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グレート・ファイアーウォールの向こう側

中国のインターネット事情に関する記事をUpします。

記事を書いたのはブルック・ラーマー(Brook Larmer)さんです。元記事はここにあります。

中国では冗談も内容によっては冗談ではすまないと言うお話です。

~~ここから~~

インターネット・ジョークが冗談ではすまない所

携帯電話がそっと震え始めた。しつこく鳴る呼び出し音はスタジオの漆喰の壁に反響する。それは4月の初め、日曜日の朝だった。インターネット・アニメーターの王波(Wang Bo:ワン・ボー)、数多くのオンライン・ファンからはむしろ皮三(Pi San:ピーサン)として有名な人物は、最初無視していた。彼は誰にも邪魔されたく無かった。短い髪と弓形の眉毛のおかげで、いつも困惑しているように受け取られる40歳の小柄な皮三は、悪戯好きなアニメ・キャラクター哐哐(Kuang Kuang:カンカン)の作者として有名だ。しかし彼は企業向けアニメーションを作って収入を得ている。そして彼は締め切りに追われていた。皮三はその朝、北京郊外の工場跡地にあるスタジオに自転車でやって来て、邪魔されずに仕事を片付けたいと思っていた。しかし携帯は鳴り止まなかった。

皮三が携帯に出た瞬間、相手はニュースをがなりたてた。国家保安員が、中国で最も有名な現代美術家で政府批判者の艾未未(Ai Weiwei:アイ・ウェイウェイ)を逮捕したのだ。皮三は毒づいた。最近6週間、法律家、活動家、ジャーナリストからなる何百ものブロガーが警察に捕まって姿を消している。ここ数十年で最も厳しい社会活動家への弾圧だ。今や彼らは艾を捕まえた。国際的にも有名な芸術家で、太っていて明るく大げさな言葉使いの人物だ。艾が逮捕されるとしたら、中国内の他の独立的な思想家達は安全だろうか?

皮三には怖がる理由があった。彼と艾は友達だ。数週間前、昼食を囲みながら二人の芸術家はインターネットの風刺アニメーションを合作する話をしていた。艾のウェブ活動に若干不安を覚えながらも、ニューヨークやベルリン、ロンドンでの彼の大胆な単独展示会に皮三は敬服していた。一番最近のショーでは、陶器で作られた一億個ものヒマワリの種がテート・モダン美術館の床に広がっていた。訪問客はその上を歩く。その種は虐げられた中国の民を象徴していると数人の人が認識した。

怖れを感じていたにも関わらず、皮三は艾逮捕のニュースを素早く新浪微博(Shina Weibo:シナウエィボ)にポストした。新浪微博(シナウェイボ)は中国版ツイッターで、当局に厳重にモニターされているが、世界で最も早く成長しているインターネット・プラットホームだ。しかし目に見えないセンサーが数秒でメッセージを削除した。次に彼は、コメント抜きで艾のマンガをポストした。言葉に敏感な中国のフィルタリング・ソフトウェアを避けるより良い方法だ。しかしメッセージは同じように削除された。コンピュータ・ソフトウェアでは無く人間が絵を削除していると言うサインだ。皮三は微博(ウェイボ)のフォロワーへ向けて言った。「又しても『和諧』されちまった。ただの絵だってのに!」

今やクリエーター魂が燃え上がり始めた。「僕は恐怖を払拭する為に何かしなければいけないと思った。」後に皮三は私にそう言った。「他の人なら何か書くか抗議するかしたでしょう。僕はアニメーションを作るんです。」彼は同僚たちと夜通し熱狂的に仕事をし、54秒間のアニメーション「Crack Sunflower Seeds (ヒマワリの種を割る)」を作った。アニメーションは哐哐(カンカン)の学校の物語だ。小さな少女がラウド・スピーカーに向けて話をしている。「昔々ある所に」少女は始める。「ヒマワリの種を売っている中国人がいました。」突然、黒い手が出てきて少女を連れ去る。次の子供が震えながら同じ話をする。しかし黒い手は同じ様に子供を連れ去ってしまう。回数を重ねるに連れ次第に早く連れ去るようになる。

最後に哐哐(カンカン)の番が来る。少年は口ごもり、ついにあきらめる。憤激しながらため息をつく。「アイ」と。ふきだしの中の中国語はため息を意味する「哎」が書かれていて、それは艾の苗字と殆ど同じ字だ。哐哐も悲鳴を上げながら連れ去られる。次のシーンでは黒い手が艾の形に並べられたヒマワリの種を取り去ってゆく。そしてかじる音、歯が陶器に当たる音が聞こえ、姿を出さない人間の怒鳴り声が聞こえる。「何だこりゃ!誰がこんな偽物のヒマワリの種を売りつけたんだ?」

