

リッツ・カールトンで、クープ、ダスティ、ヴァンダルは3人とも認めていたが、彼らがメダル・オブ・オナー開発チームに要望した事の一つは、開発者達が当初考えていたよりもゲームの写実性を弱める事だった。コンサルタントが最初にチームに合流した時、「顔無し(Faceless)」と呼ばれる文書が書かれ、メダル・オブ・オナー・チームに回覧された。その中で、兵士達は、自分達が協力できるかどうかは、静かなるプルフェッショナルとしての彼らの尊厳が保てるかどうかに懸かっていると説明した。「たぶん多くの人が、我々が誰なのか知りたがるだろう。」彼らは書いている。「我々はMOHには」、エレクトロニック・アーツ社内ではメダル・オブ・オナーはMOHと呼ばれていて、「シンプソンズ」に出てくるストゥージ、又はバーテンダーがする様に発音する。「MOHには我々の事を断片的に知らせる。しかし知らせるのは断片的な事柄だけだ。」兵士達の要望により、メダル・オブ・オナーはこれらの特殊作戦コミュニティのエリート兵士達を単に「第一層(Tire One)」と呼んだ。

「彼らは、真正性とか写実性を売り物にしている。」クープは言った。彼は分厚い体をしたボストン訛りの人間で、まるで人気のあるビデオ・ゲーム、ギアズ・オブ・ウォーに出てくる筋肉質の宇宙海兵隊員みたいだ。「俺達はその実現を助けたいと思っている。」彼は言った。「だけど同時に、行過ぎないようにもしたいんだ。」

昨夏、グッドリッチは兵士達にゲームのストーリーボードを見せた。タイトルはメディア・オブ・オナー:アナコンダだった。それは、アフガニスタンの「ブラック・ホーク・ダウン(訳注:ソマリア、モガディシュの壮絶な戦闘を描いた映画)」であり、2002年アフガニスタンでの悲惨な作戦、アナコンダを基にしている。その作戦はタクール・ガールの戦闘を含んでいて、その戦闘で海軍特殊部隊員ニール・ロバートがヘリコプターから転落した。彼はアルカイダ兵士によって死ぬまで引きずり回された。ゲームは「俺たちの友人が殺された海外の出来事にとても良く似ていた。」とクープは言った。「これは少し衝撃が強すぎるし」そして「たぶん兄弟達の口には合わないと思った。」

その夜の夕食の時、ニール・ロバートの場面をゲームから外すとグッドリッチは兵士達に告げた。そしてゲームをドキュメンタリー・ドラマでは無く歴史創作物語に変えると言った。メダル・オブ・オナーではタクール・ガールの山上でヘリコプターが撃たれた時、兵士が一人飛び降りて敵と戦う。コンサルタント達はゲームを「正確で写実的」であるよりも、「本当らしく、起こりうる」物語にするのを助けたとグッドリッチは言う。

「事件の再演と言える程のものはゲームには無い。」クープはブランチを食べながら言った。「俺の考えでは、再演するのは間違っている。」

全ての兵士が、戦闘の性質を理解するのを助けるメディアとしてビデオゲームを熱烈に支持しているわけでは無い。2002年陸軍歩兵部隊指揮官アンドリュー・エグザムはシャヒノット渓谷に居た。そこで彼は人生初めて人を殺し、ニール・ロバート救出に派遣されて死んだ3人のレンジャーの装備を見つけた。「もしゲームがアナコンダで起きた事を正確にモデルとしているのなら、私が気分を悪くする事は間違いない。」今では新アメリカ安全保障センターのフェローをしているエグザムは私に語った。「装備を第1レンジャーの仲間に返す仕事はタフなものだった。」

エズサムは、自分がメダル・オブ・オナーやミリタリー・シューターに怒っているのでは無いと強調する。しかしこれらのゲームには若干困惑せざるをえないと言う。「こういった事実がある。」彼は言う。「この国の約5%の人間が実際にこれらの戦争で戦っている。」約8万人の米国人がアフガニスタンへ派遣されているとエグザムは言う。その一方で、昨年秋の1日だけで2百2十万人がモダン・ウォーフェア2をXbox Liveでプレーしたんだ。「殆どのアメリカ人がイラクやアフガニスタンで実際に行われている戦争をビデオゲームによって体験していると言う事実にはイライラさせられるものがある。」と彼は言った。もしアナコンダ作戦についての映画「メダル・オブ・オナー」にアメリカ人が殺到したら、同じように感じるかどうか、私は彼に聞いた。「たぶん、当事者に成ることと観察者に成ることには相違があるのだろう。」彼はe-mailでそう答えた。

全ての戦争物語は戦闘シーンを実際のものよりは薄めて描く事を認められている。「『イリヤッド(訳注:トロヤ戦争を書いた叙事詩)』では、戦争は古代の祝宴者が食事中に聞くような些細なものにされている。」ロジャー・トラビス、コネチカット州立大学の古典文学教授は、今年の初め自身のブログでビデオゲームに関連してそう述べている。しかし、ミリタリー・シューターは何よりもまず、戦争についての古典的な記述を引っくり返していると言う批判は適切だと思われる。ミリタリー・シューターは戦争体験を、長く続く恐怖の時間の間にある少しの退屈と言うものに変更しているのだ。「実際の戦争は『ブラック・ホーク・ダウン』よりも『キャッチ22』に近いのさ。」ある退役兵士が私に語った。アフガニスタンでの歩兵の「実際の体験をドラマにすることは誰にも出来ないさ。なぜなら退屈すぎるからな。」彼は付け加えた。「老人とチャイを飲む事をどうやったらゲームにできるんだ?」

ニュース風刺で有名なオニオン(The Onion)は去年、同じような批判をした。ミリタリー・シューターを嘲る偽ニュースを流したのだ。「モダン・ウォーフェア3:かつて作られた中で最も軍隊生活の真実に迫ったゲーム。ゲームプレーの殆どは荷物運びと書類作業に占められる。」この実在しないゲームの、プレーヤー一人でのキャンペーンは「1万7千2百50時間」で終了したとある。

公平に言えばコメディーを作るのは簡単だ。ビデオゲームを作るのは難しい。メダル・オブ・オナーはファースト・パーソン・シューターを作り直しはしなかった。しかしこの業界の何人か、ファルージャの6日間で働いた数人を含む何人かの人々は望んでいる。つまり、これらのゲームの存在そのものが勇敢な漸進的な試みであり、このメディアで戦争の真実へ迫る道を切り開くものなのだと。イラクやアフガニスタンに関するビデオ・ゲーム・ドキュメンタリーがやがて出てくる事は避けられない。それが、メダル・オブ・オナー・シリーズであろうがファルージャの6日間であろうが、あるいはその他の全てのゲームをひっくるめたものであろうが。リード・オモハンドロは私に言った。

「やがては、これらのゲームは許されると思う。」彼は言った。「そして許されれば、やがて受け入れられる。時間はかかるだろうがね。」

〜〜ここまで〜〜

次回更新は11月20日ごろになると思います。

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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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