皮三はアニメーションを4月4日の日の出前、艾が逮捕されてから24時間経たない内に完成させた。「オンラインにポストする前にちょっと躊躇しました。」彼は私に言った。「だけど思ったんです。これを載せなかったら自分で自分を去勢するようなものだってね。」幾つかのクリックの後、彼は「Crack Sunflower Seeds」をサイバー・スペース、中国のトップ・ビデオ・ウェブサイトへとポストした。数時間の内に百万を越すネチズンがアニメーションをオンラインで見た。そしてそのビデオは中国のウェブサイトから1つ又1つと消えて行く。丁度アニメーションの中のアナウンサーのように。皮三は微博(ウェイボ)のポストで直接監視員へ悪態をついた。「お前達は、皇帝が機嫌を損ねる前に心配して回る宦官と同じだ!」それには何の返答も無かった。怒りに包まれながらも、皮三は黒い手が自分の所にも来ないか心配していた。

世界中のあらゆる政府の中で、中国政府以上にウェブのパトロールに資源を注ぎ込んでいる政府は無い。望ましからざるコンテンツや疑わしき悪者を、5億人のオンライン人口の中から追い詰める為に、50,000人の監視員と先進的フィルタリング・ソフトウェアのネットワークを駆使している。しかしそのような制約にも関わらず、あるいはそのような制約があるからこそ、インターネットは中国で最もウィットに満ちた空間となった。「検閲は私達を色々な方法で歪めています。しかし同時にこれは創造性の母と成ってもいるのです。」北京大学のインターネット専門家で教授の胡泳 (Hu Yong:フー・ヤング)はそう言った。「検閲によって人々は間接的に意味を伝える方法を発明しました。ユーモアは暗号化の自然な形式として働くのです。」

検閲を逃れる為に中国人ブロガーは、ふざけた逃げ口上の名人となった。自分達のメッセージを皮肉や風刺の衣で覆うのだ。これは別に新しい考えでは無いが、あまりにも力強く噴出した為に今や中国のインターネット気質を定義付けるものとなった。暗号化された言語はメインストリーム文化の一部に成っている。腐敗や経済格差や検閲そのものなど、オープンに議論できない話題に対する広く共有された感覚を利用した最も伝染性の高いミームを使うのだ。「その可笑しさの価値を超えて、こういったユーモアはネチズン達が、国家が引く境界線を、どういう分野で押し広げようとしているのかを垣間見せてくれます。」カリフォルニア州立大学バークレー校の准教授、萧强(Xiao Qiang:シャオ・チャン)は言う。彼女は自分のウェブサイト、チャイナ・デジタル・タイムズ(China Digital Times)で、暗号化されたインターネット単語の興味深い辞書を維持している。「中国社会で何が問題とされているか、これ以上明確に見せてくれるものは他にありません。」

この不遜なサブカルチャーはあまりにも広まっている為、中国人はこれに名前を付けている。恶搞(egao:イウゴウ)だ。その意味は「邪悪な仕事(evil works)」又は、もっと大雑把に「悪ふざけ(mischievous mockery)」を意味する。最も単純な形式の恶搞(イウゴウ)は、あまり反抗的にならずに権力者を風刺するものだ。胡錦濤主席が好む決まり文句「和諧」は、彼が社会の安定化を即すときに必ず使う言葉だが、この言葉は検閲そのものを意味する言葉としてハイジャックされた。例えば「僕のブログは和諧された」と言うように使う。6月4日は1989年に民主化抵抗運動の学生が数多く殺害された天安門事件の日で検閲の対象となっているが、このような日は5月35日又は535と言うように変更される。他にもさらに複雑な形式の恶搞(イウゴウ)が存在する。例えば胡戈(Hu Ge:フー・ジー)が作った、悪ふざけフィルム「Animal World」では、インターネット・ユーザの希少種が「強迫思考不全(compulsive thinking disorder)」つまりは自由に考えたいと言う欲望から「救出」される。

風刺は時として、政府も渋々許さざるを得ない安全弁となる。何といっても仮想的な笑いの方が現実的抗議行動よりもましだ。しかし笑いの対象と成る事は、オーウェルがビルマで植民地警察の仕事をしていた時に発見したように、支配者が最も恐れる恐怖でもある。そして中国政府は、去年批判的な3語のツイートをした女性に1年間の強制労働の判決を下したように、ユーモア不全の深刻な病に罹っているようだ。「権力の乱用を嘲るジョークはガス抜き以上の効果をもたらす事がある。人々の感情を動員してしまうんだ。」しばしば発言の自由を求めて冷笑的なインターネット・キャンペーンを展開する無遠慮なブロガー、温云超(Wen Yunchao:ウェン・ユンチャオ)は言う。「何時だってジョークが出回るときは、」温は言う。「いわゆる権威だとか専制的な政権とかから何かしら剥ぎ取って行くものなのさ。」

インターネットに広がってゆく風刺的表現は、出火地点も判らないような大火災を巻き起こす小さな炎のように見える事がある。しかし全てのアウトブレークの背後には、自己表現の限界を探っている個人が存在している。彼らは許容と罰則の間の見えにくい境界線をもてあそぶ、しばしば危険なやり方で。ここ数ヶ月の間、私は2人の人間を追いかけていた。アニメーターの皮三(ピーサン)とブロガーの温云超(ウェン・ユンチャオ)だ。それによって、「悪ふざけ」のダイナミックスと、中国のデジタル最前線で次第に深刻になる猫と鼠の追いかけっこゲームを理解しようとした。

皮三と温は完璧な好対照だ。恶搞(イウゴウ)に異なる方向から近づく北部と南部の人間。1人はビジュアル・イメージに特化し、もう1人は主に言葉を操る。皮三は活動家と見られるのを拒む。彼は風刺を個人的な不満を吐き出す芸術的方法と見ている。温は活動家の称号を誇らしげに掲げる。彼はユーモアを市民社会を動員する為の「弱者の武器」と見ている。政府の弾圧が強くなるに連れ、男達はそれぞれ、危険と幸運の計算修正を強いられている。目に見えない線を越えるまでに、どのくらい遠くまで行けるだろうか?

温がインターネット・ユーモアの真の力を学んだのは、ジョークからでは無く、警察の取調室から出された助けを求める叫び声からだった。2009年7月のある早い朝、39歳だった温は南方にある都市、広州市のアパートで目が覚めた。そして彼のツイッター・フィードに困惑するメッセージを見つけた。「馬尾(Mawei:マーウェイ)の警察に捕まった、SOS」。そのツイートは、留置所に入れられた若い友人で仲間のブロガー、郭宝豊(Guo Baofeng:グオ・バオフェン)からのものだった。メッセージにある場所は約300マイル離れた海岸の街、厦門(Xiaomen:アモイ)の地区の名前だった。数分後又、郭(グオ)からツイートが来た。今度も英語だった。「助けてくれ、警官が寝ている間に電話を使っている。」

そしてそれ以後来なくなった。

温は、中国の刑務所システムの迷宮の中で、如何に容易に人間が消えてしまうか良く知っていた。その当時25歳だった英語の翻訳家、郭(グオ)はあるビデオを再投稿していた。そのビデオは、ギャングにレイプされて殺された犠牲者の母親が、厦門の土地の官憲を隠蔽工作で非難しているビデオだった。温は警察がメッセンジャーの口封じに何処までやるか推し量っていた。

逮捕されてからのツイート、そしてその後の沈黙は、温を不安にさせた。しかし自分にいったい何が出来るだろう?直接の抗議行動は直ぐに弾圧される。仮に人々が恐怖に打ち勝って参加してとしてもだ。その時、彼はあるフレーズを思い出した。そのフレーズはインターネットをウィルスのように広がったフレーズだった。「賈君鵬(Jia Junpeng:ジオ・ジュンペン)、母さんが夕食だから帰りなさいって呼んでるよ!」

その文書が何処から発せられたのかは謎だ。しかしそれはウェブ中毒世代のジョーキング・コメントとして、大勢のオンラインの人間に理解された。オリジナルはサイバースペースの中で失われ、外部の世界からは手の届かないどこかにあるのだが、その日は何百万人もがそのフレーズをリツイートした。そして温はそのフレーズに一寸した手を加えた。彼は何千ものマイクロブログ・フォロワーに、馬尾の警察署へポストカードを送るよう呼びかけ、写真を幾つかオンラインにポストした。全てに同じ文句があった。「郭宝豊(グオ・バオフェン)、母さんが夕食だから帰りなさいって呼んでるよ!」

インターネット・キャンペーンが何かを起こせるか誰にも判らなかった。しかし同じビデオを再投稿した4人の他のブロガーは1年から2年の懲役判決を受けたが、郭(グオ)は刑務所システムの中で行方不明に成る事も無く、16日で出てくる事が出来た。温にとって、この事件は彼の考えを結晶化させる事件だった。「ユーモアはソーシャル・メディアの力を増幅させる。」彼は私に言った。「もしそれが神経に障るものだったら、例えば不正義とか権力乱用とかのケースなら、それは伝染性を帯びる。直接的じゃ無い。ジョークだからね。違うかい?だから皆、参加する事に恐れを抱かないんだ。」

広東省の田舎で貧しい家族の最年長の子供として育った温は、彼自身そういう事に参加する方では無かった。軍の戦車が1989年に北京で民主化運動を押しつぶした時、中学校の生徒で授業をさぼりがちだった温は弾圧を賞賛していた。「混乱を避ける為には必要だったと、僕は政府に賛成していたんだ。」彼は思い返す。中国東北部の凍りつくような寒い都市、哈爾浜(Harbin:ハルピン)の工科大学で機械溶接を学んでいた温の、大学時代で最も大胆な行動は、寒い冬を乗り切るため、広東省のポルノ写真やポップミュージックをこっそり持ち込む事だった。

彼自身が呼ぶところの、インターネット「覚醒」はその数年後に訪れた。彼が広州近くの発電所で働いていた時の事だ。ある夜、仕事が終った後、彼は近隣の香港が放送しているテレビ特集を見ていた。その放送は1989年の殺戮について、公式の物語を否定していた。そしてその正当性を裏付ける情報の宝庫をオンラインで見つけて、(それはグレート・ファイアーウォールが作られた2003年より前で、未だ「6月4日」と言う言葉はブロックされていなかった)彼は新たな確信を持つにいたった。「インターネットは民主主義の扉を開くに違いない。」

もっと多くを学ぶ事に飢え始めた温は続く10年間に自らを情報マシーンへと変貌させた。最初はジャーナリストとして、次にブロガーとして。彼は最初は国営新聞向けに、やがて国営テレビ向けに事件を追いかけレポートやコメントを書いた。内容は公式見解にそったものだった。しかしインターネットでの彼はもっと自由な個性を発揮した。酔っ払いの戯言と言う人気ブログをペンネームで書き始めた。直ぐに温はフルタイムでオンラインへ移動する。中国のインターネット会社、ネットイーズ(Netease)で働き始めたのだ。同時に、国内最初の市民ジャーナリストの1人として内職を始めた。彼の最初の記事は、携帯電話から入力したものだったが、2007年の厦門の抗議行動を記述したものだった。その抗議行動は化学プラントの建設中止と言う実を結んだ。

その後も検閲が緩むことは一度も無く、温の生活は止むことの無いかくれんぼへと変った。最初は数件のポストがブロックされた。次はブログ全体がやられた。次は彼が使っていたインターネット・ポータル・サイトがやられた。海外のウェブ・サーバーが使えたのも、グレート・ファイアーウォールで切り離されるまでだった。新たなテクノロジーの波に乗って、温は140文字の過激な記事を、中国で急速に拡大しつつあるマイクロブログやツイッターのサイトへアップした。2年前は殆ど存在しなかった中国版ツイッターの微博(ウェイボ)は、今や2億人のユーザーを抱え、1日に4千万件のメッセージを吐き出している。政府は依然、強力な圧力をウェブ会社にかけ、自社のコンテンツを自分で検閲させている。そして、検閲の程度に応じて、ライセンス更新に必要な「自己規律」ポイントを与えるのだ。「もうどんな場所も安全では無くなった。」温は言う。「しかし検閲が厳しくなれば、風刺や皮肉の機会も同じ様に大きくなるのさ。」

温が中国で最も攻撃し難いアイコン:毛沢東に、あえて狙いを定めたのは、そんなに前では無い。毛主席は35年前に亡くなっているが、彼の巨大な肖像は依然、天安門広場に掲げられている。それは人民共和国設立者が行使する、温が言うところの「恐ろしい影響力」を示す1つのサインだ。毛をからかう事は、今日の中国では殆ど考えられない。それにも関わらず、2009年の毛の命日、温はひねくれた「反毛化」キャンペーンへ参加するよう、オンライン・フォロワーを駆り立てた。「毛」は中国語で髪の毛を意味しているので、温は、毛を剃る前と後の体の写真をポストするように呼びかけた。人々が字義通り「毛を捨て去る」わけだ。

温は丸々と太った男で、アブラハム・リンカーンのような濃い髯を持っている。その日、何百と言うウェブに掲げられた映像、髭剃り後とか毛を剃った足とかの映像の中に、温自身が撮ったものも含まれていた。彼の丸々としたお腹に、ツイッターのロゴ「t」の字型に剃った毛が生えている写真がアップされたのだ。温のお腹を使った挨拶は滑稽だった。しかしそれは同時に、より開かれた中国を求める宣言であり、中国官憲と対立する危険な行動でもあった。

皮三(ピーサン)は少年の頃、丁度彼が作り出した腕白なキャラクター哐哐(カンカン)と同じくらいの年齢の頃、学校のノートの端にマンガを描いているのを見つかっては、両親にものさしで手を引っぱたかれていた。「僕は並みの生徒だった。」皮三は言う。彼の家族は山西省の山間にある、陰気な銅鉱山の街に住んでいた。「両親はいたずら書きのせいで僕は一生鉱山で暮らすことになると思っていた。」

皮三は罰を受けてもマンガを描き続けた。そしてカンフー映画のヒーローの似顔絵を友達に売りつける事までした。約20年後、皮三はフートゥーン(Hutoon)を経営する事になる。2005年に彼が設立したアニメーション会社だ。フートゥーンのスタッフ、50人ほどの若いデザイナーは「798」の一つのフロアを殆ど占領している。「798」は北京の北東、軍のエレクトロニクス工場跡地に建設された建物で、アート・ギャラリーやスタジオ、カフェが集まったトレンディーな地区になっている。殆どが社長と同じ様な黒い服を着た若い男女が、天井の高い産業スペースの中、何台ものコンピュータに向かいキーボードをカチャカチャ言わせている。

3月の始め私が4階にある彼のスタジオを訪ねたとき、皮三は自分の企業家としての役割と扇動者としての役割を、容易に使い分けているように見えた。彼が冗談混じりに言うところの、「多重人格」病の反映だ。数年前からフートゥーンは、中国の主要なプロパガンダ機関、中国中央電視台(CCTV)へアニメーション・シリーズを製作している。しかし皮三は自由な創造性を発揮できない事に不満を感じていた。「CCTVではアニメと言えどもプロパガンダの媒体だ、エンターテイメントじゃ無い。」彼は言う。今、彼とスタッフはアニメーションによるインターネット広告やビデオを顧客向けに作っている。顧客にはロックスターやフォーチュン500の企業、モトローラやサムサング等が含まれている。

4月の中ごろ、私は皮三と彼のクルーが「ミズ・パフ」のエピソードの仕事をしているのを見ていた。「ミズ・パフ」はフートゥーンで一番売れているアニメーション・シリーズだ。少し淫らだが非政治的女性を中心に据えたシリーズで、検閲はパフのキャミソールのストリップが滑り落ちた時しか注意しなかった。このシリーズは中国版ユーチュームのヨウク(Youku:優酷)が初めて委託したオリジナル・アニメーション・コンテンツだ。2週間前、ヨウクは彼の反検閲風刺「Crack Sunflower Seeds」を最初に削除したウェブサイトの1つとなった。それは皮三にはどうでも良かった。フートゥーンの財政的な将来は「ミズ・パフ」の成功にかかっている。「中国で成功しようと思ったら、分裂した人格が必要なのさ。」彼は私に言った。「幾つかのアニメーションで金を作る。別のアニメーションは単に楽しむ為に作るんだ。」

しかしその日の午後、社長は心配していた。艾(アイ)に関するニュースは全く無く、皮三は将来の事を考えていた。彼の妻と7歳の息子の事を考えながら、怒ったり怯えたり後悔したりを繰り返していた。フートゥーンのメイン・スタジオを離れて、彼は私を、波打つダンボールが詰め込まれた裏の部屋へと通してくれた。ダンボールは哐哐(カンカン)アニメーションで使うミニチュア・セットだった。「ここは気持ちが高ぶった時に来る部屋なんだ。」そう皮三は言うと、かがみこんで、「Crack Sunflower Seeds」で使った8インチの高さの部屋を調べた。

近くには学校の建物のミニチュアがある。2009年に皮三が最初に作った、哐哐の風刺アニメ、教育システムを辛らつに攻撃した「Blow Up the School(学校を吹き飛ばせ)」で使ったものだ。そのアニメーションは即座に中国の若者達の間でインターネット・センセーションを巻き起こし、最初の日だけで数百万ヒットを叩き出した。そして官憲を怒らせたあまり、「不適当なコンテンツ」として罰金を果たされた。しかし、もっと不遜な哐哐ビデオが登場するに連れ、殆ど全ての中国の省でインターネット・ファンクラブが形成され、この間抜けな少年と、彼の作ったキャラクターは、マイナーな崇拝の対象となった。

皮三の仕事の中で、中国の社会的病を最も扇動的に想起させるのは、去年1月に作られた「Little Rabbit, Be Good(小さな兎よ、良いお年を)」をおいて無い。4分間の兎年を祝う「グリーティング・カード」はバニー・ラビットにまつわるお休みビデオだ。しかし哐哐が眠りに落ちようとすると、物語は悪夢に変わる。行く年の干支である虎に支配された兎は果てし無い迫害にあう。虎は「和諧された森」の建設を約束する。胡錦濤のキャッチフレーズを指したジャブだ。赤ん坊は毒入りミルクを飲んで死んでしまう。立ち退きに対する抗議活動は虎の自動車で押しつぶされてしまう。向こう見ずな運転手が兎をひき逃げし、自分は警察幹部に守られているとうそぶく。

この少しばかりうんざりさせられる寓話は、インターネットで怒りを巻き起こした現実の事件を基にしている。しかしながら終り方は全くのファンタジーになっている。運命を受け入れるのでは無く、兎たちは反乱に立ち上がり、支配者の虎をその歯で引き裂く。「サウスパーク(South Park:ブラックジョークが多いアメリカの人気アニメ)」スタイルのカタルシスだ。反乱は警告で終了する。「追い詰められたら兎だって噛み付くんですよ。」

皮三には「Little Rabbit」が一線を越えている事が判っていた。おみくじで運を占ってから(「僕はこれで問題に巻き込まれるかどうか知りたかったんだ」と彼は言った)、彼は若干の対策を講じた。ビデオを真夜中に、少数のファン向けのウェブサイトにアップロードしたのだ。「Little Rabbit」はそれでも、2時間の間に70,000件ヒットしたと彼は言う。2日後、インターネット中に増殖したビデオを検閲が削除するまでに3百万から4百万の人々がそれを見たと推計されている。ローカル・メディアはその話題に一切触れなかった。しかし外国のジャーナリストは彼にビデオに込められた政治的メッセージを求めた。「単に童話を作っただけさ。」彼は内気を装いながら答えた。

皮三の暗い風刺ビデオは、エジプトやチュニジアで、正にソーシャル・メディアに焚きつけられた民衆の反乱が独裁者を転覆させつつある時期に現れた。数週間後、中国における似たような「ジャスミン」革命の可能性についてほのめかした中国人ブロガーが逮捕された。「僕は心配になりました。」皮三は認めている。「境界線は常に動いています。僕達には自分が今何処に立っているのか知る術は無いんです。」

中国の殆どのインターネット利用者は、容認される風刺と逮捕される抗議との間の境界線をくよくよ考えたりしない。境界線がある事は知っているが、人々のオンラインでの行動、ショッピング、ブログ、ゲーム、ネットワーキングはグレート・ファイアーウォールの制約の中で安全に行う事が出来る。しかしこの境界線は、次第に数を増しつつある芸術家や活動家にとって最大の懸念なのだ。「政府が管理を行う上での主要な手法は、あいまいな境界線なのです。」香港大学のチャイナ・メディア・プロジェクトの研究員、デイビッド・バンダルスキー(David Bandurski)は言う。「誰も境界線が正確に何処にあるのか知りません。管理する主体は不確かな自己検閲の上に築かれていて、この怯えさせる雰囲気を作り出しているのです。」

温は境界線が1年前動いたと感じている。オルソーの審査員が収監中の中国人作家、劉暁波(Liu Xiaobo:リュウ・シャオボー)へノーベル平和賞を与えた後だ。殆どの中国人は、憲章08の背後にいた中国人について聞いた事も無かった。憲章08とその人権宣言は劉の名前と同じく、グレート・ファイアーウォールの中では禁止されていたのだ。しかし怒りっぽい政府は敏感に反応した。中国政府高官は「犯罪者」劉を報道で中傷し、外国政府に授賞式をボイコットするよう圧力をかけ、インターネット上で複数の新たな言葉を禁止した。「ノルウェー」とか「ノーベル」のような言葉までだ。

禁止用語が「空席」にまで及んだ時、もちろんそれはノーベル賞授賞式での劉の欠席を明白に示す言葉だが、温はある考えを思いついた。言葉がダメなら、空いた椅子の写真をポストしたらどうだろう?劉への賛辞として。「誰だって空いた椅子なら持っている。」温はツイッターと微博(ウェイボ)の、4万を越す彼のフォロワーへ呼びかけた。「僕らがただ見ているだけで、家族の食卓には空いている椅子が現れるだろう。」彼の呼びかけに応じてブロガー達は何ダースもの、一見無害な写真をオンラインへポストした。それは、ヴァン・ゴッホの描いた空いた椅子の絵から、広告雑誌に載っているイケアの寝椅子の写真まで、さまざまだった。検閲官達がそのジョークに気がついたのは、温がマイクロブログ上の一寸した悪戯を人権宣言に変えた後の事だった。

3ヵ月後、広範囲な弾圧が始まった。北京政府が、中東や北アフリカの反乱の国内への影響に偏執狂的になった為と思われた。温が香港を訪れていた時、彼は中国の公安のエージェントから警告のe-mailを受け取った。「帰ってくるな。妻や子に会う前に逮捕されるだろう。」彼自身が今や空いた椅子になってしまった。彼は危機が去るまで、香港に留まる事にした。香港は他の中国とは異なる法に支配されている。温は戻らない事で逮捕を免れている。しかし彼は今、煉獄に閉じ込められている。

私が香港に温を訪ねたとき、彼は仮住まいのアパートに居た。窓には洗濯物のシャツが並んで干されている。夕食は6缶のビールに昼に焼いたソーセージだ。ある時、彼は自分のブラックベリーを取り出した。「こいつも、こいつも、こいつも行っちまった。」温はそう言いながら友人のリストをスクロールした。殆どが警察に捕まっている。

温のツイッター・アカウントは今、50セントパーティーと呼ばれるうるさいハエ達に占拠されている。その名前は政府支持のコメントを書く毎に50セントの金を貰うと言われているコメンテーター達につけられた名前だ。彼は私に、彼が受け取った膨大な、評判を落とすためのコメントを見せてくれた。それは50センター達が彼のアカウントだと見せかけて作った2つのアカウントにアップさせたものだった。もっと脅威なのは、匿名の人物からの警告文書だ。その人物は彼の全てを知っているようだった。彼のIDナンバー、旅行の日程、さらには彼の妻や10歳の息子や両親に関する詳細も知られていた。

夕方早いうちは、彼も脅迫的なやり方を嘲っていた。「政府はインターネットをシャットダウンするには、あまりにも多く投資し過ぎている。だから出来ることは脅迫的戦術だけなのさ。」彼は言った。しかし夜が更けてビールの缶が積みあがるに連れ、彼は本音を言う。「僕はここ香港に居ても捕まるんじゃないかって心配している。家族のことはもっと心配だ。」

次の日、私は温に付き合って嶺南大学(Lingnan University)へ出かけた。香港と大陸との境界にあり、彼はそこでインターネット活動について講演する事になっていた。列車に乗っている間、彼は香港での空虚な生活について話した。中国向けに放送するプロパガンダ・フリーなショーを作る為に土地の衛生放送テレビ局が彼を雇った。夜になると、彼は依然として熱心にツイートをしている。グレート・ファイアーウォールの向こうへ向けてジョークや悪戯を投げかける。城壁の外から投げ込む中世のカタパルトのように。彼の妻と息子は数ヶ月すれば香港の彼の元へやって来る。しかし故郷へ自由に帰れない状況は彼を憂鬱にする。「友達に流亡(Liuwang)って言われた時は怒ったんだ。Exileって言う意味だけどね。」彼は私に言った。「悲しい言葉さ。自分に対して使われるなんて思ってもいなかった。」

その日の夕方、大学の小さな野外ステージに赤いベルベットで覆われたテーブルが設置された。温はマイクロフォンを手渡されたが、それは必要ない事が判った。立ち止まって聴いている学生は1ダースにも満たなかった。列車のホームは大陸中国との境界線から数百ヤードしか離れていない場所に伸びている。列車が暗闇の中を疾走している時、温はブラックベリーから顔を上げ境界線の方を見た。彼が二度と超えられないであろう境界線を。

この6月、スモッグと暑さが繭のように北京を覆っていた時、皮三(ピーサン)はやつれ始めていた。艾未未(アイ・ウェイウェイ)が逮捕されてから2ヶ月が過ぎていたが、この芸術家が何処にいるか依然判らなかった。警察は他にも皮三の親しい友人を逮捕していた。ロック・ミュージシャンの左小祖咒(Zuoxiao Zuzhou:ズオシャオ・ズージョウ)は、ライブパフォーマンズで頭上の巨大スクリーンに「自由, 艾未未!」と表示させた次の日に逮捕された。ミュージシャンはその日の内に解放されたが、皮三は怯えた。皮三は新たな哐哐(カンカン)の風刺アニメのアイデアを棚上げにし、国を離れろと言う友人の忠告を真剣に考え始めた。

そして6月22日、嬉しい驚きが訪れる。81日の逮捕を経て、艾が自宅に帰ってきたのだ。今や前より痩せている扇動的芸術家は性格に似合わず静かにしていた。正式に訴追されてはいないが、彼は依然、自宅軟禁状態にあり、脱税容疑の「更なる捜査」が待っている状態だった。2日後、皮三は電動自転車にのって、艾のスタジオの青い扉の前に来た。「まるで配達ボーイみたいにしてね。」彼は言った。艾は変わらない元気のよさで小さな部屋を行ったり来たりし、自分がどれだけ痩せたかを皮三に見せた。2人の友人は4時間話し合った。艾の自宅軟禁状態の為に、2人の共同による風刺アミメーション製作は延期せざるを得なかった。皮三が立ち去ろうとした時、艾は逮捕されていた期間の残り物を渡した。2枚の腐りかけたビスケット。彼の監獄食の一部だった。

多くの芸術家やブロガーは、数日後にヨーロッパへ旅立つ温家宝首相が辱めを受けないようにする為だと、艾の解放を解釈している。他の何ダースもの法律家やインターネット活動家は、正式に訴追される事も無く、依然逮捕されたままだ。他の者に対する嫌がらせも、緩まる事無く続いている。「何も変わっているとは言えない。」皮三は言った。しかし艾が家に帰れたのには、「とてもホッとしている。」

7月に私は再度、皮三のスタジオへ立ち寄った。今度は彼の7歳の息子に会えた。息子は夏なので頭を剃っていて、父親の木のデスクに座り、iPadでゲームをしていた。皮三は短パンとサンダルで辺りを歩き回っている。リラックスして幸福そうだった。彼のパートナーでもある妻、2人は大学時代に知り合ったのだが、彼女は近くのテーブルで経理台帳を広げて仕事をしている。

ビジネスは絶好調だった。「ミズ・パフ」の最初の10話は平均2千万の視聴者を得た。その半分以上が18歳から30歳の女性だった。ヨウクにアップしたシリーズの成功で広告代金が上がった。フートゥーンの主要な収入源だ。幾つか他のウェブ・ポータルが皮三へ接近しオファーを出していた。彼の若い視聴者を自サイトへ呼び込む事に皆熱心だった。

最悪な精神状態だった時、皮三は二度と風刺アニメを作らないと誓っていた。検閲や保安員とのシャドーボクシングは神経に障り、家族を危険に晒すリスクはあまりにも高い。しかし今、艾の解放によって彼の恐れは納まり始めている。「政府は未だ僕のやっていることをただのマンガだと考えていると思う。子供の遊びだってね。」彼は言った。他の芸術家やブロガーが逮捕されたり国外へ追いやられたりしている間、何故自分だけ無傷で逃げられているのか説明を見つけるのに彼は苦しんでいるようだ。皮三の解釈は、彼が喜んで採用したがる誤った考えだと思う。彼自身が言うように、「マンガアニメーションはこの国の馬鹿らしさを取り上げる最も現実的な方法」であるのだから。

ミニチュア・ダンボール・セットが詰まった裏の部屋へ、皮三が再び引き寄せられ始めたのはそれほど前では無い。「僕には未だ少し出来る事があると思う。」彼は言った。彼は既に3つの新しい哐哐(カンカン)エピソードを考え出している。次の話のテーマだって?皮三は小さな笑顔を閃かせて言った。「かくれんぼの話さ。」

~~ここまで~~

次回更新は11月19日ごろになると思います。
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Author:ゾノシン
英語の勉強の為に、ニュースサイトの記事を読んでいるうちに、面白さにつられて翻訳してみようと言う無謀な事を始めました。大変なので更新は一週間に一回位になると思います。どこまで続けられるか解かりませんが。

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